神と呼ばれた少女
この世界で生きる総ての生物は、神が祝福である「知性」を与え生み出したと言われている。
言葉を話せず、原始の姿のまま生きるモノを「セイブツ」
言葉を話すものの、原始の姿を色濃く残したモノを「ジュウ」
言葉を話し、更に二足歩行に進化したモノを「ヒト」
そして「ヒト」より容姿が神に近い存在を「ジン」と呼んでいた。
それらは総称であって、ヒトとジンにはもっと細かい区分もある。
この世界はどこの国もジンが中枢を担っており、国王から貴族、そして神官もその殆どはジンが取り仕切っている。それはこの大神殿においても変わりない。
「ああ、神様・・・本当にお美しいわ」
「一目見れて良かった」
大神殿の中心に飾られていた水晶の中に眠る最後の神。
世界広しと言えども、こうして神を拝める神殿はここ以外にない。
その為この地には多くの信者が訪れる。大神殿はこの国最大の観光名所と言えよう。
大国エルドラド。
この国は遥か昔、神が永き眠りに入る時にこの地のセイブツに祝福を授けジンとし、守り人としたことから始まるとされている。そのジンは長き時をかけて国を作り、国王となりその子孫が今なおこの国を治めている。
「綺麗だから、なんだっていうんだ」
この世界ではジンに生まれなければ出世は望めない。
ヒトとジンにおいて、能力にそこまでの差はない。むしろヒトの方が身体能力は上である事が多い。ただジンはヒトよりも魔力を上手く扱える者が多く、極稀に歴史に名を残すほどの力を持つモノも存在するのだ。実際歴史を学ぶと勇者や魔王として名を残しているのはジンなのだ。
ヒトとジンの間にはとてつもない格差が存在している。
それでもヒトはまだましだ。ジュウにおいては人権さえ認めていない国が多く、例えヒトの両親から生まれたとしてもヒトと認めて貰えない場合があるのだ。そういったモノは働くことも出来ずに家でペットのように養われるか、奴隷としてよそに売られるかだ。
ジンにはヒトやジュウを見下しているモノも多く、ケモノと蔑称で呼ぶのだ。
この世界は、腐っている。
黒く艶やかな髪は確かに美しいし、その体毛のない白い肌もまるで象牙のようだ。だがその細いだけの手足は身体能力がセイブツにさえ劣っているように見えるし、牙もなさそうな小さな口や柔らかそうな爪は心もとない。そんな神に何ができるのか。
それでも毎日のように見に来てしまうのは、神の魅力なのだろうか。
その日も心の中では悪態をつきながら、神を見上げていた。
ピシ―
ひび割れる様な、小さな音だった。
いつもは閉じられているその瞳と、視線がぶつかる。
パンッ
刹那、弾ける様に水晶が割れ、神が空中へと投げ出される。
考えるよりも先に、身体が動いたのだ。
その神と崇められるモノは思っていたよりも小さくて頼りなかった。
でもそれは俺の運命を大きく変える出会いだったのだ。
「ありがとう・・・」
驚いたような顔で神と呼ばれるモノに礼を言われた。
大したことではないと言おうとして、突然の事に静まり返った大神殿内部が一気に騒がしくなる。
皆神に少しでも触れようと群がっている。
「・・・っ」
あまりの形相に慌てて飛びのくも、相手もヒト、身体能力は高いのだからすぐに追いつかれてしまう。
「静まりなさい!!!!」
怒声というにはあまりにも綺麗に通る声に、神殿にまたも静寂が訪れる。
「そこのモノ、神をこちらにお連れしなさい」
自信に溢れた立ち振る舞いの、まだ若いジンの司祭。
「神は目覚めたばかりでお疲れでいらっしゃる」
それからその司祭の指示で流れるように大神殿は閉鎖された。神が触れていたものということで水晶を持ち帰ろうとするものもいたが、それもしっかり回収していた。できる奴なのだろう、指示も的確で手際が良い。
「申し遅れました。私はこの大神殿で司祭を務めているアージェントと申します」
恭しく頭を垂れる司祭に、神は戸惑っているように見えた。
「私は、カエデ・・・です」
「カエデ様、それではこちらへおいで下さい」
「・・・」
カエデと名乗る神は困ったようにこちらを見る。
「その者も一緒で構いません」
「一緒に来てくれる?」
困ったような顔で小首を傾げる姿は、神というには愛らしい仕草に思えた。咄嗟に言葉が出なくてただ頷く。ホッとした様に微笑みを浮かべると、カエデと名乗る神は俺の手を優しく握りしめた。
「それではこちらへ」
アージェント司祭について神殿の奥へと進んでいく。神殿内部の者にも既にカエデの事は伝わっているらしく、多くの神父たちが少し離れた場所からカエデを伺っている。




