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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
サタデー・ハロウィン・フィーバー
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10


 ハロウィンの渋谷においては、リョージの「フランケンモンキー」に、違和感はカケラもない。


「俺どうよ、これ」


 チューヤは、誇らしげにくるりとまわる。

 駅のトイレで一応、ゾンビスタイルに着替えていた。


「さっきから言おうと思ってたけどさ、どういうつもり、そのゾンビ?」


 サアヤは不満げに、チューヤの仮装を腐す。

 ちなみに彼女自身は、ありがちな血みどろナースメイクだ。


「え、だめ? オークションで落札しといたんだけど。ざんばらカツラとセットで」


 シーズン前に高値でつかまされたことは言うまでもない。


「メイクが足んないのよ、メイクが! カラコンしろとは言わないけど、血のりのひとつもつけないでハロウィンですとか、ナメてんの!?」


「ご、ごめん……」


「ちょっとこっち来なさい。ゾンビにしたげるから」


 バッグからコスメセットを取り出した女の子サアヤは、手際よくチューヤの顔面をキャンバスに変える。

 真っ赤なルージュは流血に、シャドウは青あざに、ファンデで顔色にムラをつけ、死人に近づく。

 通りがかりのビルのガラスに自分を映したチューヤは、


「あらやだ、俺は死んじまっただー!」


「ま、ざっとこんなもんね」


 そのとき、ポンポンポンポポン、とチャイムが鳴る。

 ポケットからスマホを取り出すチューヤ。


「だれか合流したらしいな」


 全員、それぞれのスマホを見る。

 共有チャットで、ケートとヒナノが合流したことが通知されている。


「そのアラームやめてくれる? もう着いたの新幹線!? って思うじゃん」


 サアヤの苦言に、チューヤは飄々と、


「いいだろ、日常乗る路線じゃないだけ」


 あらゆる通知音が鉄道関係。それがテツというものだ。


「こっち3人合流、って伝えといてくれよ。あとはマフユだけだな」


 面倒くさがりのリョージは、ケータイを一瞥しただけで、すぐに懐へもどした。


「みんな運命の相手を見つけられたみたいだね」


 画面を操作しながら言うサアヤ。


「そ、そうかな。お嬢はべつに、ケートに興味とかなさそうだけど」


 つぶやくチューヤの襟首をつかんで、


「それ以上に、あんたに興味ないと思いますけど!?」


「……デスヨネ」


 周囲の風景は、いよいよハロウィン度を増している。

 彼らの仮装など、完全に周囲に溶け込む風情。


「あ、くまだもんだ!」


 サアヤが、通りの向こう歩く着ぐるみを指さして言った。


「アクマダモンか。地方出身の非公認ゆるキャラとしては、がんばってるよな」


 熊本出身の「アクマダモン」は、悪魔らしく尻尾が蛇のシロクマで、ほっぺたにかじったリンゴを2個くわえた、なかなか微妙なデザインになっている。

 同じくフクロウのキャラ、忠実な手下の小悪魔である「旅がらすの紋吉」を従え、周囲にそれなりの観衆を集めているのは、この着ぐるみたちのパフォーマンスの高さを物語っている。

 紋吉はいつもの口癖を叫ぶ。


「モットモットー!」


 欲しがりの着ぐるみに向け、観衆は笑いながら小銭を投げている。


「大道芸人か」


 見つめるリョージの視線の先、トントトントトントントン! とタップする着ぐるみの激しい動きは、たしかに課金に値するかもしれない。


「終わりだ、モーン!」


 アクマダモンが紋吉をぶっ飛ばすと、芸の一幕が終わったようだ。

 三々五々、人の流れがもどる。

 チューヤたちも、なんとなく歩き出す。

 彼我の距離が詰まる。


「ヘイ、神楽坂じゃあ、飲みすぎた、ぜイェイ、ジャバザ、コックで、待ってる、ぜぃイェイ!」


 すれちがう間際、紋吉がラップ調に、そんなことを言った。

 意味がわからない。一瞬考えてから、ふりかえったところに、もうアクマダモンとその仲間の姿はなかった。

 なんだ、この違和感は……。


「あの着ぐるみ、よく見かけるよな」


「まあ、それなりに人気だからね。熊本のアクマダモンは」


「いや、そういう意味じゃなく……」


 リョージが考えながら言葉を探す努力は、しかし別のもっと重要な意識によって塗り替えられる。

 その視線が急激に真剣みを増していく理由を、チューヤたちもすぐに共有せざるを得ない。


「……やばいかな?」


 ハロウィンの夜だ。ただで済むとは思っていない。

 チューヤの表情には、それでもまだ余裕がある。この程度は、想定の範囲内だ。


「ああ。だいぶ濃度増してきてるな」


 境界の雰囲気が、モザイクを描きながら、空間に瀰漫(びまん)しつつある。

 リョージも、とくにあわててはいない。

 経験は、高校生を急速に強くする。


 ──空中に舞い踊る鬼火。

 いや、これはハロウィンだから、ウィルオーウィスプと呼ぶべきか。

 本家イギリスでは、イグニス・ファトゥス(愚者の火)、ジャック・オー・ランタン(例のカボチャ)、エルフ・ファイヤー(妖精の火)、ジル・バーント・テイル(火尾のジル)など、さまざまな表現で呼ばれている。


「鍛冶屋のウィルは、たいへん口のうまい男じゃった」


 年よりじみた声を出すサアヤ。


「なんだよサアヤ、勝手に百物語とかはじめんなって」


「ハロウィン豆知識よ」


 ちっちっと指を振り、半可通の生かじり知識を披露する。

 ──おとぎ話の時代、イギリスのほう。

 素行もわるく、トラブルつづきのウィルは、あるときケンカで殺されてしまう。

 ところがこのウィル、一筋縄でいく男ではない。死者の国の門番ペテロまでも言いくるめ、もう一度人生をやり直すことに成功した。

 しかし人間、そう簡単には変われない。

 ウィルは、またしてもろくでもないことをくりかえし、通りかかった悪魔までだまして鉄製の袋に閉じ込め、ハンマーでしたたか殴りつける始末。


 そのうち、またヘマをして死んでしまうウィル。もちろん聖ペテロ、そう何度もだまされはしない。天国入りを拒絶され、しかたなく地獄へ向かったウィル。

 しかしなんと、彼はここでも拒絶されてしまう。ハンマーで殴られた悪魔が、そのときのことをおぼえていて、こっちくんな、というわけだ。

 こうして、天国へも地獄へも行く道を失ったウィル。そんな彼を哀れんだ悪魔が、凍える彼のために地獄の石炭を分けてやった。

 闇夜に燃えるのは、その石炭の燃える炎なのだ……。


「そう思ってみると、せつない色やね」


「自業自得じゃないか、ドアホだなウィル」


「むしろ悪魔が優しすぎるだろ。弱いくせに」


「悪魔に恐れられる時点で、そうとうな人物のような気もするけどね」


 ウィルも、極東でこのように噂されるとは思っていなかっただろう。

 ──ハロウィン。

 すべての宗教を受け入れる日本人が、またぞろイベント化して楽しんでいるこの祭りは、ケルトの万霊節「サウィン」を起源とし、祖先の霊や親しかった死者を家に招き入れ、静かに供養する冬のはじまりの夜だった。

 要するにケルトのお盆だ。


 アイルランド人作家J・ジョイスが『フィネガンズ・ウェイク』で描いたとおり、その夜、死んだフィネガンが目覚め(ウェイク)、過去の人が現在を生きる。

 ケルトの世界は、現世と幽界を区別しない。霧を抜けたその先に、妖精たちの国がある。死者は過去にとどまる幽霊ではなく、過去・現在・未来を行き来して、この世の者たちになにかをもたらすスピリットである。


「……あれは」


 一瞬、視線が揺らぐ。

 死んだはずのだれかが、そこを通り抜けたとしたら。


「おじさん?」


 石神井公園で、自分たちを助けてくれた、草野球チームのおっさん。

 目のまえで死んだはずの彼が、笑顔で歩いている。


 何人も見てきた、死人の顔がある、そこここに、あるはずのない顔が。

 ありえない、そんなことは。

 否定するのは簡単だが、ありえないことは、ありえない。とくにこのような特異な空間においては。


「バカな、どうなってんだ、ここは」


 リョージのボルテージも、さすがに高まってきた。


「生き返った……」


「落ち着けサアヤ、そんなバカなことはない」


 生き死にの問題になると、サアヤがヤバくなる。

 チューヤは強く、彼女の肩をつかむ。


「……わかってるよ。生き返らない……としても、だけど、死んだ人が行く国はあるでしょ。その国とまじりあったら、それはもう生き返ったのと同じだよ」


「それは、いや、だけど、そうかも、待て待て」


 死者の国と生者の国がまじりあうのは、タブーではないのか?

 そういう世界観が存在するかぎり、それは受け入れざるを得ないのか?

 ──鬼火が、ゆっくりと舞い降りる。

 サアヤの視線が追いかけた、その先にあるもの。


「いた……」


 刹那、彼女の感じた衝撃の強さは、他の男子たちにはとても共有できない。

 その視線は闇に沈む道玄坂の電飾の一隅、一点、鬼火をまとったひとりの少年に向けられている。


「ユーヤ」


 サアヤの言葉に、ぎくり、とチューヤの肩がふるえた。

 ユーヤ。交通事故で死んだ、サアヤの弟だ。


「待て、サアヤ」


 小走りに駆け出すサアヤを、男たちは追いかける。

 人ごみのなか、サアヤはすぐにその少年を見失ったが、地面にうずくまり、拾ったなにかを大事に握り締め、表情を引き締める。

 落ちていたのは、弟が大事にしていた()()()

 忍者の形をした消しゴムで、一部地域で流行した。


「あの子がいる」


「忍消し? たしかに地元じゃ流行ったけど、よその地域じゃだれも知らないらしいぞ」


 杉並練馬世田谷の人間ならみんな持っているが、他の地域の人はだれも知らない伝説の地域限定消しゴム。

 サアヤの弟は、その有力なコレクターだった。


「ううん、この忍者ネズミ小僧は、弟のやつだよ」


「なんでわかるんだよ」


「だって、このマーク」


 自分のものだと主張する、消しゴムの裏に彫られたイニシャルマーク。

 見まわせば、あちこちになにかが落ちている。

 ふつうに考えればハロウィン用の飾り付け。

 しかし別の目で見ると、それぞれが、思い出のなにかを包含しているかのようにも思える。


「変なことになってるぜ、チューヤ。……エグゼ」


 モザイク模様だった境界が、いよいよ悪魔の支配力を増していく。

 ハロウィン。

 それは、生者と死者の交わる空間──。



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