廻る刻
どんなに創意工夫をこらし努力を重ねても、結果は何も変わらなかった。まるでそこだけは決まっているのだと言うように、彼らは私に殆ど同じタイミングで全く同じ言葉を吐く。
「君には失望したよ」
これは生まれて直ぐに私の婚約者という立場に収まってしまう男の言葉。
「愚かな女は嫌いだ。君は浅はかで鈍感だ」
これはどんなに距離を置こうと思っても、親同士が親友であるから幼馴染みという立場から逃れられなかった男の言葉。
「貴女を姉とは思いたくない」
これは勘当されていた父の妹が産後直ぐ亡くなった為に引き取られ義弟となってしまう男の言葉。
「もうこれ以上貴女を主であると思いたくない」
これは私の執事兼護衛として父が見いだして育成していた男の言葉。
一度目は確かにそう言われても仕方の無い態度であったと我ながら思う。否、寧ろ一度だけではなく、繰り返される時間の何度目かまではそうであったと自覚している。
それ程までに私は愚かで浅ましく、そして醜かった。勿論見目がではない。心が、だ。
何度も何度も打ちのめされた。繰り返していくうちに、繰り返される経験を糧に成長したと言って良いだろう。最初こそは過ちを認めずにいたが、幾度か目に過ちが何であるかに気付き、そして更に回数を重ねて過ちを認めた。そしてまた回数を更に重ねて、私は漸くそれらの事実を受け入れたのだ。
受け入れてからは態度を改め、彼らとの関係は改善されたかのように思えた。それなりの信頼関係を築いたつもりだった。しかしそれらには何の意味も無かったらしく、彼らは一度目と同じ台詞を私に投げつけた。
何が悪かったのか、まだ私はそうまで言われる程に「悪」だったのだろうか。そう思って繰り返される次の人生では更に気を付けた。しかし結果は同じだった。
何度か繰り返す内に、これは決まっている出来事なのだと気付く。ここからは変えることの出来ない未来なのだと、ここからはまるで彼らは操られているかのように同じ言動を繰り返す。
悲しかった。まるでそれらは呪いの言葉のように私の人生に重くのし掛かる。




