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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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重なる世界で

 どれが夢で、どれが現実なのか、何も分からない。

 全てが現実のようで、全てが夢のようにも感じる。

 私は本当に私なのだろうか。


「ふぁ〜・・」


 大きなあくびをして、のんびりと体を起こす。

 仕事は夜から夜中までで、昼間は気ままに散歩をしたり海で泳いだりと自由に過ごしている。


「あれ、どこ行くの〜?」

「ん〜、海かな?適当に散歩してくる」

「またシュノーケル?好きだね〜。今日バーベキューだから、忘れないでね!」

「うん、それまでに戻る〜」


 しばらく前までは東京に住んでいたのだが、あまりの人の多さと密集度に嫌気が差して逃げるように南の離島へと旅立った。

 今は溜まりに溜まったストレス解消の為に、こうして大自然に身を任せてゆっくりと心身を癒やしている。


「あ、ウミヘビ・・」


 海に危険がない訳じゃない。

 海をよく知らないから、一人で来ることは本来は好ましい事ではない。沖に流れる潮に巻き込まれる危険だってあるし、先程見たウミヘビに噛まれる可能性だってある。あとダツが意外と危ない。それにこの辺に出るとは聞いてないけど、サメだって絶対にいないとは言い切れないのだ。

 それでも、私は一人で来る海が好きだった。


 海にプカプカ浮いて、空を見上げたり、魚を見たり、珊瑚を見たり。余計な音を飲み込む海は心地が良かった。


 彼女に出会ったのは、少し沖の方に出て、ぼんやりと深い海の底を眺めている時だった。


(ダイバーかな?上から見るの、初めてかも)


 透明度の高いこの海は、多分三十メートル先くらいまで見えていると思う。ただ光は届きにくいので、何となく人影が見える程度だ。

 向こうもこちらに気付いたのか、手を振ってくる。


(いいな、私は窒素酔いするから、あそこまで安定して行けないんだよね)


 それ以前にスキューバダイビングを何回もするお金の余裕もない。シュノーケルも楽しいが、深いところには技術が足りなくて行けない。行けても精々八メートルを一瞬掠める程度だ。


(一人って事は地元の人かな?)


 基本的にスキューバダイビングは最低でも二人一組で行う事か推奨されている。安全マージンの為だ。観光でするのであれば必ずガイドが付くし、単独は大体地元のダイバーだ。


(ん?何か上がって来てる?)


 先程よりも人の形がハッキリ見える。気がする。視力はあまり良いとは言えない方なので自信はないが、なんだか距離が近付いている気がする。


(え、もしかして上がってくる気かな?)


 スキューバダイビングはその潜水時間や深度に応じて安全停止を行う必要がある。水圧がかかった状態での呼吸により組織に溶解した窒素を軽減する為だ。

 大体船に取り付けられたロープに捕まり、水深三から五メートルの位置で安全停止を行う。三分以上の停止が推奨されている。


(ていうか上がる速度早くない?!)


 浮上速度にも大体の目安があって、毎分九メートルほどの速度が推奨されている。結構のんびりとした速度のはずだが、ダイバーはかなりの速度で上がって来ているように見えた。


(緊急浮上?!もしかしてエア切れ?!)


 残念ながら趣味で少しかじった程度のスキューバダイビングで、救助経験もそういった講習も受けていない。

 だから何となく知識があるだけで、対処法は分からないし、緊急浮上する事による弊害までは覚えていない。一人で潜る予定もなく、潜るときはガイドがいる前提の知識しか持っていなかった。


 幸いなのは今がシュノーケリング中で、フィンもシュノーケルも着けている状態だという事だ。

 取り敢えずダイバーが浮上するのを待ち、場合によっては浜に連れて行く事も出来なくはないだろう。ある種の覚悟を決めてダイバーを見守る。


(あれ?)


 違和感に気付いたのは彼女を視認できる距離まで近付いてからだった。


(ボンベがない?)


 それどころか、彼女はゴーグルも着けていなければ、ウエットスーツも着ていなかった。


(人魚?)


 その下半身は足ではなく、魚のようなヒレ。

 微笑みさえ浮かべるその様は、酸素を必要としているようには見えなかった。


 人魚はおもむろに私に近付くと、言葉を交わすでもなく、ただ観察して、そして去っていった。

 その速度は人には出せないであろうもので、海を自由に泳ぐその様が、とても羨ましく思えた。


「今日も海行ったの?」

「うん、海好きだし」


 意外にも、地元の人はあまり海にこない。

 海にいるのは、大体が海に関わる仕事をしている人ばかりだ。あとはたまに観光客をナンパした青少年。

 多分、行く場所が違うというのもあるのだろう。それでも、観光客もそう多くないこの島で一人になれる事は嬉しかった。


「アフター行くけど、どうする?」

「今日はやめとく」


 人魚との出会いの余韻を噛み締めたかった。

 こんなにワクワクするのはいつ振りだろうか、胸が高鳴る。それはトキメキにも似た高揚感。


 火照る体で寮に帰り、化粧を落として寝支度を済ませる。


(また、会えるかな?)


 あの不思議な生き物と。

 人魚。西洋ではセイレーンと呼ばれ人を惑わし嵐を呼ぶ厄災のような存在。日本ではその身が不老不死の妙薬である事か有名であるが、概ね恐ろしいものであるという伝承が残っている。


(綺麗、だったな・・)


 不思議なくらい、人の形をしていた。知能も人と同じくらいあるのだろうか。



 風とは違う、柔らかな流れが体を撫でる。

 夢を、見ていたようだ。


『土人になる夢など・・』


 少し前に、土人の男を助けた所為だろう。 

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