異世界?パラレル?未来の地球?
自分だけは大丈夫。何の根拠もないその自信は無意識なものでしかなくて、自覚なんてこれっぽっちも持ってなかった。それでも多くの選択でそれは無自覚に影響を与えていて、いつの間にかもう戻れない場所まで来てしまっていた。
「これは・・・リセットと呼ぶべきか・・・」
確かにこれまでの選択が無になったという意味では同じかもしれない。ただ今まで培っていたものも無になったと言えるだろう。悲しいかな、最近では在り来たりになった異世界転移というものをしてしまったらしい。まだ転移したばかりで確定事項ではないと言いたいが、目の前の光景はどう見ても日本どころか先ほどまでいた地球とは絶対に違う場所だと言い切れる。
「ボケッと突っ立ってんじゃないよ。邪魔だねぇ」
「あ、すみません・・」
どうやら言葉は通じるらしい。日本語を話しているように聞こえるが、服装や見た目は純粋な日本人とは言い難い。髪色は深い緑色をしている。髪色は染めている可能性も否定できないが、目の色も緑だし目鼻立ちも異様に整っている。日本人というよりもハーフだろうか。肌色は白人というよりも色白の黄色人だ。格好は中世ヨーロッパの町娘みたいな格好をしているが、街行く人々の格好は多様性に富んでいる。和服っぽいものもあれば中華っぽい服を着ている人もいる。目の色は分からないが、髪色も肌色もカラフルで派手派手しい。
「あの、すみません。迷子なんですけど、交番ってありますか?」
「交番ならここをまっすぐ進んだ公園の近くにあるよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
異世界で交番が通じるとは思わなかった。それによくある自動翻訳とかそういった感じでもない気がする。というか普通に日本語だ。落ち着いて周りを見渡せば案外普通に日本語の表記もある。道は石畳だし道の両脇に並ぶ屋台の奥の建物は良く見れば木造住宅で、これもまた和洋折衷のようで一軒一軒見れば違和感はないものの、街並みとしてはちょっと微妙に見える。
「おお・・」
交番は日本語とローマ字で交番と表記されていた。マークは見慣れたあのマークだし、雰囲気もちょっと一昔前を思い出すが概ね日本と同じに見える。ただなんとなく違和感を感じるのだ。違和感の正体はいまいちよく分からない。
「あの~すみません、迷子なんですが・・・」
「はーい。えーと・・大人の方、ですよね?」
「はい、ちょっといつの間にか知らない場所にいて・・記憶がないというか」
「え~・・まずはこちらを記入していただいてよろしいですか?」
「はい」
書かれている日本語も問題なく読める。ということはやはりここは日本なのだろうか。ただ私がいたところとは確実に違うと言えるので、異世界というよりもはパラレルワールドと言った方がいいのかもしれない。
「記入終わりました」
「はいはい、拝見しますね」
用紙を手に取り警官は内容に目を通す。
「あれ、君もしかして・・ちょっとこっちも記入しといて貰っていいかな」
「はい」
渡された紙は一般常識のテストみたいな内容だ。と思ったが顔文字とかギャル文字とか色んなジャンルのクイズみたいな内容だった。問題に統一性はない、ような気がする。問題には時々本当に意味不明な内容のものもあった。
「テストじゃないから気楽にやってね。わかんないとこは飛ばして大丈夫だから」
「はい」
分からないところはまあまあある。遠慮なく飛ばしてあっという間に最後の問題。
「あ、裏もあるから」
「あ、はい」
最後じゃなかった。
警官は忙しなく資料を引っ張り出しては中身を見てまた仕舞うという作業を繰り返している。ここ、パソコンないのだろうか。
「あ、あったあった・・え~・・君、これから移動するかもしれないけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「よし、まずは連絡だな。まだ時間掛かるだろうから、それまでそれ書いておいてくれる?」
「はい」
警官は自分自身でするべきことを確認しているようだった。なんとなく警官を見ていれば、連絡と言って取り出したのはなんと伝書鳩だった。現実に頭が追いつかない。伝書鳩とは言ったものの、鳩とは違う見たことのない鳥、というか虫だなこれは。一番近いのは蜂じゃないだろうか。その蜂の足に知識では知っている伝書鳩の足についているアレがついていて、それに警官が手紙を入れる。そしてアレよと言う間に飛ばしてしまった。
「手紙蜂を見るのは初めてですか?」
「はい、まあ、そうですね。アレってどこにでもいるもんなんですか?」
「手紙蜂は速達用ですからね、大抵の行政機関には一匹設置されていますよ」
「へえ、そうなんですね」
記入が終わり暇になったので聞いてみれば手紙蜂は常に女王蜂の居場所を認識しているそうで、一定距離を一定期間離すと指令を受けるために真っ直ぐに女王蜂の元へはせ参じるそうだ。その習性を利用しての伝書鳩ならぬ手紙蜂なのだそうだ。ただ帰っては来ないので、本当に緊急用の一方通行な連絡手段らしい。
というかそんな緊急用の連絡手段を使うほどの緊急事態って事なのだろうか。なんか心配になってきた。ていうかさっきから思ってたけど、この警官結構頭ゆるいというか天然というか、これ多分私に教えちゃ駄目なやつだと思うんだけど。だって何だか逃げたい気分。逃げないけど。
「いや~!話には聞いたことあったけど、都市伝説だと思ってましたよ」
「何がですか?」
「旧人類とか」
「ん?きゅうじんるい?」
聞き返したところで大きな揺れが交番を襲う。地震かと思えば警官がのんびりした様子で上を見上げた。
「来たみたいですね」
「何がですか」
「じゃあ行きましょうか」
「どこにですか」
「上です」
交番のさらに中のほうに案内されると、上に続く階段があった。どうやら屋上に行くらしい。建物自体は三階建ての三階が屋上になっていたようだ。
「交番は屋上がヘリポートになっていてね、緊急時は航空隊がこうしてくるんですよ」
「こうくうたい、ですか・・」
「勤務以来始めてですよ!こんなことは」
ワクワクがとまらないといった風の警官とは違って、航空隊として来た恐らく警官だと思われる人物には威厳というか迫力があった。ついでに言うと乗り物にも。めちゃくちゃでっかいカブトムシの背中になんか鞍みたいなのがついてる。ヘリポートなのに来るのはヘリじゃないんかい!
「普通、こう、異世界ってもっと飛竜とか、ファンタジー的な感じじゃあ・・」
「いやぁ、飛竜とか、こんな街中で乗り回せないっしょ」
「あ、まあ、そうですね」
いや、田舎育ちの野生児で本当に良かった。これ下手すれば虫嫌いの現代人だったら乗れなかったんじゃないかね。本当にもうただのでかいカブトムシ。飛竜じゃなくてもせめて巨大な鳥とかペガサスとか、もっと綺麗なファンタジー想像してたわ。てか中途半端に名称が日本で違和感が半端ない。
凛々しい警官は巨大なカブトムシをただの紐で巧みに操っている。交番の緩い警官から受け取っていた書類は軽く目を通していたが、その後は見ていない。というかカブトムシを運転しながらこの暴風吹き荒れる中読むなんて普通は出来ないわな。恐らく到着してから見るのだろう。
「暫くはここにいて貰う」
「ここですか?」
そこは窓もないようなかなり薄暗い場所で壁もかなり分厚そうな、まるで牢獄みたいな部屋に見えた。入りたくないとは思ったものの、ここまできてしまった以上入るしか選択肢はない。やっぱりあの時逃げるべきだったのだろうか。そう思いながら通路を進めば、強烈な風と次に霧のようなものを吹きかけられる。若干薬品臭い。何をされるのだろうかと不安に思っていれば、なんと警官も一緒に入ってきた。一人閉じ込められると思っていたからほっとしたのだが、次の瞬間異性であることに一抹の不安を抱く。
「(や、でもまあ、イケメンだからまあ、許せるかも?)」
嫌なものは嫌だが、イケメンであるという一点だけは多少なりとも救いになりそうではある。だが何もないに越したことはない。若干警戒を強めつつ足を進める。警官は距離を詰める気はなさそうだ。その空気が伝わったのか、警官は部屋についての説明をしてくれた。
「この部屋は極力魔力の影響を受けないよう作られている。窓や通気口がないのと入り口の装置はその為のものだ。旧人類と思われる人物への対処は同様の部屋で対処するようマニュアルが作られている」
「まりょく?魔力?」
「魔力とは、旧人類にとっては害となるが、進化を遂げた人類には新エネルギーとして活用され今では魔力という名称で馴染んだエネルギーだ」
「害?どうなるんですか?」
「巨大なエネルギーに人体が耐えられずに崩壊するらしいな」
「私死ぬんですか!?」
「死なせない為の設備だ。安心したまえ、旧人類用に魔力排出薬が開発されている。君が本当に旧人類であれば支給が可能だ」
クイズみたいな問題は旧人類がいつの時代から来たかを判断するためのものらしい。中にはフェイクの問題も含まれていて、そのフェイクは情報として得ようと思えば一般人でも得られるようになっているそうだ。そのフェイク問題は本当の旧人類であれば解けないような問題で、旧人類になりきる為に設問を調べた新人類だけが答えることが出来るようになっているそうだ。
「一部の新人類にとって、旧人類は特権階級に見えるんだろう」
旧人類は特異な体質を持っており、その体質を有効活用して国に貢献するとそれなりの地位を与えられ身分が保障されるらしい。しかも魔力排出薬も必要分支給されるのだそうだ。国に貢献しなくても魔力排出薬は支給されるがギリギリしか支給されず追加購入が必要になる場合が殆どで、身分保障も最低限な上に一部の者にとっては利用価値があるらしく時折狙われることもあるそうだ。そりゃ誰だって国に貢献して庇護される方を選ぶに決まっているでしょうよ。
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ずっとあの息苦しい部屋で過ごさないといけないのかと思っていたが、薬を飲めば殆ど普通の人と同じ生活が出来るらしい。国への貢献と引き換えに庇護を得た私はその後公務員が暮らす単身寮へと案内された。オートロックな上に住み込みの管理人さんがいるので安心できる場所と言える。
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街中を久しぶりに歩いて漸く気付く。そうだ。ここ日本っぽいけど、電柱がないんだ。




