王妃様のお気に入り
イケメンだからと言って、自分に対して険悪な態度を取る人間を好きになれるはずはなかった。
「ご機嫌麗しゅうございます」
「・・・ふん」
挨拶も返さないこの非常識なナルシストは、今日もまた不機嫌さを隠そうともしない。仕方あるまい。王族でいずれは王太子になろうお方とは言え、まだ本当に年端もいかない子供なのだ。まあ、同い年の私はと言えば辺境の伯爵とはいえ、貴族令嬢らしく洗練された動作で、さらにはこの可愛くもない子供の前でも優しく微笑み寛容な心でこうしてこの態度を諫める事もなく一緒にいるのだが、それは私が前世の記憶というものを保持しているという優位性があるからにすぎない。
「ラフィエル様は最近、乗馬を嗜んでいらっしゃるとお伺い致しております」
子供なのだから、本来であればもう少し砕けた口調での会話が好ましいのだが、この無口な王子は返事とも言えぬ返事しかしないものだから、はっきり言ってもう面倒なのだ。本音をはっきりと言ってしまえばもう会いたくない。
しかし互いの両親の思惑は違っており、もう何度目かも分からないお茶会がこうして繰り返されている。そして繰り返されるたびに二人の溝は間違いなく深まっているのだろう。
(私の事は王子が、というよりも王妃がお気に召していらっしゃるのよね)
王妃に気に入られる事自体は悪い事ではない。私が王妃に気に入られてからというもの、親族が幾人か王宮に召し上げられた。私の立場を確立するための派閥作りの為の取り計らいだ。領地で燻っていた叔父は特にそれに対して感謝しており、熱烈な私の支持者となっている。
おそらく王子の耳にもそれは入っている。それらも含め、私が気に入らないのだろう。多分。
(子供だわ・・)
それは12歳という年齢から当然ともいえる事なのであるが、前世の記憶がある故に少し年上の落ち着いた人物を好む傾向にある。それは肉体年齢に引っ張られて少し見栄を張っているような感覚でもあるのだが、それでも比べる相手がこの子供過ぎる王子であるのならば仕方のない事だろう。
(包容力を持てとは言わないけど、せめて嫌な相手でも会話はするくらいの度量を見せてほしいわよね。子供とはいえ、王族なんだから)
誰にでも愛想を振りまけというわけではない。むしろ王族だからこそ、振りまく愛想には気を配らなくてはいけないだろう。王妃のお気に入りというエリザベートの状況を鑑みて、本心は嫌だといってもエリザベートに対しては恙無く交流を図るべきではあるのだ。
(特に嫌われるような言動はしていないと思うのだけど、決められた婚約者というものに反発しているだけなのかしら)
会話らしい会話がないのでそれもただの予測でしかない。この話しかけているように見える独り言を、私は一体いつまで続ければいいのだろうか。そんなに嫌なら婚約を取り消しにしてほしいのだが、拗ねて相手を無視するという幼稚な行動をとるこの王子にそんな事は期待できない。
(さすがに王妃様がいくら私を気に入っているからって、王子よりも優先するとは思えないのよね)
結局は我が子の方が可愛いと思うはずだ。出来は悪くとも自らが腹を痛めて産んだ子供なのだ。その子よりもよその子が可愛いと思う親はいないだろう。多分。自分の子供を愛せないのであれば、他人の子供愛する事は出来ない。
(いい加減にして欲しいわ)
そんな関係にもついに終わりが見えた。
王子がどうやら恋をしたようなのだ。共に行動させられるエリザベートはその瞬間を否応なく目撃した。この王子、わかり易すぎる。王族としては致命的だ。
勿論、どんなに嫌っているとは言え婚約者を無視するような子供に素直な感情表現など出来るはずもなく、王子の恋とやらは全く進展する気配がなかった。
しかし恋のお相手であるご令嬢は立場的にあまりオススメの出来ない家柄であった。まずは爵位が低い。王太子妃、ひいては時期王妃となるには後ろ盾が足りない。頑張っても側妃だ。まあ進展しなくて良かったと言える。
そして王子は意外と移り気らしい。また王子が恋する瞬間にエリザベートは立ち会ってしまった。
(とっとと誰かゲットして私を解放して欲しいものだわ)
そして今回も立場的に微妙なご令嬢である。この王子、どうやらちょっと野暮ったく地味めなご令嬢が好みらしい。
しびれを切らしたエリザベートは王子の運命的な出会いを演出しようと画策する。まず探したのは爵位も派閥も問題なく、更に野暮ったくて地味なご令嬢である。難儀はしたものの、貴族の数は意外と多い。条件に合うご令嬢は幾人か見つかった。
(性格にも問題ないかは知るべきね)




