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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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地球人さん、異世界に来過ぎじゃありませんかね。

思いつくままに書き連ねるだけ


避妊の呪術:魔力がなくても効果はあるように作られている。性交の際には魔力が相手に行きやすくなるので、その魔力を利用しての呪術である。なので異世界人相手には効力が薄い、またはない場合がある。なので基本異世界人の売春婦には異世界人の相手はさせない。どうしてもという場合はコンドームの使用を強制している。

「あいた!」


 間抜けな声が口から洩れる。

 濡れた階段を急いで駆け降りようとして滑り落ちたにしては、軽い衝撃。というか尻もちをついた先がコンクリートではない。しかも濡れていないとはどういう事だろうか。

 衝撃を予測して閉じてしまっていた目を開ければ、何故かかなりのド田舎だと思われる場所にいた。


「・・・はぁ?」


 状況が飲み込めず、頭でも打って夢でも見ているのだろうかと取りあえず現実逃避をしてみる。もしかしたら階段から落ちた事自体が現実ではなく、最初から夢だったのかもしれない。

 それにしては全てがリアルではっきりしているが、何時までも地面に座っている訳にも行かない。幸い持っていた荷物もあるし、取りあえず服に着いた土を払い、バッグからウエットシートを取り出す。服も多少雨に濡れていた所為で乾いていたはずの土は泥となり服に染みを作っていた。


「うわぁ・・最悪・・これ気に入ってんのに・・」


 ウエットシートで擦るよりも水に浸けて落としてしまいたい。

 取りあえず革製のバッグやエナメル素材のパンプスなどの拭けば綺麗になるものを優先して拭く。持ち物が綺麗になったら肌の泥もふき取る。


「これ現実なんかなぁ・・これからどうしよ」


 先の見えない道らしきスペースで立ち尽くしていると、不意に目の前の景色が歪む。

 何もない空間から光があふれ、幾つかの魔法陣の様な模様が複雑に重なり合う。中心に一際艶やかな輝きを放つ魔法陣が現れ、その中から黒いフードマントを着てこれまた地味な仮面を付けた人が現れた。


「・・ここって異世界?」

「ええ、そうですよ。異世界です。全く、聞かなくても分かりますよ。貴方は地球人ですね」

「え、あ、はい。そうです」

「ああ、もうやっぱり。またですか。異世界人は厚遇される事もありませんし、貴方にチートとやらがある可能性もありません。まあ商売は自由ですが、今まで成功した方はおりません」

「あ、はい。分かりました」

「地球に転送する事は可能ですが、有料です」

「あ、帰れるんですね」

「勿論です」

「お金払うにしても、此方の世界の通貨を持ってないんですが・・」

「働き先は紹介しますよ。真面目に働いて遊ばなければ大体5年で帰れます。その場合、此方に来た時と同じ時間に戻る事が出来ますよ。というか同じ時にしか戻せません。年は重ねたままですので、早めに帰る事をお薦めしますよ」

「そうなんですね、ご親切にありがとうございます」

「・・どうやら少しは良識があるようですね。女性ですから、頑張ればもっと早く帰れる可能性もありますよ」

「可能な限り頑張ります」


 その後まるで面接の様な質問を幾つか受け、どうやら基準はクリア出来たようなので魔法陣に入って移動する事になった。名前は聞いてみたけど必要ないからと教えてくれなかった。


「あ、移動の前にちょっと写真撮っても良いですか?」

「もしかしてスマホやデジカメですか?」

「はい、スマホです」

「電子機器はこちらにいる間起動しない方が宜しいですよ。魔素の関係で直ぐにショートしてしまいますので」

「うえっ」


 それを聞いて慌ててスマホの電源を落とす。


「こちらに来て何か機能を使いましたか?」

「さっきのが初めてです」

「まあそれ位なら大丈夫でしょう。壊れるまでに大体3分くらいかかりますから」


 魔法陣をくぐると、小さな部屋に着いた。見た感じ、魔法陣の為だけの部屋のようだ。

 部屋を出ると似たような扉が幾つか並んでいるので、もしかしたら同じような魔法陣の部屋が幾つもあるのかもしれない。また、と言っていたし、異世界人は結構多いのだろう。


「貴方の使用言語は何ですか」

「日本語です」

「ああ、なるほど、それで大人しいのですね」

「日本人は大人しいですか?」

「そうですね、大概は。最近はちょっと変なのが増えましたが・・少し経てば大人しくなりますね。まあ変でも他の国の人よりは多少マシです」

「色々、大変そうですね」

「ええ、なので貴方は大人しいままでいて下さいね」

「はい」


 並んでいた扉の一つ、別の部屋に通され、日本語で書かれた紙を渡される。使用言語を聞いたのはこの為か。用紙を取り出した棚は細かく分かれていて、ラベルが張ってある。文字は読めないけれど、違う言語である事は分かる。多分言語別に分類されているのだろう。


「用紙に沿って記入して下さい」

「はい」


 ぱっと見、履歴書みたいだ。

 学歴やら経験職種やら名前、国籍、性別と項目は多岐に渡る。婚歴まである。得意科目、得意分野、専門分野とあるが、そう特殊な職業についていたわけではないのであまり記入する事が無くすんなりと進んでいく。


「終わりました」

「確認します」


「よし、次は身体測定と体力測定です」

「はい」


 内容は学校でする身体測定や体力測定と殆ど同じだった。


「体力ありませんね」

「年なもので・・」

「35歳でしたね、まあ年の割には若く見えますから問題ないでしょう」


 測定が終わると、別室で暫く待たされた。


「お待たせしました。こちらの用紙に記載されている職業で、チェックのされている職種がこちらで紹介できるものです」

「ありがとうございます」

「詳細はこの冊子に記載していますので、横に記されているページに飛んでください」

「はい」


 記載されている職種こそ多いものの、チェックされている項目は少ない。

 接客は軒並み不可だ。可は裏方や雑用ばかりで、しかも給料が安い。詳細を見れば目標達成までに10年程度と親切にも記載されている。5年なら見た目もそこまで変わらないだろうが、流石に10年はキツイだろう。というか若い時ならまだしも、この年齢だと5年でもギリギリだ。

 確認がてら不可の職業を見てみれば、給与が倍くらい違う。何でだ。


「あの、接客はどうして適正がないのでしょうか」

「他言語習得が不得意なのでしょう。それでは仕事になりませんからね」

「え、でも貴方とは言葉が通じていますし・・」

「これは私が翻訳の装飾を付けているからです。因みにこれは制作に時間もお金も掛かりますから、とても高価ですよ。購入自体は雑用でも5年働けば可能でしょうが、使用には魔力が必要ですので異世界人だけでは使えませんし、魔力をチャージするにもお金が掛かります。一度のチャージは雑用だと大体日給の半分程度掛かりますし、魔力のオンオフも異世界人は出来ませんので、ずっと使用し続ける事になります。であれば毎日チャージしなくてはなりません。現実的ではありませんし、あまりお勧めできませんよ」

「・・・納得しました。ありがとうございます」

「他に疑問点は?」

「今の所ありません」


 工場系で単純な軽作業も可ではあったが、体力のない私にもできるというだけあって給料はそんなに高くない。雑用よりも少し高いが、似たり寄ったりだ。給料の良い仕事は複雑な仕事であったり、専門的であったり、重労働であったりとまあ納得だ。


 私に可の仕事で一番給料が良いのは風俗だった。詳細を見た感じ、簡単に言えば売春宿だ。これなら3年くらいで目標達成が可能なのだそうだ。本番ありだが、ちゃんとゴムもあるらしい。

 店のランクは上中下とあり、私が働く事が可能なのは中と下だ。あと10歳程若ければ上も行けたらしい。私もどうせ異世界に来るならもっと若い時に来たかったよ。


「それでは決まりですね。そこなら店に寮がありますし、生活にも困りませんよ」

「それは助かりますね」

「では仕事が決まりましたので次の説明に移ります」

「はい、宜しくお願い致します」


 また別の場所へと移ると、魔法陣が設置された複数の台座が見えた。


「異世界人が余り増えすぎると治安が悪くなりますから、幾つかの補助制度が設置されました。これからお渡しする物はレンタル品ですので、買取または帰還の際に返却して頂きます。因みに買取については行政の補助がありますので、低金利のローンを組む事が出来ます」

「分かりました」


 手前の魔法陣の前に立ち彼が呪文を唱えると、魔法陣の上に幾つかの本が召喚された。


「これは翻訳本です。日本語とこちらの世界の言語で記載されていますので、今後の生活に必要になるでしょう。これが日常会話、こちらが仕事関係つまり売春や性行為に関する内容で、これはこの世界の法律に関する内容になっています」

「ありがとうございます」

「特に法律に関しては早めに目を通しておく事をお薦めします。異世界人は罪を犯しても何やらおかしな勘違いをしている事が多いですからね」

「国が、ましてや世界が違えば法律や常識は大きく違ってきますもんね」

「言葉を知れば騙される事は少なくなります。しっかりと自衛なさると宜しいでしょう」


 次の魔法陣へと移動する。


「次は服装になります。これは無料で貸し出されるものから、選んだ仕事に合う衣装、更にはそのランクを選ぶ事が出来ます。勿論、上等なものはそれなりの値段がしますので、よく確認してから決めて下さいね。こちらが売春婦用のカタログです」

「ありがとうございます」


 無料の服は一種類しかない。地味で野暮ったく、売春婦が着るにはかなり地味だ。ランクは3段階しかなく、一番下のランクは日本円で言うと2000円くらいで3種類。次のランクは20000円くらいで8種類。最高ランクは10万円以上で30種類くらいある。

 靴の種類はないらしく、無料の支給品が一足だけだ。


「複数購入する事は可能ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「では無料の服を一着と、下を2着、中を3着、上を1着お願い致します」

「デザインはどれにしますか?」

「これでお願い致します」

「ふむ、悪くありませんね。援助、という事で利息はかなり低く設定されていますが、早めに返済する事をお薦めしますよ」

「はい、そのつもりです」


 だからこその衣装選びだ。

 また次の魔法陣へと移動する。


「メイク道具はお持ちですか?」

「はい、持っていますが・・今のメイクで問題はないでしょうか」

「ええ、問題ありませんよ。この世界では濃い化粧よりも薄めの化粧が好まれます。他に何か必要な日用品はありますか?」

「今はまだ大丈夫です」

「そうですか。まあ売春宿でしたら基本的な入浴用品は支給されますし、基礎化粧品も良心的な値段で売ってくれます。それもランクがありますが、それは好みで購入なさってください」

「はい」


「次の魔法陣では仕事に必要な呪術を掛ける事が出来ます。勿論有料ですが、しておく事をお薦めしますよ。売春婦にお薦めの呪術は妊娠しないようにするものですね」

「おいくらぐらいするんでしょう」

「10万です」


 既に衣装で結構な金額になっている。いくら利息が低いとは言え、あまり借金は負いたくない。


「因みに売春宿でもコンドームは購入しなくてはいけませんよ。生でしたがる客も多いでしょうし」

「・・その呪術、かけて下さい」


 どの道病気を貰わない為にもコンドームは着用するだろうけど、万が一妊娠してしまう事態になれば目も当てられない。多少の借金は我慢するしかない。


「それではこちらの魔法陣のここに両手を置いて下さい」

「はい」


 彼が呪文を唱えると、魔法陣の中から別の魔法陣が出てきて、体の周りをクルクルと回りながらお腹の中へと消えていった。呪術の証なのかヘソの上には何かの文様が浮かび上がっている。


「これで呪術を解呪するまで妊娠しません」

「ありがとうございます」


「次は衣装箱ですね」

「はい」


 これまでの流れからも分かるように、かなり異世界からの来訪者は多いのだろう。手慣れ過ぎていて流れ作業の様にスムーズに事が進む。余計な事を考えたり企んだりする隙は無さそうだ。


「売春婦を選んだ時点で提携している売春宿には一度連絡を入れています」

「そうなんですね」

「これから貴方の姿と身体情報を各売春宿の店主に送りますので、本日中に店側との面会が可能です。それぞれの条件を聞き、どの売春宿で働くかはご自分で選んで頂きます」

「はい、分かりました。ご親切にありがとうございます」

「店主との面会ですが、面接のみか、品評会を開くかでは集まりが違いますが、どうされますか」

「品評会とはなんでしょうか?」

「そのままの意味です。各店主が、貴方がどれだけのものを持っているかその目や手で直接確認致します」

「なるほど、そうした方が好条件で雇って頂けるでしょうか」

「その確率は高くなります」

「それでは品評会ありでお願い致します」

「品評会は恐らく夕方になるでしょうから、待機室に案内します」

「はい、ありがとうございました」


 本人が知るのは随分と後になるのだが、面会のみであれば紹介可能である中級下級店舗にしか案内が送られないが、品評会を開く場合に限っては上級店にも案内が送られる事になっている。ただし送られても必ず上級店が来るとは限らないので教えられないのだ。


 案内された待機室は閑散としており、カウンターに座る爬虫類と混じったような、所謂リザードマンと呼べそうな人物がやけに目立って見えた。


「マルクスさん、今日転移してきた地球の日本人です。売春宿の品評会までここで見ていてください」

『また地球ですか、最近多すぎると思うんですが・・』

「今日は他には?」

『いませんよ。今日はそのお嬢さんが初めての異世界人です』

「そうですか、私は他にする事がありますので、宜しくお願いします」

「宜しくお願い致します」


 マルクスと呼ばれる彼の言葉は分からないが、取りあえず案内人の言葉に合わせて挨拶と共にお辞儀をすれば、マルクスは驚いたように私を見つめる。


『地球人にしては従順で素直そうですね』

「ええ、問題は起こさないでしょう」


 事務的に手続きを終え去ろうとする彼を言葉で呼び止めれば、彼は静かに振り返る。


「なんでしょうか」

「ご迷惑でなければ、名前を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」

「・・ルークです」

「ルークさん、色々とありがとうございました」

「いえ、仕事ですから・・・これから頑張ってください。椿さん」

「はい!!」


 聞くタイミングも、呼ぶタイミングもなかったと言えばそれまでなのだが、私たちは漸くお互いの名前を言葉にして呼び合った。それが受け入れて貰えた気がして、少し嬉しかった。


『ルークさんが名前を教えるなんて、珍し~・・』


 ぼそりと呟かれた言葉は音としてしか捉えられず、振り返って目が合っても瞬きをするばかりで意味は通じない。椿がにっこりと笑みを浮かべると、マルクスは小さく笑みを浮かべて机の方を指さす。恐らくはあちらに座っていろという事だろう。


 背もたれのない長椅子と、剥き出しの木製の長テーブル。中世だと大衆酒場とかにありそうな簡素な造りのそれらに座り、支給品の本を衣装箱から取り出す。衣装箱というかはスーツケースだ。無料の衣装箱はそれこそ本当にただの木箱であったため、これもローンを組んで購入したものだ。それなりに高い。

 取り出した本はこの世界の言葉を勉強する為の本だ。ノートとペンも一緒に購入したので直ぐにでも勉強を始める事が出来る。いくら売春婦とは言え、言葉を話せるのと話せないのとでは待遇、というか客層が色々と違ってくるだろうという予想からだ。


 もくもくと勉強を始めた椿をさりげなく観察しているのはマルクスだ。このマルクス、実は翻訳の装飾品を付けている。だがちょっと偏屈な性格の為、相手の言葉は翻訳するものの、自分の言葉を翻訳させる事はない。微調整しているのだ。そうしているのには色々な理由があるのだが、いずれ話す機会もあるだろう。そんなマルクスは少し楽しそうに椿を見ていた。

 椿の順応性の高さもそうだが、その前向きな姿勢は嫌いじゃなかった。


『はぢぃめまひて』


 暫くするとへたくそな言葉が聞こえてきた。


『はぢぃめまひぃて』


 どうやら教科書に書いてある発音を真似しているらしい。そういえば昔、こんな発音で話す奴がいたな。そいつは何度教えても正しい発音で話す事が出来なかった。今頃どうしているんだか。


「正しい発音わかんないし・・綴りだけ覚えておこうかな・・」


 ぼそりと聞こえた言葉は正しい。変に癖をつけると、後で困るのは自分だ。どうせ他者と接する様になれば嫌でも覚える。それでもまた暫くすれば、へたくそな言葉を何度もつぶやいていた。


『はぢぃめまひぃて』

『初めまして』

「わぁ!」


 勉強に夢中で近付いていた事に気付いていなかったらしい。勢いよくこちらを見たかと思えば、ほっとしたように微笑む。


『初めまして』

『初めまして』

『・・・上手いじゃないか』

『上手い・・ないか?』


 どうやら長文の聞き取りは苦手らしい。

 マルクスは椿の前の席に腰かけると、一つ一つの発音を教えていく。椿は教えられた発音を忘れない様にノートに一生懸命書いていく。


『ありがとうございます』


 そうしていると時間はあっという間に過ぎていくもので、待機室の扉が開けられた。恐らく椿の迎えだろうと振り返ると、そこに立っていたのはルークだった。


「ルークさん!」

「迎えに来ました。出る準備をして下さい」

「はい!」

『マルクスさん、ありがとうございました』

『どういたしまして』


 椿が私物を片付けていると、マルクスから送られる視線に気付きルークはそちらに目を向ける。


『もしかして、ルークさんが連れて行くんですか?』

「そうです」

『・・珍しいですね』

「・・今日はもう他の仕事も終わりましたから、ついでです。貴方こそ、椿さんに言葉を教えていたみたいじゃないですか」

『あの子は向上心があるし、こちらの音を良く聴きますからね』


 話題の中心の椿は荷物を纏め終わったものの、2人が話しているのを見て大人しく待つ姿勢を見せた。


『最近じゃ、珍しいタイプですね』

「・・そうですね」


 ルークが椿の方へと歩み寄れば、椿は人懐っこい笑みを浮かべる。その表情には警戒心の欠片も無いように見える。

 純情そうに見える彼女が、まさか娼婦を選ぶとは思っていなかったのだが、見目も良い上に愛嬌もあるとなると、それなりに天職なのかもしれない。

 ルークは心の中で、彼女が幸せに過ごせるように祈った。


〇〇〇


 品評会とはよく言ったものだ。

 それはまさに品定めであって、面接などという軽々しいものだはなかった。比較的何に対しても寛容な私でさえ、始まり方の粗雑さには眉を顰めざる得なかった。


「見目は良いね。年こそいってるが肌にも張りはあるし、20代の子と並んでも見劣りはしないね」

「乳の形も上向きで、弾力も申し分ない」

「物怖じもせず、愛想笑いを怠らない度胸もある」

「従順で言葉は分からずとも空気は読めるらしい」

「アソコの締まりはどうだい?」

「さあ、素直に足を開くだろうかね」


 無遠慮に伸びる手は容赦なく体を弄る。太股に触れた手は足を開けと言っているようだ。

 進んで足を開けば、彼女らは嬉しそうに声を上げて笑った。


「色も悪くない」

「毛も整えているようだね」


 唾液で濡らされた指が膣内へと侵入してくる。

 洋物のAVか。


「小さい穴だね、締まりも良い」

「だがこれじゃああんまり大きいのは入らないんじゃないかい」

「そうだねぇ・・・」

「おや、濡れやすいのかね、汁が伝って来たよ」

「フム、濡れやすいなら問題ないね」


 言葉こそ分からないが、彼女らの雰囲気から察するに悪い評価ではなさそうだ。

 というかこの品評会、この時点でかなり敷居が高いんじゃないだろうか。ある程度年齢を重ねている上にこういった風俗系の仕事が初めてではないからこそ、こうも不躾に触られる事に耐えられているが、若い子やこういった業種が未経験の子からすればとてつもなく屈辱的に違いない。


 一通り見分が終わると、それぞれが手持ちの用紙に何かを書き込む。評価表みたいなものだろうか。


「うちがこの子に出せる条件はこれくらいだね」

「うちはこれだ」


 次々に用紙が手渡されるので細かい所までは読めていないが、どうやら評価表ではなくお店で働く場合の条件が書かれていたようだ。この国の文字に並列して日本語が書かれている。

 店が提供しているサービスもチェックがされているので、自分が無理なサービスのお店に間違って入る事もないようだ。必須技能の項目もあり、M嬢やS嬢、アナルファックにスカトロまである。条件が良いからと確認もせずに飛びついたら酷い事になりそうだ。


「あんまり時間はないんだ。取りあえず先に駄目だと思った店はこっちに入れな」


 一人が何かを言って私の前にカゴを差し出す。渡された紙より少し大きいカゴには大きくバツの印が書かれている。多分、条件に合わないモノをここに入れろという事だろう。

 取りあえずハードな内容でとてもじゃないが、自分には出来そうにない項目にチェックが入っている店の用紙を入れていく。


「なんだいこの子、アナルファックもダメなのかい」

「まあヴァギナは使えるみたいだし、良いんじゃないかい」

「うちの店に欲しいねぇ」

「うちの店じゃちょっとランクが合わないだろうね」

「仕草に品があって、見目の割に傲慢さがないのが良いわね」

「うちに欲しい所だけど、大衆店にゃ来ないだろうね」


 何を言っているのかは分からないが、ずっと観察されているのは分かる。お断りするところをカゴに入れているので、何となく気まずく感じてしまう。カゴに入れ終わると、該当するお店の担当であろう人が部屋から出ていく。カゴに入れた枚数よりも出て行った数が多いと思ったのは気の所為ではなかったらしい。残っている紙束から何枚か用紙が抜かれた。手元に残ったのは十数枚の用紙だ。この中から私が働くお店を選ばなくてはならない。


「私のお店では芸も出来なきゃどうしようもない。この子にせめて歌の才能でもあればいいけどね。ちょっと歌わせてみて下さる?」


 一人の品のある女性が私に向かって何かを言っている。大切な事だから何回も言おう。何を言っているのかは全く分からないし、内容も理解出来ない。少しばかり聞きなれては来たが、言葉というよりは音としか捉えられない。私を雇っても良いと思って残って下さっているのだろうし、出来れば何を言っているのかくらい理解したいのだが、無理な物は無理だ。何かを確認したいのだと思うのだが、言葉ではなく用紙に記載されている言葉で分かるように説明してくれないだろうか。

 そんな淡い期待を込めて、手元の用紙を差し出した。すると彼女はある一つの項目を指さす。



 必須項目ではないが、芸事の中に含まれている歌という単語を彼女は指さした。

 歌え、という事だろうか。


『・・・~♪』


 ここではどういう歌が必要とされるかは分からない。だけど私の声は澄んでいてよくのびて聞き心地が良いと褒められる事も多い。取りあえずそれを生かせるバラードを唄ってみた。


「声は綺麗ね、知らない歌だけどいい曲だわ。他にも歌えるかしら」


 何となく次を促された気がしたので、ある程度キリが良い所まで唄って別の歌を唄う。知らない歌で似たようなものを歌うと、ちょっと同じに聞こえるかと思って今度はアップテンポな歌を唄った。その後も何回か別の歌を唄うよう促されて、結局10曲も唄った。これって娼婦の面接じゃなかったのか。


「これならうちで使えるね」

「アンタの所も参加するのかい?そうなるとうちの条件には来なくなるじゃないか」

「異世界人でこれだけの見目なら物珍しさから客も付くだろうよ。ちゃんと仕込んでやれば通いの客も付くだろう。良い買い物さね」


 最終的に入札をしたのはほんの数件だけだった。

 入札の札には何が必要とされているか、どんなお店なのか大まかにチェックされている。歌を沢山唄わせてきた女性の店は一応は高級店に分類されるお店だ。ただその中で中級の扱いになるらしい。だが他の中級店と違って様々な芸事を学ぶことが出来る。勿論全てが無料でというわけではないが、他の中級店に比べて挑戦し易くなっているように感じる。


 結局最終的にその高級店で働くことに決めた。


「まずは言葉から覚えてもらうよ。なに、床で使う言葉さえ分かりゃ問題ないさ」


 言葉、覚える。それだけ聞こえた。きっと言葉を覚えろといっているのだろう。高級店で言葉が話せないままというのは確かにありえない。何よりも優先するべき事柄と言える。


「最初は異国の歌で気がひけるさ。声も綺麗だし、良い客引きになるだろうよ」

「・・よろしくおねあいします」

「驚いた。言葉が分かるのかい?」

「少し、れんしゅした」

「練習が足りないようだけど、教え概があるじゃないか」


 最初こそは物珍しさでそれなりに客を取る事は出来るだろう。床上手とまではいかないが、体の具合はそこまで悪くはない筈だ。でも高級店ならそれだけでは足りない。ただでさえ年齢が上なのだ。プラスアルファがなくては通ってはくれないだろう。

 それに私の意思とは関係なくこの世界に迷い込んだのに、ある意味理不尽に突然借金を背負わされたようなものなのだ。誰にも責任がないとはいえ、そう簡単にこの状況に納得できるはずがない。だからこそ少しでも後悔がないように、いずれは自分の利になる様に考えて選ばなくてはならないのだ。



 ここでの生活は売春宿というよりも花街といったほうが正しい。

 ただ性欲を満たすだけの場所ではなく、食事に酒、そして芸事が楽しめる場所。それ故に求められる事柄も多くなる。


「指、間違ってるよ」

「はい、こうでしょうか?」

「そうそう」


 教育は結構スパルタだ。気を抜けば見捨てられるんじゃないかと思う程度には恐怖を感じている。


「(早くお金を貯めて、早く帰らなくちゃ)」


 言葉も通じて、選べるだけの仕事があった元の世界が懐かしい。異世界にまで来てこんな一昔前の遊郭のような場所で働く事になるなんて思ってもいなかった。


「ちょっとこっちを片付けといて頂戴」

「はい、姐さん」


 新人だからだろう。習い事以外にもこういった用事を言いつけられる事は多く、休む暇など殆どなかった。その僅かな休憩時間も、教えて貰った文字を覚えるための時間にしている。

 本当に必死だった。


「明日から出て貰うよ」

「はい」


 芸事として習っていた琵琶で一つ曲が完璧に弾けるようになると、短い時間ではあるが座敷に出されるようになった。


「ほう、異世界人なのか。その割に見目が良い」

「中々素直で少しではありますが、言葉も理解してますのよ」

「翻訳なしでか?」

「琵琶も覚えさせましたの」


 女将の合図で曲を奏でれば、客は満足げに笑みを浮かべる。


「いつからいるんだ?」

「先月からですわ」

「女将が連れてきたんだろう、他にもあるんじゃないのか?」

「流石ですわ、この子は唄が得意ですの。お好きな歌を唄いなさい」

「はい」


 少し悩んで、得意なバラード系の歌を唄う。澄んだ声と歌がとても合っているとよく褒められた。お世辞だろうけど、色んな人に似たような事を言われるので合っているのだろう。


「澄んだ良い歌声だ」

「レパートリーも多いんですのよ」

「他にも歌って貰おうか」


 会話を邪魔しないようなバラードをその後ずっと歌い続ける事になった。歌い終わればまた次のリクエストが入るからだ。発音は日本語だし、歌に聴き入っている訳ではなく他の遊女達と会話もしている。それでも好きに歌える事は嬉しかった。


「また次も歌って貰おうか」


 客は帰り際にチップをたっぷりと払ってくれた。女将に伝えればそれは芸事の対価だからとその一部をくれた。それだけでも十分な額だ。


「(これで、言葉を教えてくれてるあの人に授業料を支払おう)」


 芸事を習った事によって、習い事の大まかな授業料の目安が分かった。ただこれまでは借金や家賃、授業料に道具代と払うお金が多かったのだ。結果善意に甘えてしまった。


「セーヤン、これ」

「なんだ?」

「今までの、授業料」

「いらないと言っただろ?」

「これから、ずっと、教えて欲しい。ありがとう。お礼の気持ち。だから授業料」

「・・そうか」



異世界に転移➡回収され説明会➡就職面談会➡習い事しながら働く➡歌声と喘ぎ声の違いが背徳的と気に入られて何人かリピーターに➡ある日、回収した人が会いに来る。スムーズな会話が嬉しくて涙ぐむ➡習い事したり、お客様から言葉を教えて貰ったり➡出掛ける暇はない➡歌声が評判になり、他の娼婦の客に呼ばれる➡後でその娼婦にお灸を据えられる➡ハブられる➡言葉が分からないので解決出来ない。元の世界だったら上手くやれたのにと悔しい➡これが言葉を必死で覚えるきっかけに➡この頃から応援してくれる固定客が数人➡他の娼婦の嫌がらせで獣人が客として来る(獣人は毛深いので苦手とする娼婦が多い)。娼婦の思惑は獣人のいないであろう異世界人なら拒否するか、ちゃんと接客出来ないだろうという思惑から➡度胸があるので怖くないというか寧ろ可愛く見える。知性があるので噛まれる心配もないし、楽しく仕事をした事によって気に入られる➡実は結構な権力者➡しかし元々いた差別主義者の顧客が怒って逃げる➡ちょっと残念だけど、思想も残念なので惜しくはなかった➡その獣人の紹介で新規の獣人のお客様が増える➡評判を聞いて更に増える➡借金返済➡何人かにプロポーズされるも断る➡残らないのかと言われる➡確かに異世界の方が稼ぎやすいけど、保証が日本ほど充実していない➡言葉もカタコトでも随分話せるようになったので返済後もお試しで1年過ごす事に⇒稼ぎも安定し、余裕があるのでこの機会に翻訳の魔術具を購入する⇒続くアプローチ、でもしつこくは無い⇒この世界の治安や法律、もし永住するならどうなるのかを調べる⇒日本より治安は悪いが、暮らせない程ではない⇒翻訳の魔術具により円滑なコミュニケーションが可能になり、上客が増える⇒本を読んだり人との会話により色々な情報を持つように⇒本人は特に自分が情報通になっている事に気付いていない⇒無いものは多いが、我慢出来ない訳ではない⇒我慢してまで永住する必要を感じない⇒やっぱり帰る事に➡帰るときに稼いだお金は持って行けないので、寄付する事に➡誘拐される⇒誘拐したのは元上客の一人⇒閉じ込められる⇒どうやら元の世界に帰したくなかったらしい⇒軟禁されながらも特に不自由もなく生活⇒表の方ではそれなりに騒がれたが、近々異世界に帰る予定だった上に所詮は身内もいない低身分の異世界人。捜索は早々に打ち切られる⇒個人的に思い入れのある数人が捜索を続けるのみ⇒落ち着いた頃に移動させられ、地方の別荘に軟禁場所を変えられる⇒見張りを数人付けられ時々会いに来る程度に⇒元の世界に帰りたい理由は娼婦で居続けたくないのと不便な生活よりも元の世界で一人暮らしでも便利な生活に戻りたかったからだ⇒娼婦ではなくなったし軟禁されているものの、使用人を使える立場になってそんなに不便も感じない⇒必死になって帰る必要もない⇒特に抵抗する事もなく、平穏な生活を手に入れた⇒

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