ブレインはゴースト4
「二人ともこのあと時間なるかな?」
放課後になって、タカとみっちが一緒にいる所に僕は声をかけた。みっちには後で説明すると言っておきながら、どう言えばいいのか分らずこんな時間になってしまった。
「……給食のときのこと、だよね?」
時間が経ったからか、だいぶ顔色も良くなったタカの問いに僕は頷いた。
「説明してくれるのか?」
待ちきれない、といった表情でみっちが言う。
「上手く説明できるか分らないんだ。だから、もし二人がよければもう一度会ってもらおうと思っているんだけど……」
僕の言葉に二人は顔を見合わせる。
「やっぱり無理かな?」
「ううん、会わせてほしい。考える時間もあったから今度は平気だと思う。それに……」
タカはそこまで言って口を噤む。そして少しして意を決したように続けた。
「将君が僕らを危険な目に遭わせたりはしないだろう?」
友達にそこまで信用されてノーと言える奴なんていない。
「もちろん」
自信を持って僕が答えると、タカは安心したのか
「それなら大丈夫」
と言ってくれた。
「俺もいいぞ」
それまで黙っていたみっちが会話に入って来る。
「えっと、でも…………」
どう言えばいいか分らずに迷っている僕にみっちは言う。
「昼休みにタカから何であんなにびっくりしていたか聞いたから、何となくは分ってる。だから俺も連れて行ってくれ」
真剣なその顔に僕は頷くしかなかった。
教室を出てからの僕たちは、この後のことを忘れるかのようにゲームや漫画の話で盛り上がっていた。
やっぱり三人とも不安だったのだと思う。目的地に着くまで普段は聞き役に回ることの多いタカも含めて、皆声を出して喋っていた。
「あれ、ここって?」
菜豊荘の前に着くと、タカが声を上げる。みっちもタカと同じような顔をしていた。
「あ、そうか。二人とも来たことがあったんだっけ」
そういえばおじいちゃんがまだ元気だった頃、家に遊びに来ていた二人を連れて来たことが何度かあった。
それどころか、ここを待ち合わせ場所にしたことも何度もある。
僕はそんなことも今の今まで忘れていた。
「将のじいちゃんが死んでから一度も来てなかったっけ」
「もう一年くらい前の話になるんだよね」
二人とも懐かしそうに菜豊荘を見ていた。
懐かしさにずっと和んでいたいところだけれど、そういう訳にはいかない。
僕は隠れ家である一〇四号室の鍵を開けると、二人に中に入るよう言った。
「あれ、結構綺麗じゃん」
ずっと手入れがされていないで埃まみれを予想していたのか、みっちは部屋に入るなりそう言った。タカの方も口には出さなかったけど、同じことを考えていたのか部屋の中を見回している。
「一応時々は掃除をしているから」
靴を脱いで上がると電気を点ける。
窓のある奥の部屋と違って、玄関側は外からの明かりが入らないので扉を閉めると大分暗くなってしまう。
まあ、奥の部屋の方もいつもはカーテンを引いているので、それなりの明るさしかないのだけれど。
「ランドセル、この辺に置いといていいよ」
荷物を部屋の隅に置いて一息つく。
昔話とか今のこの部屋の話とかをして、もう少し場を和ませた方がいいのかなとも思った。
だけど全員学校から帰る途中で、そんなに時間が取れないかもしれない。
二人に合図をしてから、僕は奥の部屋に声をかけることにした。
「義おじさん、いる?悪いんだけどこっちに来てくれないかな」
タカとみっちの二人が緊張するのが分る。
僕までドキドキしてきた。
音も立てずに――当り前だけれど――ゆっくりおじさんがこちらの部屋に入ってきた。
昼間、学校でタカを怖がらせてしまったことを気にしているのか、おじさんは困ったような顔をしていた。
皆何を話していいのか分らなくなっているだろうから、とりあえず僕が紹介することにした。
「おじさん、僕の友達のタカとみっち。で、こっちがこの部屋に住んでいるお化けのおじさん」
「将、それじゃあ紹介になっていないよ」
「こういうときはあだ名じゃなくてちゃんと名前を言わないと」
「それにお化けのおじさんて……。もうちょっと言い方があるだろ」
その紹介を聞いた途端、皆から突っ込みがきた。
……どうやら僕も自分で思っていた以上に緊張していたみたいだ。でもそのお陰で、全員いい感じにリラックスできたみたい。
「はあ……将には任せておけんな。昼間は驚かせて悪かったね。まずはそのことを謝らせてくれ。すまなかった」
おじさんが頭を下げると、二人は口々に「いやいや」「気にしないで下さい」と言った。
そのことに安心したのかおじさんは笑顔で自己紹介を始めた。
「きちんと挨拶をする、ということで初めまして。二条義則といいます。将のおじいさんの知り合いで、その関係で今でもここに住まわせてもらっています。さっき将が言ったように幽霊です」
タカはおじさんの丁寧な自己紹介に一瞬固まっていたけど、すぐに自分も自己紹介を始めて、みっちもそれに続いた。
「こちらこそ初めまして。ぼくは将君の友達で後藤孝といいます。みんなからは「タカ」って呼ばれています」
「おれは七瀬充です。「みっち」って呼ばれていて、同じく将の友達です」
「後藤孝君と七瀬充君か。うん、これからよろしく」
自己紹介を受けたおじさんが二人の名前を繰り返すと、みっちが複雑そうな顔をしていた。
不思議に思って声をかけると、
「あの、できれば俺のことは「みっち」って呼んでもらえませんか。家でもそうなんで」
「家でもって、ご両親にもかい?」
「はい」
そうだった。みっちの親は二人ともふれんどりーで友達のような感じだ。
だけど怒らせると滅茶苦茶こわい。
他の目上の人への態度には厳しいので、みっちは学校だけじゃなくてどこでも年上の人には「です、ます」の丁寧語を使っている。ちなみに僕やタカも叱られたことがある。
「分った。これからは「みっち」と呼ばせてもらうよ」
「ありがとうございます」
「後藤君の方はどう呼ぼうか?」
「それなら、ぼくも「タカ」って呼んでください。実はその呼ばれ方は気に入っているので」
「うん。それじゃあタカとみっち、改めてよろしく」
「よろしくお願いします」
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
あっという間に仲良くなってしまった。
なんだか出る幕がなくてちょっとさびしい。
そんな僕を放っておいて三人の話は盛り上がっていく。
「ところで、二人ともいつからその呼び方をされているんだい?」
おじさんの問いに二人は少し考え込んで、
「確か、五年生になって、今のクラスになってからだとは思うんですけど」
「おれも四年生の時までは名字で呼ばれていた気がします。」
「だから最初に呼び出したのはたぶん………」
そこで言葉を切ったタカが僕の方を見ると、残りの二人も釣られて僕を見る。
「え?何?」
「ああ、そう言えば五年生になってすぐの頃に、将に突然「みっち」って呼ばれてびっくりした覚えがある」
「僕も急に「タカ」って言われて、「それは僕のこと?」って聞き返した」
「それがいつの間にか定着していた訳か。将のことだから二人が特に嫌がらなかったから、ずっと呼び続けていたんだろうな」
「そんな感じです」
混乱している僕を横目に三人が納得したように頷いた。だけど、置いてけぼりにされた僕はたまったものじゃない。
「え?二人ともこの呼び方嫌だったの?」
友達二人に一年以上も嫌な呼び方を押し付けていたのかと本気で焦っていた。
「そうじゃないよ。ただ将君は最初から気軽に声をかけてくれていたっていう話」
タカがそう言ってくれたことで、僕は気が抜けてしまい、その場に座り込んだ。
「ごめん将、ちょっと意地悪な言い方だった」
みっちも心配になったのか、そう言って謝ってくれた。
そんなぼくたちを見ながらおじさんは小さな声で呟くように言った。
「しかし、私の方からも話しかけたりしていたけれど二人とも今度は全然驚かないんだな。自己紹介の時の「幽霊です」っていうのもスルーされたし」
「全く驚いていないっていうことじゃないんですけど……。何て言えばいいのかな……?学校の時とち違って心構えができていたんだと思います」
タカが答えた横で、みっちも「うん、うん」と頷いていた。その様子におじさんも納得したようだった。
「それにしても、こんな知り合いがいるならもっと早く言ってくれればよかったのに」
しばらくして落ちついてきたのか、みっちが僕に言ってきた。
「そうだよ、そうすれば僕もあんなに怖がらなくてすんだのに」
昼間の時のことを思い出したのか、タカの声もちょっぴりきつい。
二人ともぼくが菜豊荘とおじさんのことを秘密にしていたのが気に入らないみたい。
「いやあ、どう言えばいいか分らなくてさあ」
おじさんのことはともかく、菜豊荘については一人だけの秘密にしておきたかった所もあって、ぼくの返事ははっきりしない感じになってしまった。
「でも、これからは色々話してくれるんだろう?」
「ここまでバレちゃったんだから、隠し事はもうなしだよ?」
二人の言葉には『おれ(ぼく)たちにもここを使わせろー』という気持ちが大量に込められていた。
これはもう諦めるしかないかな。いわゆる、年貢の納め時っていうやつだ。
「分った。僕がいなくても入れるように、後で管理人のおじいさんに紹介するよ」
「やったー」
嬉しそうにハイタッチをする二人を見ていると、こういうのもいいかと思えてくる。
そんな僕たちを見て、おじさんは苦笑していた。二人がここに来ることには反対ではないようだ。
その後、ぼくがおじさんと出会ってからの話で盛り上がっていたのだけれど、ふとおじさんが難しそうな顔をしていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「タカとみっちの二人とも私のことが見えることに喜んでいるけれど、やっぱりそんなにいいことじゃない気がしてね」
ついこの前、同じようなことを聞いた気がする。あれは確か
「それ、いろはお姉ちゃんにも言ってなかった?」
お姉ちゃんが勉強を教えてくれるという約束の切っ掛けになったことだからすぐに思い出せた。
「いろはお姉ちゃんって誰?」
「みっち、今は二条さんの話が先」
「っといけない。義さん、すみません」
話が横道にそれそうになったところを、タカが元に戻す。ちなみに義おじさんのことをタカは「二条さん」、みっちは「義さん」と呼ぶようにしたらしい。
「はっきりしたことは言えないんだが」
そこまで言うと、おじさんは口を噤んでしまった。
言っていいのかどうか迷っているみたいだ。
しばらく考えこんだ後、おじさんは続きを言い始めた。
「私が見えるということは、他の幽霊のことも見えるということかもしれない」
「「「えっ?」」」
僕たち三人の声が綺麗に重なる。
「私自身他の幽霊に会ったことがないし、将のじいさんからそんな話を聞いたこともないから、私の予想でしかないのだけれどね」
「それって何か良くないの?」
「見えることが分っていれば、そんなに驚くこともないと思いますけれど?」
「そうそう。分っている方がいいと思いますけど?」
おじさんが何を言いたいのか分らない僕たちは口々に質問をする。
「君たちから見えることには別に問題はないんだ。だけど、そのことに気付いた相手の幽霊がどういう反応をするのか分らない、そこが不安なんだよ。
私が言うのもなんだが、死んでいるのにこの世にいるということは何か成仏できない理由があるのかもしれない。そして成仏するために、自分のことが見える者に何かしかけてくるかもしれない」
おじさんの話は続く。
「ゆうれいからのアプローチが『仲良くしましょう』というものなら問題ないけれど、皆にとって害になるものの可能性もある」
誰かがごくりと喉を鳴らした音がやけに大きく聞こえた。
「やっぱり、怖がらせてしまったね」
こうなることが分っていたから余り話したくはなかったのだろう。おじさんの声には後悔の念が混ざっていた。
「いえ、教えてくれて良かったと思います」
そのことに一番早く反応したのはタカだった。
「そのことはちゃんと覚えておかないといけないものだと思いますから」
「確かにそうだよ。でもそれって当り前のことだよな。生きている人間相手だって「知らない人にはついて行かないようにしましょう」っていうくらいだし」
みっちがわざと明るい声で続けた。
「おおう、みっちがまともなことを言っている」
だから僕もそれにのって呑気な声を上げる。「なんだとー」みっちが怒ったふりをして僕に掴みかかり、タカも「喧嘩はだめだぞー」と僕等に突っ込んでくる。
そんな様子を見て、おじさんは小さな声で笑っていた。
「ありがとう」
やっぱり僕たちがわざとふざけていたことはバレバレだったようだ。
照れくさくなった僕たちは顔を見合わせて笑ったのだった。