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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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女ゴブリン、賢く生きる。

残酷な表現があります。

余り気持ちのいいものではないかも。

 母国日本、女、享年89歳。

 この度、ゴブリンに生まれ変わりました。


「女でゴブリンとか、最悪だ・・・」


 日本語は仲間たちに言葉として受け取って貰えない。どちらかというと獣に近い構造は、獣と同じように唸り声で会話をする。これを会話と呼ぶべきなのかは判断に迷う所だ。発する音は殆ど合図に近い。


「どうせなら可愛いものに生まれ変わりたかったなぁ」


 薄暗い緑に近い肌は硬くガサガサしている。こういう異世界転生の定番っていうのはエルフに転生だとか、チート能力を持っての無双とかそういうやつじゃないのかな。

 とはいえ私の転生も十分チートと言えるだろう。周囲を見れば知恵を持つゴブリンはいない。多分あるとしても5歳児程度の知能だろう。だがそのチートが十分活用できるかと言えばそうでもない。

 私はゴブリンのメス。戦いに赴くのはオスのゴブリンばかりで、活用しようと思えば内政になるのだが、獣に近いゴブリンは群れで行動しても建築し村を作るという事はない。嗜好も人だった時とは違い、ちょっと血生臭い感じの肉の方が美味しいと感じる。

 因みにゴブリンは風呂というか水浴びが嫌いだ。だから結構臭い。


「水浴び言ってこよ」


 でも水場に結構近い場所に棲みつく。生きる事に水は必要不可欠だからだ。勿論そこで水浴びをしたり洗濯をしたりする者はいない。

 ゴブリンは猿に近いと思う。道具を作る事は出来ないけど、人が使っている道具を見よう見まねで使ったりする。火はソコソコ使えるが、生肉の方が嗜好に合うのか料理ではあまり使わない。

 というよりも、料理らしい料理なんてしない。


 道具は主に拾ったものか、オスゴブリンが何処かで略奪してきたものだ。壊れてしまえば本来の用途では使えなくなるが、案外別の用途で使っていたりする。


 生活の質は人だった時に比べてかなり落ちてはいるが、種族が違うからだろう。そう辛いとは感じない。

 ニオイはまあ、臭いことは臭いが、野生だからだろうか。体臭はフェロモンだというし、何となくクセになるニオイなのだ。人の記憶があるだけにちょっとショックなので、良い匂いとだけは思わない様にしている。なので我慢できないニオイではないのだ。

 それが自分から発していたら嫌だけど、私は水浴びをよくしているのでニオイはあまりしないと思っている。腋臭の人が自分を腋臭だと認識出来ないように、私も自分が臭うのかどうかは分からないのだ。多分薄いという認識でしかない。それを証明するかのように、私は異性にそこまで興味を持たれていない。

 これもまた予測でしかないが、体臭の濃度によって個体が成熟したかどうかを判断しているのだと思われる。大人のメスはニオイがキツイが、子供はまだそうでもない。他のゴブリンの私に対する接し方は、メスに向けるモノというよりも完全に子供に対するものだ。それも関係してか、与えられる役割は子供と同じものばかりだ。

 ゴブリンはある程度成長すると大人も子供も外見ではほぼ見分けがつかない。だからこその体臭、というかフェロモンでの成人判断なのだろう。

 因みにどうして自分が本当は成人していると判断したのかは、同時期に生まれたゴブリンたちが既に成人として扱われているのを知っているからだ。メスとして成人し、既に新たに子供を作ったのを知った時はちょっと衝撃を受けた。


「ウガ、グウウ」

「はいはい、グウウ」


 ゴブリンに個体名はない。言葉というものがないから、それは当然だと言える。コミュニケーションは主に声の種類やトーン、身振り手振りで済ませている。こちらに生まれてからずっとそうなので、ゴブリンとのコミュニケーションに困った事はない。


 今日も子供に混ざっての薬草採集が私の仕事だ。


 ゴブリンのメスや子供の生活は、侵略者がいない限りは案外平穏だ。オスは狩猟や略奪が仕事であるのでそんなに平穏ではないという印象を持っているが、実際参加した事はないので定かではない。狩猟はまだしも、略奪が平穏であるわけがないと思っている。


 薬草採集では薬となる草花の採集が主な仕事であるが、一応山菜や毒草なども採集対象になっている。山菜をメインに集める山菜収集のグループも一応いるが、見つけたら取るに越した事はないという事だ。探す場所が違うのでそう多く見つけられる訳ではないのだが、違うからこそ、極稀に希少種が手に入ったりもする。

 今日は薬草と山菜を少しだけ見つける事が出来た。


 巣穴に戻ると少し騒がしい。声に喜びが混じっているから、恐らく良い獲物を男衆が狩ってきたのだろう。流れていくものの中に衣服が見えた。


「うげ・・」


 こういう時は余り私にとっては宜しくない獲物だ。ゴブリンにとっては高確率で仕留めやすく、資源も多く持っている恰好の獲物ではあるのだが、如何せん前世の記憶があるせいで受け付ける事が出来ない類いの獲物なのだ。

 まあ、既にお気付きの方もいるとは思うが、その獲物とは人間の事だ。


「ご愁傷様・・」


 今回は貧民層の人間が狩られたようだ。遺体は大人の男女2人に子供が3人。恐らく家族なのだろう。貧相な格好から平民かそれ以下だと思われる。というか貴族や商人の場合は殆どが護衛やらなんやらを連れているので、狩られる事は滅多にない。

 大方何処かで戦争か何か起きて逃げ延びたのだろう。新天地を求めて移動していた所をゴブリンに襲われるとは、なんともついていない家族だ。可哀想に。


 ガリガリにやせ細ってはいるものの、子供でさえほとんどのゴブリンよりも背丈は大きい。人間は爪も牙もなく、早さもなく力も弱い。武装さえしていなければ簡単に殺せてしまう上に、武装は見て分かるので選びやすい獲物なのだ。とは言え、知恵がある分危険地帯は避けて通るので狩られる事はそう多くない。サイズも大きいから多くのゴブリンが食にありつける。

 しかも他の動物に比べクセや臭みがなく、柔らかい肉をしており万人に好かれる味のようだ。ただ私はまだ食べた事はないし、今後も食べるつもりもない。

 いくら転生してゴブリンになったとはいえ、私は人としての記憶を持っているのだ。元とはいえ同族を食らうなんて、なるべく御免こうむりたい。


 獲物を捌くのは子供の仕事だ。大人のオスは戦いが仕事で、大人のメスは料理(?)や子育てが仕事。守られて一番数の多い子供の仕事が一番種類が多い。大人のオスは戦いや狩りでの死亡率が高く、大人のメスは案外というか当然というか、出産での死亡率が高い。水浴びも嫌いという生活だし、清潔感などまるでないのだから当然なのだが、野生度が高いし何となく大丈夫そうだと思っていたのだ。大概複数産むので一度の出産での体力消耗も激しいのではないかと思う。まあ、死亡率が高い分出生率も高いし、成長も早いので死亡率の割には数は保たれている。この群れは大体100前後だ。ボスは一番体の大きなオスだが、体が大きいだけで他の個体と大した差はない。


「今日は解体当たりませんように・・」


 一度だけ人間の解体を担当した事があるが、最悪な気分だった。解体自体は他の獣で慣れていたとは言え、気分の良いものではない。何よりショックだったのは、捌いた事自体は案外平気だった事だ。

 多分それは人だった時に遺体に関わる仕事の経験があったからというのも一因だとは思う。人の死体自体には慣れというものを感じていた。しかし捌く事が平気というのは、自分が完全に人ではないものになってしまう気がして嫌だった。


「今更・・」


 既に人ではないもの、ゴブリンになってしまった事は理解している。けれど記憶がある以上、どうしても人であった事を捨てる事が出来なかった。どうせ人ではないモノに生まれるのであれば、完全に人とは似ても似つかない生物に生まれたかった。二足歩行で道具を使い、言葉を発する事が出来る現状では、どうしても人であったという事実を諦める事が出来ない。

 せめて、心だけは人であった時のままでいたかった。


 人であった時の記憶があるが為に、ゴブリンになり切れない。だからと言ってゴブリン以外の何かになれるという訳でもない。それが堪らなく辛く感じる時がある。ゴブリンである事を受け入れようと考えているのに、心がそれを受け入れない。根底でそれを拒絶している。だからゴブリンを家族だと、心から言う事が出来ないし、それによる疎外感を無くす事も出来ない。私は群れの中にいるのに、自分勝手に孤独を感じているのだ。



 マンガや小説なんかでは、ゴブリンは多種族の女を攫って子供を産ませたりという描写があるが、ここではそういった行為は見られない。ゴブリンにとっての人間は家畜に出来る動物という認識だろう。巣の一部に人間はいるが、性処理に使うのは極一部の変態や変人という扱いをされている者だけだ。それによって子供が出来る事はない。


 ゴブリンの巣で家畜として飼われる人間は殆どが子供だ。大概は2~10歳くらいまでの子供ばかりで、幼い時に攫ってきたり拾ったりした為か口数は少ないか言葉自体話せない子供ばかりだ。知識や知恵もほとんどなく、本当に家畜の様な生活をしている。

 狼に育てられた子供が狼の様に育つように、家畜として育てられたからこその今なのだろう。人間だからと言って、それなりの教育が施されなければ人としては育たないのだ。


「でも子供はかわゆいな~!」


 いずれは食料として殺される運命だとしても、感覚が人間のままの私にとって子供は可愛いものだった。世話は積極的にするようになったし、汚物塗れにならない様に心掛けている。とは言っても世話をするのはゴブリンの里で育った人間としては育てられなかった人間だ。言葉も話せなければ知恵もなく、只家畜である人間の世話をする係として生き残った人間。従順で有れば従順である程、この役回りを担わされる確率は上がる。


 その世話係の人間が死んだのは、私にとっては僥倖だった。


「ふふふん」


 自然とそこに出入りしていた私が基本的な世話をする事になった。

 家畜の世話というのは余り誰もしていなかったので、それ以外の仕事を頼まれる事も減った。それをきっかけに私はよくそこに籠る様になったのだ。


「それを触ったら手が汚れちゃうよ~」

「良い子良い子。偉いね。お手伝い出来るんだねぇ」


 褒めて伸ばす。まさにその作戦である。まあ言葉は通じないんだけどね。それでも日本語はゴブリンの使う合図よりも子供には分かり易かったらしい。次第に私に懐いてくれた。小さい子供に限るけど。出荷前の子供は無理だった。怯えているというか、こちらが捕食者だと理解している様子で懐かない。

 まあ非力な私には全てを助けるという事は難しいので選別がしやすいのは助かる。


 取りあえず何人かは食料ではなく労働力として育てて、いずれ認めて貰う形に持って行こう。その方法で救えるのは1名か、頑張っても恐らくは3名にも満たないだろう。


「それここに運ぶよ」

「・・は、ぁい」

「ここにこれ置いて、これはここに移動させる」

「ふぁい!」

「模様替えが済んだら、仕事を覚えようか」


 言葉の発音自体が違うのか、懐いた子供達は若干日本語の発音に手間取っている。それでも大人よりはやはり吸収が早いのだろう。ジェスチャーも合わせてどんどん日本語を覚えている。

 家畜部屋は簡単に改装して、既に手遅れの家畜組とまだ間に合うかもしれない教育組に住み分けた。


 教育組では日本語以外使用禁止にしている。そうする事でまだ言葉を覚えていない赤子の耳に入る言葉が日本語以外にないようにするためだ。子供はやはり気配というかそういう空気に敏感だ。直ぐに意味を悟ったらしく、素直に頑張って日本語を話している。どうしても言葉数は少なくなるが、こちらも相手が何を言葉にしようとしているのか察する力が鍛えられたように思う。


 家畜組はただ健やかに育ってくれるように世話をしている。清潔を保ち、栄養を与え、休息を与えている。健康は特に気にしていない。家畜である分には太っていた方が肉が多くなるので、家畜を潰す回数が減るのだ。少しでも教育組が食料とされる時を先延ばしに出来るように、家畜組の犠牲は必要なのだ。


 そして家畜組も教育組も、体臭が酷くならない様に毎日水浴びをさせた。いくら変態と言えども、体臭がなければ興奮しないらしい。一度子供を犯しに来たゴブリンにせめて局部だけでも清潔にしてから事に及ぶよう促すと、ゴブリンは子供らの臭いを嗅いで興味を失ったように部屋を出て行った。


「今日はこの仕事を覚えて貰います」

「はい、先生」


 ゴブリンが苦手な細かな仕事を担う事によって、出来るだけ重用されるように教育する。それが私の目標だ。性格は従順に。決してゴブリンに表向きは逆らわない様に教育する。


「貴方達は幼く、力もない。逃げる事はまだ出来ません」

「はい、先生」


 計画は上手くいかない時もあった。漸く育てた教育組の5名はうち4名が食用にされ、何とか1名だけ嘆願し難を逃れた。それが功を奏したのか、残った1名は私に心酔する様になった。

 また教育組を殺した事により向上した生活面がまた下降し、それが顕著に表れた事により人間の家畜部屋の管理を任されるようになったのだ。ただし一定の出荷量を守らなくてはならないが、概ね人間の家畜部屋の権限は私に譲渡された。


「今度こそ、成功させるわ」

「先生の為さる事ですもの、間違いはございません」


 前回ただ一人の生き残りには、ケイという名前を与えた。ケイは既にひらがな、カタカナを書く事も出来る。今は少しずつ漢字を教えている所だ。


 二度目の教育は思ったよりもスムーズに出来た。というよりも上手くいきすぎた。言葉は日本語と現地語で通じないものの、人間が健やかにゴブリンの補佐を務めている事が功を奏したのだろう。それなりに上の年齢にも関わらず、従順に従う姿を見せた。


「・・従順なのは有り難いけど、これじゃあ出荷に回す人間がいないわ・・」


 これまで何人も食用として太らせ出荷はしたものの、私とてただの鬼畜ではない。助かる可能性のある者とない者を振り分けて、ない者に食用としての道を進ませたに過ぎないのだ。

 助かりたいと思っていて、尚且つ助かる見込みがあるのなら、本当は助けてあげたい。それでも全員を助ける事は難しいので、それは私が独断と偏見で決めるしかなかった。


「この子はここで仕事をして生きていくのは難しい。作業が遅いし、ドジだ」


 選別は気持ちのいい作業ではなかった。

 生き残れる可能性の低い者から食用として別室へと移動させるのは心苦しい。意味を理解せずに向かう者、意味を理解して絶望を浮かべる者、反応は様々だ。子供だからと、分からない訳ではないのだ。


 子供達は素直だ。私を自分が生き残るために必要な存在として信頼していると同時に恐れている。

 それは幼い頃にここに入った子供程顕著だった。それはまるで虐待を受ける子供のようだ。そしてその表現は強ち間違いではない。ゴブリンの役に立たなければ死。それが虐待以外の何だというのだ。

 静かに選別をしながら、平和な時が過ぎていく。


 ある日、身形の良い少女が家畜部屋に連れてこられた。

 恐らくこの世界の貴族とか商人とかそういう良い所のお嬢様だろう。


「お風呂に入れてあげて」

「分かりました。先生」


 少女は怯えからか、殆ど言葉を発しなかった。それでも人間が文化的な生活をしている事に安堵したのか、周りに習うように作業をしていた。

 いくら周囲が人間的な生活をしているからと言って、ここまで落ち着いていられるのはおかしい。もしかしたら彼女は確実に救助が来ると確信しているのではないだろうか。そうであればそれは、この生活を終わらせるチャンスになる。


「誰か、現地語覚えている子いるかな?」

「先生、僕、まだ覚えています」

「通訳出来るかな?」

「多分・・」

「出来る範囲で大丈夫」

「はい、先生」


 彼は性格も素直で従順だ。通訳をお願いしても変な事は言わないだろう。

 そもそも反抗的な者であればすでに家畜組に振り分けているので、ここで裏切られれば私の見る目が余程なかったという事だ。それに裏切られても、そこまで困るという訳ではない。


「君はもしかして貴族?」

「先生、貴族って何?」

「王様・・国を治める人、国の偉い人とかの次に偉い人たち」

「『領主様』の事かな?」

「それもまた後でお勉強だね」

「はい、先生」

「取りあえずそれで、説明してあげて」


 細かい事を確認しながら、女ゴブリンは少女に話しかける。


「私はこの子らを助けてあげたい。人間的な生活を取り戻してあげたいんだ」

『どうしてゴブリンがそんな事をしますの?』

「ゴブリンかどうかなんて関係ない。個人的に知性のある人間を家畜にするのは嫌でね。只私にここで逆らうだけの力がないから、こうして僅かばかり生きる時間を延ばしているに過ぎない」

『ゴブリンの割には、随分とお優しいのですね』

「優しくはない。見捨てざる命もあったからね。だからこそ、君にお願いがある」

『わたくしは今は無力な少女。囚われの身ですわ』

「助けが来るんでしょう?」

『・・どうしてそれを?』


 どうやら本当に助けが来るらしい。詳しく聞いてみると、どうやらこの子は領主の子ではなく王族にまつわる家系の子供らしい。王家の子にはそれぞれ生存の有無を確認する術があり、生きていると分かれば何が何でも助けに来るらしい。ゴブリンは特に痕跡を消すという知恵もないので、後数日もすれば必ず助けが来るとの事だ。


「なるほど、色々と準備しておいた方がいいわね」


 どさくさに紛れてこの子らが殺されない様にしなくては。折角日本語で会話できるようになったというのに、少しばかり寂しくはあるが、彼らの幸せはここにはないのだから仕方がない。


『貴方って変なゴブリンね、臭いもあまり感じないし・・』


 それは慣れもあるだろう。どんなに綺麗に洗っても体臭というものはある。私は生まれた時からのものなので自分の臭いは分からないが、子ゴブリンもそれぞれの臭いというものが若干ながらもある。人間にとっては良い匂いではないだろう。


 準備は案外簡単に整ったと言える。知能が低いゴブリンの物品管理能力はかなり低い。


「今までは頭痛の種だったけど、こうなると有難く思えるわね」


 うまい具合に人間の数も管理しているので、私の管理下にある人間の家畜部屋に態々来るようなゴブリンは今はもういない。変態も匂いのしない人間には興味がない上に、私が清潔に管理しているからもう今では来なくなった。


「来ないだろうけど、一応武器は隠しておいて」

「どう隠せばいい?」

「そうね、金属の匂いには反応するだろうから、そういう匂いがしてもおかしくない場所・・裁縫部屋に隠そうか」


 ゴブリンは臭いにおいが好きなだけで、鼻が悪いわけではない。寧ろ鼻は利く方だ。

 家畜部屋の方から金属の匂いがすれば、気にして来るゴブリンがいるかもしれない。裁縫部屋であればなんだかんだと仕込むためにハサミや針等がそろっているので、一応金属の匂いはする。多少その匂いが濃くなっても言い訳はできるだろう。裁縫部屋も人間の家畜部屋と同じで私とその管理下にある人間くらいしか訪れる者はいない。






 そしてその日は唐突に訪れた。


「隠れて、助けが来るまでこの場所に籠城するのが良いでしょう。私はゴブリンだからここに残るわけにはないからもう行くわ」

『あら、残っていただければ私が庇って差し上げますわよ』

「有難い申し出だけど、その言葉を鵜呑みに出来るほど楽天的じゃないのよ」


 所々翻訳に困っている様子だった。そういえば日本語は他の外国語に比べて表現が多いと聞いた。当てはまる言葉がないか、語録が少なくてわからないのかもしれない。


「あなたが助けると言っても、大人がそれを受け入れるとは思えない」

『大丈夫よ。私の言葉は重いんだから』

「・・・」


 気丈にふるまっているものの、少女が震えているのが分かった。言葉遣いや態度は傲慢気味だったものの、意外と懐いていたのかもしれない。この状況で子供だけにされる事に不安を感じているのだろう。他に寄る辺がないとしても、ゴブリンを頼ってしまうのはどうかと思うが、実績があるだけに頼らざる得なかったともいえる。


「・・・」

『ねえ、大丈夫だから!』


 少女が縋るように服の裾を掴む。

 ここは短時間の籠城には良いが、逃げ場がないので助け以外が来てしまえば絶望的だ。すぐに援軍が来る前提での籠城向け。つまり人間が来る事を前提にここを子供たちの避難所にした。この少女が高位貴族である事は間違いがないから、人間は多くの人員を動員して来るだろう。ここが発見されるのも時間の問題だ。


「先生、私たちも証言します」

「私も」

「僕も」


 証言があるからと、知能の高いゴブリンを見逃すだろうか。

 この洞窟にはいくつもの外に続く小さな通路がある。ゴブリンの子供であれば通れる程度の穴から、大人も通れる穴までたくさんある。多くは活用されてはいないし、ゴブリンの知能ではそこから逃げるという選択をするかは不明だ。一部のゴブリンが本能のままにそこから逃げる事はするだろうが、組織的に動くことはできないだろう。ゴブリンは只でさえ駆逐が難しい。そこに知性を感じさせてしまえば人間にとっては恐怖でしかない様に思う。


「ごめんね、一緒にはいれない。それなりの教育は施したから、簡単な仕事には付けると思うわ。これ以上は何もしてあげられない。私にはその力がないから・・」

「私、先生についていきたい!」


 その気持ちはとても嬉しい。実際1人でこれから生きるのと、高確率で不平不満もなく指示に従ってくれそうな信奉者がいるのといないのでは随分と勝手が違う。

 本音を言えば、私が教育を施したこの子等を連れて行きたい。でも現実として多数になればなる程見つかる可能性は高くなる。そしてそんな子供の群れを率いるゴブリンは、交渉の余地もなく発見次第抹殺されるのがオチだ。例えそこで子供が庇ったとしても、庇われたゴブリンが他とは違うと考える訳がなく、子供が何らかの方法で洗脳され従うよう調教されていると考えるだろう。

 私が人間側だったらそう考える。


「無理よ」

「納得できません!」


 この子供等は私に依存している。仕方が無い。依存しなければ正気を保つのさえ難しい。何故なら従わなければ家畜部屋へ移動後に餌となる未来が待っているからだ。

 見ないように目をそらしていても、頭の何処かでは理解している。この子供等は依存する事で正気を保っていたのだ。

 そう考えると、強ち洗脳というのも間違いではない。


「今分からなくても、いずれ納得出来る日が来る」

『何を言っていますの。私が安全を保証致しますから、助けが来るまでここで待っていれば良いのです』

「あー、通訳して」


 こんな事になるのなら、この世界の言葉も覚えれば良かったかもしれない。まだこの国の言葉を覚えている子が拙く通訳してくれる。


「私は残れない。お姫様、この子達が路頭に迷わないよう、くれぐれも宜しくお願い致します」


 最後に頭を下げて、引き留める子供等を無視して部屋を出る。子供等が付いて来られないように穴を塞ぎ、騒ぎに乗じて移動をする。

 途中、逃げ遅れたのかゴブリンの子供が倒れていた。助けるか一瞬迷ったが、ゴブリンの知能は低い上に発情期には凶暴さが増す。御しきれる自信もなく、私は助ける事もなく通り去る。

 逃げる途中、同じような子供のゴブリンを何度も見掛けた。


「(子供のゴブリンは真っ先に逃がされたはず、余程混乱していたのね)」


 それだけ隠密行動と探索能力に優れた者達なのだろう。


「(それにこの臭い、ゴブリンが嫌いなハーブを焚いてるんだわ・・)」


 私にとってはそこまで不快な香りではないが、鼻が良いだけあって人であったときよりも敏感に感じる。


「(ハーブであぶり出して、出て来たところを殺してるのね)」


 知能が低いゴブリンであれば、臭いがマシな方向へと向かっているだろう。ハーブでよく分からなくなっているが、臭いがマシな方からは微かに人間の臭いも混ざっている。逆にハーブの臭いが濃い方角からは殆ど人間の臭いがしない。恐らく残り香程度だ。設置しただけで見張りもいないのだろう。


「(いない、といっても絶対じゃない。けど他の抜け穴は完全に塞がれてるわね・・何ヶ所かで焚いてるみたい・・行ってみて確認するしかない、か)」


 焚いている所からは出て来ないと分かっているからか、人がいても普通に会話している。警戒していないのだろう。ただ近くにいる様子だったので、別の出口を探す。

 三ヶ所目で人気のない出口に当たった。警戒して静かなだけの可能性もあるので、ハーブのキツい臭いに顔を顰めつつも人間の臭いがないか確認する。

 出口は半分塞がれているが、風を通すために隙間を開けている。そこから中に流れてくる風に人間の臭いはない。


「(音を立てないように、ゆっくり・・)」


 バレないように塞いでいたものをずらし、外に出たら先程と同じように塞ぐ。罠もない事からこの行動は想定外なのだろう。


「(速やかに、静かに・・)」


 足跡も残さないように気を付けて逃げる。


「(何処に逃げようか・・近辺の縄張りは少しなら理解しているつもり・・赤熊は確かこの春子供を産んでたはずだから、気性が荒くなってる可能性が高い。遭遇したら勝ち目もないし、縄張りは避けなきゃだから・・)」


 元々想定していた場所とは違う方面に出た為、逃走経路の再選出を行う。


「(谷の方は追跡はし辛いだろうけど、不毛の土地で食べれる物も水場もない・・そうなると遺跡に向かうのが良いかな・・)」


 遺跡付近は灰色狼の縄張りになっているが、ゴブリンとの相性は悪くない。それはゴブリンの残飯を灰色狼があさりに来るというのもあるが、そこまで力量に差が無い為余程餓えている時でない限りゴブリンを獲物にする事がないのだ。それは単純に、襲えばそれなりに被害が出るという理由の他に、ゴブリン自体そんなに美味しくないというのも原因だと思う。


「(何でも良い。取りあえず灰色狼は余程の事がない限り、ゴブリンを襲わないのは事実だ)」


 時折聞こえる人間の足音のような草木の揺らぎに怯えながら、漸く人心地つける場所まで移動する事が出来た。


「(でも、まだ油断は出来ない・・)」


 そうだ。ここで休んでしまいたいが子供等はこの国とは違う言語、日本語を話してしまっている。経緯を説明するためには恐らく私という存在を明かす事になる。

 子供等がどんなに庇おうとも、大人から見れば知能の高いゴブリンなんて危険種以外の何物でもない。大事になる前に討伐したいはずだ。本格的に捜索されれば直ぐに見つかり追いつかれるかもしれない。

 もっと、遠くに逃げるべきだ。


 道中灰色狼の群れにかち合ったが、予想通り此方には興味も示さなかった。


「(・・知ってるのはここまで、ここから先は本当に未知だわ)」


 でもここより先に進まなければ、確実に追いつかれるだろう。


「(大丈夫、人であった時よりも体格は小さいけど、脚力も腕力も全体的な身体能力は高くなってる。ゴブリンが劣っているのは知能と見目だけ。見目はどうにもなんないけど、知能は前世の記憶がカヴァーしてくれてる。だから、大丈夫)」


 ここより先に逃げる事を決めた時から、痕跡はなるべく消しつつも食料を探しながら見当違いの方向へ向かうように態と痕跡を残した場所も幾つかある。それに引っかかってくれれば多少は時間を稼げる。

ゴブリンが建国する話。

進化なんて都合の良いものはありません。

ゴブリンは何処まで行ってもゴブリンです。

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