女神は残酷で優しい笑みを浮かべる
主人公
椿:博愛的で誰にでも基本的に優しい。喜怒哀楽は緩やかで基本的に前向きな感情しか出さない。楽天的で快楽に素直。適度な堕落を好む。
多くは私を優しい人だと言い、幾人かは残酷だと言った。
「椿姫!一緒に洗濯をしましょう!」
「椿姫は私とお料理するのよ!」
「それより狩りに行こうぜ!」
多くの子供らに懐かれ、優しい微笑みを浮かべる椿はまさに天使の様だ。
椿は姫と呼ばれているが、何処かの貴族や王族の御息女という訳ではない。椿は商隊から商隊へと居場所を変えながら各地を旅するジプシーだ。生まれは本人曰く小さな農村の娘だそうだが、そうは思えない上品な立ち振る舞いに柔らかな物腰、星空の様に艶めく黒髪と滑らかな柔肌がまるでどこぞの王侯貴族の様に見える。それ故かどこに行ってもいつの間にか「姫」や「様」を付けて呼ばれるのだ。
「どれも皆と一緒であれば楽しそうね」
「椿姫は今日私たちと一緒に遊ぶのよ!」
「いいや、俺たちと遊ぶんだ!」
「私たちよ!」
暴力を嫌う椿姫の前では、皆口で争いはするものの喧嘩に発展することは無かった。
「そうね、まずはみんなでお洗濯を済ませましょうか。その後何人かで狩りをしに行くから、戻ったら一緒にお料理しましょう」
平等に皆に接する椿姫は、まさに聖人のようにも見えた。
「椿姫、猫、死んじゃった・・」
馬車に轢かれたのだろう。固まった血と、骨折しているのか変な方向に曲がっている。
「・・埋めてあげようね」
「うん・・・」
椿姫と皆で穴を掘って、猫を布に包んでお気に入りだった椿姫が手作りした玩具と一緒に穴に埋めた。
椿姫の頬に伝う一筋の涙が、とても綺麗だったのを覚えている。
「椿姫、お迎えだよ~!」
「ありがとう」
椿姫は毎日孤児院に遊びに来る。そして孤児院でシスターの仕事を手伝い、時間になると誰かしらが迎えに来て何処かへ帰る。
◆
ある日、孤児院の仲間が溺れて死んだ。
遊んでいて、夢中になって、気付いた時には一人足りなかった。見つかったのは翌日の昼過ぎだった。
悲しみに暮れる中、椿姫が見舞いに来た。
皆優しい椿姫に縋るように泣き喚いた。
「悲しいね、一緒にお祈りしようね・・」
優しい椿姫の言葉とは裏腹に、俺は気付いてしまった。
椿姫にとって、俺たちはあの時轢かれた猫と変わりない。椿姫にとって、それらは等しく同じ命であり、特別悲しむべき命ではないのだ。
俺は、それが恐ろしかった。




