死に戻り姫のイレギュラー
死に戻り前世の記憶を取り戻した時、私は私の不甲斐なさに呆然とした。
国王より抜きん出た寵愛を受ける姫であり、その寵愛を受けるに相応しい美貌も備えている。という事は権力も形だけではなく事実振るえる程度には持ち得ている。趣味の読書が功を奏し、外交でも抜きん出た手腕を発揮できるだけの語学力や知識を持ち、政治どころか兵法に関する知識までこの頭の中には入っている。
それどころか、死に戻りにより今後起こりうる未来の事象まで知っているのだ。
(こんなスペックありながら、何でこんな何度も死に戻りなんてしているのよ)
原因は幾つか思い当たるものがある。しかしたったそれだけで私は私を何度も死に追いやった。呆れずにはいられない。
(・・私は、私としての知識も経験も記憶もある。けど、私は本当に私なのかしら)
何度も死ぬ事となった原因は、紛れもなく私自身の性格、或いは思想。そういった信念のようなものが原因だ。
過剰な優しさ、純真無垢で猜疑を知らないその心。それらの所謂美しいとされるものが、私を何度も死に追いやった。
(私は、その時の私と同じではない)
優しさはそれなりにある。でも純粋でもなければ無垢でもない。猜疑は常に心の何処かで燻り、人に期待を寄せる事はない。
(そもそも、私の運命は数奇だわ)
まずもって死に戻りという事象そのものが、私の運命というものを狂わせている。
本来であれば、初めて毒殺されたあの時、私という存在は終わるはずだった。
年が近く仲良くなった使用人から差し出されたクッキーはアーモンドの美味しそうな香りがした。緊張した様子で私の為に何度も作りなおしたのだと言われて、私は嬉しくなってその少し不格好なクッキーを一口頬張った。強烈な苦味に吐き出しそうになるが、心配そうに私を見守る彼女の姿が視界に写り無理矢理飲み込む。
その後の事は苦しくてあまり覚えていない。
最初に目眩が来たのを覚えている。その後直ぐに吐きそうになって、心臓が破裂するのではないかというほど大きく激しく脈打ち、襲ってきた頭の痛みにその場にしゃがみ込んだ。体が言う事を聞いてくれないまま痙攣して、多分そのまま死んだのだ。
酷い苦しみだった。
気が付けばクッキーを食べる前に戻っていて、今度は口にしなかったクッキーを寄ってきた小鳥が食べてしまい、友達になれたと思っていた少女は捕まり処刑されてしまった。背後関係は分からずじまいで、少女が一人死んでこの事件の幕は降ろされた。
何度かの死を経験して、死ぬ直前に戻るのだと思っていたが、そうではないらしい。それを知ったのは溺死というものを経験したからだ。
その日は侍女に勧められて新しいドレスに袖を通していた。他国で流行しているドレスで、裾を広げる為にそれなりの重量がある金具を腰から装着する。布の量も多く、幅もある為動き難い。元々姫であるから一人で着脱はしないのだが、このドレスは絶対に一人では脱げないであろう造りだった。
それに合わせて普段は付けないコルセットもキツく締めたものだから、調子は良いとは言えなかった。
その後王の寵妃に遊覧に誘われ、不安定な足場によろけて泉に落ち、重量故に沈み死に戻りをする羽目になった。
そうして戻ったのは死ぬ直前ではなく朝の着替え前で、そのドレスを選ばない事でこの死は回避された。予想外だったのはその後も別日に同じドレスを勧めらたのだが、高確率で何かしらの水難事故に遭う為に、何度も選択肢を着ないという事実に変更し、その後は滅多にそのタイプのドレスを選ぶ事は無かった。
(そもそも、今回は何処まで戻っているのかしら)
直近では無いことは確かだ。着ている寝間着に見覚えがなく、恐らく随分と前に下げ渡したものだからだ。
今がいつなのか分からないまま着替えが終わり、大きな姿見で自分の今が映される。
(あら、このドレス。嫌な思い出だからとあれ以来着ていないものだわ)
私にとっては死に戻りのきっかけのような不吉なドレス。私以外の人にとっては只のドレス。
(考え事をしていて、勧められてるのも気付かず頷いてしまったのね)
使用人による暗殺未遂事件の際に着ていたドレスだとは、もう誰も覚えていないのかもしれない。
(もう・・五年十年も昔の事のように感じるのに、本当はたった三年前なのよね)
あれから何度も死に戻り続けた私の時間感覚は狂っている。近いときは数秒前、遠いときは数ヶ月前。早いときは一回で、解決出来ずに時には数回同じ時を繰り返した。
そうだ。こうなる前の最後の私は、酷く陰鬱としていた。
(そうね、あれだけの事かあったんだもの。幾ら私でも、只優しく純真無垢のままではいられないわ)
ああ、でも、おかしいわね。
最後に死んだであろう状況が思い出せない。
(こんな事、今まであったかしら?)
あったかもしれないし、なかったかもしれない。




