脳筋令嬢
ありとあらゆる物語を読み耽り、私は最終的な結論を導き出した。
極限まで鍛え抜かれた筋肉が正義だ、と。
「ああああ!!!」
「まあ、いかがなさいまして?」
傍目には、女が男の手首に手を添えているだけの様に見える。
「やめろ!俺が悪かった!!!謝る、謝るから許してくれ!!」
「仰っている意味が分かりませんわ」
女は酷く困ったような、戸惑っているような表情で男の顔色を伺う。
「ポートウッド伯、落ち着いて下さいませ」
「やめろぉ!!婚約は白紙だ、白紙にする!」
「まあ、突然いかがなさいましたの?ポートウッド伯が望んだ婚約ではございませんか、わたくしに何か至らぬ点がございましたでしょうか?」
男はまるで必死に女の手を振り解こうとしているかのように身を捻る。しかし女の手はただ腕に添えられているだけである。
「ポートウッド伯、どうなさったのですか?」
「やめろぉおお!!」
男の額には脂汗が伝っているものの、女は突然の男の様子に戸惑っているもののその姿に別段変わったところはない。
「そなたは悪くない、悪いのは俺だ。婚約により確約した援助はそのまま継続すると約束する!!だから何も聞かずにこの婚約を解消してくれ!!!」
「まあ、どうして突然そのような・・」
傍目から見れば、女は只々突然の婚約破棄に呆然と、途方に暮れているようにしか見えない。
「・・そうか、この為に・・」
男は一巡した後、懐から書類と万年筆を取り出しその書類に何かを書き足す。
「この場にいる者達が証人だ!」
「わたくし、」
「これで十分であろう、早くその手を離せ!!」
女は震える手をそっと男の腕から離した。男は女から数歩離れるとガクリと膝を付き座り込む。
パーティーでの突然の出来事に周囲はただ見ている事しか出来なかった。
「ポートウッド伯はお疲れのご様子。休憩室へ案内を」
その場を収めようと動いたのは、パーティー主催のフェンダート伯爵夫人であった。
「あなたはポートウッド伯と最近ご婚約なさったコニャック男爵家のご令嬢ね」
「コニャック家のマリアンナと申します」
「こちらへ」
「筋肉は男性だけの特権ではありませんわ」
医学的根拠があっての結論ではない。記憶にある物語の多くは超能力を基準としていたし、それを読んでいた本人には全く持ってそれらしきものはない。特段優れたものが無く、大した努力もせずに成果ばかりを求める。今の私から見たら平凡過ぎる人間だ。
「そんな細い体の何処にこんな馬鹿力があるってんだ!!」
一見してマリアンナにはそう多くの筋肉があるようには見えない。確かに体は引き締まっており、無駄な贅肉は殆ど無いようには見えるが、男に勝てる程の筋力があるとは到底思えない見目である。
「そうは見えないのだとしても、あるのですからこの身の内にあるのでしょうね」
お手本のような微笑みを浮かべるさまは、男達からしてみれば馬鹿にされているようにしか見えない。
「このクソアマ・・」
「まあ、なんて言葉遣いなんでしょう・・」
見目は完全にただの令嬢である。この身の内に大男さえも打ち負かす程の力があるとは、とてもではないが想像も出来ない。
しかしその力には理由があった。実を言うと、マリアンナは他の令嬢に比べて背が高い。長いドレスの下のヒールはかなり低めに作っている。体躯が長い分、筋肉も多い。そしてマリアンナは所謂、ピンク色の筋肉と言われる筋肉を重点的に鍛えてきた。
ピンク色の筋肉とは、持続力も瞬発力も兼ね備えた筋肉だ。通常の筋肉より優れていると言われている。マリアンナはその筋肉を極限まで鍛えたのだ。




