第1章-3 「リューヴォ・ヴィル」
「すまん!まじですまんっ!!」
春華は古びたフローリングの上に頭を叩き付けて土下座した。
「いってぇ!」
「ゴツッ!」っと、鈍い音がした。
当然叩き付けた額は赤く腫れ上がり、ジンジンと痛みが響いた。
春華は額を抑えて蹲る。
そこに、
「男がそんな簡単に頭を下げるな」
呆れた形相で目の前の彼は言った。
春華はゆっくりと顔を上げて、
「いやぁ、人様の御家の布団にゲロっちまった訳だからさ。」
そう額を抑えながら言った。
その言葉に彼は、
「男が頭を下げるのはかみさんと魔王様にだけだ」
と、笑いながら言った。
そんな勇ましい彼に春華は、
「男らしいおっさんだな」
と言い、苦笑する。
春華は話を変える様に右手を腫れた額に、左手を目の前の彼に突き付け
「我が名はダークサイドルシ…、春華だ。飯、ありがとな。」
途中でいつもの台詞を切り、本名を名乗った。
この場でこの台詞は混乱を招くだけだと理解した。
春華は右手を降ろし、突き付けた左手を差し出し握手を求めた。
すると彼は、
「私はリューヴォ・ヴィルだ。よろしくな、ハルカ」
と春華の手を取る。
彼の手は見た目に反して温かく、柔らかかった。
「リュー……、何て?」
名前を上手く聞き取れず、聞き返す。
「あぁ……まぁ、ヴィルで良いよ。」
ヴィルはそう言った。
「ヴィル……ヴィルな!りょーかい。よろしくなーヴィルさん」
ようやくお互いの名前を知り、握手する。
───────────────────
春華とヴィルは、椅子に腰掛け鍋一つ程の大きさのテーブルを挟み面を向かい合わせて話を始めた。
「なぁ、ヴィルさん。一体ここは何処なんだ?」
春華はヴィルに尋ねた。
今春華が一番気になっていることだった。
ヴィルは、
「ここは深底の森。魔物も寄り付かない死んだ森さ。」
何処か寂しそうな表情で答える。
正直、そんな事聞いても自分が何処にいるか分からないのは分かっていた事だ。
だが、自分が居た世界とは別の世界ということは瞬時に理解できた。
もしかしたら、と考えてはいたが間違いない、ここは
『異世界だ。』
「空腹に吐き気、額を叩き付けた時の痛みから夢でないことこは何となく分かっていた……。つまりは知らぬ間に……。」
ぶつぶつと呟き始める。
何を言ってるんだと言いたそうに、ヴィルが呆れた表情を見せる。
「信じられないが、俺は異世界に来たって訳か……。あれ?これって俺の念願が叶ったってことか?」
ぶつぶつと呟き続ける。
「おい!ハルカ!」
突然大きな声を上げるヴィル。
「悪い、ちぃと考え事してた」
「全く、大丈夫か?」と、心配するヴィル。
ここは更に色々聞くべきだと考えた。
「俺さ、記憶が無いみたいなんだ。」
嘘だ。本当は記憶は残っている。
しかし、自分の晒されたこの現状を説明するにはリスクが高すぎる。
相手は人間ではないのだから。
「記憶が?全くないのか?」
ヴィルは首を傾げ、疑問を飛ばした。
「あぁ…からっきし覚えちゃいねぇ」
「名前は覚えてるのにか?」
─しまった!
一番始めに名乗っていたことをすっかり忘れていた。
額から変な汗が流れ、「いや、あの……」とどもってしまう。
これ以上不信な言葉を返せば話を進める事ができないと悟った。
そして春華は決意した。
「ヴィルさん。俺が異世界から来た人間だって言ったら……信じてくれるか?」
恐る恐るヴィルに尋ねる。
「お前、人間じゃないだろ?」
ヴィルが何を言っているのか分からない。
春華は異世界から来たことを信じるかどうか聞いたのに、ヴィルが反応したのは人間という言葉だった。
─ヴィルさん、人間嫌いだったな、そういえば…。
今頃思い出す。
忌まわしい人間と言っていたから間違いはないだろう。
しかし、そんな春華の心配を余所にヴィルは、
「確かに人間に姿は似てるけどなぁ…、その角は間違いなく魔神族のつ…」
「待ってくれヴィルさん!角!!?」
ヴィルが最後まで言い切る前に春華は、テーブルに手を着き立ち上がり、驚きの声を上げた。
「いやいや、お前さん。紛れもないその角は立派な魔神族の角だよ。」
何を言っているんだと自暴自棄になる春華だったが、恐る恐る両手で頭に触れる。
─!!??
そこには確かにあった。頭の横、耳の上の辺りに大きく湾曲した2つの硬い異物が。
春華は顔を青ざめ、直ぐ近くの鏡の前に立った。
「嘘……だろ?」
その頭には長さ10センチ程で黒と灰色の縞模様の湾曲した角がくっついていた。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」
─おいおいおいおいおいおい!!!何だよこれ!何だよこれは!
慌ててその角を引っこ抜こうとする。
─と、取れねぇぇぇぇ!!
春華の頭に生えたその角は、強く引っ張ってもびくともしなかった。
しかし数秒その角を眺めた春華は、
─かっけぇ……。
「かっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
突然の大声にヴィルが驚く。
春華は目を光らせその角を撫で回し始めた。
─え?良いじゃん!カッコいいじゃん!
そう、春華は『中二病』なのだ。
余りの感動に、喜びに、涙が出てきた。
そして鏡の前での決めポーズは30分続いた。




