ご都合主義とはなんだったのか。
こんにちは。
とても晴れやかな雲一つない天気です。
突然ですが、異世界転移しました。
何がどうしてこうなったのか。
森に囲まれてはいるが、辛うじて踏み固めた様な道がある。獣道にしてはしっかりしているし、何より車輪の跡らしきものが付いている。これは間違いなく人里へと続く道だろう。運が良ければ今日中に辿り着くかもしれない。
なるべく早く、かつ体力の消耗を最小限に出来る速度で進む。
実のところ、まだ本当に異世界転移をしたと決まった訳ではない。
ただ突然足元に光り輝く魔法陣の様なものが浮かび上がり、眩暈がして踏ん張ろうとした瞬間に足場が消えたように感じてそのまま崩れ落ちた。盛大に尻もちをついた事に若干気持ちが落ちつつも顔を上げれば、東京都心から一変、草木生い茂る森の中に座り込んでいた。
ちょっとよく分からない状況に、現実逃避気味に異世界転移だと思い込む事にしたのだ。
私がおやつを持ち歩くタイプで良かった。しかも幸いな事にコンビニに寄った直後の出来事だったと思う。私の記憶が途切れていなければの話しではあるが、持ち物に然したる変化はなかった事からそう推測できる。
まあつまり、突然変な事が起きて変な場所にいるけど、水分と食料は多少持ってるという幸運な状況にあるという事だ。変な事になっている時点で幸運度合は察して欲しい。本当にただの不幸中の幸い程度だ。
そうして進んでいくうちに、漸く人里らしきものが見えてきた。恐らく農村だろうか。家の数はとても少ない。家と家の距離が離れているのか、それとも本当に小さな集落なのか。
「うわぁ・・」
近付いてみると良く分かる。ここの畑は碌に作物も育てられない状態だ。土は乾きひび割れ、少しの風で空に舞う程に軽い。所々に生えている雑草は道中に生い茂っていたものに比べると随分とやせ細っている。雑草でさえこの状態なら、作物など育たないだろう。
もしかするとここは廃村なのかもしれない。
それでも先に進み続ければ、先程よりも民家の集まる場所が見えた。
遠目からでも人影が見える。どうやら廃村ではなかったようだ。しかし全体の雰囲気はかなり暗いように見える。なんというか、活気がない。
少しずつ近付いて分かったのは、この集落には老人と子供しかいないという事だ。
彼らの恰好はまさに発展途上国を彷彿とさせるものだった。そんな中に今の恰好で接触する事は大変な悪手なのではないか。そんな考えが頭を巡る。
とは言えここで私が取れる選択肢は多くない。着替えがないこの状況ではこの恰好で以外接触できないし、ここが何処か分からない以上、彼らに接触する事は必須事項だ。
最悪死ななければどうにでもなる。
手酷い扱いも覚悟しつつ、村人その1に接触を試みる。
「こんにちは~」
なるべく明かるい声で、元気で尚且つ優しい雰囲気で、朗らかに第一印象はかなり重要だ。
というか言葉が通じる事前提で話し掛けたけど、ここって日本語通じるのか?
話し掛けられたご老人は少々面食らっているようだ。
「こんにちは~」
「・・あんた余所者だね?こんな時期に、旅行かい?」
どうやら日本語は通じる様だ。異世界翻訳とやらが役に立ったのか、それとも異世界では日本語が使われているのだろうか。はたまた異世界転移というのは私の完全なる勘違いで、実はただの田舎の農村である可能性だって捨てきれないのだ。
「旅行というか、なんというか・・」
「大変だっただろう、宿は決まってるのかい?」
「決まってないんです、何処か良い所を知らないかと思って声を掛けたんです」
「手伝ってくれたら家に泊めてやるよ」
「わあ!ありがとうございます。何を手伝いましょうか?」
「あんた、体力はあるかい?」
「多分・・」
「じゃあ、仕事を手伝ってくれ」
「私はノバラって言います」
「私はガーベラだよ」
ガーベラは食べられる野草を採っているそうだが、はっきり言って見た目は完全な雑草だ。本当にそれは食べられるのか心配に感じるくらいには、只の雑草に見える。絶対不味い。
私も一緒に野草を摘み、篭を一杯にしてからガーベラと共に村の中心へと向かう。
誰も彼もが少し驚いた顔をするが、誰一人として私がこの村に滞在する事を反対しなかった。貧しい村のようだし、絶対に反対されると思っていた。
若手がいないのも原因かもしれない。本当に老人と幼い子供しかいない。働き盛りの年代が一人もいない様に見える。
「この桶を水で満たしてくれ」
「分かりました」
労働力となる代わりに、空いている家を提供して貰える事になった。
季節は春真っ只中なようで、労働力が欲しかったのは間違いないらしい。新たな命が芽吹く季節であるから、大した反対もなく受け入れられたのだろう。
「他の家の水瓶も補給しましょうか?」
「頼んでも良いのかい?」
「はい、体力が続く限りは」
ここで倒れてしまっては元も子もない。
多くの家庭が、労働力が足りずに水もギリギリでやりくりしていたようだ。確かにこの村にいる子供や老人には重労働だろう。男手は戦争だとして、若い女がいないのは何故だろうか。もしかして強制的に慰安婦として連れて行かれでもしたのだろうか。もしくは徐々に奴隷として売ったのかもしれない。
「家畜はいないんですか?」
「昔はいたけどね、今はもう人の食いもんさえ困るくらいだからねぇ・・」
確かに、現状で家畜を飼育するなど高難易度にもほどがある。
「では狩りをされているんですか?」
「狩りとまではいかないよ。小さな罠を仕掛けて、誰かしらが見回りをしてるのさ」
「この辺りでは何が獲れるんですか?」
「兎とか狸だねぇ、たまにイタチもいるよ。後は子供らがカエルを捕まえてくる事もある」
「冬は何を食べてたんですか?」
「色々さ、土を掘り起こせば幼虫なんかがいるからね」
結構厳しい状況にあった事が伺える。この分なら蛇は勿論、イモリとかバッタとかも食料に含まれそうだ。
「これからの時期なら魚が獲れるようになるねぇ」
「どうやって獲ってるんですか?」
「そりゃ篭を使っての追い込み漁さ。私らでもソコソコの量が獲れる」
確かに、水汲みに行った川であればそんなに深くはなさそうだったからこの村の子供や老人でも漁ができそうだ。
それから水汲みをしながら罠を見て回ったり、山菜を採りに行ったり、小さな畑の手入れをして過ごした。罠には3日に1回くらいの割合で掛かっている。子供も近場で山菜採りをしたり、幼虫を探したり、カエルや蛇、イモリを捕まえてきたりしている。それでも村人全員が満腹になる量には到底届かない。
やはり畑を復活させるべきだろう。
「ちょっと時間を見て、畑を耕します」
「・・とてもじゃないが、使えないよ」
「でもこのままじゃ、ジリ貧ですから」
「好きにしな」
腐葉土や糞尿が作物の栄養になる事は知っているそうだ。只やはりそこでも問題になるのが人手不足だ。近場の腐葉土では全く量が足りないらしく、今ある小さな畑を維持するので精一杯なのだそうだ。畑を復活させるとなると、かなり遠出してかき集めなくてはいけないらしい。
「遠出をしたとしても、持ち帰る事が出来ん」
老人だけでは足腰の関係で辿り着く事も出来ず、子供に任せるには幼すぎて危ないそうだ。どうやら森の奥ではたまに魔物が出るらしい。
「(いるのか、魔物)」
「一人じゃ無理だ」
「肉食なんですか?」
「・・肉食の危険な魔物は殆どおらん。良くいるのは兎みたいな魔物と聞く」
「襲ってくるんですか?」
「場合に寄るが、こっちが何かしなけりゃ襲ってはこんよ。魔物の詳しい事は分かっておらん」
手出しをしなければ襲って来ないのなら安全なのでは、と思うかもしれないが、子供とは時に理屈の通らない行動をする。
「無茶をしなければ大丈夫そうですね。荷車と何か武器にも使えそうな刃物、あとは腐葉土をすくい上げる様な道具はありますか?」
「誰も付いていける者はおらん。一人で行くことになるぞ」
「迷子にならないよう、気を付けます」
何だかんだと言いながらも、ジリ貧だと言う事は理解しているのだろう。心配しつつも道具のある場所へと案内してくれた。元々若い人がいる時は普通に若手が取りに行っていたらしく、いけなくなったのはここ数年の事だそうだ。
「何があったのか、聞いても?」
「・・・戦争だよ。皆、男も女も連れてかれた」
「戦争は今も続いているんですか?」
「そうさね、死んだんか、生きとるんかも分からんが・・戦争は続いとるらしいなぁ、動けるもんはみぃんな連れてかれた・・」
「そうですか・・」
あまり荷物が多くても体力が持たない可能性がある。荷車には背負い篭と腰篭、熊手、鉈に麻袋と必要な物だけを乗せた。
「荷車は街道沿いに置いて、背負い篭で森に入って行き来すると良い。大変だが、それが行きも帰りも一番確実だ」
「そうします」
「・・あんたは良い子やねぇ」
「ありがとうございます」
荷車を持って一時間半ほど歩けば、舗装されていない十字路に辿り着いた。この辺りは確実に数年前から通えなくなった場所で、そして村人たちにとっては何があって、何がいるか把握できている場所でもあった。確かに森の中にはガーベラが教えてくれた印の様なものがあった。
きっと聞いていないと見つけられないであろう印。
その印に従って道なき道に入れば、来ていないだけあって直ぐに腐葉土を見つけた。何度も籠に入れては荷車に運び、自分の体力と相談しながら量を増やしていく。そこそこの量を積み込んだら次は山菜取りだ。やはり人が入っていないだけあって、山菜は村の近くより豊富だ。
道を見失わない様に、何度も印を確認しながら少しずつ進んでいく。保存が効くものを中心に採取していく。所々に食べられそうな木の実も見つけたので、それもいくつか持ち帰る。
篭が重くなり過ぎない程度に満たされたところで帰路へとつく。
魔物とやらにも出会わなかったし、出だしは順調なのではないだろうか。
「良かった。無事だったんだね」
「迎えに来てくれたんですか?」
「やっぱり心配でね・・行かせるんじゃなかったと何度思ったか・・」
「大丈夫でしたよ。近場に比べて山菜も豊富でしたので、また行こうと思います」
「無理はしないどくれ」
「ありがとうございます。日が暮れる前に、腐葉土を畑に馴染ませてきますね」
比較的村に近く、使われていない畑の端から腐葉土をばら撒き軽くかき混ぜる。幸い枯れた畑には雑草も少ししか生えていない。土は踏み固められた訳ではないから固くないし、耕す事はそこまで大変じゃないと思いたい。
持って帰った腐葉土では2平米程度しか耕せなかった。当然と言えば当然だろう。女一人に持ち運べる量なんてそう多くない。地道に耕していこう。
耕し方は村の老人たちに教えて貰った。腐葉土だけでは駄目だと教えて貰っていたので、ちゃんとミミズも探して持ち帰った。ミミズを畑にはなして、上から軽く土をかぶせる。それから水を汲んできて、ビショビショにならない程度に均等にまいた。土が生き返るにはまだまだ時間が掛かるだろうが、これでこの部分だけでも少しはマシになるはずだ。
「あんたは頑張り屋だね」
「こういうのは好きなんです」
それから暫くは腐葉土集めに勤しんだ。ただ罠に獲物が掛かっている時だけは、解体の仕方を覚える為に腐葉土集めを休んだ。
「そろそろこの辺は使えるね」
「何か植えられるものはありますか?」
「裏の畑で収穫できたジャガイモを幾つか種イモにして植えるかね」
「はい、そうしましょう」
そうして少しずつではあるが、畑を増やし続けて、遂に一月後にはソコソコの広さの畑を耕した。大きさで言うと多分50平米くらいだと思う。その内半分には既に作物が植えてある。順調に成長していると思う。ちょっと早すぎるくらいに感じる。因みに種植えなどは村人が手伝ってくれた。
「良い土だね」
「持ってきた甲斐がありますね!良かったです」
「本当に、ありがとうねぇ」
一月の間腐葉土を集めに行くうちに、何度か魔物と遭遇した。とは言っても見た目は兎と変わらない魔物だ。普通の兎と違う所は、人間を見て逃げるか逃げないかだ。魔物は基本的に気性が荒く好戦的らしい。確かに普通の兎よりは強いが、人間よりは弱いと思う。ちょっと無謀が過ぎるんじゃないだろうか。でも素手で倒すのは危ないかもしれないので、鉈で殺す様にしている。場合によっては血抜きしてから持ち帰るが、時間がなければ村に持ち帰ってから処理する様にしている。
「魔石も何個か溜まったねぇ、売れば多少は金になるよ」
「商人は来るんですか?」
「・・年に1回くらいだね」
ガーベラの表情が暗くなる。商人にはあまりいい思い出がない様だ。
それにしても年に1度というのは少なすぎやしないだろうか。それでこの村はやっていけるのか心配になる。人数が少ないからそれでも大丈夫なのだろうか。
それからもう一月が経つころには、更に50平米の畑を耕すことが出来た。
収穫できた作物は半数を長期保存できるように加工して、もう半数は消費した。始めこそはそれでも足りなかったけれども、徐々に収穫の数が増え十分に賄えるようになった。過分な作物はまた長期保存できるように加工した。保存する為の蔵は共用で村の中心部にあった。
「余った分を売りにはいかないんですか?」
「売りに行くには、街は遠くてねぇ、難しいんだよ」
確かにこの村に辿り着いた時の道のりを考えれば、老人が一日で往復は難しいのかもしれない。以前は徴兵された年代の若者たちを連れて交渉に慣れた中年が町まで行っていたそうだ。
冬を越すのに、保存食が多くて困る事はない。
「今年は皆、表情が明かるい・・あんたのお陰だよ」
「そう言って貰えるのは嬉しいですね」
ここでは余暇というものがない。毎日が生活基盤を整えるだけで精一杯だ。それでもそういう生活が好きな私は、毎日が充実していると感じていた。
そうして季節は秋になった。
森には多くの秋の実りが息づき、持ち帰った種や苗を植える事によって来年以降の食料事情も幾ばくか改善される事が見込まれる。
少しずつ集めていた薪も、冬に備えてどんどん蓄えられていく。
商人が来たのは、秋の半ば頃だった。
「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは」
荷馬車一台で、玄人一人と見習いらしき若者が一人、計二人の商人だ。
二人は慣れた様子で村に入ると、村長の家に招かれ入った。つい忘れそうにはなるが、この村の村長はガーベラの夫だ。
二人の商人の内、玄人の方は共用蔵と村の中を村長に案内されながら見て回った。若者の方は小さな荷馬車の前で、村人たちを相手に商売を始めた。村人たちは僅かな金銭を手に、塩や酢や油、蝋燭などを追加で購入していた。
どうやら商人二人は村長の家に泊まるらしい。
食事はいつも村長宅でお世話になっているので、夕食は共にとる事になった。
「お会いするのは初めてですね。私はロドルフ、この子はフレッドと申します」
「初めまして、ロドルフさん、フレッドさん。私はスミレと申します」
「スミレさんはいつからこの村に?」
「春頃からお世話になっています」
「どうしてこの村に?」
「この村に来る前の事は、あまり良く覚えてなくて・・」
「そうですか」
商人の明るい雰囲気とは対照的に、村長とガーベラは何処か重苦しい空気を纏っていた。何か揉め事でもあったのだろうか。話し掛ければ重苦しさは霧散し、何時もの二人に戻ったかのように見えた。商人はサービスだと言って酒を開け、ほろ酔いになったところで止めようと思えばさらに勧められた。結局かなり飲んでしまったので、多分明日には半分くらい覚えていないだろう。何とか最後の力を振り絞って家に帰ろうとすれば、ガーベラに止められて泊まってく事になった。
「スミレさんは随分とお酒に強いようですね」
「いいえ~、凄く酔っ払っていて、もう限界ですよ~」
「限界っていうのは、フレッドの様になってから言うべきですね」
フレッドは既に酔い潰れており、机に突っ伏して眠っている。
「フレッドさんはお若いようですし、仕方がありませんよ~」
その会話が最後の記憶だ。
ふと目を覚ましたら、後ろ手に拘束されているようだった。
「目が覚めたかい?」
寝ころんだまま視線を声のする方へと向けると、暗闇にガーベラが座っていた。
「水だよ、飲むかい?」
「・・はい」
二日酔いにはなっていないものの、アルコールで体内の水分が飛んだのだろう。随分と喉が渇いている。唇に触れたのは冷たい金属で、恐らく小さめの水差しだろうか。
「どうして、私は拘束されているか聞いても?」
「・・あまり、驚かないんだね」
「まだ少し、お酒が抜けきってないのも理由ですかね」
「・・そうかい」
ガーベラは深い溜息をゆっくりと吐くと、ぽつぽつと話し始めた。
「ロドルフさんたちは、奴隷も扱う商人だよ。毎年一回、役人が税収に来る前にこの村を訪れては、過分を買い取ってくれるのさ」
「過分、ですか?」
「今はもうないが、魔石とか、作物だよ。それこそ若者がいた時には幾分か余ってたのさ」
「税率の調整の為ですか?」
「やっぱりあんたは賢いね。そうだよ。作物も魔石も持ってかれる。税金だと言ってね。冬に過ごせるギリギリの量しか残しちゃくれないのさ」
「若者がいなくなってからはどうしてたんですか?」
「・・あまり、持って行かなくはなったが、情けからじゃない。役人は残した子供が大きくなるのを待ってるだけさ」
ガーベラの声には悔しさと諦めが混じっているような気がする。
「・・長期的に見れば、私は売らずに残した方が何かと役に立つと思いますが」
「そうしたいさ!出来れば、私だって・・・でも、ダメなんだよ」
「・・・」
「役人は、アンタくらいの年代を一番必要としてるのさ」
「戦争、ですか?」
「そうだ。男は兵隊として、女は慰安婦として・・皆連れてかれちまったよ」
「・・逃れられないんですか?」
「一昨年、成人したばかりの子供がいたが、直ぐに連れてかれたよ」
重苦しい沈黙が部屋を埋める。
「役人に連れてかれるより、商人に奴隷として買われた方がまだマシだよ。いずれは自分を買い戻せるからね・・それに、死地に行く可能性は低い。特にあんたは賢いからね、引く手あまただろうよ」
それから淡々と、商人に買われる利点を説明された。説得しているというよりは、本当に必要だと判断してからの説明に見えた。
役人に連れていかれれば、戦争が終わるまでは絶対に帰れない。そしてその戦争とやらは終わる見込みがない。仮に終わったとしても、解放されるという保証はない。実際、ガーベラの孫はもう5年も帰ってこない。まだ生きているのか、もう死んでいるのかも不明だという。
商人に奴隷として買われれば、取りあえずの衣食住は保障される。さらには本人の能力によっては仕事を斡旋してくれる事もあるという。その仕事を熟し、溜めたお金で自分自身を買う事が出来れば晴れて自由の身だ。基本は商品として丁寧に扱ってくれるし、奴隷として売れたとしても、購入者も態々高いお金を出して購入した奴隷を傷付ける事はないという。
最後の選択肢として、どちらも選ばない場合はこの村から出なくてはならない。しかも税収としてそういった無茶が通らない大きな街に出なくてはならないだろう。道中は危険な動物もいるし、魔物が出る可能性だってある。あまりお勧めできないとの事だ。
「逃げるのであれば、今ここで縄を解き逃がしてやろう」
ガーベラは簡単に言ってのけてはいるが、相当の覚悟をしているはずだ。そんな事をすれば、確実にガーベラの立場は悪くなる。それでもこうして選択肢を提示してくれている。
「商人に、奴隷として買われます。購入については契約書はあるんでしょうか?」
「・・・ある」
「ガーベラさんも一緒に立ち会って下さいますか?」
「勿論、勿論だよ。ああ・・スミレ、すまない、すまないね・・」
「本当の事を教えて下さり、ありがとうございます。こんな世の中ですから、多少の事は覚悟して生きてますから」
「でもアンタ、神の隠し子だろう?」
「神の隠し子?」
「何処からか、神様が連れてくる人の事さ」
「それって、異世界からって事でしょうか?」
「詳しい事は知らんよ」
「結構いるんですか?」
「たまに話題に上るくらいにはいるらしいが、私はアンタが初めてだよ」
契約書には自分を買い取る事が可能な旨と、能力如何によっては仕事が斡旋され給与が支給される旨が書かれている他、奴隷の権利と義務が見た感じは日本語で記載されている。自分を買うには、最低でも買取価格の倍額を用意しなくてはいけないそうだ。
「・・奴隷の待遇って、そんなに悪くないんですね」
「文字も読めるんですね」
「はい、この契約書は全て読めます」
「他には何が出来ますか?」
「計算も多分、出来ると思います」
「一応とは?」
「最近、数学から離れていましたので」
「なるほど、礼儀作法も教えれば直ぐに覚えそうですね」
買取金額は大金貨が1枚に小金貨が5枚相当となった。日本円に換算すると大体150万位だと思う。大金貨は金額が大きすぎて使えないからと、小金貨以下に両替していた。
あって困る事はないと、その中から小金貨1枚をこっそり渡された。
「済まない・・」
商人二人に連れられ馬車に乗ると、約1日で次の村に着いた。そこで同じ商会の商人二人と合流し、更に1日馬車に揺られて次の町を目指す。その町で数人の商人と合流すれば、大きな商隊となった。貧しい村には分散して商売をするらしい。あまり売れはしないが、たまに掘り出し物が出たりするそうだ。他にも数人の奴隷として買い取られたらしい人たちがいるが、今回の掘り出し物は私らしい。
人数と荷物が増えた所で、商会は護衛を依頼したらしい。厳つい男数名が隊列に加わった。
「(よくある異世界ものだと、この後地位ある王侯貴族だったりに買われるんだろうけど・・)」
なぜだろう。そんな展開が待っているとは思えなかった。そんな風に思う理由の一つは私を買い取った商人だ。嬉々として様々な本を与えてくるし、合間合間に仕込むように何かを教えてくる。
これ、売る気ないんじゃないかな。いや、仕込んで価値高めて値段も上げる感じかな。




