始まりと終わりと、続く世界。
初めての異世界召喚を行ったのは、拷問が趣味の王女だった。
全体的なスペックも高く、本人を知らなければ素晴らしい治世を行った賢君だ。
しかし知っている者からすれば、彼女はとても恐ろしい国王だった。
「退屈じゃ、わらわは趣味を充実させたい」
「しゅ、趣味とはもしや・・」
「その通りじゃ、どうでもよい者を差し出せ」
王女は拷問が趣味ではあったが、常識のない女性ではなかった。彼女が拷問するのは、死刑を待つばかりの犯罪者がほとんどだった。しかし彼女は良心から平民や同じ貴族を拷問相手に選ばなかったわけではない。彼女は狡猾で、そして計算高かった。
彼女は平民にも貴族にも興味はない。自らが女王である事も、さして興味の対象ではなかった。ただ女王である方が、自由に趣味が楽しめると思ったのだ。彼女は自らの治世が長く続く事を望んだ。民衆の支持を得て、貴族からの支持も得る。同時に貴族にはある程度の恐怖も与え、反乱の意を削ぐ。
「ああ、素敵な声じゃ」
女王の拷問は毎日のように続いた。夜な夜な王城にはおぞましい叫び声が響き、すすり泣く命乞いがこだまする。
「ほれ、もっと心を込めぬか」
女王が拷問で一日に殺す罪人は最低でも一日一人。酷い時は二桁に届きそうなほど殺した。
そんな生活をしていれば死刑囚が尽きるのは当たり前で、女王は今度は重犯罪者で終身刑や禁固百年以上を言い渡された者に手を出し始めた。それさえも、数が減るのは当たり前だ。
「そうじゃな、次は禁固十年以上を言い渡された者を使うとしよう」
禁固十年、中には貴族も含まれる場合がある。
危機感を感じた貴族たちは、女王に進言した。
「犯罪者と言えども、元々は我が国の国民。余り殺していては反感を買いますぞ」
「ふむ、ならば禁固五十年以上の者までにしよう」
女王の趣味そのものは恐ろしく褒められたものではなかったが、その趣味がもたらすものは悪いものではなかった。牢獄は国の管理下に置かれており、そこの維持費は国が賄うものであったからだ。役に立たぬ犯罪者が消え予算は浮くのだ。
それでもやはり犯罪者は尽きるだろう。貴族たちは話し合った。
「これではいずれ、犯罪者だけでは足りなくなる」
「何か変わりを用意しなくては」
「平民で良いではないか」
「女王は平民には手を出さない。同じく今はまだ貴族にも」
犯罪者がいなくなれば、次は確実に貴族が被害者だ。権力があるからこそ、不正もある。平民では出来ないような不正も、貴族ならばできてしまうのだ。
後ろ暗い貴族程、解決策を真剣に探した。
そしてついに、禁固五十年以上の犯罪者も尽きた。
「そろそろ、禁固十年の者共も裁くとしようかの」
「お待ちください、女王様」
貴族らが持ち込んだのは、異世界召喚という眉唾物のおとぎ話であった。
「これ以上殺しては支持率に響きますぞ」
「ふむ、専門家はおるのか?」
それまでは見向きもされなかった男が、突然王城に迎え付きで招集された。異世界召喚の理論を研究している男だ。
「予算をくれてやる。召喚魔法を完成させよ」
男は喜び、研究に没頭した。女王は退屈そうに、禁固四十年以上の犯罪者をゆっくりと拷問していた。何しろ数が少ないので、じっくり楽しまなくてはすぐになくなってしまうのだ。
「まだ完成せぬのか」
「まだ理論が繋がらないところがございまして・・」
「これまでの論文を見せよ」
女王は優秀な女性であった。男がこれまでに作った論文を読むと、問題点や矛盾点、改善点を指摘した。さらには新しい方向からのアプローチも提案し、そしてついには召喚魔法を完成させた。
「おお、なんとも無垢な少女よ」
召喚されたのは高校生くらいの少女だった。
言葉も通じず、混乱している少女を嬉しそうに拷問部屋へとエスコートする。少女もまさか、優し気な笑みを浮かべる女性が、これから自分を拷問しようとしているとは考え付きもせずに、素直に女王に促されるままに続く。
聞こえた少女の叫び声に、貴族たちは耳をふさいだ。
「犯罪者も面白かったが、無垢な存在というものの絶望に染まる顔も良いのう」
その日から、女王の機嫌はすこぶる良かった。
不運な少女はある意味大切に扱われているのか、まだ死んだという報告を聞かない。女王は禁固四十年以下の犯罪者からは興味を失くしたようだ。
「あの少女には悪いが、助かった・・」
「だがいつまでもつか・・次の召喚の準備を整えよう」
数日後、遺体となった少女の姿は見るも無残なものであった。
初めて見たときは頬もふっくらして愛らしい少女であったのに、ほんの数日しか経っていないとは思えないほどにやつれてもいた。艶やかだった髪も白髪混じりになり髪質も荒れ果てていた。よほど恐ろしかったのだろう。
「こんなに楽しかったのは初めてじゃ」
女王は進言せずとも異世界召喚を望んだ。
「次はどんなのが来るのかの」
その姿だけ見れば、喜ぶ姿は女神のように美しい。
女王は次々に異世界召喚を行った。女王の膨大な魔力がそれを可能にしたのだ。常人であれば召喚は年に数回行えれば上場だ。女王の犠牲になった異世界人は実に百人を超える。
そして、ついにそれは起こった。
偶然の産物なのかもしれない。しかし、あまりの残虐な行為に神が怒り、異世界召喚される者に力を与えるようになったのかもしれない。
女王の時代はあっけなく終わった。
真実を知らない国民は嘆き悲しみ、真実を知る貴族は女王の陰におびえることのない世界に安堵した。
そして王国は女王を殺した異世界人を扱いかねていた。
異世界人自体は大人しい。女王にいたぶられたトラウマか内に閉じ籠っているように見える。しかしその傷付けられた体と心は少なからず狂気を抱えていた。




