悪女は基本一人で過ごしたい
ある日、なんの前触れもなく、私はその人格を身に宿した。怠惰で、何よりも大事なことは、穏やかで健やかに過不足なく暮らすこと。
「今の私の状況は、間違いなく穏やかではないわね」
婚約者に秘密の恋人が出来たのは最近の事。秘密と言っても公然の秘密で、ただそれを本人に直接言わないだけで、社交界の誰もが彼の所業を知っていた。
「昨日まで、あんなに嫉妬に駆られていたのに・・」
新たな人格は冷めた感情で、信頼に足る者ではなく、発情期の犬猫よりもたちが悪い。アレの婚約者であるなど恥でしかない。と訴えてくる。
その感情が伝播したのか、私もあれほど好きだと思っていた彼に、今はなんの魅力も感じない。好きだったからこそ、貴族の契約として交わされる婚姻関係を蔑ろにされても結ばれたいと思っていた。何を差し出してでも、彼のそば、一番近い場所である妻という座を手に入れたかった。
「でも、もう、そうね・・いらないわ」
感情とは、恋慕とは、こんなにも簡単に冷めてしまうものだったのか。
「お父様にお会いしなくては」
父は一人娘の私をいたく可愛がった。甘やかし本物のお姫様の様に扱うものだから、私に叶えられない願いはないし、手に入れられないものもないと思っていた。それは父の手の届く範囲であれば間違いではないけど、そこに人の心は含まれてはいないのだ。ずっと、その事に気付けなかった。




