ブレインはゴースト6
3 おばけ事件の謎を追いかけよう
その日からは大忙しだった。僕たちがお化けの話を記事にすることはクラスだけでなくて学校中にあっという間に広まってしまったのだ。
そのため、聞き込みにはみんな協力的でスムーズに進んだんだけど、やたらと調べたことを聞きたがられて困った。
だけど、何よりも問題だったのは締め切りが早まってしまったことだ。
僕たちがお化けの話に集中できるように、クラスの皆が学級新聞のそれ以外の記事やイラスト、四コマ漫画などをあっという間に準備してしまったのだ。
その間わずか二日。
早い、速すぎるって。
お陰でその日から一週間後を締め切りにされてしまった。
タカは塾が、みっちはサッカーの練習があるので毎日、菜豊荘に集まるわけにはいかない。その上、夜の学校を調べている義おじさんの方にも新しい発見がとくになかったことから、今回は学校内でどんなお化けの話がでているのか、という基本的なことをまとめることになった。
聞き込みをしてみて分かったことは、この前僕たちが聞いた以上のことは誰も知らない、ということだった。
つまり、真夜中の学校で人影らしきものが見えた、ということだけ。
具体的な場所として出てくるのは三年生の教室だけで、他は運動場とか校舎の中とか範囲が広い。
当然、実際に見た人がいるのかも不明のまま。
もう少し新しい情報が出てくるのではないかと期待していたので、当てが外れた感じだった。
噂の元を探すことができればまた違ってきたのだろうけれど、四谷先生から
「誰からその話を聞いたのか、という質問はしないように」
と言われていたためそれもできなかった。
「お前たちがするべきことは、自分たちで言っていたように生徒の皆を安心させることだ。噂を広めた犯人捜しじゃない」
と釘を刺されていたからだ。先生を説得するために義おじさんが考えた理由が見事に仇になってしまった。
結局、僕たちは締め切りまで一日残して、一回目の学級新聞用の記事を先生に提出した。
翌日には他の記事の部分と合わせて学級新聞が出来上がり、クラス全員に配られ、廊下にあるクラスの掲示場所にも貼り出された。
全校を巻き込んだ割に新しい発見ができなかった僕たちの記事だけど「三年の教室だけ具体的すぎておかしい、誰かが後から付け加えたのではないか」という義おじさんの考え――一応ぼくたち三人で考えたことにした――を書いていたお陰で大体のところでは好評だったらしい。
そして、三年生の教室を付け加えた犯人は意外にも僕の身近にいた。
学級新聞ができてから二日後、生徒の皆は僕たちの記事と、校長先生が全校朝会で教えてくれた『お化けから身を守る方法』のお陰で、すっかり落ち着きを取り戻していた。
この日はタカもみっちも用があるということで、僕は一人で家に帰っていた。
菜豊荘に行こうかとも思っていたのだけれど、学級新聞作りのために毎日通っていたので、たまには真っ直ぐ家に帰ろうと思い直したのだ。
「一兄ちゃん」
後ろから声をかけられたのは家まであともう少し、という時だった。振り返ると近所に住む一年年下の八島宗太がいた。
「おっす、宗太。何か用か?」
宗太と妹で三年生の泉とは集団登校で毎朝一緒に学校に通っている。ついでに宗太とは携帯ゲームの対戦友達だったりもするので、学年が違っても結構仲がいい。
ちなみに、一宮だから一兄ちゃん、らしい。
「ちょっと大事な話があるんだけど……」
気軽に声をかけた僕とは違って、宗太の声は重たかった。
「家に来る?それとも僕が行こうか?」
「……一兄ちゃんの家の方がいいかな」
「オッケー。それじゃ鞄置いたら来い」
「うん」
そう言って一旦別れると、僕は家に帰りお母さんに宗太が来ることを話し、おやつとジュースの用意をした。二十分後、やって来た宗太を僕の部屋に通すと、
「それで、大事な話って何?」
さっそく話を始めた。おやつを食べて落ち着いてからとも考えたのだけど、さっさと話して胸のつかえを取った方がいいだろうと思ったからだ。
「……実は、……三年生の教室にお化けが出るって最初に言ったのおれなんだ……」
さすがにすぐには反応できなかった。宗太の様子から真面目な話だろうとは思っていたけど、まさかここでもお化けの話が出てくるとは予想していなかった。
「えっと、それって僕たちが学級新聞で調べていたお化けの話でいいんだよな?」
「うん。そう」
「詳しく話してくれる?」
宗太の話は、前におじさんが推理した通りだった。
なんでもお化けの噂が出始めた頃、泉と兄妹喧嘩をした宗太はちょっとおどかしてやろうと「三年生の教室にもお化けがでた」と言ったのだという。
それを真に受けてしまった泉がクラスの友達に話してしまい、一気に広がってしまったということらしい。
「どんどん騒ぎは大きくなるし、今更嘘だって言えなくて……」
困り果てていた時に僕たちが学級新聞でお化けの話を取り上げることを知って、余計に怖くなってきたのだという。
結局犯人捜しはしなかったけれど、おじさんの考えを記事にしたことで自分のしたことがばれているような気になって、僕に話すことを決心したそうだ。
「話してくれてありがとうな」
誰にも言えない秘密を持っているのは辛いものだ。それは秘密の大きさには関係ない。
宗太もそうだったみたいで、僕が声をかけると泣き出してしまった。
「おれ、怖くって……。先生だけじゃなくて皆からも何でそんなことしたんだって、怒られる気がして……」
お父さんやお母さん、義おじさんなら上手く慰めることができたのかもしれないけれど、人生経験の少ない僕にはまだそんなことはできなかった。
宗太が泣き止むまで、僕はちびちびとジュースをすすっていた。
甘いはずのオレンジジュースが、なぜだかとても酸っぱく感じられた。
泣いたことですっきりしたのか、宗太はしばらくすると落ち着きを取り戻した。
「とにかく、先生からも犯人捜しはするなって言われているし、宗太のことを学級新聞に書くつもりはないから」
安心して、と言うと宗太はホッとした表情を浮かべた。
義おじさんには全部話しても問題ないだろうけれど、タカとみっちには僕の知り合いということだけ伝えた方がいいだろう。
別に二人の口が軽いというわけではないけれど、何かの拍子に喋ってしまうことがないとはいえない。そういう僕自身だって絶対に喋らないとは言い切れないのだ。
秘密がもれる可能性は少ない方がいい。
学校の生徒の皆も落ちついてきているので、いまさら犯人について知らせる必要もないだろう。
後は先生に伝えるかどうかだが、さて、どうしたものか。
宗太はその後、おかしとジュースを平らげて帰って行った。時計を見ると五時を少し過ぎたところだ。僕は晩御飯を作っているお母さんに、
「菜豊荘に忘れ物をしたから取りに行ってくる」
と言ってから、自転車で菜豊荘に向かった。もちろん忘れ物は嘘で、義おじさんに宗太の話をするためだ。
菜豊荘に着くと、自転車置き場からいろはお姉ちゃんが出てきた。どうやらお姉ちゃんも帰って来たばかりのようだ。僕に気がつくと、
「将君、おひさしぶり」
と挨拶してくれた。お姉ちゃんに会ったのは「しばらく忙しくなる」と言われた日以来だから、二週間以上にもなる。本当に久しぶりだ。
「こんにちは、お姉ちゃん。まだ忙しいの?」
「ううん。もうこの前ほどは忙しくはないよ。でもこれからテストの時期だから、なんだかんだでドタバタするのかなあ……。のんびりできるのは夏休みになってからね」
「大変だねえ」
僕の反応が面白かったのか、お姉ちゃんはくすりと笑った。
ところがその後、急に真面目な顔で尋ねてきた。
「そういえば、ここしばらく二条さんが夜中に出かけていなかった?」
「え?どうして知ってるの?」
「やっぱりそうだったんだ。アルバイトで夜帰りが遅くなった時に、誰かがついて来てくれているような感じがしていたのよ」
さすがお姉ちゃん、するどい。
でも、
「それって結構怖くない?」
「全く知らない気配とかなら怖いだろうけど、なんとなく知っている感じがしていたからそうでもなかったよ」
「そんなものかなあ?」
「そんなものよ。それで、二条さんはあんな時間に何をしていたの?」
「えーと、ぼくの手伝いをしてくれていたんだけど……、話が長くなりそうなんだよね。お姉ちゃん、よかったら寄っていく?ぼくもおじさんに話があるし、お礼を言うなら直接の方がいいでしょ」
「いいの?それじゃあ荷物だけ置いてすぐ行くわ」
「りょーかーい」
待つこと三分、再び現れたお姉ちゃんはジュースとコップを持っていた。僕はお姉ちゃんにお礼を言ってから、いつも通り鍵を開けると一〇四号室へ入っていく。
「どうぞ、入って」
「おじゃましまーす」
靴を脱いでいると奥の部屋からおじさんが出てきた。
「いらっしゃい。ん?今日はいろは君がいっしょか」
「こんにちは、おじさん。ちょうどそこで一緒になったんだ」
「そうか。まあくつろいでくれ、と言ってもいろは君には聞こえないか」
おじさんの言葉を通訳すると、お姉ちゃんは「どうも」と言って持っていたジュースとコップを置いた。
「おじさん、お姉ちゃんのアルバイトの帰りについていたんだって?お姉ちゃんがお礼を言いたいって」
「確かに学校から戻るときに何度か同じになっていたので一緒に帰ったが……。何だ気付かれていたのか」
「そうみたい。お姉ちゃん、おじさんはそこにいるからどうぞ」
「うん。二条さん、わざわざついて来てくれてありがとうございました」
お姉ちゃんがお辞儀をした方向は少しずれていたけれど、見えないのだから仕方がない。
「何だか照れるな。私も帰るところだったのだから、あまり気にしなくていいと伝えてくれ」
おじさんは本気で照れているようで、そっぽを向いてしまった。僕は微笑ましく思いながら通訳を続けた。
「ところで将君、さっき外で話していたことなんだけど、一体二条さんに何を手伝ってもらっていたの?」
ジュースを注いでくれながらお姉ちゃんが聞いてきた。
「あっと、そのことを話さないとね。実は……」
僕はおじさんに所々手伝ってもらいながら、学級新聞のことやタカやみっちにもおじさんが見えたこと、そして学校のお化けの話についてお姉ちゃんに説明していった。
そして僕の話を聞き終えたお姉ちゃんが最初に言った言葉は、
「将君たちばっかりずーるーいー!」
だった。「む~!」と唸りながらいじけるお姉ちゃんは妙に可愛い。精神年齢が僕と同じくらいになった感じだ。
「いろは君ならもしかしたらそう言うんじゃあないかと思っていたが……、本当に言うとはな」
さすがにおじさんも呆れ顔だ。
「まあまあ、お姉ちゃんだっていることは分るんだし……」
なぜに僕が慰める役をしているのか?
「それにおじさんが言っていたけど、他のお化けが見えた時、そのお化けから攻撃されるかもしれないんだって」
ちょっと違った気もするけれど、大体そんな感じだったはずだ。
脅かすような言い方になったけれど、それでお姉ちゃんを説得できるなら結果オーライだ、と思っていたのだけれどそう上手くはいかなかった。
「一宮将君、お化けとお話できるということは?」
お姉ちゃんは僕をジト目で睨むと低い声で聞いてきた。僕は反射的に、
「はい、ドリームです!ファンタジーです!」
お姉ちゃんが口癖のように言っていた言葉を答えた。
「よろしい」
その答えに満足したのか、やっと機嫌を直してくれたみたいだ。その代わりに僕は恐怖のどん底にたたき落とされることになったのだけれど……。
「怖かった……めっちゃ怖かった……」
「……大丈夫か?」
ガクガクブルブルと震える僕におじさんが心配そうに声をかけてくる。なんとか返事をすると、ジュースを飲む。
しばらくするとなんとか落ちついてきた。その時にはお姉ちゃんも冷静になっていて、ちょっと恥ずかしそうな顔をしていた。
どうやらお姉ちゃんにとってお化けが見える、お化けと話せるということは「ゼッタイに良いこと」のようで、その考えを変えることは難しそうだった。
「それで、何があったんだ?」
突然のおじさんの質問についていけなくて戸惑う。おじさんには急に話を変える癖のようなものあって、その度に僕は「え?」と聞き返すことになってしまう。
「家に帰った後にわざわざこっちに来たんだ。何か急ぎの用があったんじゃないのか?」
そうするとこのように説明をしてくれるんだけど、それなら初めから言って欲しいと思う。あまり高度な会話技術を小学生に求めないでもらいたいよ。
そんなことを考えながら、宗太から聞いた話をする。お姉ちゃんにも分かるように説明した後、僕は学級新聞には載せないつもりでいること、タカやみっちには大まかな話だけしようと思っていること、そして先生に話した方がいいのか迷っていることを話した。
二人の意見も同じものだったので一安心したのだけれど、先生に話すかどうかだけはまとまらなかった。「先生ではなく僕のことを信用して話してくれたのだから、話さない方がいいのではないか?」、「いやいや、もし何かの拍子にばれたに助けてもらえるよう話しておくべきだ」。
どちらも正しい気がして、僕だけじゃなく、おじさんやお姉ちゃんも答えを決められないでいた。
結局この日は時間切れとなり、決着は明日以降に持ちこしになってしまった。