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リバル王国の冒険者ギルドからの依頼を受けてトップランクの冒険者が30人程集まり、船で依頼の内容にあった魔物が大量に発生した島に向かっている。今回の依頼は魔物の討伐クエストになるのだが発生した魔物は危険指定を受けている奴ばかりなのでトップランクの冒険者が集められ、その1人として私も参加している。
船の上はこれから魔物討伐になるのでみんな武器の手入れをしたり軽く体をほぐしたりして殺伐とした雰囲気が漂っていた、ただ1ヶ所を除いては。
「ちょっと酒はまだなの~?」
「はいただいま!」
茶色でウェーブのかかった髪を潮風に靡かせた水着姿の女がデッキチェアで寛いでおり、色香に惑わされた船乗り達は女の下僕と化して働いている。
「あーまたエサだけやられちまった!よーし次こそ!」
「カイル、早く釣りなさいよ!」
「ちょっと待てステラ・・次こそ!」
赤髪をオールバックで決めている上半身裸の男が暢気に釣りをしている、左胸の下辺りに太陽を型どっているのか刺青をいれていた。よく見たら女にも同じような刺青が鎖骨下から胸にかけて入っていた。
私は我慢出来なかった。
「ちょっとあなたたち!」
私は女の前に立ち、声をかける。
「じゃあ、今度は肩を揉んで貰えるかしら?」
「はい喜んで!!」
「聞きなさいよ!」
私を無視して下僕に肩を揉ませる女に声を張り上げてこっちを向かせる。
「何か用かしらお嬢ちゃん?」
お嬢ちゃん?そんなに胸が偉いのか?私は自分の無い胸を防具の上から擦る。
「私は25だ、お嬢ちゃんと言われる筋合いはない。それよりもあなたたち、あまり魔物討伐を甘く見ないことね、そんなだらけた雰囲気のまま島に上陸しても死ぬだけよ、悪いことは言わないわ帰りなさい。」
「心配してくれてるのね?可愛いわ~!」
「かっ可愛い!?ふざけたことを言うな!ただ私は足手まといにならないように忠告しているだけだ!そこのあなたにも言ってるのよ!」
私は釣りをする男を指差すと男はこちらに顔を向けた。
「俺か?ステラはまだしも俺は釣りをしているだけだぞ。」
「あらバカイル、それじゃ私が遊んでいるみたいじゃない?私も他の冒険者の邪魔にならないように寝そべってるだけよ。」
「その呼び方で呼ぶな。」
「あなたたちいい加減にしなさい、他の冒険者達は上陸に向けて準備をしているのよ、あなたたちみたいにフワフワした考えをしている人がいると士気に関わるのよ。」
「そうかしら・・?」
女は私の後ろに視線を向けたので振り向くと冒険者の男達が女を離れた所から見ており、気付かれたと感じたのか船の中に逃げるように入って行った。
「あいつら~!」
「士気が下がっているようには見えないわよ。」
してやったりと言った顔をしている女を私は睨み付ける、胸がそんなに偉いのか!?
「あなた名前は?」
女は下僕達を下がらせて私に聞いてきた。
「ムイ、ムイ・リバルよ。」
「あら王女様だったのね、私はステラよ釣りをしているのがカイル、よろしくね。」
「とにかくあなたたちは自粛すべきですよ、これから向かう島の人達は魔物が発生して困っているのですから。」
「それはわかってるわよ、でもね・・・」
「休める時に休んでおかないと疲れるだけだぞ。」
釣りをしながらカイルが言ってきた。
「でもリラックスしすぎです!」
「まぁ怒らないの、リラックスも重要よ~。」
「もう知りません、勝手にしてください!」
もうこの人達に何を言ってもダメだ。2人も依頼を受けたのなら仕事はするだろう、仮にもギルドで選ばれた実力者なのだから。
私は島の人のために魔物を討伐するだけだ、2人から離れて上陸に向けての準備をする。
島に上陸した冒険者達は島の町に集合と取り決めていたのにあの2人は来ていない、団体行動出来ないのか?
「これで揃いましたね、では今回の依頼内容の確認と魔物が発生した場所を説明します。」
今回の依頼でリーダーをするビラウが話始めたので報告だけする。
「船上で遊んでいた2人がいませんよ。」
「・・いや人数は揃っています、あの2人は別件で島に来たのでは?」
「別件・・?」
あの人達は討伐に来た船を利用して遊びに来たの?私は腹が立ってきた。
「では説明に入ります、魔物は島の中心にある山に巣を作っており、生息範囲は山を中心にした森全域になっています、現時点では魔物による人的被害はないですが、このままにしておくと危険になりますので討伐するようにと依頼が入りました、冒険者の数は36名なので12名ずつ3チームに別けて行動していきますのでそのつもりでお願いします。」
私は剣を扱うアタッカーだが中・遠距離から攻撃できる魔法使いや弓使い、銃使いの班に護衛として選ばれ、町のすぐ近くからの森入り口から魔物の巣を目指して入った。
「魔物なんていませんね。」
「油断しないように、森の中じゃ見通しが悪いだけだから魔物はどこからでも襲ってくるぞ。」
私達のチームは魔物に会うことはないが着実に巣があると思われる山まで進んでいた。
「他のチームに合流した方が良いんじゃないか?魔物もそちらに集中しているかもしれない。」
「それなら巣までの道のりが楽になる、みんなトップランクの実力者達だ、俺達は巣を潰すんだ。」
「そうね、早い方がいいわ。」
「うわっ!」
「しまった、魔物か!?」
突然男が1人、紫色をした蜘蛛の糸のような物で森の中に引きずり込まれた。
「みんな背中合わせになれ、どこから来るかわからないぞ!」
「あの人はどうするの!?」
「まずは敵を確認しないとどうにもならない。それにあの紫の糸はイビルスパイダーの糸だ、イビルスパイダーは捕獲した獲物は巣に持ち帰ってから食べる、だからまだ生きてるはずだ。」
「はずって・・・」
「襲ってこないみたいだな。」
「あぁ、みんな警戒を解いていいだろ、くそっやられた、みんな巣まで急ぐぞ!」
私達は背中合わせを止めて巣まで歩き始めた。
「どういうことだ?」
「こういうことですよ。」
私達が山に辿り着くとこの島の町長である男がイビルスパイダー亜種と隣同士で立っており、襲われていると思った私達が駆け出すと四方から糸が伸びてきて私はこのチームのリーダーをしていた奴が庇ってくれたので2人で助かったが他のみんなは捕らわれてしまい町長の足元に糸に巻き付かれた状態で転がる、町長は隣にいるイビルスパイダー亜種を撫でている。
「あなたたちは私の可愛い魔物達のエサとなるのです!」
「ふざけるんじゃないわよ!」
私は町長に斬りかかろうとしたがリーダーに止められる。
「待て、囲まれている。町長どういうことだ?」
木に隠れているが確かにイビルスパイダーの集団に囲まれていた。
「私はですね、魔物をテイムする力があるのです、そして魔物は力ある者を補食すると進化するのに気付き冒険者を集めさせたのですよ。」
「魔物を育ててどうするつもりだ?」
「革命ですよ、私が世界の王になるのです!」
「その力を人のために使えば良かったのに・・残念だ、ムイさん逃げなさい俺が気を引き付けますから。」
「待って、あなたを置いてなんて冒険者として、王女として出来ません!」
「誰が逃がすか!いけイビル!殺してしまえ!」
「ピギー!」
イビルスパイダー亜種の断末魔と共に町長の体が血に染まる。
「どうしたイビル?この血は・・・?」
町長は驚きイビルスパイダー亜種に目を向けるとそこには刀を突き刺した白装束を着たステラの姿があった。
「血?ごめんなさい汚したわね、まぁ心が汚れているあなたにはお似合いの血化粧よ。」
「馬鹿な!?極限にまで硬化させたイビルの体に刃が通るはずが・・・」
「何人殺した?」
「へっ!?」
町長の後ろにカイルが立っていた。
「何人殺した?って聞いてんだよ屑やろうっ!」
「ぴぎっ!」
カイルの拳で町長の顔が潰れる。
「倒したら聞けないでしょ、それに殺してないでしょうね?」
「ふーふー!・・大丈夫だろ、こういう奴はしぶといからな。おいムイだっけ?こいつに縄をかけておいてくれ、嫌だろうが手当てもな、捕まえないといけないから死なすわけにはいかない。」
「はっはい!」
縄を取り出して町長を捕縛する。
「もう1人のあんたは糸に巻き付かれている奴らを助けてやってくれ。」
「まだ魔物がいる、俺も手を貸す!」
「いい、もう終わっている。」
辺りを見渡すとイビルスパイダーの死体の山だった、傷からして刀傷、いつの間にかステラが始末していたみたいだ。
「ステラは他の冒険者の救援に向かっているから俺ももう行くからここはよろしく。」
カイルは一瞬で姿を消した。
「彼らは一体・・?船でふざけていた人達とは別人みたいだ。」
私もそう思う、危険指定の魔物を一瞬で片付けるなんて。糸は硬く切り取るのに時間がかかったが中にいた人達は連れ去られた1人も含めて全員無事で私達は町に戻ることになった。
町に戻ると他のチームも帰ってきていた。
「黒幕はこいつだったのか、みんな討伐は成功した、後はこいつを連れ帰りリバルの警備隊に引き渡すだけだご苦労だった。」
縄で縛った町長を町の人に事情を話してからリバルに連れていくことが決まった。
「あの2人は?」
「ステラ様ならもう船にお戻りになりました。」
「カイル様もです。」
ステラ様?カイル様?
他のチームにいた男達はステラを女達はカイルを崇拝しているようだ、確かにあれだけの強さを見せられたらそういう気持ちになるのか。
船に戻ると来た時と同じでステラは水着姿でデッキチェアに座り船乗り達を足を置く台に、カイルは釣りをしていた、ステラの下僕の使い方が酷くなっていたので私は頭が痛くなる。
でも・・・
私は2人に近寄る。
「ありがとう、助かったわそれと、足手まといにならないでって言ったのは謝ります、ごめんなさい。」
「別にいいぞ、あんたらと同じ依頼を受けたわけじゃなかったがな。」
「謝るなら体を使いなさい。」
依頼を受けたわけじゃないと言う言葉に疑問を覚えたが、ステラが立ち上がり私の肩を握ってきたので体が固まり動かなくなる。
「体で・・・?」
「海なら水着よ!みんな~!水着パーティーするわよ!」
「え~!」
冒険者達は男女共にステラとカイルが用意した水着に着替えて船上パーティーが始まった、カイルは釣った魚を捌いてみんなに振る舞い、ステラは水着を手に私を追ってくる。
「嫌です~!」
「ふふふ、いいでわないか~!」
船をぐるぐる逃げていたがステラに捕まり水着姿にされてしまい、身に付けていた防具は取り上げられた。
「もうお嫁にいけない・・・」
「なんで?あなた可愛いじゃない!」
「・・・・・・」
ステラは私の髪型をいじりポニーテールにしてしまう。
「あなた達は何者ですか?あんなに強いのに冒険者・・じゃないんですよね?」
「うーんそうね、酒場の従業員よ。」
「酒場・・?」
「うん、まぁいろんな所に行ってるから機会が会ったらまた会えるかもね。」
ステラが私の頭を撫でてくれる、何故だか私にはステラとまた会える気がしなかった。
船が港に着くと冒険者達はバラバラに別れてしまい、ステラとカイルの姿もなくなってしまった。
冒険者ギルドでは今回の依頼に参加した冒険者達が赤髪の魔物を豪腕で吹き飛ばす男と魔物に刀を振り着ていた白装束に返り血さえなかった女の話を周りにしていたが、誰もそんなことを信用する人はいなく、次第に参加した冒険者も2人を話題に出すことはなくなり2人を忘れているようだった。
でも私は忘れない流浪の強者の2人のことを。