魔女が女帝になるまで
竜胆麗桜姫、通称リンレイ。
三歳までは一応の母親の庇護ありきで育ったが、母が死んでからは誰からも忘れ去られたかのように放置された哀れな姫。
この国では七歳までは産まれたと見做されず、洗礼という儀式を経て漸く一人の人として認められる。通常はそれでも母親、ひいてはその親族の庇護がある為困る事はない。
しかし不幸にも母は死んでしまった。
そういった例はこれまで何度もあった。妃が数え切れない程いるこの国では珍しくない事だ。残された子供は手を下さずとも勝手に死ぬ。しかしリンレイは生き残った。
好きの反対は無関心だと、何でその言葉を知ったのかはもう忘れてしまった。
「お迎えに上がりました」
「・・・誰?」
お城の隅にある忘れられたその部屋に、綺麗な装いの女官が訪れたのは、雪の降る寒い日だった。
「姫様のお世話を命じられて参りました」
「誰から?」
「偉大なる皇帝陛下より賜った栄誉です」
「・・・」
皇帝陛下。
会ったこともない、私の父親。
「私のこと、知ってたのね」
三つの時に母が死んでからは与えられる物もなく、まるで鼠のように厨房へ忍び込んでは盗み食いを繰り返した。
「本日は姫様の生誕祭です。皇帝陛下よりお名前を賜り、正式に姫だと認められます」
「そう・・」
ここが城だという事も、母が小国の姫で父が皇帝だという事も、自分も姫という身分にあることは知っていた。しかしここでは姫という身分はなんの役にも立たなかった為、あまり気にしていなかった。というよりも日々を生き残る事に精一杯で、気にする余裕がなかったと言ったほうが正しい。
誰だったかもう覚えてはいないが、母は妃で私は姫であると叫んだ私を馬鹿にするように笑って「まだ生まれてもいないくせに」とそう言った。
「あれはこういう意味だったのね」
七つという歳に見合わず、随分と落ち着いた様子の姫に女官は薄ら寒ささえ覚えた。相手は子供。それなのにこの得体の知れなさは何か。
「荷物をお纏め下さい」
「纏める荷物などないわ。私のものは、この母の遺骨だけ」
母は可哀想な人だった。
国の為に皇帝に捧げられたのに国はとうの昔に滅ぼされ、逃げる先もなくただここに居座るしかなかった。気紛れに王に抱かれ、子ができ、飽きられ、忘れられた。可哀想な人。




