お腹の中の我が子が聖女?かもしれない件
子供が欲しくて結婚した。
臨月を迎え、ベビー服におしゃぶり、ベビーカーやベビーベッド、オムツと買い忘れがないか何度も確認した。それでも初産で不安だったから、既に子供を二人産んだ姉にも連絡してアドバイスをも貰ったり、話を聞いてもらった。
好き、というよりも子供が欲しくて結婚した相手だったけど、思っていたよりずっと優しくて、この人となら幸せな家庭を築けると思った。
いつ産まれるのか、不安も大きかったけど、それ以上に楽しみも大きくて、幸せだった。
「あれ?」
不意に足元に温かい水がこぼれる。
一瞬何か分からなくて、破水だと気付く。幸いなのは夫がいる時間帯だった事だ。
「ね、破水した」
「え!ど、どうしよう!」
「え〜と、病院に電話かな?」
夫が掛かりつけの病院に電話してくれている間に、事前に調べていた陣痛タクシーに電話する。すぐに来てくれるそうだ。
タクシーが来る前にレジャーシートとバスタオルを用意してもらう。それだけだと移動が出来ないので、着替えて夜用のナプキンも着ける。
「タクシー来たよ、動ける?」
「うん、ありがとう」
タクシーに乗り、移動している最中に陣痛も始まる。
「いったぁ〜い・・陣痛、始まった、かも」
「もうすぐ着くからね」
病院に着いたのに、あまりの痛さに歩くことが出来なくて、多分担架に乗せられた気がする。
私の正しい記憶はここで途切れてしまった。
気絶していたのかもしれない。私の目の前は一度真っ白になって、次に目を開けた時には、家でも病院でもない場所にいた。
「ここ、どこ?」
「妊婦、だと?」
視線を向ければまるでベネチアの仮装カーニバルの様な格好をした面々。いや、それよりは幾分服装は大人しい。それに仮面もつけていない。
夢を見ているのだろうか。
「なにここ、夫はどこ?っあ」
「産気づいているのか?!直ぐに手配を!!」
「産婆などおりません!」
「産婆はいなくとも、立ち会いの経験者ぐらいいるだろう!!」
陣痛の痛みとあまりの不可解さに頭が追い付かない。人が慌ただしく行き来する。
なんだこれ。初めてのお産をこんな訳のわからない状態でしないといけないとか、不幸だ。
「ベッドへ運べ!」
「どちらのお部屋に?!」
「用意していた部屋で構わん!!」
色々な道具が運び込まれ、専門ではないまののベテランであるという侍女も部屋に来た。全員がおかしな格好をしている。
「なんなのもう、仮装大会なの!?」
結果として、大変な安産だったと言える。体型的にも恐らくは安産になるだろうと予測はしていた。それでも陣痛はキツかったし、今も出産後の子宮の収縮の痛みが地味に辛い。
ああでも、この子が私の赤ちゃん。どうしようもなく可愛い。嬉しさで自然と笑みがこぼれる。
「お陰様で、無事に産むことが出来ました」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。それで、あの、夫は・・どこに?」
出産が終わって改めて見ると、やっぱりここはおかしい。
まず部屋自体のデザインがおかしいのだ。まるで映画のセットのようなロココ調の内装に天蓋付きの大きなベッド。そしてこの部屋にいる誰もが、中世ヨーロッパとかどこかのファンタジー映画の様な服装をしている。
「・・私から説明しよう」
「貴方は?」
「私はこの国の第三王子、ロミオだ」
「・・・はぁ?」
◆
「・・・どうすれば」
王子が言うには、この世界は穢れに満ちていて、それを晴らすには聖女が必要で、その聖女は異世界にしか存在しない為に、召喚の儀を行ったのだそうだ。それで出て来たのが私。
しかし本来なら聖女とは乙女でなくてはならない。まあつまり処女でなければならないらしく、妊婦である私は聖女ではないはずなのだそうだ。しかし召喚して間もないにも関わらず、周辺の穢れが薄れているらしい。
まあちょっと三流小説のような内容ではあるものの、実際よく分からない状況にいるし、今は産後直ぐ過ぎてまだ動けないので虚実を確かめるのはまだ先になる。
今までにない召喚であるのは間違いないそうだが、取りあえず今は産後の為医者も寄越されたし、変なことは何もされていないが、これからどうなるのかは不安しかない。
というか誰も可能性に触れてこなかったけど、我が子が聖女なんじゃないの。
「まあ、性別男、だもんなぁ・・」
それでも聖なる力的な何かを持っている可能性もないとは言い切れないんじゃないの?この世界の理を知らないので何とも言えないが、あり得ない話ではないと思っている。
「名前、どうしようか・・」
本当は名前は夫と一緒に考えて決めていた。性別も分かっていたので既に候補は一つだ。何となく、この名前のせいかなと思ってしまったのだ。
「ヒジリ・・」
漢字で書くと『聖』なのだ。偶然の一致ではあるが、何だか別の名前を付けたくなる。でもこれは夫と一緒に考えた名前なのだ。これ以外の選択肢を今すぐ考えるのは難しい。
聖、聖人君子を望んでいる訳ではないが、清く正しく真っ直ぐに、そして誰かの光になれるような子に育てたいと思って考えた名前だ。子育てに自信のなかった私が、この子を呼ぶ度にどう育てたいのか思い出せるようにもしたかった。だから分かりやすい名前にしたのだ。




