浸食
神は告げた。
「まずは繁殖力のあるゴブリンから創めよう」
そうして人知れず山奥で、猪の雌が変異種を産み落とした。
それは猪から産まれたにしては蹄もなく、まるで猿のような手足を持っており、瓜坊のように愛らしい見目ではなく、淀んだ色合いを持っていた。
しかし母猪はそれを淘汰することなく共に過ごし育んだ。それは見目こそ猪とはかけ離れているものの、母猪に育てられた事により中身はまさに猪そのものだった。
やがて時が経ち、その山奥では最初こそ変異種だったそれが珍しくない程度に数を増やしていた。その器用な手足が生存率を上げているのだろうか、それとも単に遺伝子が強いのかはまだ定かではない。
それらは数が増えてはいたものの、それなりの秩序を保ち山奥の生態系に馴染み、一応は猪と同一の存在として共存出来ている。それは猪がそれらを同種族として見ているからなのだろう。
見目は完全に別の生物である。しかしその奇妙な関係は実に美しい均衡で保たれていた。
しかしそれは変異種の一個体が人里に下りたことによって終わりを告げる。
人里へ下りた個体はまだ産まれたばかりのほんの子供だった。子供同士で遊んでいる内に場所を見失い、さまよい歩いて人里へと近付いてしまったのだ。空いた腹に警戒心は薄れ、美味しそうな臭いに吸い込まれるように罠へと嵌まった。
「なんだこりゃ、猿か?」
変異種は当然のごとく、猪だとは認識されなかった。
「猿にしては毛が薄い」
「この手足はどっちかっていうと人間じゃねぇか?」
まだ幼い変異種は、肌の淀んだ色合いがまだ柔らかく、人に見えない事もない。
「捨て子か?」
「獣みたいな子供だ。獣にでも育てられたんじゃねぇのか?」
今時珍しい話題に世間は食いついた。
「今私は獣に育てられた少年の保護された山に来ています。捨てられた少年は一体、どのような生活をしていたのでしょうか。少年を見つけた林山さんに話を伺いたいと思います」
「山に何時ものように仕掛けの見回りに行って、箱に最初は猪かと思って、次に猿だと思って、それも違うなと思ったんですよ」
「少年はどんな様子だったんでしょうか?」
「仕掛けの餌は食べてましたよ。余程お腹が空いてたんでしょうね、興奮したように箱に体当たりしたり、揺らしたりしてました。こっちに気付いたら姿勢を低くして怯えてるのか警戒してるのか・・」
「それを見て林山さんはどうされたんですか?」
「子供だと思ったので話し掛けましたよ」
「反応は?」
「獣みたいな反応をするので、多分言葉は分かってないなと思いました」
「その後はどうされたんですか?」
「痩せてましたし、開けたら逃げそうだったんで、そのまままずは持ってきてたオニギリをあげました」




