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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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転生した悪役令嬢は舞台を知らない

 それこそまだ自我の薄い乳幼児の頃から、ぼんやりのんびり、のほほんとしていると言われていたらしい。ほかの兄弟に比べて手が掛からないと乳母が言っていたのを何となく覚えている。


「エリザベスは人見知りをしないのか?」

「そうね、それにいつもニコニコしているから、お茶会のマスコットなのよ」


 子供とは往々に騒がしいものである。その場の空気というものを読むことはなく、落ち着きなく動き回り、何かあればすぐ泣きわめき、そして暴れ疲れて電池が切れたように眠りに落ちる。

 しかしエリザベスは一般的な子供と比べてとてもおとなしかった。というよりもぼんやりとしていた。無表情でぼんやりしていたら心配もするだろうが、エリザベスはいつもニコニコ笑みを浮かべてのんびりしている子供だった。思えばハイハイも、スローモーションで見ているかのように緩慢であった。


「紹介して正解だったわ」


 通常、お茶会に連れて行くのはそれなりに分別が付くようになってからだ。

 大体年齢にして7歳程度。自宅での開催でもあまり上品とは言えない。主催者側で自宅での開催だったとはいえ、まだ4歳のエリザベスをお茶会に連れて行くのは、貴族の常識でいえば非常識と言える。実際、お目見えの際には内心良く思っていない者の方が多かった。


 しかしそれもエリザベスが挨拶をするまでだった。

 エリザベスは母に教えられた通りにドレスをちょこんとつまみ、可愛らしいカーテシーを披露し、舌足らず気味ではあるが一生懸命なご挨拶はご婦人方の心を鷲掴みにした。


「私の末の娘のエリザベスですわ」

「えりざべす、ともうします。ほんじつは、とうけへ、おこしくださり、ありがとうございます」


 淡くフワフワした黄金色の髪は太陽に透けるとまるで宝石のように艶やかにきらめき、宝石をはめ込んだかのようなその鮮やかな青緑の瞳は海よりも深く美しい色をしてる。象牙色の瑞々しい肌はきめ細かく触り心地も上質で、子供特有の頬の鮮やかさが一層かわいらしさを演出していた。


「まあ、まるでお人形みたいだわ」

「もうご挨拶が出来るのね、とっても上手だわ」


 いくらご婦人とはいえ、大人であることには変わりはない。普通はここで子供は怖くなって委縮してしまうだろうが、エリザベスは持ち前のマイペースさでそれを乗り越えた。とはいっても本人には乗り越えたという感覚さえないはずだ。ご婦人方の質問に可愛らしい声で返事をしている。


「どうぞお席におつきになって」


 カーネリアン夫人はご招待したご婦人方に席をお勧めし、エリザベスを自身の膝に乗せた。

 そうしてみると本当に人形を抱えているみたいで絵になる。が、内心ご婦人方は気が気ではない。子供とは食べこぼしをするものであるからだ。


「本日は新作のケーキを振舞わせていただきますわ」


 取り分けた皿には美しく飾り付けられたケーキが乗っていた。これまた子供が盛大に周囲を汚してしまいそうなケーキである。


「どうぞ召し上がれ」


 カーネリアン夫人は自身のケーキを小さく切り分けると、エリザベスに用意された小皿へと乗せた。その小皿のわきには小さなフォークが見える。

 この年齢の子供と言えば食べこぼしは当たり前である。もし年相応に汚してしまえば招いた客人たちに不快感を与える事は間違いない。


「かみの、めぐみに、いのりを」


 たどたどしくも祈りを唱えてケーキを頬張る姿はまさに天使と言えよう。小さなフォークを上手に使い、エリザベスは食べこぼす事無くゆっくりと食事を進める。


「おいしいかしら、エリザベス」

「はい、とても、おいしいです」


 口の中のものをきちんと飲み込んで返事をする姿に射止められたご婦人は多い。


「素晴らしいわ、エリザベス」

「ありがとう、ございます。おかあさま」


 それからというもの、カーネリアン夫人は多くのお茶会に誘われるようになった。もちろん、招待状にはしっかりとエリザベスの名前も記載されている。

 そう、夫人の狙いはこれだったのだ。


「さあ、エリザベス。出かけるわよ」

「はい、おかあさま」


 噂が噂を呼び、夫人への招待状は尽きる事がなかった。幼い子供を連れていけない夜会でもエリザベス目当てにカーネリアン夫人に声をかける者は多い。


「ご息女のお噂はかねがね、私もぜひお会いしてみとうございますわ」

「光栄ですわ」


 通常であれば呼ばれる事のない格式高いお茶会にも呼ばれる事が増えた。

 そしてついにその噂は王族をも動かしたのだ。


「カーネリアン!エリザベス!」

「どうしましたの、旦那様」

「ああ、嘘のようだ。これは夢だろうか。そうだ、夢かもしれない」

「事情を説明してくださいまし」

「これを見ろ!」


 それは間違いなく、王城で開催される、王族と親しいものたちしか参加できないお茶会への招待状であった。


「まあ、なんということでしょう!」

「エリザベスはまだか、早くここに連れてこい」

「おいでになりました」

「おとうさま、おかあさま」

「おお、エリザベス!!こちらへ来なさい」

「はい、おとうさま」


 当の本人エリザベスはというと、相も変わらずのほほんとしていた。子供らしい人懐っこさと無邪気さを見せつつも、人を不快にさせるような失態は犯さない。一見して見た目の愛らしさに誤魔化されてはいるが、およそエリザベスは子供らしからぬ子供であった。


「流石は我が子。我が妻。間違いなく私の立場は盤石なものへと変わっている」


 この時エリザベスの生家であるヴィッテンヴァル子爵家は確実にその発言権を高めていた。発言権が高まるということはつまり地位が上がったも同然である。

 皆話題のエリザベスをひと目見たいが為にヴィッテンヴァル子爵家との縁を繋ごうと動いている。そして実際に見て、今度は家に招きたくなるのだ。それ程までにエリザベスの人気は高まっていた。勿論本人の魅力もあるだろうが、間違いなくカーネリアン夫人のプロデュース力もある。


「旦那様のお役に立てて何よりですわ」


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