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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
パンデモニック・ストーリー
11/384

10


 池のまえを通りかかったときだった、そいつに襲われたのは。

 巨大な顎が、さっきまでチューヤのいた空間を切り裂く。

 回避が一瞬遅ければ、肉片になっていた。


「な、なんだ……っ?」


「そろそろ慣れなさいよ。戦場ってこういうものよ。……あらら、セベクちゃん。お久しぶりーって、話せる状態じゃないみたいね」


 ピクシーの目のまえ、咆哮する巨大なワニがいる。

 ──狂乱のセベクが現れた!

 話にならない!


悪魔名/種族/レベル(現在)/時代/地域/系統/支配駅

セベク/聖獣/9(?)/紀元前/古代エジプト/ピラミッド・テキスト/大泉学園


 チューヤの脳裏に、オートアナライザが起動する。

 敵の一般データを表示してくれるが、個別のパラメータはすべてアンノウン。

 唯一、参考になるのは初期レベルくらいだが、それも現在レベルが不明では、あまり意味はない。


 素早く魔法攻撃の態勢にはいるピクシー。

 だがチューヤは、敵の姿を見た瞬間、即座に判断していた。


「に、逃げる!」


 エスケープ!

 さっき覚えたこの選択肢が、意外に使えることを証明したいかのように。

 ピクシーは頬を引きつらせ、


「バカじゃないの? ボス戦で逃げるとか、そんなん成功するわけ……」


 チューヤは逃げ出した。

 ……成功!


「っしゃ! 逃げるぞこの野郎!」


 唖然とするピクシー。


「……なんでよ。主人公に弾丸は当たらない補正とか、かかってるわけぇ?」


「それがワニの限界なんだよ!」


 高らかに笑うチューヤ。

 先週見た大自然系の番組で、こんな話を聞いたのだ。


 ワニは30センチの浅瀬にも、その姿を全部潜らせることができる。

 あとは獲物が近づくのを待つだけだ。

 接近してきた獲物を捕まえれば、目的は達成される。

 すさまじい攻撃力を持ち、必殺のデスロールをくらえばひとたまりもなく破壊され、食われるだろう。


 とはいえ、ナイルワニの狩りの成功率は30%でしかない。

 逆に言えば、7割は失敗する。

 なぜか。

 陸上を追跡する能力が、ほとんどないからだ。


 ここは地上。

 池に落ちでもしないかぎり、逃げ切れる。それが、


「自然の摂理!」


「そんなトリビアな理由?」


 あっけにとられるピクシー。

 だが、これが現実なのだからしかたない。

 ボス戦の初戦、回避に成功する主人公。


 チューヤは本能的に気づいている。

 現状で、あの悪魔に立ち向かうのは無理だと。


「もうひとり、ナカマが欲しい」


「あーね。ほとんどの敵が、なぜか狂乱状態だから、話にならないんだけど。悪魔使いとしては、ナカマ増やすのは定石だよね」


 まだ腑に落ちない部分を抱きつつも、半ば納得するピクシー。

 なぜそうなっているのかもわからないが、とにかく現状は敵と会話が成立することが、ほとんどない。

 だがピクシーとは会話できた以上、完全に無理というわけでもないはずだ。


「さっき、池の向こうに見つけた。話のわかりそうなネコ」


 チューヤの言葉に、サアヤは否定的だ。


「ネコー? チューヤ、いくらネコ派でも、このさいネコなんて仲間にしてもさぁ」


 が、ピクシーは即座に同意した。


「ああ、ケットシーもいたんだ? そうだね、考えてみればあのネコ、上石神井界隈を縄張りにしてるよね。いい考えかも。……見た目より強いよ、あのネコ」


 三法寺池をぐるりとまわりこみ、ネコを見つけたという場所へ向かうチューヤたち。

 そのとき子どもの泣き声を耳にしたサアヤが、一同を押しとめる。


「待って、子どもの声。……さっきの子だ!」


 池の端、子どもが泣いている。

 なにやら赤いものの手を、握りしめて──。


 ママー、ママー、ママー……。


 状況は明白だ。

 悪魔たちに取り囲まれ、母子は餌食にされた。

 いまや腕だけになった母親の痕跡にすがりつき、幼児はただ泣くことしかできない。

 それでも、あの少年がまだ生き残っていることには、理由がある。


「ケットシー!」


 群がる餓鬼の群れを排除して、少年を守っている者がいる。


「助太刀すんのね。なぜかあの子どもを守ろうとしている騎士道精神あふれる猫を、ナカマにするための打算的行為として」


 ピクシーの身も蓋もない言いようを、チューヤは慌てて否定する。


「正義感だ、バカ野郎!」


 戦場に参集する。

 敵は餓鬼の群れでさほど強くはないが、数が多い。

 ケットシー一匹で排除するのはむずかしかったが、チューヤたちの数の力によって、ひとまずは追い散らすことに成功する。

 落ち着いたところで、ケットシーは地面に片膝をついた。


「かたじけない。貴殿らは命の恩人だ」


 吾輩はケットシー、と騎士らしい挙措で自己紹介をする、気高いネコ。

 ヨーロッパに伝わる童話にも登場する、有名なこのネコは、帽子をかぶり長靴を履いている。フェンシングの達人であり、前衛に出て先行、効率的な初撃を加える、という性能を期待される──悪魔。

 かのネコは、強きをくじき弱くを助く、騎士道精神にあふれた結果として、少年を助けていたのだろうか?


「俺はチューヤ。と、その仲間たち」


「ざっくりした紹介だなおい」


「その子は?」


 泣きじゃくっていた幼児を、いまはサアヤがその手に抱いて慰めている。

 ケットシーは、その様子を感慨深げに眺めながら、


「……吾輩の()()()であるネコを、この少年は死ぬまで大切に、かわいがってくれた。守らぬわけにはいかぬ。たとえこの身が滅びようとも」


 ピクシーは納得したようにうなずいた。


「そういうことね。まあ、こちら側とあちら側は、意外なところでつながっているからね」


 サアヤも感心して、

「立派な猫ちんだー」


 チューヤは周囲を見まわしながら、


「それに比べてサアヤの飼い犬ケルベロスはなんだよ? どこぞに消えたきり、さっぱり姿を現さん」


「飼ってません。無事でいてくれたらいいけど」


「もう食われてるだろ」


「チューヤのバカ!」


 いつも通りの夫婦漫才を聞きとがめて、割り込むピクシー。


「てかさ、そのレベルでケルベロスって、ある? 最強レベルの魔獣だけど」


「いや、ケルベロスはただの名前。じっさいは野良ポメラニアンだよ」


「あーね。そりゃそーか」


 ケットシーは、静かにチューヤに歩み寄ると、改めて膝をつく。


「騎士として、あなたに従う。あなたは私の恩人だ。あなたが必要とするかぎり」


「こちらこそ、頼む。いっしょに戦おう」


 ネコ派のチューヤが、こうしてケットシーと出会うのは運命の必然であるかのようだった。


「これで、戦える? セベクと」


「……なに? サレオスではないのか?」


 ピクシーの言葉を聞きとがめて、ケットシーが問い返す。


「だよね。あたしも最初はそうだと思ったんだけど、さっき現れたのは正気を失ったセベクだったよ?」


「石神井公園はサレオスの領土であるはずだが、大泉学園のセベクも近いからな。大事をまえに領土争いをしている場合でもあるまいと、さしあたって共同管理的な取り扱いとは聞いていたが」


 悪魔たちの会話を、チューヤは黙って聞くしかない。


「ワニつながりで、仲良くやってるものとばかり思っていたよ」


「いや、聖獣と堕天使で仲良くはなれぬであろうが」


「聖獣らしくはないよね、現状」


 ここで、悪魔たちの会話に、一応はリーダーのチューヤが割ってはいる。


「ちょい待っておくれでないか? 石神井公園とか、大泉学園とか、それ駅のこと?」


「なにをいまさら。こちら側のゲームも、同じ設定で動いておろうが」


 ケットシーの口から「ゲーム」という単語が出てくるに及んで、いくつかの事実を整理しなければならない段階だと認める。

 チューヤはこめかみを押さえながら、錯綜しかける情報の整理を試みた。


「ゲーム? 『デビル豪』のこと? そっち側にもあるの?」


「あたしは知らなーい。ゲームとか興味ないしぃ」

 首を振るピクシー。


「吾輩も詳しいわけではないが、少年が、デビル豪ごゴー! と、しょっちゅう言っていたものでな」


 その少年は泣き疲れたのか、サアヤの腕のなかで静かな寝息を立てている。


「待って。おまえらの言う〝侵食〟って、こっち側でふつうに遊ばれてるゲームと、けっこうリンクとかしてんの?」


「そのゲームに、いかようなストーリーがあるのかは知らぬが、悪魔の配置はかなり現実を模していると聞いた。むしろ悪魔のだれかが、そのゲームをつくったのではないか、とさえ言われている」


 チューヤは何気なく、電波のつながらないスマホを見つめる。


「いや、デビル豪はソーシャルゲームだから、ストーリーというストーリーはないんだよ。各駅に配置されている悪魔を集めて、強くして、だれかと戦わせて遊ぶ、ってだけの。一種の位置ゲーではあるかな」


 ケットシーはひとつうなずき、

「ならば、その設定だけを、どこかから嗅ぎ取ってゲーム化したのであろう。吾輩の縄張りは、上石神井駅周辺である」


「あたしたちは西荻窪だね」


 スマホを取り出すまでもなく、チューヤのゲーム認識とリンクする部分が多い。


「大泉学園にセベク、石神井公園にサレオス……。たしかに、ゲームと同じだ」


「ねえねえ、チューヤ。そのゲームさ、なんで駅なんかに悪魔を置いてるの? ってまえから気になってたんだけど」


 サアヤの声にふりかえり、


「いや、俺はただ鉄ヲタを取り込むための単なるマーケティングの一種だとしか思ってなかったけど」


 すると、ピクシーたちは大仰に肩をすくめ、あきれたような声を出す。


「はあ? バカじゃないの、あんたら。あらゆる悪魔が、先を争って〝駅〟という〝場〟を支配したがっている。理由は明白よ。むしろ、駅以外を支配する意味がわかんない。悪魔が欲しいのは、なに? 人間の魂、生命エネルギー、激しい感情、生体エキゾタイトでしょ。人間がいないような場所を支配して、どんな意味があるっての?」


 悪魔は人が集まるところに位置して、そこにいる人間たちから、なにかを奪い取る。

 そうして生きている「概念」なのだ、と理解するところから、チューヤは自分の悪魔学入門情報を更新していくことにした。

 要するに「駅」は、悪魔にとって効率のいい「餌場」ということか。


「そ、そうか。なるほど、そりゃそうかもしれないが、だったらもっと悪魔に親和性の高い宗教施設とか、学校とか、ホールとか、いろいろあるだろ」


「悪魔に親和性の高い宗教って怖くね……?」


 ぼそっ、と突っ込みを入れるサアヤ。

 ピクシーはうなずきつつ、


「もちろんそれもアリだけど、最近の人間はお盆とか年末年始とかしか、まともにお参りしないでしょ。学校は決まり切ったメンツのうえに土日休みだし、ホールのイベントとかは平日が閑散だし。

 もっと日常的、効率的、量的に豊富な生体エキゾタイトを集めたいとしたら、どうする? ねえ、駅ってなに? 人が通るところ、人が集まるところ、さまざまな人間の魂と感情が交錯するところでしょ? そこを支配せずして、人間界を支配したとは、とうてい言えないわよね?」


 理屈としては筋が通っている、と言えないこともない。

 たしかに、駅は人間が集まる場所だ。

 それに、同じ場所に静かにとどまっているより、移動中のほうが、多かれ少なかれ感情は起伏しやすい。


 じっさい変な人、おかしな状況を見つける確率が高いのは、駅の周辺が多かったりもする。

 感情の「動き」をエネルギーとして吸い取る、というのが悪魔の目的であれば、やはり真っ先に支配すべきは移動の拠点、すなわち駅、ということか。


 あらゆる駅で待ち構え、ぱっくりと口を開けて、その構(口)内に人間を飲み込んでいく悪魔たち。

 その姿、なんと想像しやすいのだろう。


「悪魔の、エサ場」


 そんなものをありがたがって、必死にゲームを進めていた、ということか。

 ……じつにおもしろい。


「なに笑ってんの、チューヤ」


「いや、いろいろ腑に落ちたというか、なるほどなあ、と。そりゃそうだよな。俺が悪魔を使役するように、悪魔だって、なんらかのメリットがないと集まりゃしないよな」


 ピクシーはすこし驚きつつも、納得の表情。

「物分かりいいね。だからこそサモナー体質なのかもしんないけど」


「ふん、ただの鉄ヲタきっかけではじめただけのくせに。悪魔の口車に乗せられるバカちんチューヤ!」


「うっせ、サアヤうっせ」


 放っておくと夫婦喧嘩を始めるふたり。


「問題は、これはゲームではない、ということだ」


 まじめな口調で言い放つケットシー。

 このぬこ、真摯な狂言まわしの役割を任せて安心だな、とチューヤは思った。


「でもチューヤなら、大丈夫だと思うよ。そーとー強いからねぇ」


「たしかに、そのことは吾輩も存じおる。四倍体などという悪魔使い、聞いたこともない」


 悪魔たちにとって、とりあえず()()()()()チューヤは、尊敬に値する強さを持っているらしい。

 だん、と手近の壊れかけた手すりをたたきながら、チューヤは断固とした口調で、


「だから、なに! その四倍体って、なに!」


「ああ、そうだっけ」


 肩をすくめるピクシーに、ケットシーがいぶかしげに問いかける。


「どういうことだ。()()()西()()()()()使()()だからこそ、おぬしは行動を共にしておるのだろう?」


「最初はそうだと思ったんだけどねえ。あんたと同じ、チューヤの同位体もこっち側にいたらしいよ。じっさい、ナノマシン持ってなかったし」


 ケットシーは驚きの表情でチューヤを見つめた。


「……なんと。このチューヤ殿は、あのチューヤ殿ではないのか。生まれも育ちもこちら側の同位体であると。そのようなことが、よもや度重なってありうるものであろうか」


「あろうかって言われても、あるんだからしゃーないわ」


 再び、だん! と手すりをたたくと、壊れた木枠がそのまま池にぼちゃん、と落ちた。

 いっしょに落ちそうになったチューヤは、慌てて陸にもどりながら、


「だからなに! 四倍体って!」


 ピクシーはやれやれと肩をすくめ、


「あんたの遺伝子のことよ、チューヤ」


 それはチューヤの出生にもかかわる秘密──。



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