隷属するもの
この世界にとって、異世界人とは絶対に逆らえない奴隷だ。
異世界に召喚する事により、一つだけ任意の力を与える事が出来る。
そして召喚した際には誓約として、召喚者に逆らえない条件が付く。
どんなに丁寧に扱われようと、私は所詮奴隷なのだ。
最初こそ召喚者等の思惑に気付かず暢気にもその特別扱いに嬉しくなったりもしたものだ。でもそれも、最初の仕事までだった。
私に与えられた力は重力だった。
この世界では失われた魔法の力。
魔王を倒す為?世界の平和の為?
所詮はそんな空想、空想でしかないのだ。
私は、他国を侵略する人間兵器として召喚されたのだ。数多の兵力を有象無象の蟻のように押し潰す為の道具。
「嫌、そんなこと絶対にしたくない!」
「命令違反は罰が待っているんだよ」
罰とは魂に直接攻撃されたかのような苦痛。肉体に一切の後遺症の残らない拷問。魂はすり切れ狂ってしまうのではないかと思うほどであったが、残念ながら狂う事はなかった。
「苦痛を与えすぎて廃人になられては困るからね、魂は本質を損なわないよう保護されている」
「・・好都合だわ」
与えられるのはただの痛みで、狂うこともないのであればただ耐えれば良い。
関係ない人を殺したくない。確かにその思いはあったが、ただ思い通りに動くのが嫌だった。
意地で耐えた数ヶ月後。彼等は手を変えてきた。
「・・誰、それ」
「犯罪奴隷だよ。君を殺せば恩赦という条件でここにいる」
「は?」
「そういうこった。俺のために死んでくれ」
下卑た笑みを浮かべ、刃物を手に明確な殺意を持ち男は近付いてくる。
「(ああ、死ぬのか・・)」
振り下ろされたナイフを無気力に見つめて死を受け入れるつもりだった。
ゴシャッー
目の前で男が何かに圧迫されるように押し潰された。
骨は砕け血管は破け肉は潰れる反動で裂けて血飛沫が飛び散る。撒き散らされた血が鉄臭い。
「・・!!」
あまりの光景に言葉を失う。
「自動防衛が作動したのだ。ふむ、どうやらお前の力は失われた重力魔法のようだな」
それが、始まりだった。
「・・まさか、」
「犯罪奴隷だ」
「なんで、そんな・・」
「さあ、殺せばお前は自由の身だ」
「やめて!」
ゴシャッー
毎日毎日、彼は飽きもせずに人を連れてきた。
最初は犯罪奴隷だったものが、次に借金奴隷になり、軽犯罪奴隷、異民族奴隷と変わっていく相手に、少しずつ感覚が麻痺していくのが分かった。
「・・今日は、どんな事を言って連れてきたの」
「この少年はスラムのリーダー格でね、君を殺せば冬に過ごせるだけの保証をする予定だよ」
私はこの痛みを我慢してまで、この世界の人を殺さないだけの理由があるだろうか。皆、苦しまずに死ねているじゃないか。
「そろそろ、かな」
人を見る目に長けている彼は、そんな私の心の機微を鋭敏に感じ取っていた。
「・・今日は、何?」
「彼はね、今までに32人もの10歳にも満たない子供を犯して殺した凶悪犯だ。遠慮無く殺して良いぞ」
男は自慢気に、まるで武勇伝でも語るかのように楽しそうに嬉しそうに、そして蔑むように事の子細を語る。
「オレはテメェみてぇな年増の女は好きじゃねぇが、テメェにやった事を語って絶望させて同じように犯せば恩赦が貰えるって言うからよぉ・・」
下卑た笑みは何よりも醜悪で、穢らわしい。
「殺すなったぁ言われたが・・テメェ一体何やったんだ?ま、外に出たときの肩慣らしにはならぁ」
私の中で、何かが外れる音がする。
「せいぜ、」
ゴシャッー
初めて、意思を持って人を殺した。
グチャグチャに潰れた遺体を見ても何も感じない。ここ数ヶ月後、毎日毎日、潰れていく人を見たからだろうか。
「殺したな」
「・・コレを、外に出すつもりだったのか?」
「そうだな、君が殺さなければ外に出すという約束だった」
「コレは・・ッ害悪だった・・」
「そうだな」
「・・私はお前を殺したいよ」
「無理だよ」
分かっている。私は呪縛で王族を殺せない。だからこそコイツは平気な顔で私の前に出てくる。
被害者を連れてくる兵士を殺そうともした。でもその兵士も命令に従っているに過ぎない一市民だ。
チートと言われる能力を手に入れても、何の意味も無い。
「・・どうして、今あるもので満足しない」
「人は欲深いからね」
「・・私は疲れた。もう休む」
「従う気になればいつでも言ってくれ」
「・・・」
恐らくは、戦争を始めるよりも今のまま一日1人ずつ殺している方が被害は少ない。けれどそれで死ぬのは、死ぬ覚悟などなく来る者達ばかりだ。今日のように凶悪犯だけが来れば、気兼ねなく殺せるのに。
「今日は娼婦ばかりを狙った連続切り裂き魔を連れてきたよ」
まるで私の気持ちを汲んだかのように、翌日から重犯罪者ばかりが連れて来られた。狙いは分かっている。多分殺しに慣れさせる事が目的だ。
「・・この国は犯罪者ばかりなのか?」
「ここ最近君に殺された犯罪者は、世界中から掻き集めた犯罪者さ」
気を付けていたつもりだった。それでもやはり、麻痺していたんだと思う。
「彼はね、子供と母親を殺す凶悪犯だ」
その男の目は濁っていて、確かに殺人者のそれと同じ雰囲気を持っていた。
「お前を殺せば、オレは外に出られる」
だから気付かなかった。否、考える事さえしなかった。
男がどうしてそうなったのかを。
ゴシャッー
「・・彼はね、ある日自分の愛する子供と妻を殺した」
「・・狂ってるわ」
「狂わせたのは長く続く戦争が原因だ。緊迫する戦場で彼は生き残り家に帰った。けれど戦場の光景がフラッシュバックして、気が付いたら子供と妻を殺していたのさ。それ以来、自分の家族を探しては殺していたんだ。元が優秀な兵士だっただけあって、捕まるまでに随分と時間が掛かった」
何も考えられない。考えたくない。でも考えることを放棄しては駄目だ。この男は私が壊れるのを待っている。
「君が力を奮えば、戦争を早く終わらせる事も可能なんだがね」
私は、どうすれば良いのだろうか。
どうするのが正しい事なのか、もう私自身で判断する事は難しい。
「分かった。命令を聞こう・・」
「・・そう、君はもう苦しまなくていいんだ」
初めての戦場は、そう重苦しくなかった。
多くの人間が私に攻撃を仕掛け、潰れて死んでいく。
何度か繰り返されるうちに、気付いた者がいたらしい。私に対する攻撃が直接的なものではなくなった。でもそれも無駄だ。砲弾は私に届く前に全て圧縮されゴミになる。
もう何度、この手で他国の軍勢を圧し潰したか。
せめて苦しまないように、一撃で殺してしまうのが情けだと思った。
それを何度か繰り返すと、私を隷属させる国に戦争を仕掛ける国はなくなった。
有能な武将を多く殺した事も原因だろう。
仕方ないじゃないか。
殺す数を減らすには、上の人間を殺すのが一番なんだ。
何度、骨が砕け肉が千切れる音に嫌気がさしたか。
自殺する事さえ許されない私を、誰か殺して。
誰か、この苦しみから私を開放してくれないだろうか。
色々な事を試した。
最初に人殺しを命じられた日、私はどうせ殺すならと国王を殺そうとした。
次に目覚めた時はベッドの上だった。
「まさか命じたその日に殺されそうになるとはな」
「・・・殺せなかったのね」
「当たり前だ。万全を尽くしている」
余裕のある表情に嘘はなかった。
それから幾度か、殺害を試みたがいずれも失敗した。
王族に連なる者達を殺そうとすれば、私は気を失うようだ。
「痛みなら、耐えれば良かっただけなのに・・」
他の命令違反は、身体を引き裂く様な痛みが与えられる。
毛穴という穴を全て針で刺された様な、皮膚を全て剥かれた様な、骨が粉々に砕けていく様な、呼吸をする事さえ躊躇われる様な酷い痛みが全身を襲う。
終わった後は疲労感が激しいが、後遺症はない。
動けない事はないのだ。
結局私は王族を殺せず、敵を殺した。
「全て殺せと命じたはずだ」
「・・目的は果たした。それ以上は拒否する」
激しい痛みの疲労感に苛まれながらも、気丈に振る舞い反論する。
誰がお前らの言いなりに等なってやるか。
ただその思いだけが、私を支えていた。
「痛みを恐れぬか、まあ良い。より長く、私を楽しませてくれ」
「勝手に楽しめ」
城毎、王城の人間全てを殺す事も考えた。
けれどそれも失敗で、気を失ったのかいつの間にかベッドにいた。
何も解決できぬまま、侵略は進んでいった。
せめて、まともな人間が統治するよう醜悪な人間を何人も殺した。
罰はあっても、王族でなければ気を失う事はない。
何時しか私は「圧殺の残虐魔女」という二つ名がつけられた。
国内外で恐れられる存在に、何時しかなっていた。
それをさせているのは誰なのだと内心自嘲した。
けれど好都合だった。
悪名高くなればなるほど、戦場が収束するのは早い。
私を恐れ大人しくなるならそれも良し。
私に立ち向かうのもまた良しとしよう。
何れ、私を殺せるまでに成長するかもしれない。
自殺は何度か試みた。
誰かを、殺すくらいなら、この痛みが続く位ならと、自分に重力を掛けた。
けれど力は一定以上にならなくて、魔法で死ぬことは不可能だった。
飛び降りも、どんな方法を持ってしても、魔法がそれを阻止する。
毒を飲んでもそれは同じだった。
召喚と共に与えられる特殊能力の一つだという。
同様にわざと他人に殺される事も出来ない。
自動迎撃により攻撃は相殺される。
重力場があらゆる攻撃を飲み込み、私の身を守る。
一体誰が、私を殺せるのだろうか。
行方をくらませる事も考えた。
どんなに遠くに行こうとも、召喚魔法陣にて名前を呼ばれれば、私はそこに呼び出されてしまう。
無意味な行為だ。
利用されない為にも心を閉ざした。
傷付きたくなくて、誰にも本心を話さなかった。
弱みを見せたくなくて、泣く事を止めた。
「これを、殺されたくなければやれ」
「・・私がどうしてソレの為に何かをしてやらねばならんのだ」
私が心を許すものは、悉く利用された。
初めは侍女、その次は獣人の奴隷、その次は猫、その次は小鳥。
時には拷問され、時には殺された。
私には、心の拠り所を作る事さえ許されないのか。
擦り切れる心を必死に隠して取り繕った。
「お前が反乱軍の大将か」
反乱軍の鎮圧を命令されれば、一人で敵陣へ赴き大将を殺す事もある。
見込みがなければそのまま殺し、見込みがあると思えば生かした。
「その程度か・・・」
「そんな、馬鹿な・・人間じゃない・・」
「何だ、知らんのか。私がなんと呼ばれているのか」
「圧殺の・・虐殺魔女・・・」
「知っているじゃないか。そう、お前は魔女のいる国と戦おうとしているんだ」
足りない。こんな戦力じゃ。
「私を殺したいなら、せめて魔術師を用意しろ」
「準備さえ整っていれば貴様なぞ!!」
「ほう、なら見せて貰おうか」
男を引きずり、魔術師たちのもとへと行けば、確かに用意はしていたようだ。
「どうしてここが!!?」
「お前らが私を殺すための魔術師か」
放たれる攻撃は私に届く事無く消えていく。
「・・ははは!期待外れも甚だしい。せめて私の自動迎撃魔法を解析してから出直せ」
リーダーを目の前に突き出し、頭を残して体を潰す。
恐怖と、怒り、驚き、複雑な感情が彼らの目を染める。
「顔が判別出来れば他はいらない。お前たちは、殺す価値もない」
私を憎め。憎め。憎め。
その心を私への憎しみで染めればいい。
その憎しみでいつか、必ず私を殺せ。
いつかきっと、私は報いを受ける日が来る。
その思いが、私を人としている最後の糸だった。
「制圧は済んだ。これが首謀者の首だ」
滴り落ちる血を拭いもせずに首を投げ渡す。
首は不自然に捩じれており、一目で私の魔法で殺したのだと理解出来るものだ。
返事も待たずに会議室を出ようとすれば、いつもの様に呼び止められる。
「何処に行く?」
「帰る」
「まだ暴動は静まっていない」
「後は私の仕事じゃない」
「お前が動けば暴動は早く収まるだろう」
「・・広場に集めたなら全部纏めて潰してやる」
国軍ごとな、そう呟いてその場を去る。
痛みには慣れた。どれだけの苦痛を感じても、慣れてしまえば意味がない。
最低限の命令さえ守れば、それ以外の命令違反は王が許容した。
「魔女め・・」
国の為に働いても私が感謝される事はない。
他国にも恐れられ憎まれ、所属する国の民にも恐れられている。
いっその事敵国の人間を全て殺してしまえば終わるのだろうか、そんな考えが浮かぶも直ぐにそんな訳がないと否定する。欲深な人間は新たな敵を作りまた同じ事を繰り返すだけだ。それはきっと世界の全てを蹂躙するまで終わらないだろう。
誰か、私を止めてくれる人は、殺してくれる人はいないのだろうか。




