私は家を継ぎますので
いずれ皇后になる身として、教育を受けた。
幸せな家庭環境だったとは言えない。公爵家に入婿で来た父は母が死んですぐに後妻を迎え、それと同時に数ヶ月しか年の違わない、腹違いの妹が出来た。父には省みられず、母の腹心の侍女が全てを手配した。
転機が訪れたのは王太子の婚約者に選ばれた時だ。それから父は優しくなり、子供心に喜んだものだ。成長するにつれ、それが優しさではなく、ただ媚びていただけなのだと気付いた。
仕方がない。そうやって全て受け入れ、諦めていた。
成婚式が近付いてきたある日、事件は起きた。
聖女が召喚されたのだ。そして王太子と聖女は急速に距離を縮めた。私は婚約を辞退し、王太子と聖女の成婚式が迅速に執り行われた。
この時点では、私はただ公爵家の跡継ぎとして相応しい婿を迎えれば良かっただけだった。
しかし私にとっては不運が続いた。
国王が戦争で亡くなり、皇后もショックで病に伏した。迅速に戴冠式が行われ、王太子は国王となり、聖女が王妃となった。しかし聖女には力量がなかった。
「そなたが王妃の代わりを務めよ」
「ご拝命賜りました。しかし公爵家の存続の為、側妃ではなく、補佐の立場を賜りたく」
「ならぬ」
それでも側妃としての立場を蔑ろにされないのであれば許せたのだ。しかし国王は国務を熟す側妃を鑑みる事はなく、嘲笑される日々を送った。
聖女は社交にも政治にも疎く、よく甘言に惑わされ感情を露わにした。
側妃の最後は酷く惨めなものだった。
献身は無視され、悪評が流れ、終いには聖女の不興を買い処刑された。
側妃は悲しんだ。
私の人生はなんだったのが、なんの為に生きていたのか、誰の為の献身だったのか、何もかも分からなくなっていた。
◆
死んだと思っていたのに目覚めが来て、気が付いたら子供になっていた。母もまだ亡くなっておらず、私がまた何も知らないただの子供のまま無邪気でいられた一時。
幸せな、夢だと思った。
「お母様」
「ユティ、どうしてここに?」
あまり家にいない母に会う機会は少ない。家にいる時も執務室に籠もってばかりだった。執務室にいる時の母はあまり好きではなかった。いつも険しい顔をして、会いに行っても構ってくれる事もなく、ただ怖かった。
「お母様に会いたくて。仕事の邪魔にはならないから、ここにいてもいい?」
こちらを見ずに手を動かし続けていた母が、少し呆けた顔でこちらを見る。目が合って数秒、母がふと頬を緩めた。
「ああ、構わない」
「ありがとうございます。お母様」
幼い頃の私は愚かだった。忙しい母に構って貰えない事を嘆き、自分を哀れんでいた。忙しく働く母の側で、大人しく仕事が終わるのを待つ。
(そうだわ。子供だった私は母に何度も話し掛けて、煩いからと執務室に入れてもらえなくなったのよ)
母の仕事が終われば、母は私を見てまた優しく微笑んだ。
「少し、休憩をしよう。お茶を」
「畏まりました」
母の専属のメイドと執事だ。いつも母の側に控えていた。
忙しい母を煩わせる私に呆れていたのだろう。口元は綺麗な弧を描いていたのに感情のない視線がとても怖かったのを覚えている。それが今はどうだ。その目には僅かばかりの迎合を感じる。




