現実を見ましょう
本当に、それは唐突に起こった。
「は、何で森?」
地震が来たと思ったら一瞬昼間にも関わらず視界が真っ暗になり、次の瞬間には何故か外の風景が森に変わっていれば、誰だって自体を把握できないと思う。
「キタコレ!!異世界転移!!」
「チート展開キタコレ!!」
「オタクきも!てかマジなにこれ」
「意味わかんないんだけど」
「これ漂流教室じゃね?」
「デスゲームっしょ」
「聖女展開じゃない?」
「マジで?うちら聖女www」
「〇〇の世界希望」
「いや、ここは〇〇でしょ」
「最近流行ってる異世界転移ものでしょコレ。やべぇ、俺ら勇者になんの?www」
「集団転移っしょ。それぞれチートあんじゃね?」
「ステイタスが見れないんだけどww」
皆興奮しすぎてあまり現状を把握しようとはしていない。
それもそうだろう。クラスの殆どがまだ18歳という若者ばかりで、その内数名は何度か浪人したのちに入学した社会未経験者。年長者と呼べるだろう年齢の人は私を含めて数名しかいない。
「ちょっと出てみるべきじゃね?」
「マジで異世界なん?ちょ、行ってみろよ」
「や、お前行けよ」
言葉には出すものの、実際に動くのは少し怖いのだろう。顔見知り同士で固まって少し興奮気味に話している。
これが異世界転移か漂流教室かデスゲームかは分からないけれども、安易な行動は恐らく寿命を縮めるだけになるだろう。
「出るのも、窓とかドア開けるのも現状把握してからにしない?」
恐らくここでは最年長である私が、ある程度発言してまとめてしまったほうが楽だろう。
「もしここが本当に別の場所で危険な場所だったら、室内の臭いが外に出る事によってもしかしたら猛獣がここを嗅ぎ付けてこの場所が安全じゃなくなるかもしれないのは怖いし。ドアとか窓が閉まってたらそういう事態を少しは防げるかもしれないから、ね」
その言葉にドアに近付こうとしていたグループが後退る。
「一応の安全確保の為に、鍵、閉めない?」
「うん、そうしよう」
「鍵、早く閉めろよ」
全ての鍵が閉められると、自然と発言した最年長女性へと視線が集中した。
「自己紹介がまだだったよね、私は小鳥遊カエデ。大学に入る前は社会人してました。取りあえず、皆の自己紹介を聞く前に、安全確保と現状把握をしたいので、取りあえず身を守れそうな道具を持っている人
は何時でも使えるように手に持っていた方が良いかも」
その言葉に数名が防犯グッズを手にするが、防犯ブザーを取り出したのは余りよろしくない。
「大きな音を出すものは止めた方が良いと思う。その音で逆に何かが来るかもしれないから。どちらかというと棒とか、ハサミとか、そういうのが良いかな」
その言葉に掃除用具入れから箒やモップを取り出すものもいた。
本数はそんなに多くない。使えない人が持っていても仕方がないだろう。
「剣道とか、棒を扱うのに長けている人に持っていて貰っても良いかな?」
皆不安なのだろう。取りあえずは私の言葉を聞いてくれる。有り難い。
防犯グッズとしてだろう。警棒やスタンガンを持っている子もいた。凄いな。
「手元に身を守る道具がある事で少しは怖さも和らぐと思う。まずは学校ごとここにあるのか確認したいと思う」
「え、ドア開けない方が良いって言ったじゃん。開けんの?」
「廊下側の窓がスリ硝子だったり、向こう側が見えればよかったんだけどね」
「上の方、スリ硝子じゃない?」
指差した先の小さな窓は確かにスリ硝子に見える。
「机を重ねれば登れるかな?」
「セロハンテープあるかな」
「こっちの備品入れに入ってるよ」
スリ硝子はセロハンテープを張る事によって向こう側が見えるようになる。それを利用して向こう側を身軽な男の子に確認してもらった。
「・・・ない。廊下が無くなってる」
「人はいた?」
「いない」
「そっか、隣のクラスの人たちも外に出ていないか、そもそもこのクラスしか転移していないのかもしれないって事かな」
「どうするんですか?」
「取りあえず、食料とかどれ位あるか確認しようか。もしかしたらすぐに元の場所に戻れるかもしれないし、今日一日は教室から出ない方が良い」
食料は大切だ。もしかしたらサバイバルになるかもしれない状況で、自分の食料を差し出すのは勇気がいるだろう。ここは言い出した私が率先して出すべきだろう。
「私が出せるのは、のど飴にキシリトールガム、ブルーベリーのドライフルーツ。黒ウーロン茶のマイボトルにチョコレート。それからパンが4袋ね。飲み物とか少ないから、各自が持っていると嬉しいけど・・」
カエデは飲み物で大切な事を思い出してしまった。
「・・・トイレなんだけど、どうしよっか」
その言葉にまたカエデに視線が集まる。ゴミ袋は教室に備え付けられているごみ箱に収められている。広げてあるゴミ袋の下、つまりゴミ箱の底を見れば新しいごみ袋がそのまま入れられている。
「この中に排泄用の臭い消し持っている人っている?いたらした後にそれを垂らせば臭いは大丈夫だから室内に机で囲った場所を作って、バケツをトイレ代わりにしようと思う。バケツにはこのゴミ袋を広げておいて、終わったら口を縛ればニオイは大丈夫だと思う。外でするよりは安全だと思うよ。男性と女性分けて作るね」
教室の両端に机を重ねてカーテンで目隠しした空間を作る。簡易トイレの使い方を服を着たまま実演で説明する。一回りも離れているから恥ずかしさはあるものの、旅の恥はかき捨てともいうし、内心諦めている。まあ同じ大学のしかも同じクラスの子たちなのでかき捨ても何もないけどな。
臭い消しを持っている子はいなかったが、香水を提供してくれる優しい子がいたので有り難くそれを共用として仮設トイレに置かせてもらう。トイレットペーパーはないのでポケットティッシュを提供すれば、数名がそれに続いて幾つか提供してくれた。
トイレが出来たが直ぐには利用者がいないようなので、食料の確認に戻る。今日は大学自体が午前中で終わりだった為、殆どの者が昼食を持って来てはいなかった。只お菓子を持って来ている人は多かった。その殆どが飴玉だとかガムではあったが、カロリーを摂取する為には十分だろう。
「食料的にもここに閉じ籠っていられるのは一日だけになると思う。それ以上は空腹で動けなくなる可能性が高くなるから、周辺の把握も兼ねて外に何かを探しに行った方が良いと思うけど、どうかな?」
反対する者はいなかった。というよりも反対する程何かを考えている様子もない。恐らく指示が貰える現状にどちらかというと安心しているのだろう。
「外を探索するにあたって、拠点を見失わないようにしたいんだけど、そういうのが得意な人っていないかな。私方向音痴だから、得意とは言えないんだよね・・・あ、ついでに今皆自己紹介兼ねて得意な事とか趣味を教えて欲しいかも。それで何か解決策思いつく事もあるかもしれないし」
そんなグダグダな流れで自己紹介が始まった。
一通り自己紹介が終わると、最初のグループとはまた違う人同士で会話が始まる。少し騒がしくなったのを見計らった様に、一人の男子がトイレに行くと意を決した様に何人かがトイレに動く。静かな時にトイレに行ったら音が気になるもんね。
「ねえ、君登山が趣味なんだよね。こういう森っていうか、山歩きも大丈夫?」
「あ、はい・・・何となく。でも目印あったから・・・」
「ああ、目印ってカラーテープを木に括りつけたりとかいうやつ?」
「そうです」
「もし明日行くとしたらメンバーに含めていい?」
「良いですよ」
「ねえ、君はサバゲ―趣味なんだよね。こう、対小動物用の罠とか作れないかなぁ。防犯の為に対害獣用とかでも良いんだけどね」
「知識でなら何となく知ってるけど・・」
「本当?小動物とか捕まえられたら良い食料になると思うんだよね。どんなの作れると思う?」
何人かに話しを聞いてある程度方針を決める。
口で説明しても分かりづらいだろうし、私はそんなに説明が上手じゃない。ここは黒板に図柄も描いたりして説明しよう。
「まず明日は見張り台の設置をしたいと思います。その為に教室がどうなっているのか確認する必要がありますが、多分四角の様になっていると仮定して、ここにこうやって机を重ねて階段を作ります。上で見張る人数は8名。男4、女4でローテーションを組みます」
森に探索に入るチームは5名1組で3チーム。探索組は体力を使うという事で明日の昼食分を別に確保して有志でチームを組んでもらう事になった。
目印のカラーテープは女子が持っていた雑貨屋で売ってある様な可愛らしいテープを代用する。
翌日疎らに目覚める数名を伴い作業に移る。本当は分担したいのだが、イマイチ頼りない上に指示するのは面倒なので率先して動き手伝って貰うという体で動いている。
「この入り口付近に机10個運んでおいてくれる?」
「こっちでいいの?」
「うん、ありがと」
階段が出来上がれば一人ずつ上に登る。いっぺんに登ると倒れてしまう可能性があるからだ。
「あと、山とか森、ていうか自然に詳しい人上に登って貰えるかな?」
上から見て大まかに検討を付けた方が良いだろう。
「あっちもしかして谷じゃないかな。川とかあるかも」
「あの木って木の実とかなってそうじゃない?」
「あの辺は何もなさそうだよね」
ある程度の荷物と武器になりそうなものを持ってチームごとに出発する。
「じゃあ気を付けて、あんまり遠くに行かない様にね」
「山は日が沈むのが早いから、日が傾き始めたら戻った方が良い」
探索から戻って来たその成果は余りよろしくない。一応食料になりそうなものを見つけたものの、そこに在るのはキノコや良く分からない木の実。そして山菜と呼ばれる草。
「・・・せめてお鍋があれば良かったね」
キノコは詳しい人がいないと食べるのはとっても危険だし、木の実も舌に暫く乗せて毒の有無を確認しなくてはならないので直ぐには食べられない。そして山菜は灰汁を取らないと渋くて食べれたもんじゃない。
「目印がある状態で進むのとない状態で進むのは速度が違うし、今日は小動物用の罠とかも仕掛けてきたから、明日は何か見つかるよ」
幸いそんなにお腹も減ってないので苛立ちを露わにする人はそんなにいない。というか自分が動いてないのに文句を言う人はいない。
黒板にこの教室を中心にした図を書く。それぞれが探索した情報を元に記載し、探索チームを教室の上から観察して貰っていた4名の訂正も加えつつ地図にしていく。
「それから父親が猟師で山に詳しい小池君の見識では、今日探索してみた感じ熊とかの大きな肉食獣はいないだろうという結論が出ました。なので明日の探索チームを増やそうかと思います」
と言っても増やすのは1チームだけだ。
熊がいなくてもここが何処か分からない以上、熊以外の危険な動物がいないと分かった訳ではない。探索チームは男がメインだし、やる気や根性がなくともサボる事をしない人物が望ましい。
チームメンバーは複数の意見を元に編成する。まだ慣れ合いも何もないクラスで良かった。慣れ合いは油断を生み、虐めは侮りを生む。お互いにまだ相手の情報も立ち位置も確立していないこの段階だからこそ、比較的皆大人しく過ごしているだけに過ぎない。時間が経てば慣れてしまい、いずれはこの環境も崩壊するだろう。
もしここが法律もなくまだ力のみが支配する世界であれば、男たちがどう出るか分からない。所詮は女
方が弱いのだ。力で来られてしまえば、殺すか従うかしかない。それにここが法治国家であったとしても、人が住んでいる痕跡を見つける事が出来なければ同じだ。法律は人と人の間で交わされる約束事であって、人がいなければ意味を成さない。
そうなる前に、どうにかしなくては。
「(デスゲームじゃないかとちょっと喜んでるように見えた奴には武器はやりたくない。血の気が多い可能性があるから発散させた方が良いかもしれないが、危険な動物の痕跡無しと一応は結論が出たから、発散できないストレスが同じ人間の弱者に向く可能性もあるし・・)」
まだ他の者には話していないが、今後の方針は一応大まかではあるが決めている。
全体に一応のサバイバル知識をある程度共有し合えたら、気の合う者同士でグループを作りそれぞれが思うがままに生活すればいいというものである。今はある意味リーダーの様な立ち位置になっているが、今はまだ皆知識がないから年長者を頼らざる得ない状況にあるだけだ。目途が立てば私は目の上のたんこぶの様なものだ。きっと煩わしく思われるだろう。そうなる前にある程度纏める。
恐らくはこの場から動きたくないという居残り組と、人里を目指す旅立ち組に分かれるはずだ。
私は旅立ち組に入る予定だ。人里に入りある程度装備を整えたら就職するかまた旅立つか、まだ迷ってはいるが、それはその時にならないと分からない。
「(なんにせよ、全員とずっと一緒は嫌だな)」
基本的にここにいる人達は自分で決めるという事をしなかった。決定権は各自にあるにも関わらずだ。その中で状況を変える為にも率先して方針を示してきたが、本来私はどちらかというと協調性がなくリーダーシップを持っていない。彼らを本当に導こうとは思っていないのだ。
私自身は、私が行きたい方向に舵を取っているのだからどのような結果になろうと後悔はない。けれど自分の意見もなくただ何となく付き従ってるだけの者たちは違う。自分の納得のいかない結果が出れば彼らはそれの責任を私に求めてくるだろう。そうなるのはまだ先の話ではあるだろうが、いずれ行きつく結果に過ぎない。そうなる前に私はここを去りたいのだ。
全く見知らぬ世界で一人というのはさすがに不安を隠せないので、可能であれば私と同様に自分の意志で行動が出来る者で、さらには似たような思考回路を持つ者との行動が好ましいが、それは高望みというものだろう。余り期待はしていない。




