嘘つき聖女
恋愛脳とかけ離れた主人公が恋愛や結婚を回避するお話し。
足元に魔法陣みたいな変な模様が映ったかと思えば、あっという間に光に包まれて知らない場所で、知らない人達に囲まれていた。
態々聞かなくても分かる。これはあれだ。所謂、異世界召喚ってやつ。
しかもこれ、知ってる乙女ゲームかも。
「聖女、様」
「召喚に、成功したのか?!」
まあ、取りあえず異世界からの召喚には成功してるな。
聖女かどうかは置いといて。
ていうか、聖女の条件に処女性なかったっけ?
私処女どころか経験人数は結構豊富ですけど。心も清らかじゃないと思うよ。
「取り合えず、先に状況を説明して貰えますか?」
「あ、はい」
やっぱり私の知っている乙女ゲームで良いみたいだ。攻略対象者達の名前も一致する。三次元でもやっぱりイケメンだなぁ。良い目の保養になる。
「聖域に入る事が出来た時点で聖女確定なんですね、じゃあ早速確認に行きましょう」
「え、あ、ちょ、心の準備が・・」
「心の準備は歩きながらでもできますよ。大丈夫、ちゃっちゃと確認して仕事終わらせちゃいましょう」
ちょっと乙女ゲームとは設定が違うみたいだ。
聖域には攻略対象者達と一緒に入ってたから、聖女しか入れない訳じゃなかった。というか、召喚した場所が聖域だったから関係ない人も結構入ってた。まあゲームの背景って結構同じのが使われるし、それの関係なのかもしれない。
「聖域ってここから離れているんですか?」
「この奥です」
扉を開ければ綺麗な中庭の中央にドーム型の建物が見える。
ここは背景やスチルで何度か見たことがある場所じゃないだろうか。ゲームよりも綺麗で広いように思う。
荘厳な扉の前には、鍵も何もついていない。
「この扉は聖女しか開ける事が出来ない」
「一応誰か、試してみて下さいます?」
攻略対象の一人が扉に手を掛けるも、微動だにしない。本当に聖女しか入れないのか。そっと押してみれば、すんなりと扉が開いた。どうやら聖女の資格はあるらしい。
「少し中に入ってみても宜しいですか?」
「はい、構いません」
「宜しければご一緒に」
手を差し出せば、困った様に微笑みを浮かべる。
「此処は聖女しか立ち入る事が出来ません」
「それは試してみなくては、私には判断できかねます」
「・・仕方がありませんね」
案の定、彼はまるで見えない壁に阻まれているかのようだった。
「不思議ですね、本当に入れないなんて・・」
手を握っていてもダメだった。
そのまま中に進めば、いつの間にか扉は閉まっていた。一定距離離れると自動で元に戻るようだ。何かあればここに逃げ込もう。
「さて、これは夢か現実か・・・」
夢というには鮮明過ぎて、現実というには都合が良過ぎる。
取りあえずは現実という事で楽しむべきか。自分の意思で動けるのであれば、現実であろうと夢であろうと構わない。
このゲームは祈りによって世界の邪気を祓うんだよね。
基本王城から出ないで、読書やお茶会、自分磨きでレベルを上げるタイプのゲーム。極稀に遠征みたいなイベントがあって、レベルが高くないとクリアできない。とは言ってもクリアしなかったからペナルティがある訳ではない。達成したら民衆の支持が上がって街の探索がし易くなるだけの無駄仕様と言われている。
攻略サイト情報で攻略対象者が絡む事が無いと分かった後は殆どの人が遠征にすら行かない事を選択したそうだ。私も数回やって飛ばした口だ。如何せん敵にバリエーションがないだけに飽きた。ゲームバランス的におかしい部分もあった様に思う。
お祈りの言葉は特にない。
ゲームではお祈りに関する描写がなかった。ただお祈りの回数は結構多くて、朝晩は義務とされている。昼は行っても行かなくても攻略に影響はない。
「・・なんか、私の体から光が漏れてる?」
てっきり部屋全体に光の粒が舞っているのだと思っていたが、どうやらジンワリと私の体から滲み出ているようだ。もしかしてこれが浄化の力だろうか。
部屋は十畳ほどで、円形のドーム状の作りになっている。部屋の中央に祭壇の様なものがあるだけで、他には何もない。お祈りの言葉もなければ、この部屋で何をすればいいのかの言葉もない。
「・・この部屋にいるだけで良いのかなぁ」
それを確かめる術は今の私にはない。
外にいる彼らなら確認する術を持っているのだろうか。
「これってノーマルエンドどんなだっけ・・」
飽きっぽい私は実を言うと1人しか攻略していない。しかもその1人でさえ面倒になってクリアするまでに半年ほど掛かっている。最初こそは頑張ったものの、半分程進めた所で飽きたのだ。再開したのは数ヶ月後で、ストーリーを忘れた為に完全に攻略サイトを見てのストーリースキップで漸く一応クリアしただけのゲーム。
絵が綺麗だったので見た目好みのキャラのハッピーエンドのスチルだけ集めた。見た目は好みだったけど、俺様キャラがウザくてそれしかやる気が出なかったのだ。
だからハッキリと断言しよう。
殆どストーリー覚えてない上にキャラの性格も分からん。一応攻略サイトで簡単な粗筋は読んだ記憶があるけど、うろ覚えというか他のマンガとかアニメと混ぜ込ぜな気がする。
「・・攻略するつもりないからいっか」
いや、でもこういうのって逆にフラグも回避できない?
それはそれで困るな。
「ちょっと自分のキャラ練ってから出ようかな」
聖女として優遇されるのは歓迎だ。ただ聖女はそれなりに権力があるはずなので、勢力争いや政略結婚に利用されるのは避けたい。
「主人公は素直すぎて寧ろ常識ないんじゃないと疑う位の天然っ子で、成績は良いけど好意とかに超鈍感で、顔は普通でそんなとりえもない感じだったかな・・近くにいたら絶対鬱陶しいタイプなのになぜか女にも好かれるというご都合主義全開の不思議ちゃんだったよね。あんまり自分はなさそうな感じだよね。乙女ゲームに良くあるタイプの主人公・・」
あんまり好きな主人公ではなかったので悪口みたいになってしまった。
まあそれは置いておいて。
「対する私は、顔は中の上くらいかな?あ~・・日本じゃそうだったけど、ここはイケメンばっかりだったし、もしかしたら中にいってないかもな。まあいいか。天然とはたまに言われるけど、はっきりしてるから問題ないはず。鈍感・・ではあるけど、あれはあえて無視してるから良いんだ。好きな事以外には興味持てなくて物覚えも悪いし、主人公とは全くタイプが違うな。このままで良いんじゃない?」
というよりもキャラなんて考えていても直ぐ忘れる気がする。素に戻るわ絶対。
キャラ設定よりも、生い立ちとかの方が良いんじゃないか。
「よし、私は神に身を捧げたという事にしよう」
聖女なんだし、そういう事もあるだろう。
「取りあえず、神と結婚しているって事にしてれば大丈夫でしょ」
前例がないと言えば、これが前例になると言えばいい。
他の聖女がどうだったか知らないが、私は私という事で神に生涯を捧げていると言えば無下には出来まい。聖女はこの世界になくてはならないシステムのようだし、強硬手段に出る可能性は低い。敵対している勢力というのも恐らくはないだろう。もしあったとしたら聖女の力を無くすために人に襲わせるという事も考えられるけど、別に処女な訳じゃないし、されたら私の気持ちの問題ですとか言えばいいかな。
あ、でももしこの世界に伝承通りのユニコーンがいたら困るな。私処女でも何でもないからな。大体この世界について殆ど知らないから、そもそも嘘が通じるのかどうかも疑問だ。
「や、取りあえず嘘は無しにするべきか・・」
嘘なしという事は、向こうでは結婚もしていなければ恋人もいない。一応情事を交わす相手は数人いたけど、恋人ではなくただ単に利害関係の一致によるものだから操を立てる必要もない。
「・・・男性恐怖症、は嘘ではないよな」
幼い時に叔父に悪戯をされた事により、私は本心から男を好きになれない。男、というより人間自体信頼に値すると思えないのだ。まあ要するに人間不信も患っている。因みに一応人見知りでもある。
人見知りで人間不信の上に男性恐怖症。三拍子そろっているではないか。まあ、絶対ないでしょうとよく言われるんだけどね。どれも努力でバレないようにカバーする事は可能なのだ。その努力を認めて欲しいものだが、どちらかというと自己申告の病状が嘘や冗談だと思われる。
人見知りはある程度大人になれば社交辞令や挨拶を交えれば会話になるし、人間不信は出す情報と隠す情報を明確に分けて人々に平等に接していれば気付く人はいない。男性恐怖症は人見知りと同じで社交辞令で何とかなる。
「面倒だなぁ・・」
男性恐怖症と話せば恐らく原因をいつかは聞いてくるだろう。そして私を利用したいと思っているならその心の傷を自分が癒そうと動くだろう。ぶっちゃけ男は大体一緒だというのに、何故か男は自分だけは違うと勘違いするのだ。一緒だっつの。
「・・・そもそもこの国がどう出てくるか分かんないんだし、考えるだけ無駄かもしれないよね」
取りあえず、何があっても結婚する気はないと、そういう話しが出た時にそう言えばいいや。
面倒になったスミレは考える事を放棄した。
「中々出てこられないので、何かあったのかと・・・」
「申し訳ありません。美しい光景に見惚れておりました」
当たり障りのない返事をして大人しく従うそぶりを見せる。
「浄化は為されましたでしょうか」
「はい、聖女様が聖域に入られて直ぐに付近の邪気が和らぎました」
「そうですか、それはようございました」
それから聖女用に誂えられていた部屋に案内された。
「今後の予定というものはどうなりますでしょうか」
「聖女様にはお披露目の儀式をして頂きますので、朝夕の聖域でのお祈りの合間に礼儀作法や儀式の流れを覚えて頂きます」
「お披露目というのは絶対に必要なのでしょうか」
「昨今は邪気による被害が相次いで国民は皆不安な日々を過ごしておりました。聖女様がおいでになられたという事実はそれだけで皆に希望を与えるのです」
代役という手も考えたが、どうやら聖女というのは無意識に分かってしまうものらしい。だから聖女本人でなければ不安は拭えないどころか国民は国に不信感を持つだろうという事だ。邪気が払えるならそれで国民も理解するのではないかと思ったが、どうやら邪気は一部の者にしか感じる事は出来ないらしい。多くは邪気により魔物が活性化した事により邪気の増加を実感するのだそうだ。
「私もここでの生活がどのようなものか理解するまでに時間が掛かるでしょう。慣れた頃に無理のない程度に生活の見直しをしたいと思います」
「つきましては聖女様に護衛を付けたいと思います」
「護衛ですか?聖女はこの世界に必要な存在。仇を成す者はいないのでは?」
「残念ながら、邪気の見えぬ権力者にとっては聖女様の存在は重要ではないのです」
「・・護衛につきましてはお任せ致します」
護衛は基本的に交代制で、2名が常に側にいる事になった。部屋は鍵付きで迂闊に入る事は出来ない造りになっているそうだ。案外厳重じゃないんだろうか。やっぱり完全に安全ではないという事か。
まあ取りあえず私室は与えられたし、三食とも栄養満点の美味しい料理も食べれるし、何より周囲が美男美女ばかりで目の保養になる。一人になりたい時は聖域にお祈りするという事で籠れば良いし、結構環境としては良いのではないだろうか。
「権力なんて今まで持ってなかったからな、どう対応すべきかなんて分かんないや・・・」
結局はそれが答えだ。
そもそも聖女に本当に権力があるかさえまだ判断できないのだ。権力とは影響力によるものだ。どの方面にどのように作用するかによっても利用価値は変わるだろう。それによっては本当に邪気の浄化という利用価値しかない可能性だって大いにある。
だからストレスを感じない為にも、私は私のままでいればいいのだ。マイフリーダム。
「ああでも、利用されるのやだなぁ」
多分それはちっぽけなプライドだ。
恐らくこちらの世界の人にとって、というよりもこちらの世界に来て関わるような人は、駆け引きを得意としている。対して私はというと、恋の駆け引きさえ苦手意識がある。本当に子供というよりも幼子に見えるだろう。
「とりあえず、直ぐに返事するのはやめとこ」
元の世界では例え聞き取れなくても適当に返事をしていた。でもそれはここでは命取りになる。恐らく。
断定できないのは全てが想像でしかないからだ。でもここで失敗ができる程の余裕はない。失敗が許される年齢ではないからだ。異世界人だからと、気軽に許されるとは思えない。
「てか顔と名前覚えられる気がしないな」
普通に現実世界でもそうなのだが、人の顔と名前を覚えるという事は人と付き合う上でとても大事だ。そう言う割に私は出来ていないのだが、まあフリーターでほぼ毎日違う現場に行っているという環境だった為、何とか取り繕う事か出来ていた。
◆◆◆
ここに来てから数ヶ月が過ぎた。
特に問題もなく、代わり映えのしない浄化の日々を過ごしている。色々と権力絡みの厄介事を妄想していたが、完全にただの杞憂だった。結論を出すにはまだ早いかもしれないが、ここの生活にもある程度慣れはしたから、何かあっても最低限は対応できるだろう。
「おはようございます」
「おはようございます。聖女様、またお祈りでございますか?」
「はい、私に出来ることはそれ位ですので・・」
私は日に最低3度は聖域に通っているが、今までの聖女は昼のお祈り以外で聖域にはあまり近付きもしなかったらしい。勤勉な事だ。私はなるべく聖域に引き篭もっていたい。
というかゲームでは朝晩のお祈りはほぼ義務だったのに、ここでは違うらしい。
「いってらっしゃいませ」
「行って参ります」
聖域の手前の扉の前までは、本来は誰でも入る事が出来る。それを制限しているのは人のエゴであり、傲慢である。しかし聖域には聖女しか入れない。そして聖女はその時代にたった1人しか存在しない。だから聖域に入ってしまえば聖女はたった1人で時間を過ごさなくてはならない。
恐らくスマホやゲーム機、テレビ等があればそれも苦にはならないであろうが、残念ながらこの世界には存在しない。というよりも、この聖域にはそういった物が持ち込めないのだ。残念な事に、本さえも持ち込み禁止なのだ。2日目に持ち込もうとして聖域手前の扉前に落として、ああやっぱりという顔をされた。
持ち込める物といえば、この世界に来た時に着ていた服か、聖衣と呼ばれる聖女用に授けられた服だけだ。見た目は修道女みたいな服だ。なんと聖女だけが身に着ける事ができる不思議な服だ。この半端なファンタジー感は何なのだろうか。
「さてと、今日は何から歌おうかな」
私の聖域での過ごし方といえば、ただひたすらに歌っているだけだ。あとたまに妄想している。
「~~♪」
誰にも邪魔される事もなく、聴かれる心配もないのはのびやかに歌えるから好きだ。
一人カラオケでぶっ続け10時間は歌える私にとって、三回に分けられた祈りの時間は少ないと感じるくらいだ。唄っていれば空腹も気にならないし、どうせなら朝から晩まで引きこもっていたい。
「~~♪」
喉が渇けば、聖域内にある水盆から水をもらっている。
この水はとても澄んでいて、少し輝いて見える不思議な水だ。多分軟水で、少し甘い味を感じることが出来る。
飲み水を聖域に持ち込みたいと相談したら、聖域内の水は清浄で飲むことが可能だといわれたのだ。因みに外に持ち出すことは不可能である。
「ここ良く音が響くからダメなとこが良く聞こえる・・」
気持ち良く唄っていられればそれで良かったのだが、雑音の入らないこの場所では音のズレがよく目立つ。
「それに高音もうちょっと綺麗な声になんないかな」
幸いな事に時間は腐るほどある。自分が納得がいくまで、しかも誰に聴かれる心配もなく声を出せるというこの環境はまさに天国のようだ。
「あ~あ~あ~~♪」
お陰で随分と楽に声が出るようになった。
「あー・・カラオケ行きたいわぁ・・」
こうしてアカペラで歌うのも嫌いではないが、やはり音楽が欲しくなる事もある。声だけでは物足りないと感じる事もある。
「流石に飽きるな」
だが聖域から一歩外に踏み出せば、実に色々な人が話し掛けてくる。正直に言おう。超面倒臭い。
「よし、ジ○リメドレーいこう」
聖女はここに来る事が主な業務だ。それさえ真面目に熟していれば、国が生活を保証してくれる。それだけで充分だ。
この聖域から出れば、道の途中で出待ちでもしていたような男達が熱心に愛を囁いてくる。私がもう少し若ければ食らいついただらうオイシイ話。ろくに話したこともないのに語られる愛の言葉は薄っぺらくて面倒なだけに感じた。
◆
「聖域に入るのは朝だけ、ですか?」
「はい、聖女様が熱心に祈りに励んで下さったお陰で、世界の邪気は急速に払われています」
「それでもまだ完璧とは言えないのでしょう。そうなるまで私は全力で取り組ませて頂きます」
というよりも引き篭もっておきたい。
「邪気は毎日少しずつ生み出されるもの。完全に消える事はあり得ません。聖女様にはこの世界に馴染んで頂けるよう、祈りは一日に一度して頂き、残りは社交や教養を身につけて頂きたくお願いに参りました」
「社交や教養、ですか」
はい。教養はまあ良いとして、社交とか面倒臭いやつ!
「社交は苦手でして」
「だからこそ、教養を身につけて頂くのです」
これ断れないやつだ。何言っても多分言い包められる。
「何分、元の世界でも勉学からは一線を引いた身、習得には時間が掛かるかもしれません」
「優秀な教師をお付けいたします」
「ご配慮感謝致します」
これは本格的に攻略に乗り出して来たのかな。
元々結婚して子供産めって雰囲気はヒシヒシと伝わってきたし、最初は王子たちけしかけてたけど、反応イマイチだったからか選手交代で王家と懇意にしてるらしい家系の子息になったんだよね。今はどちらも織り交ぜつつ変わり種みたいなのが差し向けられていた。
やり方を変えたって事かしら。
「そういえば、邪気の管理はいかにしてされていらっしゃるのですか?」
「邪気が増すと魔物が増えます。その魔物の増減により把握しております」
「そういった事も学んで行きたいのですが、教養には含まれていますか?」
「手配致します」
教えてくれるつもりはあるらしい。ならば邪気が薄まったのは本当なのかもしれない。まあ確かめる術は不明だ。情報が正しいかどうかなど、今の私には判断出来ない。
「宜しくお願い致します」
取り敢えず、受けるしかない。
そう判断したのは早計だったのだろうか。
「貴方が先生ですか?」
「はい、ご無沙汰しております。聖女様」
「こちらこそ」
なんと先生として紹介されたのは、誰も彼もが顔見知り。ハニートラップを仕掛けてきた者達、まあつまりは王家ゆかりの者達だった。
歴史は未婚の王弟殿下フランチェスコ(三十二歳)、所作は人たらしの第四王子ラファエロ(十九歳)、ダンスは少し生意気な第六王子フェリシモ(十七歳)、宮廷作法は俺様な第二王子アレクサンドロ(二十一歳)、楽器は自由人の第三王子グランジェス(二十歳)と多岐に渡る。
(まあでも真面目に教えてくれるし、いっか)
多少は適当な授業を覚悟していたのだが、予想以上にしっかりとした授業だった。
特に楽器は小学校のリコーダーが最後の記憶で、ほぼ経験なしという状態であるにも関わらず、丁寧に教えてくれた。金銭的余裕があれば何かしてみたいと思っていたので万々歳だ。
「勉学は順調ですか?」
「ええ、最初はついていけるか不安もあったのですが、皆様大変優秀な先生でして、とても丁寧に教えて下さいます」
とはいえ年齢が年齢だ。メキメキ吸収して成長するようなポテンシャルは持っていないから、地道に少しずつそれぞれの分野を吸収していった。勿論苦手な分野もある。というか得意分野の方が少ない。
それに王侯貴族の顔や名前、基本情報を覚えるようにも言われているのだが、何分そういう事を覚えるのは一番苦手だ。毎日名前を聞いて多少は会話を続けなくてはとてもじゃないが覚えられそうにもない。
ぶっちゃけ血縁関係の王族たちが一番危ない。どの授業が誰の担当とメモをしていたからこそ一応一致はしているものの、イタズラ等で入れ替わって別授業を担当していても気付けるかどうか怪しい。多分、違和感は感じると思ってはいる。多分。
私の記憶領域はそんなに高性能ではないのだ。
◆
傲慢な男は嫌い。気弱な男も下心を持ち近付く男も、皆嫌い。
男とは一定の距離を置いて、一人心穏やかに過ごしたい。それが私のささやかな願い。
「どうして貴方は私を受けいれてはくれない」
「・・・ごめんなさい」
本音なんて言えない。
自分の本音がどれだけ自分本位で、身勝手なものであるかは一応理解しているつもりだ。それを言葉にすれば恐らくは言われた者が傷付く事も分かっている。
「貴方の謝罪の言葉が聞きたい訳ではない」
「・・・」
口に出してしまいたい言葉が、音にならずに消えていく。
男と交際するとして、結婚するとして、私にメリットがない。魅力を感じない。それらを無視してでも一緒になりたいとも思わない。
「貴方の心は頑なだ」
「私の心は神に捧げております」
「その神はこの世界の神ではない」
「ですが次元は違えど何処かにおられる神に、私は貞操を捧げます」
私は典型的な日本人である。
神はいないと思っている訳ではない。一神教ではないし、ひとつの宗教に拘りがある訳でもない。八百万の神々は在るのだろうと思えるし、敢えて信仰している宗教をあげるとすれば神道と言えるだろう。ただそれらに垣根は無く、年末は寺に除夜の鐘を鳴らしに行き正月には神社に初詣に行くようなものだ。
◆
王太子妃になんてなりたくないわ。
だって、いくら富と権力があると言っても、責任も大きすぎるもの。
私は気楽な立場でのんびりと趣味に没頭しつつ優雅に暮らせるくらいが望みなの。
だからこんな展開、望んでないのよ。
「申し訳ありません。私は神聖性を護る為、結婚が出来ない身なのです」
非常に申し訳なさそうに、さらりと嘘を口にした。
「しかし今までの聖女は皆、王族と婚姻を結び王妃となっておられます」
「私にはどうする事も出来ません。全ては、神の御心のままに・・・」
神の意思なのだという事を匂わせれば、そうそう強引に事を運ぶ者はいなかった。
「皆様のお心遣いに感謝致します」
これで女の異世界転生で有りがちな男関係の問題に巻き込まれる事なく過ごすことが出来る。
そう思っていたのに、感情というものはそう単純なものではないらしい。
「あの・・私は神聖性を護る為に、異性との関係を結ぶ事は出来ないのですよ?」
「それでも、それでも貴方が愛しいのです!」
どうやら彼は禁断の恋とやらに焦がれてしまっているらしい。
人間の心理というものはややこしい事この上ない。
禁止されればされるほど燃え上がるというやつか。
貴方が、私の何を知っているというのか。
「想う事は自由です。ですがそれは心の内に留め置いて下さいませ」
「想いを告げる事も許されぬのですか」
「ええ、私にはどうする事も出来ないのですから」
これで心無い女だと気持ちも冷めるだろう。
「貴方は、冷たい人だ・・・」
「きっぱり振られた方がすっきりするでしょう」
ああもう、さっきからうじうじと鬱陶しいな。
「もうお忘れください。私は神に全てを捧げたのですから」
適当な事を言いながら聖域へと逃れる。
元々結婚願望も、恋愛感情も希薄なのだ。それなのに強制されるとか、どんな苦行だよ。
八方美人だからあんまり冷たくも出来ないし、本当に苦行だ。冷たくあしらっても良いんだけど、そうしたとしてこの世界で生き難くなっても困るし、優しくお断りし続けるしかないんだろうな。
こんな事なら、元の世界の方が楽だったかも。
「私はこれから神に祈りをささげなくてはなりません。失礼致します」
恭しく頭をたれ、背を向ければ未練たらしい視線が背中に刺さる。
この優しげな眼差しは人の警戒を解くのに一役買っているが、こういうときに困る。多少の毒吐きは気のせいだったのだと自己完結してしまう。だからいつまでたっても諦めてくれないのだ。
はっきり言って私は全くもって優しくないというのに。
「大体、私の何が好きなんだか・・・」
この世界に来る前から、愛だの恋だのといった感情が理解できなかった。大体の事は想像できる。けれどそれを心から理解することは出来ない。
「碌に会話もないのに好きとか、理解出来ないわ」
この世界にはプライバシーという概念はないらしく、自室にいても王族というか高貴なる身分の方々であれば私の私室として用意された部屋であっても、私の許可を必要としないらしい。流石にお風呂に勝手に入ってくるという事はないが、お風呂には使用人たちが常に一緒にいるので一人という訳ではない。寝る時でさえ私の身の安全の為という理由で寝ずの番が側に控えているのだ。
「帰りたい・・・」
そんな訳で唯一、この聖域だけが一人になれる私だけの空間なのだ。
もうずっと聖域に引き籠っていたいわ。
けれどここに引き籠っている時間が長ければ長い程、出た時の反動が酷いのである。
肉体的なものではない。肉体的には精々お腹が減っているだとか、トイレに行きたいだとかそんな程度の欲求だ。面倒なのは王侯貴族である。権力の為に私に愛を囁いている面々が鬱陶しいのである。
「ああ、今日も又神々に愛されていたのですね」
「祈りを捧げていたのです」
「貴女が私のものになるというのであれば、貴方が聖女でなくなっても構いません」
「私は与えられた役割を全うするだけです」
てか私はモノじゃないっつの。
何か最近皆自分に酔ってね?まじうざいんだけど。
「貴女と結ばれる為には神を裏切らねばならぬのですね」
「私は神々を愛しておりますので、神を裏切る様なお方と添い遂げる事は出来ません」
昔は、私も結婚したいかもしれないと思っていた。だから男性と交流する事もあったし、婚活もした。しかし気付いてしまったのだ。世界的感染症が流行し、自宅待機外出自粛、在宅勤務で殆どの人間関係が断たれた時期。その快適さに。
もう開き直ったよね。一人楽だわ。基本的に自分のペースで自分のやりたい事しかやりたくない私にとって、他人に合わせるのは思っていたよりも「仕事」として消化されていたらしい。そりゃ気楽に遊べる友達もいないわけだわ。無意識に仕事として認識してる接客なんて、楽しいわけがない。勿論雑談で盛り上がり笑うこともあるが、嘘とまでは言わないが、それはどこまでいっても業務なのだ。
うん、捻くれてんなぁ。
まあ、それが私だし、しゃーない。
一番楽な自然体でいられる相手じゃないと、友達にも恋人にもなれる気がしないな。そしてそんな相手に「攻略対象」たちはなれる気がしない。だって、彼らには取り繕った私しか見せてないし、彼らはそんな「私」が好きな訳でしょ。ずっとそのままでいれるわけじゃないし、絶対無理だわ。
そもそも人間不信気味だから、心を開くとか、本心見せるとかがまず無理なんだよねぇ。