真名探求研究会1
魔法実習棟は魔法学校高等部の敷地の外れにある。
文字通り実際に魔法を使い、訓練することができる建物なのだが、魔法障壁の弱体化によるものか所々焼け焦げた跡があり、経年劣化と相まってかなりの痛み具合となっていた。
さて、この日は一体一の実戦形式での訓練が行われていた。最下位になった者にはペナルティが科せられるため、皆真剣そのものである。
その中に一人異彩を放つ少年がいた。
「破壊の権化たる地獄の業火よ、我アヅッ!アチチチチ!」
「ファイヤーボール」ボッ、ドーン。
次の対戦では、
「氷窟の番人にして鋭き殺戮者よ、敵寒っ!冷たい!」
「アイスニードル」シュン、ストト。
さらに次。
「死神が持つ不可視の刃よ、ここにキレてる、切れてるから!」
「ウィンドカッター」ヒュルルルル。
そして最後。
「コイシアタック!」ドコドコドコドコ。「イタタタタタ!」
「ストーンバレット」ドコドコドコドコ。「イテテテテテ!」
そして授業が終わり、教師が結果を発表していく。
「最優秀者は全勝の花宮、樋田、春日。いつもの三人だな。そして最下位は……これもいつもと同じく木下、零勝三敗一引き分けだ」
生徒たちの間からくすくすと押し殺した笑い声が聞こえてくる。
「今日のペナルティは魔法障壁の補強だ。しっかりやっておけよ」
「先生!」
教師の言葉に先程の少年、木下昇が声を上げる。
「どうした?」
「魔法障壁の真名が思いつかないので期限を本日中にしてくれないだろうか?」
「午後からは使う予定がないので構わんが……必ずやっておけよ」
全寮制なので逃げられる心配はないが、余り時間が開くと他の生徒たちに示しが付かなくなってしまう。
「勿論だ。放課後までには考えておく」
「終わったら職員室に報告に来いよ。それでは解散!」
授業終了のチャイムが鳴り響く中、生徒たちが三々五々散らばっていく。その流れに逆らうようにして昇の下に数人が集まって来た。
「上手い事逃げたな、ウエシタ」
「本当だよな。これで昼飯を食いっぱぐれなくてすんだな」
「別に昼飯のためではない。本当に思いつかなかっただけだ。それとウエシタは止めろ、不愉快だ」
抗議するも相手は幼年部から十年以上の付き合いであり、今更止めることはないだろう。
ちなみに昇のウエ、木下のシタでウエシタである。
「そんなことより昼飯食べに行こうぜ」
「今からだと食堂も購買も厳しくないか?」
敷地の外れにある実習棟に対して食堂や購買は本校舎に隣接している。つまり本校舎で授業を受けていた生徒に対して昇たちは出遅れてしまっているのである。
さらに実習用の服を着替えなくてはならず、日替わり定食などの人気どころにありつける可能性は絶望的と言えた。
「こういう時だけは給食の中等部から下の連中が羨ましくなるよな」
「好きなものを選べる代わりに食料調達も自己責任ってことだな。それでどうする?外にアキでも食べに行くか?」
友人の一人が昇に尋ねる。特に主張したわけではないのだが、昇はいつの間にかこのメンバーのリーダー役を任されていた。
「アキとなると……今の時間ならアロー亭が空いているか?」
「ここからなら裏口から出てサウン軒っていう手もあるぜ」
「味はサウン軒の方が上だよな。だけどメニューの種類はアロー亭の方が豊富か……悩みどころだな」
アキというのは麺料理の一種で、早い・安い・旨いと三拍子揃った庶民や学生の強い味方である。
特に魔法学校のあるウンド市にはアキを提供する店が多く存在しており、一時は全国的にも有名となっていた。
今では流行りも下火となり他州から訪れる人は少なくなったが、多くの店が人々の腹を満たしていることに変わりはない。
「そう思うのなら偶には自分で決めたらどうだ?」
好き勝手なことを言う仲間たちに半ば呆れながら昇がぼやく。
「いやいや、そこはウエシタに決めてもらわないと」
「そうそう。お前が決めた所に行くと何か良いことがあったりするんだよな」
どうにも責任回避のために面倒事を押し付けられている気がするのだが、これ以上言い争っても無駄だということは経験上よく分かっていた。
「それならここから近いサウン軒にするか。ただし混んでいても文句は受け付けないからな」
釘をさすと友人たちは「言わねえよ」と口にしていたが、実際に店が混雑していたら愚痴を言うのだろうな、と思いながら昇は実習棟を後にしたのだった。