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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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生活の質が落ちるなんて絶対嫌です。

 そこは中世ヨーロッパの最低な衛生管理をそのまま再現した様な世界だった。

 貴族に生まれた事だけを感謝して、私は田舎の領地から一切出る事無く過ごしていた。

 転生したから改革すれば良いなんて気楽に言わないで欲しい。

お風呂さえまともに入らず、あまつさえ小麦粉を頭にふんだんにつけて、シラミが貴婦人のペットの様な扱いのこのイカれた世界で、私の言動は基地外扱いなのだ。


「嫌!!絶対にそんなもの頭に塗したりしないわ!!」

「まあ、これは貴族の嗜みですわよ」

「嫌!!小麦粉を付ける位なら時代遅れと言われても構わないわ!!」


 小麦粉を全力で拒否すれば、家族には時代遅れだと馬鹿にされた。


「お風呂の用意をして」

「ガーベラ、毎日入っては体に毒よ」

「どうして水を毒だと思うの。不潔なままの方が毒だわ」


 毎日お風呂に入れば、この子は早死にするに違いないと言われた。そんな訳あるか。


「オマルは嫌よ。トイレを作って。この通りに」

「まあ、これは何?」

「オマルの代わりのようなものよ」

「変なものを思いつくわねぇ」


 なんちゃって水洗トイレを作れば不思議な顔をされた。

 出来上がったら皆それを使う様になったのは嬉しい出来事だった。


「ガーベラはあまり香水をつけないのね」

「毎日お風呂に入って清潔にしていれば、体臭を気にする必要はないもの」

「あら、こんなに良い香りなのに」

「私には合いませんの」


 元々きつい香りは好きじゃないのに、この世界の香水は体臭を誤魔化す為にとてもきつい香りを発していた。そんなものつけるなんて、拷問のようだ。


「あら、そんなの平民が食べるものじゃない」

「パスタやお肉ばかりですと、わたくしお腹を壊してしまいますの」

「だからってそんなものを食べるなんて・・」

「慣れると美味しいですわよ。ご一緒にいかがです?」


 野菜を食べれば粗食と言われた。


「貴方、王都には行かないの?」

「わたくし、この家が大好きで離れたくありませんの」


 冬の社交シーズンに一度連れて行かれた王都は、上下水道が整備されていないが為に、何処もかしこも糞尿だらけだで、とてつもない悪臭がしていた事は忘れたくても忘れられない。


 ここまで色々と喜ばしくない事が再現されているのだ。

 花の王宮と言えども、きっと糞尿だらけなのだろう。

 絶対に赴かなければならない用事が出来るまでは近寄りたくない。


「本当に変わった子ね」


 それが私の評価だった。


 私はこの世界で幸せになれる気がしない。

 私はこの世界で、ひっそりと大人しく、結婚もせずに人生を終わらせたい。

 幸い姉妹は沢山いるから、一人くらい行かなくても問題ないだろうと踏んでいる。


「不潔で、臭い夫なんて・・絶対に嫌よ」


 ああ、本当に、日本が懐かしい。

 切実に、あの清潔で利便性の高い日本に帰りたい。


「帰りたい・・」


 無理だと分かっているからこそ、益々恋しい。


「こんな世界で、転生チートとか・・いらなかった」


 ガーベラには魔力があった。何でも出来る訳ではない。

 どんな魔法でも、一日三回しか使えない勝手の悪い能力だ。

 前日使わなかったからと言って、翌日に持ち越せるわけでもない、不便な能力。

 因みに、大きい方をしたときに必ず魔法を使って綺麗にしているので、一日一度は使っている。トイレットペーパーがない事がこんなに不便だなんて知りたくなかった。


 それだけ聞くと、何処が転生チートだと文句を言いたくなるかもしれない。


 けれど良く考えて欲しい。

 魔法が発展した世界で、ここまで衛生状態が悪いままの低水準の生活をしている訳がない。

 そう、この世界には魔法というものは殆ど存在していない。


 魔法が使える者は総じて魔女と称され、忌避される存在である。

 そう、この世界には魔女狩りが存在するのだ。


 私はこの不便な世界で、不潔に耐えながら、魔女とばれない様に生きなくてはならないのだ。


「本当に、夢も希望もないわ」


 そして今年は、私もデビュタントに出席しなくてはならないのだ。



 王都が近付くにつれ、帰りたい気持ちが強くなる。

 もう十数年も昔の事ではあるが、またあの臭いに苦しまなくてはならないのだ。


「折角の晴れの舞台だというのに、浮かない顔ね」

「お母様・・わたくし、デビュタントに出席したくありません」

「なりません。貴方は黙っていれば美しいのですから、良い方に見初めて貰いなさい」

「・・わたくし、結婚もしたくありません」

「それは許しませんと何度も言っているでしょう」


 結局、結婚せずに一生家に引きこもるという作戦は失敗した。

 政略結婚は逃れたものの、両親ともガーベラの結婚は望んでいた。

 結婚が女の幸せだと思っているからで、それがガーベラの為だと心底思っている。


 我儘を聞いてくれない訳ではないのだ。実際今回だって、髪型については我儘を聞いてくれた。昔から嫌がっている小麦粉は付けないでいてくれたし、お風呂だって王都の館に着いても毎日入れるように手配してくれているそうだ。野菜も食べられるようにしてくれる。トイレも増築してくれたらしい。


 幸い裕福な貴族だったので、私の我儘を聞いてくれて郊外にお屋敷まで建ててくれた。

 多少王都から離れれば悪臭はマシになる。


「デビュタントには出たくありません・・・」

「まあ、まだそんな事を言っているの?」

「お願いお母様、わたくし結婚したくない。ずっとお爺様と一緒に領地でつつましやかに暮らしたいの」

「ガーベラ・・お母様を困らせないで頂戴・・」

「困らせたくて、言っている訳じゃないわ・・」


 ここが在り来たりな異世界転生の主人公補正ありありな世界なら良かったのだ。

 例えば中世ヨーロッパの雰囲気を残しつつも衛生観念は近代的で、それなのに文明レベルは低くちょっとした知識でもチートとして扱われるような偏った世界であれば、もっと楽しめたかもしれない。そして王族は見目麗しく賢明で女性に一途であれば良かったのだ。

 現実は前述の通りで、王族も近親婚を繰り返している為に見目はお世辞にも麗しいとは言えない。というよりも身体、知的共に障害を持って生まれる事が多い。

 異世界転生特典よろしく、同年代の王族に相見えた事があるが、あれは確実に知的障害者であったと断言できる。偏見かもしれないが、かの王子に魅力は感じなかった。


「・・帰りたい」


 何も楽しくない異世界転生だ。

 というよりもここまで現実的だと、異世界転生というよりも過去に転生したのかと思ってしまう。


 辛うじて許容範囲だと思った男の歯は黒く掛けており、口臭は酷いものだった。


「そういえば、中世の貴族の中では虫歯はステータスなんだっけ・・・」


 甘味の少なく貴重な時代に、虫歯になれるだけの甘味を食すことが出来るのだと言外に示すためだ。食の、というよりも生活の豊さを示す基準として体型もあって、昔は贅肉が多い方が美しいとされていたとも聞いた事がある。だから昔の高級娼婦はどちらかというとふくよかだったと何かで読んだ事がある。


(息も臭かったけど、体臭もヤバかった・・。だって皆それぞれキッツい香水つけてて、色んな臭いが入り混じって混沌とした臭いが・・う、思い出しただけで気持ち悪くなってきた・・)


 恐らく豊かな時代を知らなければこういうものなのだと、この現状を何の疑問も持たずに生きていたのだろう。何の役にも立たない知識を得るよりも、ただ今世を穏やかに享受したかった。


(酷いわ。私が何をしたっていうのよ)


 元の世界は良かった。

 衛生観念のしっかりした清潔な生活。便利な道具類。食べたいと思えば色々な専門店があり、豊かな選択肢のある食事。自由恋愛で結婚しなくても社会的地位に大した影響もない。遊ぼうと思えば数え切れない程の娯楽が溢れている。


(帰りたい。元の世界に)


 

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