君と私の革命記録
地名などは実際の名称をそのまま引用しています。
この国には、呪われた王子がいる。
「貴方は本日より、アルファード様の側仕えとなります。アルファード様には故あって他に側仕えがおりません。適時人員は補充致しますが、それまでは貴方一人で仕事を回すように。基本的にはアルファード様の身の回りを優先し、他の仕事は使用人に回して下さい」
「畏まりました」
「ご存知でしょうが、アルファード様は今年で御年10歳になります。洗礼は昨年済ませておりますが、まだ時期尚早と王子としての公務は賜っておりません」
通常、洗礼とは7歳で受けるものた。特に王侯貴族であればその年齢で受けていないなど、有り得ない。司祭が忌避して決まらなかったらしい。
「存じ上げております」
私は実の親に金で売られたようなものだ。事業に失敗して、投資詐欺で騙され、あらゆる金策に失敗した父はもう爵位を売るしかないまでに追い詰められていた。
勿論その前に、私という娘を金銭援助と引き換えに政略結婚させるという手も、本来なら使えたはずだったのだが、どうしてだかそれもことごとく失敗に終わった。
今にして思えば、多分、目を付けられていたのだろう。そして手を回されたのだ。援助を条件に、娘を差し出させる為に、救いの道をことごとく潰した。
そうして私は、呪われた王子の側仕えになった。
◆
ひっそりと静まり返る廊下の先に、呪われた王子アルファード様の居住区がある。そこは昼間だというのに何処か暗く、陰鬱としている。
(誰も近寄らないからだわ)
衛兵も使用人もこの離宮を忌避している。私が来る前は、離宮での仕事はまるで罰のような扱いだったそうだ。噂好きそうな貴族が、私を嘲笑いながら教えてくれた。
だからといって荒れ果てた離宮という訳でもない。皆忌避しながらも最低限の仕事は熟していたようで、多少の綻びはあるものの、一応来客の対応は出来るくらいに整っていた。
とはいえ来客は極稀で、高齢の医者が月に一度訪れるだけだ。ここには血縁である王族でさえ近寄らない。
「アルファード様、お茶をお持ち致しました」
「入れ」
「失礼致します」
子爵家という立場上、それなりの教育は受けていた。それに借金が嵩む前には、派閥の上位貴族の貴婦人の元へ行儀見習いにも行った。だから一通り側仕えに必要とされる技能は取得している。
(いつから、私が此処へ入る予定が立てられていたのかしら)
思うに、行儀見習いの時には既に候補には含まれていたのではないだろうか。
「本日のデザートはカヌレでございます。紅茶はルフナとキームンを、ミルクはミルーバ産の特濃とキンバル地方の特選をご用意しました」
「リンシャール・アドミラル嬢のお薦めは?」
「ルフナをミルーバ産の特濃でミルクティーにすると宜しいかと」
「ではそれで」
アルファード様は私をフルネームで呼ぶ。理由は聞いていない。聞く必要もないだろう。
「ルフナは黒蜜のような甘い香りではなかったか?」
「高品質なものですと、黒蜜のような香りになります。ですが今回のカヌレには燻製したような香りの方が引き立つと思ったのです。高品質には少し及びませんが、こちらの香りも風情がございませんか?」
「ああ、確かに・・」
呪われた王子と忌避されてきたアルファード様は、最初、文字が殆ど読めなかった。手配されていた家庭教師は職務放棄し、その後は誰も見つからず放置されていたそうだ。
それでもアルファード様は自らの力で立ち上がり、月に一度診察に来る医師に分からない事を聞いていた。それはとても短い時間であったが、アルファード様にとっては、とてつもなく貴重な時間であった。
「以前カヌレ発祥の地とされているアキテーヌについての資料をお持ちしましたが、内容は覚えておいでですか?」
「覚えている。ガロンヌ川沿いにある港湾都市で、農村地帯は数千に及ぶぶどう畑がある。ワイン造りも盛んだ」
「はい、そうです。アルファード様は勤勉でいらっしゃいますね。ではルフナの産地は?」
「スリランカだ。地名がそのまま名称になっているから、ルフナ地域と行ったほうが良いか?」
「スリランカで良いでしょう」




