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私は師匠から話に聞いた王都内の小さな酒場に来ていた。酒場の中は人で溢れかえり酒の味を楽しむ者、料理の味を楽しむ者、今日あった出来事について話している者、どこの酒場とも変わらない活気に溢れた小さな酒場。
今いる従業員はたったの2人、赤い髪をオールバックで纏めている長身の男と茶髪にウェーブがかかっている綺麗な女。2人は笑顔で客のオーダーに応じて楽しそうに客との会話も楽しんでいた。
私はカウンター席で酒瓶を傾けながら考える、この2人が本当に師匠が言っていた師匠以上の実力者なのかと。
夜も更けていき閉店時間の1時間前くらいからポツポツと客が減っていく。そして私は客として1人になった、男と女は客が使った皿や酒瓶の片付けをしている。
それを見て私はテーブルに顔を寝かせる。
「あらあら酔いつぶれたのかしら?」
女の声が聞こえてきた。
「んーそんなに酒に弱そうな人じゃなかったんだけどな。仕方ない店の奥で寝かせておくか。」
「よろしくね。」
男がカウンターの中から近付いてくる足音が聞こえてきたので私は袖から出したナイフをバレないように出して準備する。男の手が私の肩に触れると同時にナイフで男を切りつける!・・・切りつけようとしたが手にナイフの感触はなく男に腕が掴まれていた。
「駄目よ~危ないもの振り回しちゃ。」
カウンター内にいる女に目を向けると私のナイフを握り注意してきた、目の前にいる私の腕を掴んだ男を見ると笑みを浮かべている。
「あんたは何者だ?ずっとここから俺らを観察していたみたいだけど。」
「・・・逃げないから離して、セクハラですよ。」
「なっ何を!?俺はそんなつもりで腕を掴んだ訳じゃない!」
男は狼狽えながら腕を離して私から後退りするように距離を取った。
「ごめんなさいね、訴えないであげてください。」
「おい!ステラ!俺が悪いみたいに言うなよ!」
「だって私がナイフを取っていたんだから腕を掴む理由はないんじゃない?カイル・・触りたかっただけでしょ?」
「やっぱり・・」
「んなわけあるか!あんたもやっぱりって何だよ!?元凶はあんただろ。」
「言い訳する男ね~あーやだやだ。あなたもそう思わない?」
「そうですね、言い訳する男は嫌いです。」
「なんで結託してるの!?もしかしてステラの知り合いか?」
「知らない人よ。」
「初めましてです。」
「それならなんで仲が良いの!?」
「あなた誰?暴れるなら警備に引き渡すわよ。」
ステラは私にナイフを返しながら聞いてきた。
「初めまして、私は師匠の使いで来ました。名をシアラと申します。」
「師匠?」
「2人とも俺は無視ですか?」
「はい私の師匠は神託者と呼ばれているミツキ様です。」
「無視ですね。」
カイルは肩を落としてカウンター内に戻って行く。
「ミツキ・・懐かしい名前ね。」
師匠を呼び捨て?
「師匠からあなた方へ伝言があります。『ここに集う迷い人』です。」
ステラの顔付きが変わった?
「ミツキは今どこにいるの?」
「師匠は今、神託を受け取るためにシャガン山におられます。」
「遠いわね、呼ばれたからには行くしかないけど。」
「馬車を用意しております、ここからなら5日で着きます。」
「馬車はいらないわ、今から行きましょう。」
今から?何を言っているのこの人は。
「カイル、いつまでいじけてるのよ!話は聞いてたでしょ、ミツキが呼んでるわよ。」
「・・わかってるよ、俺はこのままで行けるから大丈夫だよ。」
「なら、刀を持ってくるから待ってて。」
ステラはカウンターの扉から店の奥に入っていった。
「あのーカイルさん?先程は失礼しました。」
「いいよ。」
「ステラさんの馬車はいらないという言葉の意味は何ですか?」
「そのままの意味だよ。」
カイルは体を伸ばしながら答えてくれるが、どういうことかよくわからない。
「準備出来たわ、行くわよ。」
ステラは長い袋を持って出てきた袋に刀が入っているのだろうか?それに上着を着込んでいる。そのままカイルと共にカウンターから出て来て私の隣まできた。
「いいのカイル?あそこは寒いわよ。」
「問題ない。」
「なら行きましょう、『風となりて私は誘う、理を覆し、空が転じる』」
ステラに手を握られた瞬間、私の目の前にはシャガン山にある私達の修行施設があった。転移?ありえないミツキ様に出来ないことがステラは出来るというの?
「さぁミツキの所に案内してくれる?」
「しかしもう夜なのでミツキ様は・・」
寝所に入っているはず。
「大丈夫よ、ミツキなら私達が来ることはわかっているはずだからね。」
「・・わかりました、こちらです。」
見張りをしている仲間に入場を許可してもらい蝋燭の灯りが灯る通路を歩いていく。
ミツキ様の寝所にたどり着き護衛をしている人に取り次ぎを願おうとすると寝所の中からミツキ様に呼ばれる。
「シアラ、入りなさい。」
私が開ける前にステラがすでに戸を開けてずかずかと寝所に入る。護衛の仲間もその行動に驚く。
「久しぶりねミツキ。」
「相変わらず歳取らねぇなお前は。」
「ふふふ、久しぶりですねステラ様、カイルさん。シアラを残して護衛の者は下がりなさい。」
「はっ!」
ミツキ様の一言で護衛達は下がったので私も寝所に入り戸を閉めた。
「お2人に会えて嬉しいですよ。」
ミツキ様を前にしてステラとカイルの後ろに私も座る。
「様はよしなさいよ、ステラで良いって言ってるじゃない。ミツキに様付けされるとさっきの子達やシアラが驚くわ。」
「いえ、ステラ様を呼び捨てには出来ません、あなたは・・」
「それは言っては駄目よ、もう関わりはないんだから。」
「そうですか、残念です。カイルさんもお元気そうで何よりです。」
「まぁな。それで俺達を呼んだ理由は?」
カイルが質問するとミツキ様は私を見て口を開いた。
「・・あなたたちが探している物が見付かったかもしれません。」
「なに!?どこにある!?」
カイルがミツキ様に詰め寄るのをステラが制した。
「落ち着きな、ミツキあなたがお告げを受けたの?それとも誰かに聞いただけ?」
ステラは鋭い目付きでミツキ様を見ている。
「あの方から私に連絡がありました。」
「なんだよ・・」
「ふー、デマの可能性の方が高いわね。」
2人は見るからに落ち込む。
「一応、伝えておきます。あの方は今は廃寺の南の寺院にあると言っていました。」
「血濡れの寺か。」
「あそこにはまだ行ったことなかったわね、カイルどうする?」
「どうせあの人のことだ、何かあるから俺達を行かせようとするんだろう。」
「・・まぁいいわ、行きましょう。」
「行くのならそこにいるシアラも同行させてください。」
えっ?私?
「弟子を殺す気なの?」
えっ?殺す?
「その程度のことで死ぬ弟子なら諦めます。」
えっ?ミツキ様諦めるんですか?
「いいんじゃね?ミツキの弟子ならあの場所ならいくらでも使える。」
「確かにそうね、連れて行きましょう。」
「ちょっミツキ様どういうことですか!?」
「行くわよ。」
「おう。」
「待って・・」
「行ってらっしゃい。」
『風となりて私は誘う、理を覆し、空が転じる』
私が転移前に見たのは手を振るミツキ様の姿だった。
「何でこんなことに・・・」
「うだうだ言ってないで行くぞ。」
「あまりくっつかないでよ、歩き難いわ。」
「だって怖くないですかココ、てかどこココ!?」
私は今、カイルとステラと共に廃村を歩いていて夜中ということもあり、怖い雰囲気が漂う場所だ。月明かりのおかげで辺りは見渡せるがどこも崩れた建物ばかりで見通しは悪い。
「昔はたくさんの高僧がいる寺があったこの村は修行僧や門徒達のおかげで栄えていたらしいけど、今じゃ寺で起こった事件のせいで寂れてしまったのよ。離れなさいよ!」
「嫌です~!見捨てないで下さい!」
「あんたミツキの所で修行してるのならこんな場所怖くないはずでしょ?」
「私はミツキ様に弟子入りしたばかりです!怖い物は怖いんです!」
「仕方ないわね~。」
「弟子入りしたばかりにしちゃミツキはシアラを信頼してるみたいだな?」
前を歩いているカイルが振り向いてきた。
「・・それは私の母がミツキ様の右腕だったからです。」
「贔屓されてるわけか?」
「カイル言い方が悪いんじゃない?そうかシアラはリシアの娘だったのね。」
「母を知っているんですか!?」
「知っているわよ。」
母が死んだのはもう10年も前の話なのにこの人はいくつなの?見た感じ私と同じ歳にしか見えない。
「着いたぞ。」
カイルが足を止めた先には見るからに出そうな廃寺があった。
「ここに用があるんですか?」
「そうよ。」
「じゃあ、ここで待ってますよ!」
「いいけどミツキに言われて来たのよね?それに本当にここで待つつもり?」
ステラは私の腕を振りほどきカイルと一緒に寺の入り口から入っていった。一人になると突如悪寒が走る、廃村の中に私一人・・
「待って下さい~!私も行きます!痛い!」
入り口から入ると何かにぶつかり鼻を打ってしまう。
「痛い!なにこれ?」
「これ扱いは酷いわね。」
私がぶつかったのはステラだった。
「ちょうどいいわ、あれを何とかしてくれない。」
私はステラの前につき出された。宙に漂う白い靄。前にいるカイルは鬱陶しそうに靄を手で払っていた。
「なっなんですかあれは?」
「見てわかるじゃない霊よ。」
「れっ霊~!」
私はそこで意識が無くなった。
「ミツキもなんでこの子を私達に預けたのかしら?あれくらいで気絶するなんて。」
「確かに疑問だな、ミツキの弟子は光魔法専門だからな。悪霊や魔物には効果大のはずなんだけど、これじゃお荷物だ。」
暖かく揺れる物の上でカイルとステラの声で目覚めるとカイルにおんぶされていた。
「あれ私?」
「あら起きちゃったのね。」
「ステラさん。ここは?」
「寺の中に入って調べ回ったけど探し物が無くてね地下に繋がる階段を見つけたから降りてるのよ。ちなみに霊はもういないわよ。」
「すいません、もう自分で歩けます。」
カイルに下ろしてもらい階段に足をつける。
「あなた本当にミツキの弟子?」
「・・私は母のようにはなれません。」
母はミツキ様の弟子の中で一番優秀な人だった。なのに私は・・
「リシアと自分を比べてるようじゃまだまだね。」
ステラの言葉は一体どういうことなんだろう。それからは無言で階段を降りていると中央にガラスに覆われた大きい筒状の物がある広い部屋に出た。
「この中かしら?」
「中は見えないな。壊してみるか?」
「天井に繋がってるわね、ヘタに壊すと生き埋めよ。」
2人は中央の物を調べているが私は壁中に描かれている模様が気になった。これは・・壁画?模様?
「ステラさん、壁に描かれている物は何でしょうか?」
「えっ?これは?カイルやられたわよ。」
「あーここは魔物の巣みたいだな。」
壁中の模様が光だして形を成していく、数十体も蜘蛛の魔物が姿を現した。
「ひっなんなんですか!?」
「血濡れの寺、どうやら寺の高僧達を食い殺したのはこいつらみたいだな。」
「カイル部屋の隅を見てみて、入った時はガラスの筒に気をとられたけど、剣や弓、事件の後にこの寺を調べに来た人の装備でしょうね。」
「やるしかないだろ。」
「蜘蛛は苦手なんだけど、仕方ないか。」
カイルは拳を構えてステラは刀を袋から出して構える、魔物は私達に突っ込んできたのでカイルが拳で吹き飛ばし壁にぶつかり潰れる、ステラは魔物が繰り出す足を切り飛ばして頭を落としていく、しかし壁から倒された数だけ魔物が出てくる。
「キリがない!」
「おそらくこの筒が関係しているわ、この蜘蛛達は筒から私達を遠ざけようとしているから!」
「この筒を壊すぞ!」
「やれカイル!」
カイルは近くの魔物を弾き飛ばして筒を拳で突くとヒビが入り筒が割れて中には黒い煙を上げる石があった。
「カイルそれが大元よ!」
「ステラ封印か浄化してくれ!」
「無理よ、シアラを守りながらの今じゃ。」
「ならシアラ、お前がやれ!」
「えっ私が?」
「早くしろ!死ぬぞ!」
カイルとステラが中央までの隙間を作ってくれたので私は隙間を通り石の前に着いた。
「私がこれを・・・」
石は禍々しい魔力を放っていて尻込みしてしまう。
「お母さん・・・」
「リシアに頼るんじゃないわよ!シアラがやるしかないんだから。」
そうだよ、私がやるしかない!
「『浄化!』」
石に手をかざしてありったけの魔力を込める、石は浄化を拒絶しようとしているのか石の周りの魔力の膜が出来る。
「くそ静まって~!」
私がやるしかないんだから!石の色が赤くなり魔力の抵抗が無くなる。
「お荷物なんかじゃなかったな。」
「そうね、比べるつもりじゃないけどさすがとしか言えないわ、リシアの忘れ形見。ミツキが気に入るわけだわ。」
「似ているなやっぱり。」
「えぇ、そうね。」
「雲の石も本物だ、魔物討伐に利用されたみたいだけど収穫だな。」
「探し物とは違ったけどこれで雨と雲2つを手にしたわ。」
私は2人の会話の中魔力の使いすぎか意識を失った。
目が覚めると、シャガン山の修行施設の私の部屋で寝ていた。するとすぐに仲間がミツキ様からの呼び出しがあると連絡してくれたのでミツキ様の元に向かう。
「入りなさい。」
「失礼します。」
戸を開けて部屋に入り戸を閉めてからミツキ様の前に座る。
「お疲れ様でした。」
「いえ私はうまく2人の力になれませんでした。」
「ちゃんと働きは聞いています、あなたを神託者の後継者として決めました。」
「えっ私なんかが後継者!?」
「ステラ様の強い推薦がありましたし、気づいてないんですか?あなたが浄化した石は私の弟子の中にあなたみたいに綺麗に浄化させる者はいませんよ、あなたこそふさわしいと考えています。」
ステラ様の推薦?あの石はそんなに強い術式だったの?
「返事はどうしました?」
「はいっ!よろしくお願いします!」
「では修行に移りましょう!」
「えっ?」
「私の後継者となるのです、20年は山に籠ることになりますから休みはないですよ!」
えー!!
「20年!?・・もちろん休みはあるんですよね?」
「ありませんよ、私が直々に教えますから死なないで下さいね。」
死ぬことさせるつもりだよミツキ様。笑顔が黒い。誰か助けて~!