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06


 長かった前夜祭も、終わりを告げるときがきた。


「それじゃ明日、渋谷で」


 一同を玄関に送りながら、ケートは言った。


「ああ、また明日」


「ありがとーケーたん、ごちそうさまー」


「有意義なお話を伺えましたわ。ありがとう」


 社会の良識をわきまえる高校生たちは、挨拶を交わす。


「で、どこにする?」


 期せずして交錯する6人の視線。


「そうだなー。迷いやすいやつがいるから、わかりやすいところで……」


 サアヤを一瞥するまでもなく、チューヤがすかさず予防線を張ったが、


「いや、決めないでおこう」


 ケートの妨害によって突き破られた。


「……どういうことだ?」


 いぶかしげな一同の視線を受け、ケートがその意図を開陳する。


「明日の集合は、運を天に任せないか? ってことだ」


「だから、どういうことだよ」


「楽しいハロウィンだよう。みんな遊ぼうよー」


 騒がしい一般ピープルにも理解できるように、噛み砕いて説明するケート。


「だから()()()()()、だろ? それはいい。渋谷エリアのどこか、決めずに集まって、最初に出会ったのが、運命の相手ってことにしようぜ」


 なるほど、と知性の高いメンバーから理解を示す。


「まあ、ロマンチックですこと」


「……いやな予感しかしねえ」


「どのみち、まともに済む予感なんかない。そのくらい遊んでもバチは当たらんだろう」


 いやな予感の張本人であるサアヤが、素直に自分を表現する。


「迷子になる予感しかしないんですけど……」


「あっはは。サアヤにはきついミッションだったか。ま、死にゃしないだろ」


「心配するな。あたしが一億人のなかからでも見つけてやるさ」


「信じてるよ、フユっち! 根拠はないけど!」


「おう、本気だぜ!」


 仲良き女子は、速やかに了解に達した。


「それで、時間は?」


「ハロウィンだからな。暗くなってからが本番だろうから、日没1時間まえに渋谷。日没までに会えなかったら縁がなかったってことで、グループチャットで落ち合えばいい」


「チャットしても、うまく合流できる自信ないよ……」


「そのときはチューヤに電話しろ。どの場所に放り出されても、自分がいまどこに立っているか、瞬時にわかる特殊能力を備えたやつだからな」


「変人みたいな言われようだな。東京はランドマークが多いから、見まわせば、だいたいわかるだろ」


 チューヤにとっては、当然のスキルだ。

 しかし、見まわしただけで自分の位置がだいたいわかるようなGPS人間は、


「あなただけですよ……」


 その点、ヒナノすら認めざるを得ない。

 マフユはむき出しのライバル意識で、


「おまえなんぞに負けないからな、チューヤ」


 対抗する意志のないチューヤは静かに答える。


「う、うん。がんばってサアヤ見つけてあげて」


「ズルすんなよ!」


「そういう誇りが、このなかで一番なさそうなやつがおまえだよ、蛇女」


「なんだと、てめえ。あたしはズルなんか、し、しないわ」


「…………」


 チャンスさえあればするだろう、と全員思ったが、このルールなら、応じる者さえいなければ問題はない。


「ふん、まあ好きにしろ。それも含めて、運命を手繰り寄せる力のゲームだ」


「なんかおもしろいことになってきたな。……どうした、チューヤ」


「も、もし、真っ先にお嬢に出会ったら……」


「あははは。いいね、そんときは付き合ってもらおうか?」


 男子3人、3バカトリオの軽口。

 ヒナノは一瞬、上気したような目をリョージに向けてから、その横でてれてれと笑うチューヤに気づき、鼻白んだような表情で、


「なにをバカな。世界が終わっても、ありません」


 一刀両断、切り捨てた。


「ふっ。バカづら下げてどうした、チューキチ」


「うっせ、サアヤうっせ」


 このあたりの人間関係も、若気の至る高校生らしい。


「指定エリアは、渋谷の()()()()()()()()()だ。集合は午後5時から6時にかけて。好きなところをふらついてろよ。そこで会ったメンバーが、運命の相手だ」


 ケートの宣言で、ルールは確定した。


「まあいいでしょう、お好きになさい」


「おっけー。真っ先に見つけるぜ、サアヤ」


「楽しみー、けどちょっと不安~」


 女子3人も、空気を読んで受け入れた。

 鍋部は日々、高校生活を楽しまなければならない。




「待てよ、チューヤ」


 エレベーターに乗りかけた5人の背後から、ケートが声をかける。

 ふりかえるチューヤ。背後では、すでに全員がエレベーターのなかにいる。


「先に降りてるぞ」


 リョージの言葉で、閉じる扉。

 チューヤとケートは数歩進んで、指呼の距離に立つ。


「なんだよ、ケート。ズルはナシだぞ」


 ケートの服装はしどけなくはだけ、男の目から見ても一瞬、ドキっとする。

 彼の少年のような外見は、多くの人間に愛されるようにできている。

 ケートは懐からカプセルを取り出しながら、


「ある意味、チートかもな。……レベルは25を超えたか、チューヤ」


 境界化しなくても、ナノマシンは起動できる。

 こちら側で悪魔の召喚などはできないが、データの確認は常に可能だ。


「あ、ああ。そういえば、ナノマシン上限解放のお知らせはあったかな」


「ほしいか?」


 指の上でカプセルをくるくるまわすケート。


「くれるつもりで呼び止めたんじゃないの?」


 途中まで手を差し出して答えるチューヤ。


「ふん、つまらん男だ。必死に欲して手に入れたものだからこそ、価値やありがたみが出るもんだぞ」


「じゃ、いいよ。自分でなんとかする」


「キミにそんな甲斐性はない」


「はっきり言うね……」


 そのとき、ケートは指の上のカプセルを、口を開けてみずから口に含んだ。


「なんだよ、結局くんない……」


 つぎの瞬間、ケートの唇がチューヤに重なる。

 唖然として動きを止めるチューヤの口に、唾液に濡れたカプセルが滑り込む。

 ケートの舌が触れ、しびれたような感覚とともに、チューヤはごくりとそのナノマシンの塊を飲み込んだ。

 ──しばらく言葉が出ない。ケートは、どういうつもりなのか。


()()()()()()もあるんだよ、知っておけ、チューキチ」


 どこかいたずらっぽく笑って、ケートは一歩、退いた。


「け、けい……」


「まあ、キミらとボクは、ちがうといえばちがうのかもしれんがな。……ボクはこうして、自分から()()()ここに立ち、みずから()()()、あの部屋にもどる」


 彼は、なにを言いたいか。

 そのメタファーを正確に類推できるほど、チューヤは頭がよくない。ただ、なんとなく、このことには意味があると感じてはいる。


 ケートとラーマパパの関係。

 親戚筋には当たるが、直接の血縁関係はない。

 日本に暮らしたいというケート当人の希望により、自由に住居を選んだ。かつ高度な教育を受けさせたいという親の希望も作用した。


 昔から、マーヤママは最大の教育要員として、ケートの数学的素養を涵養してくれたが、中学高校と進むにつれ、より高度かつ適切な助言者が必要とされた。

 そうして選定されたのが、ラーマパパという援助者だった。


 ラーマパパは、有名な天文学者であり、アメリカの政府筋にも強いパイプを持っている。彼が日本にやってくるのは、重要な同盟国だから、という表向きの事情もある。

 当然、ケートの援助者として、自由な学究生活の面倒を見、適切な機会を与える助言者としての役割も期待された。

 彼が知りたいと思うことを教え、知るべきだと思われることも教えた。

 当初は、家庭教師的な存在だったという。


 ある日、その関係は歪んだ。

 当人に言わせれば、教育の延長線ということになるが。

 すくなくとも両者の関係は、新たな段階へと達した。

 それが「大人になること」なんだと、ラーマパパはケートに教えてくれた──。


「誤解のないように言っておくが、ラーマパパはすばらしい人間だ、教育者としても」


 ケートは、まずチューヤのただれた思い込みから修正にはいった。


「そ、そうなの?」


「そうとも。彼の天文学教室がどれだけ人気か、三鷹の天文台を訪れるまでもないだろ? 理科に造詣が深く、多くの小学生、中学生の受験に役立つ授業をやってきた。彼のおかげで理科に興味を持ち、最先端のサイエンスを切り開いている人間は、多数いる」


「そっか、たしかに()()()()()は、優秀なんだ」


「超一流の天文学者だよ。その点はまちがいない。そして最高の教育者でもある。理科が好きになってほしい。心からそう思っている。子どもたちに向けて、最高のカリキュラムを組んでいる。

 教わる栄に浴した子どもたちは、だいたい成績が上がる。やる気が出て、その先へ突き進む。ラーマパパの教育は、ほんとうに正しいんだ。理科が大好きで得意な人間を、たくさん育ててきた。

 ボクの理数系知識の多くも、ラーマパパから教わった。ほんとうにすばらしい教育者だ」


「……おまえは、被害者なんじゃないのか」


「くだらんな。そんな低劣な見方しかできんのは、ほんとうにくだらん。生まれつきの性向、性癖が問題視されるとしたら、彼は運が悪かっただけだ。それに彼は、だれも殺していない、むしろ多くを助け、大きく育ててきた。たとえ多少のマイナスがあったところで、プラスがあまりにも大きければ、そんなマイナスは無視されるべきだ」


「本気で言っているのか」


「もういいだろう、黙れ。ボクは()()()んだ。彼が魔法の指輪をはめていて、特異な思想を持っていたとしても、理科系の教育信念とサイエンス重視の思想は、まちがっていない。そして、ボクたちにとって、それこそが正義なんだよ」


 ケートの思想は固まっている。

 むしろ、いぜんとしてあいまいなままのチューヤのほうが、ケートを見習わなければならない可能性すらある。

 すくなくとも、ここで出せる結論ではない。


「あのさ、もしかしたら」


「行けよ、チューヤ。──ほらカプセル、もひとつ。サアヤの唇に、同じようにして流し込んでやれ」


 軽い所作で、新たなカプセルを取り出すケート。

 メーカーにコネクションをもつ以上、在庫は豊富だ。

 サアヤの唇に。その言葉の意味を想像して、頬を染める草食系男子。


「いや、その」


「なんだ、いやならボクが代わりに」


「いただきます!」


 バッ、とケートの手からカプセルを奪う。

 ケートは唇の端をゆがめて、彼が時折見せる、若さをあざ笑うような、どこか老成した挙措で踵を返した。


「じゃ、明日な。……運命を、試そうぜ」


 ケートの背中が、ドアの向こうに消えていく。

 チン、と背後で無人のエレベーターの扉が開いた。


 チューヤは唇に触りながら、どこか茫洋としてエレベーターへと乗り込んだ。

 このさきに待つ運命とは、なんだろう……。



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