お一人様ご案内
たった一人、過疎化の進んだ田舎で自給自足をして安定した生活を手に入れた女が、異世界に行って全てを無くしてしまったお話し。
私はただ平穏でいたかった。
その為には人となるべく関わらない事と、既存の社会にどっぷりとその身を浸さない事が重要だった。
「お支払いはいかがなさいますか?」
「現金で」
「現金ですと一括のみになりますが」
「はい、それで大丈夫です」
私は過疎化が進んだ田舎の農村に田畑付きの古民家を買った。必要な電化製品類に家庭用の農機具、自家発電設備を購入した為に貯金はもう殆ど残っていないが、一年くらいは家を整える事に集中できるだけの金は残している。一年でこの家を自分の理想に近づけ、それ以降はたまに働きながら、ここを終の棲家に余生を過ごすつもりだ。
家電製品及びネット配線、太陽光発電に蓄電等の設備取り付けは業者に任せた。余った電力は電力会社が買い取りしてくれるという話しだが、取り付けられた蓄電器に回されるので恐らく余分な電力は出ないだろう。
ネットが接続された時点で、某動画サイトにて取り付けたものや周辺の環境、自分のした事などの動画をアップロードした。再生数はあまり伸びないが、広告収入としてはゼロよりマシという程度だ。ただ元々は無収入の予定だったというのもあり、そう悪いものでもない。
家自体はなるべく理想に近い古民家を買い取った。土間があって、竈があって、薪を貯蔵する倉庫もある様な、古い家。そんな家だったからお風呂は五右衛門風呂みたいなやつだ。ユニットバスに改装しようかと思ったけれど、下から焚けるのは利点もあるかとそのままにした。屋根に太陽熱温水器を自作して取り付けお風呂場につなげた。これで晴れた日には態々お湯を焚く必要もないし、ガス代を多少は節約できる。因みにガスの供給はプロパンだ。コンロはガスとIHどちらも用意した。
ただ基本的に晴れていれば太陽熱を活用できるソーラークッカーを利用して料理する予定だ。
食費を最小限に抑える為に、最初に整えたのは家の隣にある畑だ。この家の持ち主は元農家だったそうで、家の隣と家から離れた場所に幾つかの畑を持っていた。跡継ぎがいないという事で、まとめて安値で購入出来たのは幸いだ。全てを一人で行うのは大変なので、恐らく幾つかの畑は潰す事になるだろう。
家自体が数年使われていない状況から分かるように、それらの畑も長らく放置されていて直ぐには使える状況ではなかった。まずは畑を耕す事から始めなくてはならない。購入した家庭用の小さな農機具は思っていたよりもずっとパワフルで、あっという間に畑は畑らしくなった。放置されていた事によって、農薬による土壌汚染も改善されているだろう。
以前から作成していた保存と連作障害も考慮しての家庭菜園計画書に沿っての活動はとても楽しいものであった。出来上がった家庭菜園に満足したら、収穫までは時間が掛かるので直ぐに次の行動だ。
出来るだけ自給自足で人と関わらない生活をするためには、肉類もまかなえた方が良い。出来れば卵も欲しいとなれば、飼育するべきは鶏やカモだ。出来れば両方飼いたいけれど、まずは鶏から始めよう。入手先も実は既に確保しているのだ。
となれば次にするべきは小屋の建設だ。本当は畑同様、家を購入した時にセットだった山林から切り出したいところだが、まだそれだけの力量が私にはない。今回は諦めてホームセンターで購入だ。一応建材屋も回ってみたが、大量に購入しない限りはホームセンターで購入した方が安い。材質の良し悪しは私にはまだ判断が出来ないので、店員に相談しながらの購入になる。
鶏小屋の建築場所は山林の中にある竹林の一角だ。春先は沢山タケノコが取れるそうなので楽しみにしている場所である。この竹林の一部を囲い、鶏の行動範囲を限定するのだ。その囲った中でも開けた場所に寝床である小屋を設置するので、一度下見が必要だ。
「お~・・いいね、竹林」
竹林は思っていたよりも密集はしておらず、程よく整えられている様に見えた。
「そういや売買が決まるまでタケノコ取りには来てたって言ってたっけ」
これくらいなら竹を間引きする必要もないだろう。竹林は一度広がると完全な除去が難しいと聞いたことがあるから、今後広がり過ぎには気を付けなくてはいけないだろう。
「竹の使い道は結構あるし、大丈夫でしょ」
早速何処からどこまでを囲むのか決め、必要な囲いの長さを図っていく。囲いを固定する為の柵は生えている竹をそのまま使うので、出入り口用のドアを付けられそうな場所も含め探しておこう。囲いの柵は割った竹で作ろう。
イタチ等の害獣から鶏を守る為には、兎を一緒に飼うと良いと父に教えられたことがある。兎を飼うのは少し余裕が出来てからになるだろう。それまでに鶏がやられてしまうと困るので、竹林に移動するのはもう少し先の話しだ。まずは害獣の被害が多少は防げるであろう家の近くで、ある程度数が増えるまでは見ておきたい。ただ増えた後は竹林に移動したいので、小屋の大きさはこちらに合わせる必要がある。
「運ぶのも大変だし、ちゃんと分解も楽に出来るように作らないと・・」
予め想定していた部分も多いので、ある程度の設計図は出来ている。鶏小屋は多少失敗しても被害は小さいだろうから、釘を使わない木組みの建築を試してみたいのだ。これは図書館で調べて設計しているので多分大丈夫。
柵は鶏が増えるまでに作れば良いから、まずは小屋だ。ある程度の数に対応できる大きさで作りたい。
小屋が出来たら雄鶏1羽に雌鶏3羽を買い取り、1羽の卵は食用に、残り2羽の卵は繁殖用に分ける。広さとしては1羽の巣箱の方が快適だと思う。残り3羽が入ってる巣箱も決して狭い訳ではない。
畑の手入れをしながら、苗を育てる為の簡易的な温室を建てる。私1人で建設できるよう設計したので、サイズとしては結構小さい。というか高さがあまりなく、細長い。中腰で作業しなくても大丈夫な作りにしたのだ。
これが完成すれば、畑の収穫率は一定を保てるだろう。
温室が出来る頃には、ある程度安定して卵が収穫出来るようになった。繁殖用の鶏が卵を温めているので、今後の期待は高まるばかりだ。
「次は水場かな」
土地に排水管や傷つけてはいけないものがない事を確認し、ネットで作り方等を調べて自力で時間を掛けながら井戸を掘り、壁が崩れない様にレンガで形を整え、ありそうでない迎え水を入れて使う手押しポンプを取り付け、映画やアニメに出てきそうな井戸を完成させた。結構深く掘ったので、安全対策として中に階段を作った。一人で暮しているのに、間違って井戸にでも落ちたら死にかねない。一応屋根とつるべ、桶も作ったのでどうにかなるとは思っているが、快適に過ごすには慎重なくらいが丁度いい。
井戸が完成する頃には、野菜が少しずつではあるが収穫出来るようになっていた。鶏のヒナも生まれ、数羽であるが順調に育っている。早めに竹林の柵を完成させた方が良いかもしれない。
何でも好きに出来るのは今のうち、そう思い直ぐに柵作りに取りかかる。竹をいくつか切り倒し、割り裂き棒にしていく。これを編み目を大きくして編めば、柵が出来ていく。
合間に収穫した野菜で糠漬けを作る。米ぬかは米屋で安くで売ってあったものを購入した。
下手に安くで譲って貰ったりすると、面倒な人付き合いが始まる可能性があるので、そういった可能性はなるべく潰しておきたいのだ。面倒だし。最低限で済ませたい。
交流するなら無害そうな高齢者に限りたい。
鳥の餌は籾殻やら卵の殻、野菜の屑に米ぬか、雑草、害虫と様々であるが、多くは安価か経費の掛かるものではない。私が食べない部分を餌と出来るので大変助かっている。
それでも残っている部分はミミズコンポストに投入するか畑の隅に積み重ね枯らしている。
ミミズコンポストにはシマミミズを1000匹程投入している。これもネットで調べて自作したのだ。本当は自然に還る素材で作りたかったのだが、早めに手軽に作りたかったのでプラスチックのケースを使った。虫が湧かないように蓋を付けて更に大きくて網目の細かい洗濯ネットで包んでいる。投入する生ごみの量はそんなに多くない。
鶏の環境が整ったら次は池作りだ。出来ればそこで非常食に出来そうな魚も飼いたいので大き目の池を作りたいのだ。深度は浅くても良いが、広さと形を楽しみたいので家の周りをぐるっと堀の様に囲む形にしてみよう。距離は家から近すぎず遠すぎずという事で大体2メートル程度の場所にする。深さは場所の高低も考慮して1.5メートル程度を想定する。これだけ大きければ大雨でも氾濫の心配はなさそうだ。
雨樋を伝ってくる雨水はそのまま堀に入るような作りにしようかと思ったが、色々と考えた結果大きなタンクを幾つか用意する事にした。自然のサイクルで水質を保つようにするつもりではあるが、流れがない人工池では限界があるだろう。タンク内の水を高い位置から少しずつ落とし続ける事で少しは酸素濃度を上げる事が出来るかもしれないという考えからだ。
堀を完成させるには時間が掛かるだろうから、先に雨水を貯蓄する為の環境を整える。タンクも残念ながら人工物だ。土ならまだしも、水が漏れないような桶を作る技術は私にはない。これはそんなに時間もかからなかった。計3つ設置して堀に取り掛かる。完成する頃にはタンクも雨水で満たされているだろう。これを利用すれば堀に水を溜めるのが容易になる。
まずは堀の形を決めて穴を掘る事から始める。時間も労力も掛かる事は覚悟を決めての実行だ。休憩を挟みながら掘り進め、側面が崩れない様に前もって用意した竹の棒で固定していく。大変な作業だが、完成を思い浮かべればそれも苦ではない。
私は少しずつ、自分の手で理想の家を作り上げていった。
「・・・漸く、完成したなぁ」
その言葉がいえたのは、この家に住み始めてから実に5年もの月日が流れた頃だった。
「ああ、幸せ~・・・」
最初はちょくちょく麓へ降りて、食料や日用品を買い足しに出なくてはならなかった。だが今はもう冬場でも殆ど買い出しの必要がない程に長期保存が可能な食料を多量に確保する事は難しい事ではないし、冬に潰して食肉として加工できる家畜も十分な数を飼育している。必要であれば家を囲む生簀から魚を得る事も可能なのだ。電気はなるべく使わずとも済むような生活をしているし、その電気でさえ電力会社から購入するのではなく、取り付けられたソーラーパネルで賄えるようになった。
ガスだけはどうしようもなくて業者を使ってはいるが、なるべく薪燃料を使うようにしているからここ最近は使っていない。何かあった時の保険として置いているようなものだ。
理想の自給自足の生活が、遂に完成したのだ。
「さて、今日の分の収穫も済ませなきゃね」
自給自足の生活も整い、そして慣れ、漸く人心地着いた気持ちだ。
いつもの様に鶏の様子を見に行きがてら、山に入り山の幸を探す。どの季節にも何かしら収穫できるものがあった。こうして原点に還った生活を続けるのは心地良い。時間をかけて整えた環境があるからこそそう言えるのかもしれないが、私は今まさに幸せを感じていた。
「え・・・?」
いつもの通り道、いつもはない大きな落とし穴が、私の幸せを飲み込む音を立てた気がした。
「・・・・・うぅ・・」
気が付けば辺りは真っ暗闇で、冷たい土の感触が掌を湿らせた。
気絶なんて初めての経験だ。気絶したつもりなどなかったが、落ちた時はまだ日が高かったのに、今は何も見えない位暗くなっている。認めたくはないが、気絶していたのだろう。
「・・・怪我は、してないみたい」
頭を打ったりもしていないようだ。
どうしてあんなところにあんな大きな穴があったのだろうか。
「全然見えないや・・・」
元々少し鳥目気味だからか、地形も何も見えない。手探りで確認する限り、恐らく穴ではあるのだろう。風は吹き込まないらしくそこまで寒さは感じない。
「あ~・・どうしよう」
幸いこの辺りに熊などの危険な野生動物はいない。たまに猪はいるが、同じ穴に落ちる様なマヌケな猪はいないだろう。一番多いのは鹿だ。作物を荒らす代表的な害獣だ。対策はしているので畑までは滅多に来ないが、この辺にはいるだろう。
「スマホくらい、持ち歩くべきだったかなぁ・・」
隠居してもうそろそろ一年が経つ頃だ。毎日の生活に忙しくスマホゲームをする時間も無くなった上に、元々人と余り連絡を取る方ではなかった。結果的にスマホは週に一度充電すれば事足りる程度にしか使用しておらず、携帯電話なのに不携帯という状況だった。
「取りあえず、明るくなるまで寝るしかないよね・・」
幸いリュックには遭難に備えて幾つかの非常食とおにぎりが入っている。入れていた、というよりは入れっ放しにしていたという方が正しい。
田舎の森に入るのが不安だった最初の頃、念のためにと用意したのだ。特に重くないのでそのままリュックを使い続けていたのだが、よもや役に立つ日が来ようとは思いもしなかった。
熟睡は出来なかったもの、目を閉じていただけでも多少は疲れが和らぐ。ほんのり明るさを感じて目を開ければ、空が白みはじめていた。
「・・人工的な穴じゃない、みたい、な?」
どちらかというと、自然に出来た穴なのだろう。明るい場所で見れば岩だらけで、所々に手が掛けられそうな窪みがある。
「ていうか、こんな穴に落ちてよく無事だったな私・・」
それ位には危なく見える。
中世風の異世界には、チートも何もなく、過疎化にいた女にとってはとてつもなく悪環境になったとしか思えなかった。
戦争・略奪・魔女狩り等ありの予定