記憶喪失の人魚姫
苦しい。
「ガボッ」
なに。
「っ!」
水だ。
体全体が浸かる程の水。
しょっぱい。これは、海だ。
息が吸えない。死ぬ。
精々、水を吸ってしまわないように、息を止める事しか出来なかった。今いる深さも、上がどちらなのかも、何も分からない。
死ぬ。ああ、溺死なんて。
嫌だ。そう思った時、クンと体が何かに引っ張られる。何だろう。それは凄い速さで、私の体をグイグイと引っ張る。
瞬間、頬を冷たい風が撫でた。
ああ、酸素だ。
「ガヒュッ、ヒューー」
肺いっぱいに空気を送り込む。
ああ、助かったのか。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
「・・・熱いわ、これが人間なのね」
表現しようのない、美しい声。私の体はその声の持ち主に持ち上げられて、水面から半分ほど出ている。
「陸までは送ってあげる。その後は、好きにしなさい・・」
誰?そう聞こうとして声が出ない事に気が付く。
「声は出ないそうよ。人になった代償ね」
人になる。何を言っているのか、私は初めからただの人間だ。
「この声は、人魚だけのもの」
いつの間にか浅瀬におり、砂が足に触れた。
「っ!!!」
痛い。小さな砂粒ひとつひとつが、まるで足を刺しているようだ。
叫び声さえもあげられないことに対してか、人魚だと名乗る不思議な女性は私に憐れみの眼差しを向ける。
「痛みは時期になくなるそうよ」
人魚は波打ち際まで体を運ぶと、苦しそうな、泣きそうな顔で名残惜しげに海にかえっていく。
痛みで朦朧とする意識に、何も考える事も出来ずにその場に蹲った。




