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僕には親がいない、僕が3歳の時に父と母は街外れにある村からの帰り道で魔物に襲われて殺されてしまったと聞いている。
両親の顔は覚えていない、1人残された僕には血縁者はなく孤児院に預けられた、でも顔を覚えてなかったのは僕にとっては救いだったかもしれない、孤児院にいる子供の多くは両親を突然失い、好きだった、愛してくれた者を失う気持ちは計り知れない物なのだろう。時折見せる哀しみの顔は僕にはできない。
「兄ちゃ~ん!一緒に遊ぼう。」
「うん、干してた布団を部屋に入れたらすぐに行くから。」
「待ってるからね~!」
年少組の男の子は手を降りながら他の子供達の所に走って行った。
干している布団を回収して子供達の部屋に入れていく。
「よし終わり。」
「サイラス、いつもありがとね。」
作業が終わると孤児院の院長に声をかけられた。
「院長、これくらい何でもないよ。」
13歳になる僕は10年も院長に面倒を見てもらっていたから少しでも助けになりたいと院長の手伝いをしている。院長はいつも手伝いをした僕の頭を撫でてくれる、暖かいこの手を感じたいと手伝いにもやる気が出る。
「じゃあ、みんなと遊ぶ約束してるから行ってくるね。」
「気を付けて行ってらっしゃい。」
手伝いをして院長に褒められるのが好きだ、行ってらっしゃいって言ってくれるのも好きだ。外に出て年少組が遊んでいる鬼ごっこに混ざる、院にいる子供達の無邪気な笑顔が好きだ。
翌日買い出しに出る、子供達は一緒に行きたがるがお菓子が目当てだから院に置いてきた、孤児院のお金は街が属している国から出ているから無駄遣いは出来ない、街の入り口には行商や街の近くの村の人が野菜を売りにくる、安い値段だからそこに向かう。
いつものおじいちゃんから野菜を買っていると辺りがざわついた、その様子が気になって人混みを掻き分けて前に出ると、ウェーブの髪を風になびかせた綺麗な女性がいた、隣には赤い髪が目立つ長身の男の人がいた。みんな女性に目を奪われている、男の人と目があった。
「よう少年!」
「はいっ!?」
近付いてきて僕に話しかけてきた。
「ははは!みんなステラの奴に目を奪われているからな、悪いが少年に聞きたいことがあるんだ。」
「何ですか?」
「ここで行われる大食い大会ってのはエントリーはどこでするんだ?」
「えっあの大会は・・確か時計屋のハンズさんって商工会の人のお店で出来るはずです。」
「時計屋か・・少年、案内してもらえるかな?この街に来たのは初めてだから道がわからないんだよ。買い物中か?なら駄目か?」
「いえ、買い出しは終わったんで案内出来ますよ。」
「なら頼む。ステラ、少年が案内してくれるそうだ。」
男の人は僕をステラって女性の前に出した。
「ありがとう、カイルは顔付きがおっかないから驚いたでしょ?ごめんね。」
「ステラひでー、少年自己紹介がまだだったな、俺はカイル、こいつはステラだ。」
「僕はサイラスです。」
案内のため2人と街中を歩いていると、どうしても視線が気になるみんなステラとカイルを見ていた。ステラは綺麗な人だし、カイルは珍しい赤い髪だからだろう。
「ここがハンズさんのお店です。」
「ありがとう少年、お礼に飴をやろう。」
カイルはそう言って棒つきキャンディーを手渡そうとしてくるが、僕は受け取らない。
「どうした飴は嫌いか?」
「いえ、僕だけお菓子を貰うわけにはいかないから。」
子供達だってお菓子を食べたかっている、僕が食べるのも、1つだけ持って帰るのも出来ない。
「うーん何人だ?」
「えっ?」
「兄妹がいるんだろ?人数分なら問題ないよな。」
「いいですよ、僕は孤児院が家ですからたくさん貰うわけには。」
カイルが買い物籠の空いてるスペースに何かが入った袋を入れてきた。
「子供が遠慮すんな、案内してくれたからバイト代みたいなもんだよ、でもお菓子ばかり食べ過ぎても駄目だから孤児院なら大人がいるだろ、お菓子を貰ったことを話してみんなで分けあいな。」
「はい!ありがとうございます。」
カイルは頭を下げた僕に手を降りながらステラと共に時計屋に入っていった。
優しい人だったな、大食い大会に出るって言ってたけどカイルはともかくステラもなのかな?そんなわけないか。孤児院に帰る途中そんなことを考えながら院長にお菓子のことを話すべく走って帰った。
孤児院に戻り院長に話すと、院長はありがたいことだと言って、昼御飯の後にカイルに貰ったお菓子がみんなに振る舞われて、子供達は嬉しそうに食べていた。
カイルたちに出会い1週間経ったがカイルとステラは街の中でとても有名な2人になっていた。カイルは街で行われた大食い大会で去年の優勝者である大食漢の男を寄せ付けない胃袋を見せて見ている人を沸かせていたし、ステラは街中を歩くだけで人を魅了してしまっている。そんな2人が酒場を始めた、酒場は連日賑わいを見せている。
街中はそんな話で持ちきりだが孤児院では問題が起きた、1人で孤児院を見てきた院長が倒れてしまい医者に来てもらい診てもらったが、病状は良くない。
「院長、入るよ。」
院長が寝ている部屋に僕は食事を運ぶ。
「ごめんなさいねサイラス、迷惑をかけます。」
「気にしないでよ、院長がいなくてもみんないい子達ばかりだからね、なんとかやっていけてるよ。」
「そうですか良かった。」
院長の声はか細くて今にも死にそうだ。
バンッと大きな音が鳴り響き部屋の扉が開かれた、この街を治める領主と大柄な男が入ってきた。
「ばあさん、くたばりそうらしいな。」
「クレブト様。」
「話していた通り、あんたが死ねばこの孤児院は私が貰う。」
「待って下さい、24人の子供がいるんです、あの子達の帰る家が無くなってしまいます。」
「ふんっ孤児にかける金はもう出せないんだよ、心配するな貰い手は見付けてやるからな、可愛がって貰えるだろう。」
「あの子達を売る気ですか?」
「この土地を欲しがる人がいるんだ、さっさとくたばれ!」
クレブトが院長を叩いた。
「止めろ!っ!」
クレブトに向かって拳を出すと僕は壁に叩きつけられる。どうやら大柄な男に殴られたみたいだ。
「あまり傷つけるな、商品になるだぞ。」
「クレブト様も、あまり院長に傷をつけると殺されたと勘違いされます。」
「そうだな、おいゴンズそのガキを捕まえろ、院長俺のことを他の者に話すと、このガキが死ぬからな、人質として連れていく。」
体中の痛みのせいで声が出せない、かろうじて保っていた意識は院長の涙を見てから消えた。
気付いたら僕は縄で縛られて藁の上に寝ていた、納屋の中みたいだ、院長は?子供達は?あれから時間はどれくらい経った?
ギーと物音がした、咄嗟に寝たフリをする。
「まだ寝ているか、ならまだ食事は必要ない。」
バタンとした音と共に出ていったようだ、声の主はおそらくクレブトと一緒にいたゴンズという男だ。とりあえず縄から抜けて逃げないとクレブトのことを誰かに伝えないと、孤児院が。
物をかける鉄の取っ手があるこれで縄を切れば。何度も取っ手に縄を擦りつけるがなかなか縄が切れない、早くしないと。
「にゃ~」
「!」
目の前に猫がいる、納屋に迷い混んだのだろうか?猫は僕に近付いてきて縄に爪をかけて切った。
「君は・・・?」
なんなんだこの猫は?僕を真っ直ぐ見てくる。
『酒場に行きなさい、あなたがお菓子を貰った人にこう言いなさい。』
『ここに集う迷い人』
頭の中に声が聞こえた、僕は猫に話しかけていた。
「でも院長の所に戻らないと・・・」
『無駄よ、いいから急ぎなさい子供達が連れていかれるわ、納屋の扉は開けておいたから。』
「うっうん!」
急いで納屋から出た、ここは街の端、街には明かりがないもう真夜中。現在地を確認して酒場を目指して走った。
酒場に着いたが営業時間は過ぎている、僕は明かりが漏れている裏口の扉を思いきり叩いた。
「なんだ?あれ、サイラス?どうした?」
「院長が・・・」
僕は猫に言われたことを思い出した。
『ここに集う迷い人』
「入りな中で話を聞く。」
カイルは僕を中に招き入れて椅子に座らせてきた。カイルの顔付きは出会った時の優しい顔ではない、鋭い目付きをしていた。
「ステラ、お客だ。」
「何なのよこんな時間に、って案内してくれたサイラスじゃない。」
「こっちのお客だ。」
カイルは自分の胸をトントンと指差した。
「・・・わかったわ。」
ステラは対面の椅子にカイルと共に座った。
「何か話があるんだろう?」
「孤児院が領主のクレブトに乗っ取られて、子供達が連れて行かれそうなんだ!」
「マジか!?ステラ!」
「わかってる、孤児院に行きましょう。サイラス案内して」
立ち上がった2人に驚いたがカイルが説明してくれる。
「子供を拐う場合、寝ている内がいいんだそれに真夜中に隠れてな。」
「急ぐよ!カイル!」
「僕も連れていって下さい!」
「・・わかった、俺の肩に掴まれ!離すなよ!」
ステラは長細い物が入った袋を持ちカイルを呼び僕はカイルの肩にしがみついた。
カイルとステラが闇夜を走る、2人はとても早くものの数分で孤児院が見えてきた、孤児院の前には馬車が停まっており大きな袋を持った人が数十人いた。
「ステラ!」
ステラが袋を持った人を刀で斬りつけ離された袋をカイルがキャッチする、空いた袋の中に子供達がいた。
ステラは拐おうとした連中を倒していく、カイルは袋と僕を下ろして襲い掛かってきた奴を捕まえる。
「おい、お前らを雇った奴は誰だ?」
「くっ!クレブトの旦那だよ、頼む見逃してくれ!」
「ありがとよっ!」
カイルは地面にそいつを叩きつけた。
「子供は大丈夫だな。」
「なんだお前ら?」
ゴンズが孤児院の中から出てきた。
「ふんっ使えない連中だな。俺がやってやる。」
ゴンズは手をこちらに向けると手から火の玉が出てきてカイルを襲った。
「カイルさん!」
直撃!?あいつは魔法使いだったのか?
「カイルさん大丈夫ですか!?」
「おー大丈夫だよ。」
カイルは服は焦げたが怪我1つなかった。
「カイル良くやったわ、惹き付けてくれたおかげよ。」
「ばっばかな!」
ゴンズはステラに後ろから斬りつけられ前のめりに倒れた。
「これで全部ね。」
「あぁそうみたいだな。」
ステラは刀についた血をゴンズの服で拭き取った。はっ!院長は?孤児院の中に入ると廊下で倒れている院長がいた。
「院長!大丈夫?」
「サイラス、に、げなさい。」
あいつらに抵抗したのか院長の顔は殴られて血に染まっていた。
「院長・・ありがとう大丈夫だから大丈夫。」
「ちょっとごめんね。」
僕は院長から離された、カイルに服を掴まれている。
「カイルさん?」
「いいから見てな。」
「ヒール。」
ステラの手から青白い光が出る、光は院長の傷を治していく。
「神官さま?」
「違うわよ、院長の怪我を治したついでに病気も治したからもう大丈夫、寝かせて上げましょう。」
カイルが院長を部屋のベッドまで運んでくれた、子供達も薬で眠らされた子もいたようだがステラが運んでくれた。
「良くやったなサイラス、お前が知らせてくれたおかげでみんな助かった。」
「僕は何も、信じてもらえないかもしれないけど領主に捕まった僕を猫が助けてくれて・・」
「猫?」
「なるほどあの人のいいように私は使われたのね。」
「いいじゃねぇか。」
「まぁね。」
2人は何を言ってるんだろう?笑いあっている。
「じゃあ俺達は行くよ。」
「どこにですか?」
「後始末。」
「ありがとうございます!・・・2人は名のある人なんですか?」
「ただの酒場の従業員だよ。」
カイルたちは孤児院から出ていった。
朝になると、カイル達が倒した連中は街の警備隊本部の前に山積みになっていて、領主クレブトはその頂点にいたらしい。クレブトがこれまで行ってきた不正の書類と共に。
街の領主は今は代行者が勤めているが、事件のことで何度も院長に謝罪に来てくれた。
孤児院は存続できそうだ。院長の下につく女性も来てくれて円滑に孤児院は回り始めた。
助けてくれた2人は酒場と共に街から姿を消した、酒場があった場所にはいつの間にかアパートが建っており、あれだけ有名な2人がいなくなったのに気にかける人はいなかった。
まるで最初から2人がいなかったかのように。