秘密
「ふ、ふふふ・・・」
殺した。ついに殺してしまった。もう駄目だ。簡単だった。思っていたよりもずっと、簡単で、楽に超えてしまえる一線だった。
「ああ、貴方が悪いのよ・・・」
粗野で遠慮もなく、品のない男。行く先々で何かしら絡んできて、酷く、目障りだった。
「この力は、使わないようにしていたのに・・・」
私はこの世界の異物だ。でもそれを知っている者はいない。行く先も帰る場所もない私をこの場所はするりと受け入れてくれた。どちらかというと来る者拒まず去るもの追わずな土地柄だとも言えるが、それでも程よい距離感が心地良い場所である事には間違いない。
「酷いわ・・」
眼下に落ちる自分の影が暗く濃く滲む。ずるりと這うソレは私の思うままに動く不思議なモノ。そして、何でも飲み込み消してしまう。それがどこに消えているかは知らない。
「人には使わないと思っていたのに」
事切れた男の死体を、影は容易に飲み込む。まだ暖かかった体も、外気に触れて熱を失った血も、綺麗に無くなった。ナイフにこびり付いた脂も、服に飛び散った血も、まるで最初からなかったみたいに綺麗になった。
「ああ、やっぱり、人を殺すのって簡単だったのね」
自分何処か狂っているのは知っていた。だからこそ、最後の一線に近付かないようにしていた。
「・・・」
一度超えれば、境界は曖昧になり容易く跨げる。
私の選択肢には「殺す」という行為が増えた。
「抑えられるかしら・・・」
優しさを形にしたような容姿は人受けもよく、他者は勝手に私が優しい人なのだと勘違いをする。それを敢えて否定することはないけれど、表面的な評価を覆すつもりはなかった。
見目もそこそこ良いことから、付き纏う人は何人かいた。正直鬱陶しいとしか思っていなかった。でも面倒で大した対処もしなかった。相手にしても、しなくても面倒臭い事に代わりがなかったから。
でも消えれば、全ての面倒が無くなる。その選択肢は最初からあった。でもその選択肢は諸刃の剣だ。簡単なだけに、いずれ気付く。そして私の周りで起きている事も気付かれるだろう。
「・・・」
深く長い溜息が零れる。
ああ、面倒だ。これだから嫌なのだ。空気を読めない男は。
「・・・」
この力がどの程度感知されるものなのかも不明な中、コレを頼り過ぎたくない。
「使わないようにしなくちゃ・・」
もうあの男が私の前に現れる事がないと思うと、まるでずっと喉に引っかかっていた小骨が取れた時のようにスッキリしている。この爽快感を簡単に忘れられるとは思えない。
「・・・」
楽な方に流されやすい私が使わずにいられるだろうか。あまり自信が無い。特定されないようにする必要があるかもしれない。二人目を使う前に無差別に誰かを消す方が良いかもしれない。
多少物騒な考えを自覚しつつ、帰路に着く。




