逃避行
人が嫌い。というよりは、人と関わるのが怖いのだと、三十五歳になって要く認める事が出来た。
怖いと思う理由は幾つかある。
その中でもはっきりとしているものは、本当の自分を知られて、どう思われるのか分からなくて怖い。
私は、酷く臆病だ。
逃げてばかりいるうちに、人と関わるのが面倒になって、一人で行動する事が多くなった。仕事はなるべく単発か短期の仕事を選び、同一の人間と長く関わる事がないように行動した。関わるのは仕事の時だけ、それが一番楽だった。それでもどうしても知り合いは増えてしまって、飲みだとか遊びの誘いが来るようになる。嫌いな訳じゃない。ただ、面倒なのだ。
結局何もかもが面倒になって、やっぱり海が好きだからと適当な理由を上げて、定住しようと思って購入した家財を全て処分して、スーツケース二つに収まる分だけの荷物で逃げるように東京を離れた。
気に入ってはいるけど、同じ離島にはもう行かない。中途半端な知り合いが沢山いるから、無視するのはあまりにも薄情かなとか色々考えると面倒だからだ。
「あ~、なんか、久々に自由って感じ・・」
東京を出るにあたって、中古の軽自動車を購入した。シートを倒せば体を伸ばして寝転べる程度には広い車だ。小柄であればもっと安くて小さなサイズでも良かったのだが、如何せん身長165センチと高めの身長なものだから、中古とはいえ格安と言えるほど安くは買えなかった。しかし車中泊を考えると妥協できなかったのだ。
「あ~マジ、どうすっかな・・」
お風呂は温泉大国である日本では道中の何処かしらに温泉があるので、ネットで検索しては値段と評判を参考にほぼ毎日入っている。化粧はしてない。
調べていたらそこそこ近い距離に、評判の良い大型のスーパー銭湯があるようだ。設備も充実しているし、駐車場代は無料。時間制限もない。
「・・今日は観光はいっか」
こうして銭湯で一日を過ごす事もある。
目的地には半年後までには着けばいい。今回は色々と寄り道しながら進みたかったし、寝床代わりの車があるからと仕事を決めずに移動を始めた。だから到着日は気にしなくて良いのだ。
(家族に連絡は、まあ、定住してからで良いか)
本当は東日本にも行ってみたかったのだが、北と南だとどうしても南に進みたくなるのだ。
(そういや、四国は行ったことないな。この機会にお遍路経験してみようかな)
スーパー銭湯で寛ぎながらスマホでポチポチ詮索する。
(四国って熊いないよね)
東日本に足が向かない理由には熊がある。人気のない自然豊かな所が好きな割に、私は熊が怖い。三毛別羆事件とか福岡大ワンゲル部ヒグマ襲撃事件とかペトロパブロフスク羆事件とか、殆どはヒグマの話だけど、ツキノワグマが怖くない訳じゃない。
そうそう遭遇する事は無いと思いつつも、私は自分の運をそこまで過信していない。だから何となく、山とか自然を楽しむなら南の方だと思ってしまうのだ。
だからと言って南の方は安全なのかというとそうでもない。猪は遭遇すれば結構危険な動物だし、猿も動物園とかで見慣れたものだけと、野生だと人にとっては普通に危ない。餌付けでもされていれば荷物も奪って行くし、非力な人間にとっては多くの野生動物が場合によっては危険だと言える。
でも観光客に餌付けされて人を怖がらなくなってしまったヒグマよりはマシだと思う。熊って本来は臆病で、飢えていたり子育て中で気が立っているのに縄張りに入ったとかでもしない限りは未知のものは避けると言われている。だから人はラジオだとか熊よけの鈴を鳴らせば安全は確保されるはずなのだが、餌付けされた熊は人だと知れば逆に近付いて来るらしい。そんな情報を知っているのに、一人で北海道の自然を満喫しに行こうとは中々思えないのだ。
ヒグマさえいなければ行きたい。むしろ私にヒグマを撃退するだけの何かがあるのなら行きたい。
だがしかし非力な人間風情にヒグマをどうこう出来る力などない。よって、多分北海道の自然はいつか安全が確保されたツアーで行く事になるだろう。それか自然は諦めて新鮮な海産物を食べに行く。
(うどんも食べたいな。四国は水が豊富なんだよね、確か)
因みにスマホの充電は車と小型のソーラー発電機を活用している。
逃げるように東京を出て、西日本を観光しつつ車で南下。四国から九州行きの船に乗り九州横断、九州の実家には迷いつつ寄らなかった。更に沖縄行きの船のチケットを買い、時間まで車で一眠りをしていたら巨大な揺れを感じ目が覚める。しかし辺りは真っ暗。スマホを確認するも圏外表示。津波が来るかもとエンジンかけてライト付けると、そこはどこまでも広い草原の中だった。状況が飲み込めず、エンジンは付けたままライトだけを消す。窓は全てしっかり閉めて、暗闇に目を慣らす。多分、四方八方地平線の先まで草原。アフリカとかのサバンナみたい。躊躇いつつもガソリン節約のためにエンジンを切る。恐怖で感情が昂り、眠る事はできなかった。日が昇り周囲が徐々に薄明かりに照らされる。水や食料はそこそこある。食料だけならひと月分はあるし、水は一日二リットル飲むとして18日分、食料にスープもあるから、それを含めればそちらもひと月はもつ。まとめ買いするタイプで良かった。そして物資補給したばかりで良かった。必要なものは殆ど揃っている。風呂はないのでウエットティッシュで済ませている。道中の安全を確かめながら車を進めるを繰り返して約半月、漸く道らしき場所に出る。舗装はされていない。途中で放棄されてる馬車を見つけた。荷物は少ないが積まれたままの状態だ。放置されてまだそんなに時間は経っていないようだ。せっかくなので持っていく事にする。人類と遭遇。車に驚かれる。そしてどうやら馬車の元の持ち主らしい。ここまで持ってきた代金と、村まで引っ張る代わりに賃金を貰う。薄汚いからか、男と間違われる。男の娘になりたいなら小綺麗にしろと言われたが、意味不明である。取りあえず行商人について街へと移動する。皆風呂はないらしい。街に着くまで我慢だな。男しかいないと思ったら、オトコの娘がいた。オタサーの姫みたいな扱いだ。女はいないらしい。女だという事は黙っておく事にする。村についても女がいない。いるのは男同士のカップルか、女みたいな男ばかりだ。もしかしたら女自体存在しないのかとおもったが、オトコの娘がいるんだから女は存在すると思われる。探し回って女かと思えば、ニューハーフだったりと空回り。女はいないか、数が少なくて外には一切出さないのだと判断。女という事は隠すことに、しかしそれだと風呂に入れない。
ガソリンはまだあるが、あるうちに探すためにもガソリンを小瓶に入れて持ち歩く。タンクから採取するのに苦労した。水が欲しくて探していたら共同井戸があるらしい。そこでペットボトルに水を補充する。空になったものを全て洗って満たした。大丈夫だろうけど、心配だし目印つけて使う時は煮沸するようにしよう。
食べ物を買い込みたかったのだが、日持ちするものが存外少ない。迷った末に干し肉以外は買うのをやめた。風呂に入れないなら村にいる意味はない。
そう思ったら行商人が次の村までまた馬車を引いて欲しいと言ってきた。どうやら新しい馬を買えなかったらしい。村に雇中は食事と寝床をもってくれるそうだ。賃金もくれるというし、ならばと思い引き受けた。ちなみにこのキャラバンはガソリンを知らなかった。
いくつかの村を渡り、ついに街についた。
喜びも束の間、なぜか連行されそうになり逃げた。けど捕まった。所詮は女の体力だな。
行き先は牢屋かとおもったら小綺麗な部屋だった。そこに来たのはイケメン。元々この世界に来てブサイクというものを見かけなかったが、現れたのは誰もが振り返るようなイケメンだった。
どうやら予言があったらしい。興味が湧かなくて聞き流してしまった。この世界では男の平均寿命が二百を超えているらしい。そして百五十年ほど前から女が生まれなくなり、四十年前に最後の女が死んでからはこの世界には男しかいなくなったのだそうだ。子供は七十年前に生まれたのが最後なのだそうだ。ちょっと待った。あんた何歳よ。なんとイケメン、八十歳だった。おじいちゃーん!未成年かと思ったぜ。いわゆるエルフ的な?ていうか道中みたオトコの娘も七十歳以上ってことか。びっくりだよ。
魔力の高い者ほど長生きらしい。なんやねん魔力って。女は魔力が殆どなかったらしい。長寿の者が国を治めているらしく、その人は今四百歳らしい。うおう。それ人間やめてんじゃね?
子供を産んで欲しいと言われた。えー。ムリ。何でか聞かれた。いやいや、だってさ。家具家電揃って超便利な世の中だった元の世界で、勢いで結婚しようと頑張ってはみたものの、在宅勤務の人としかご縁が続かなくて、なおかつ在宅で四六時中一緒にいる苦痛と結婚しなくて孤独でいることを天秤にかけて孤独を選択しちゃうような奴なのよ、私は。そもそも元の性格的にも結婚に向いているようには思えないうえに、長年拗れ続けたこのひねくれた考えが今更変わるとは思えない。
他人と暮らす事は幸せを感じる前に苦痛を感じる。絶対無理。




