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ネタ帳  作者: とある世界の日常を
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魂々

【未完】

短編の練習です。短編と言いつつちょっと長いかも。

異世界、女主人公。

お気楽な女が根暗でコミュ障な異世界人に召喚されたと思ったら、存在ごと元の世界から消されました。しかもいきなり戦えって、あんまりじゃない?まあいいか。そんな感じの話しです。

ちょっと暗めの導入で、身体を共有する事になった少女の手助けをします。

いつか長編にするかも。長編になったら逆ハーレムになる予定。

 世は激動の時代。


 人間族、天族、魔族、妖精族、精霊族など様々な種族が存在するこの世界に戦争は絶えることなく続いていた。

 それぞれの種族は生存を掛けて様々な方法で己が種族を強化した。

 多種族に数で勝る人間族はその数を減らさぬ努力をしつつ、長年を掛けて少しずつ魔力に長けた者の数を増やしていった。


 まず初めに国家をあげて学校を作った。

 それは多種族が攻めるのを躊躇する程人間族の領地の奥の奥。

 王都の、それも王城の敷地内に魔法学校を創ったのだ。


 国はより強力な魔法使いの遺伝子を求め、王族は勿論、貴族から騎士、兵士、商人、平民、農民、果ては奴隷民からも魔力を持つ者であれば魔法学校へ入学させた。

 魔法学校への入学恩恵は多大なるもので、学費が無料なのは当然で、入学者の家族に対する多額の補助金に加え、卒業後の就職先さえ手配してくれるのだ。勿論、その為の教育も十分に施される。

 しかし良い事ばかりではない。

 魔法学校に入学したものには、戦争への強制参加が義務付けられている。

 とはいっても、多額の寄付金を出した者、つまりは金持ちの商人や王族、貴族はその義務から逃れることができた。


 また、魔法学校で特に優秀な成績を修めた者は、王族との婚姻が許されていた。

 それは王族がより強い魔力を得て、その権力を揺るぎないものにする為でもあったし、そうした競争要素を入れる事により、生徒同士が切磋琢磨し、より強力な魔法使いを誕生させる為でもあった。

 それは何も魔法学校内に限ったことではない。どんな身分の者であっても、我が子から魔力を持つ者が出たら金を貰う事が出来るのだ。それは全ての国民に希望を与えた。

 国民にも魔力を求める心が浸透し、少しずつ国は形を変えていったのだ。

 それは時に幸福をもたらし、不幸をもたらせた。


 これは、そんな運命に翻弄されたある少女の物語りである。


◆◆◆


 リリィは辺境のとある貧しい農夫の家に、8人目の子供として生を受けた。

 とは言っても子供の人数はそれよりも少なかった。その半数は栄養失調、または病気だったりで既に命を落としており、リリィが生まれた時には3人しかいなかった。

 それでも兄弟の人数だけでも分かっただけリリィの家族はマシだった。

 もう数さえ数えず、死んではまた生んでを繰り返す者だってその町にはいたのだ。


 貧しいながらも、リリィの母には愛があった。あるいはその愛が奇跡を生んだのかもしれない。

 リリィにはその身に強大な魔力を秘めていた。しかし魔法を扱えない者がその事実に気付くことはない。

 リリィは魔法学校への入学を申告される10歳になるまで、ただの農民として扱われていたのだった。


 それは決して良いと言える環境ではなかった。

 母親は子に対する愛情を持っていたものの、父親は子にも妻にも大して情というものを感じていなかった。

 それは日頃の行いからひしひしとリリィも感じ取っていた。

 リリィが歩けるようになると、父は農作業を手伝わせるようになった。とは言えまだ出来る事はそんなにない。リリィは母について草むしりをすることが多かった。


 翌年にはまた母が妊娠した。

 望んでの妊娠ではない、ただ父が母で性欲を解消した結果の妊娠だ。

 子は望んだものではないから、興味もない。どうして母は、こんな男と結婚したのか不思議だった。

 母は我慢強く、愛情深い人だった。甲斐性のない父を責める事もせず、ただひたすらに共に生きている、そんな印象を受けた。


 そんな母が死んだのは、リリィが6歳の時だった。

 いつもの様に、出産後も動けるようになったらすぐに農作業に駆り出された。


 もうリリィにとっても5度目の光景であった。


 普通を知らないリリィにとって、心配するものの、それは当たり前の光景の一つだった。

 その日はいつもに増して天気が良く、日差しの強い日だった。

 母は倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


 その日の夜、変な夢を見た。

 綺麗な、大人の女性が体を剣で貫かれ殺される夢。

 母が死んだから、そんな夢を見たのだろうか。


 その日から子供らの生活は一変した。


 まず、食事があまりでなくなった。

 男にとって子は増えれば作業が少し減る。ただそんな存在だった。

 今までは中身は少なくても、日に二度は与えられていた食事が、朝の一度になった。

 飢えて、苦しかった。

 あの食事は、母の愛だったのだ。


 母が最期に生んだ子供は死んだ。

 これで生きている兄弟は7人になった。


 母が生んだ子供が死んだ夜、また同じ夢を見た。

 綺麗な、大人の女性が体を剣で貫かれ殺される夢。

 どうしてそんな夢を見るのだろうか。


 朝起きると、一番上の16になる姉がご飯を作っている。

 その間にリリィは川へ行き、自宅にある大きな水桶に水を補充するために何度も往復するのだ。それが終わり皆を起こして食事を食べれば、すぐに農作業に出る。

 食事と言っても質素なものだ。殆ど湯ばかりの麦飯はお粥よりも味が薄いし、おかずという名の野草や木の根は湯がいても渋みが強い。

 日が暮れる前に戻り、大きな水桶から小さな桶に水を移し、布を絞って体を拭く。

 母が生きていた時は、その後に少ないけれども食事が出た。父親は町から酒を買ってきてそれを煽る。酒は飲んでも、暴力は振るわなかったからマシだった。

 母が生きていた時は、母のくぐもったような呻きにも似た声と、肌のぶつかり合う音がその後暫く続いていたけれども、今はもうそれもない。両親が寝る部屋と、子供らが寝る部屋は別になっていたけれども、薄い壁に音を遮る力はなく、リリィは夜が怖かった。耳をふさぎうずくまっていると、一番上の姉が良く抱きしめてくれた。そうされるとリリィは安心して眠りに就けるのだった。

 今はもう、それもない。

 それが良い事なのか、悪い事なのか、リリィには良く分からなかった。

 ただ、もう姉は私を抱きしめてはくれないのかと少し寂しかった。

 そんな日々が暫く続いた。


「マリィ、来い」


 ある夜、いつもの様に眠りに就こうとすると、一番上の姉が父に呼ばれた。

 いつもの様に酒を飲んでいる父が、戸惑うマリィの手を引き連れて行く。

 どうすればいいのか分からず、マリィをじっと見つめていると、心配しなくていいとマリィは笑った。

 マリィは知っていたのかもしれない。この後自分がどうなるのか。


 私は久しぶりに、恐ろしい夜を過ごした。


 マリィの呻き声と、肌がぶつかり合う音。

 抱きしめてくれる人は薄い壁の向こうに行ってしまった。


 いつの間にか眠っていたのだろう。

 また同じ夢を見た。

 綺麗な、大人の女性が体を剣で貫かれ殺される夢。

 まるで自分が刺されているようで、とても嫌な気分で目が覚めた。


 その日の朝、マリィは目を真っ赤に腫らしていた。

 マリィは何も語らなかった。何も語れなかった。語れる訳がなかった。

 リリィは何か良くない事が起こっているのだとなんとなく理解してはいたのだけれども、どうする事も出来なくていつも通りの生活をするしかなかった。


 その夜から、マリィは父の部屋で寝る様になった。

 毎日聞こえるのは、母の代わりになってしまったマリィのくぐもったような呻き声と肌のぶつかり合う音。

 あの日から、毎日同じ夢を見る。

 いつしかそれも、当たり前になってしまった。


 そしてマリィに、子供ができた。

 マリィの心は、少しずつ蝕まれていた。


 ただ恐ろしかったその行為が、どういった行為なのか、何を意味するのかを知ったのは、リリィが魔法学校へ入学してからになる。

 学校にも行けず、ただひたすら農作業に勤しみ、毎日を必死に生きているだけだったから、それは仕方のないことだった。けれどリリィは自分が許せなかった。優しかった姉を救うことが出来なかった自分の不甲斐無さにうんざりした。それは更にリリィの力を上げる源の一つとなった。


 マリィの子供が3人生まれたころ、国からのお達しが町に届いた。

 15年以内に生まれた子供は総て中央広場に指定した日に集まれというものだった。

 リリィの家族の殆どが、それに当てはまっていた。

 珍しく機嫌のよさそうな父に尋ねると、この辺りには15年に一度、魔力を持つ者が居ないか定期的に見て回っているそうだ。前回はマリィしかいなくて駄目だったが、今回はもしかしたらと期待している様子だった。

 魔力を持つ者はそのまま引き取られ、家族には大金貨1枚が支払われる。

 人買いに売るよりも、遥かに高く買い取ってくれるのだ。


 因みに白金貨、大金貨、小金貨、大銀貨、小銀貨、大銅貨、小銅貨、銭貨がある。

 一般市民、特にこんな辺境の農夫が手にできるのは精々銀貨までである。何十年も努力すれば小金貨1枚は手に出来るかもしれない。白金貨など、夢のまた夢なのだ。


◆◆◆


 そして、その日はやってきた。


 広場には多くの子供たちが集まっていた。

 町に出ること自体少なかったから、こんなに沢山いたのかと驚いた。


「あんまウロチョロすんじゃねぇ」


 父はここ最近ずっと機嫌が良い。子供は母が生んだ6人と、姉のマリィが生んだ3人の計9人が今回の対象者だ。これだけいれば当たりもあるだろうと、内心期待しているのだ。


 広場には簡易的な部隊が設置されており、その脇にはテントも複数立ててあった。多分あの中にお偉いさんがいるのだろう。

 時間になるまで出てくるつもりはないのか、それらしき人はまだステージに上がっていない。


「マリィ姉、大丈夫?」

「・・・うん」


 この頃既にマリィの精神は限界に近付いていたと思う。

 反応は薄いし、ぼんやりとしていることが多かった。それでも子供を兄弟といるときは時折笑顔を見せた。マリィが生んだ子供にも優しいのだが、時々恐ろしいものを見るかのように怯えるときがあった。

 今はマリィの子供の世話の殆どはリリィがしている。


「どんな人が来るのかな」

「お国のとっても偉い魔法使いが来るんだろ?」


 時間になると町長がステージに上り、説明が始まった。

 偉い人が登場するのはどうやらもう少し先の話しらしい。ここでは出産を記録していない方が多い。その為、まずは先に子供と親の登録をするとのことだった。列になると長いと思ったが、そんなに大きくない町だったから思ったより早く終わった。登録すると番号を渡され、それを胸につけてステージの前に移動した。


「それでは始めます」


 開始の合図は思っていたより随分と静かだった。

 あまり形式的なことが嫌いなのか、面倒だったからなのか、特に挨拶をすることもなくそういうと、彼女は淡々と番号を言った。


「45番、37番、10番、105番、176番、以上」


 それだけ言うと、さっさと檀上を後にする。


「今番号を呼ばれた者は親と一緒に檀上へ」


 リリィはまさか自分の番号が呼ばれるとは思ってもいなかった。父は何度も胸にある番号を確認してくる。引き取られて父に金貨が渡されるまではあっという間だった。

 家族との別れはその場で済まさなくてはならず、その時から既に家に帰る事は禁止された。


 家に帰る途中で誘拐される危険もあるし、良からぬことを企む者も多いからの措置だとか。

 一旦家に帰したら、恋人との子供を宿して帰ってきたり、その夜に何人もの女から夜這いを受けて女性不信に陥った少年も過去いたそうだ。仕方のない事なのだ。


 リリィは姉が気がかりではあったものの、自分にはどうすることも出来ないからと特に何もしなかった。

 金貨1枚もあれば、数年は良い暮らしが出来る。そう楽観的に考えていたのかもしれない。


 家族との別れが済むと、すぐにその町を出ることになった。

 とは言っても、ここから一番近い大きな街に向かうだけだ。馬車で大体半日くらいのところにある。今はまだ昼を少し過ぎた位だから、夕方には着くだろう。


「45番はこっちよ」


 案内されるまま荷馬車に乗り込もうとしていたら、ステージで番号だけ読んでさっさと檀上を後にした女に呼び止められた。荷馬車前で候補生を案内していた男を見上げれば、そうしろ、とでも言うように顎で示す。ここにいる者達の中で、この女が一番立場が上なのだろう。


「名前は?」

「リリィ」

「年は?」

「今年で10になる」

「今まで自分の魔力を自覚した事は?」

「・・・ない」

「そう、じゃあまず自分の魔力を感じることから始めなさい」


 それから街に着くまでは魔力の講習を受けていた。

 名前も名乗らないなんて、と思って聞いたら案外きちんと答えてくれた。


 女の名前はロゼミュラ・ロストウッド。

 宮廷魔導士だそうだ。魔力感知に優れており、この魔力を持つ者を選定する仕事を任されているそうだ。


「お前は見込みがある、私の元で学べ」

「うん」


 それからの生活は一変した。

 学校自体が初めてであったし、魔力を持つ者を扱う学校という事もあり、警備は厳重で外出はままならなかった。

 けれどそれに対して不満は出てこない。

 学校に併設してある学生寮はとても綺麗で広く、二段ベッドはふかふかで居心地はとても良かった。


 私は6人部屋にあてがわれた。

 同室の者は同じく農夫の子供であった。それに不平不満を言うものはいなかった。皆元の生活よりは幾分もマシなのだろう。

 薄っぺらい布団とも呼べないような布の塊は冬、とても寒く兄弟で身を寄せ合って眠ったものだ。ここの布団は敷布団も分厚いうえに、掛布団もふかふかしていて温かい。羽毛布団というものらしい。枕だってちゃんとある。しかも一人に一つずつだ。

 贅沢なことこの上ない。


 これに文句を言うのはどこぞの貴族の坊ちゃまくらいだろう。

 そう思っていたが、どうやらこの学校もよくよく考えられているらしい。

 王族、貴族は必ず一部屋ずつ与えられているらしい。広さは地位にもよるらしいが、十分な広さがあるそうだ。商人は2人部屋。職人や豪農は4人部屋。農夫や平民は6人部屋。奴隷は10人部屋となっているそうだ。私は6人部屋。


 学ばないといけない事も多かった。

 連絡を取ることを禁止されている家族の事を忘れるのは、とても早かったと思う。


「ロゼミュラ先生、入ります」

「許可する」


 加えて入学してすぐロゼミュラより個人授業を毎日放課後に受けていた。

 それで忙しかったのもあるが、何より他の生徒からの嫉妬によるイジメがあった。それはあからさまなものもあったが、陰湿なものも多かった。それを黙らせる術をリリィは知らなかった。

 見せつけられるのは貴族と農夫のどうしようもない格差。

 あからさまに相手が悪かったのは間違いないのに、誰もリリィの味方をする者はいなかった。何をされても歯を食いしばって耐えるしかないのだと、リリィは子供ながらに思った。


 無視される事もあった。

 物を隠される事は日常茶飯事であったし、小さな魔法でいたずらされる事も多かった。それで怪我をする事もあったが、誰も取り合ってはくれなかった。ロゼミュラでさえ、リリィの私生活には興味がないのか何も聞いてはこなかった。

 リリィはイジメられればイジメられるほどに魔法に没頭していった。


 半年がたった頃、部屋に置いていた魔法書にいたずらをされた。

 インクと水で汚れた本は、もうすでに本としての役割を果たせなくなっていた。


「私の研究室に住むか?」


 ロゼミュラがどういった意図でそう言ったのかは分からない。

 流石に同情したのかもしれないし、ただ貸した魔法書が同様の扱いを受けては堪らないと思ったのか、とにかくリリィにとってそれは天からの救いの様に有り難い申し出だった。

 リリィはその日のうちに学園内のロゼミュラの研究室、というよりも研究室に併設してある仮眠室へと居を移した。それは更にリリィの居場所をなくす行為であったが、まだ子供であったリリィがそれに気付く事はなかった。


 あるいは、リリィが堂々とした態度で挑めばもっと違った結果が得られたのかもしれない。

 あるいは、リリィがもっと明るく天真爛漫な子であれば。


 そうしてリリィはロゼミュラ以外とあまり話さないようになっていった。それでも良いと思っていた。

 ロゼミュラはリリィを弟子として扱っていたし、他の生徒に比べれば十分可愛がっていると言えた。素直で飲み込みの早いリリィは教え甲斐があった。

 リリィの魔力は巨大であったがまだまだ成長過程であり、底が見えなかった。学力も高く、農夫の子だったことが嘘のようだ。勿論魔法に関する知識もずば抜けている。当たり前だ。宮廷魔導士であるロゼミュラ直々に教えているのだから。


 そうしてリリィは学年首位となる。

 それでもリリィに友人と呼べる者はいなかった。


 少しずつ、落ち込んでいるリリィを見かねてか、ロゼミュラはリリィと多く過ごすようになった。

 単に物覚えの良い弟子が頼もしく思えたのも理由の一つだろう。ロゼミュラは時折研究室に泊まり、リリィに絵本を読んでやったりもした。子供の扱い方を知らないロゼミュラにとって、それが唯一の子供にしてやれることだった。

 掃除に料理、洗濯等の雑事は全てリリィがしていた。勿論ロゼミュラの研究の助手だって手を抜くことはない。友人のいないリリィにとって、ロゼミュラが全てだったのだ。


 そんなある日、ロゼミュラが新しい絵本を持ってきた。

 【灰かぶり】というとある少女の物語りだった。

 美しい少女が継母にいじめられ、舞踏会への参加を妨害されるも、魔法使いに助けられて無事舞踏会へ参加し、王子に見初められ最後は幸せを掴むという、物語りとしてはありきたりな話である。

 リリィはいじめられているという共通点でその物語りの少女と自分の姿を重ねた。いつか、私も王子様と出会う為に。イジメられているリリィにとって、それは第二の心の拠り所になった。


 それからリリィは沢山の本を読んだ。

 王子様が少女を助け、少女は王子様と結ばれ幸せを手に入れる。そんな物語りの本。本を読んでいる間は幸せになれた。イジメの事を忘れられた。楽しかった。


 いつしかリリィは、王子様と結婚することを望むようになった。


 前例のない事ではなかった。

 何代か前の第三王子は学園で出会った平民の少女と婚姻を結んでいる。

 その話しを知って直ぐに学園について調べると、魔法学園で優秀な成績を修めた者に限り、どのような身分であっても王族との婚姻が可能になるとされていた。これは学園生徒であれば誰でも直ぐに知る事の出来る話であったが、友人のいないリリィには知る機会がなかったのだ。


 それからリリィは更に勉強にのめり込む様になった。

 勿論王族に興味を持ってもらう為に自分磨きも忘れていない。リリィは強く、そして肌や髪質は美しくはなった。


 そして気付いてしまった。

 あの夢の女性に自分が酷く似ている事に。怖かった。

 もしかしてあれが自分の未来なのだろうか。


 同じになるのが怖くて、リリィは髪型を変えるのをやめてしまった。

 同じになってはいけないと思った。


 それだけが原因ではない。

 けれどリリィは変わる事をやめてしまった。それと同時に、とある魔法に興味を持つようになる。


 本来の顔立ちは悪くない。

 真っ直ぐに相手を見ればその大きな目は相手を魅了する力を持っている。

 すっと通る鼻筋は形よく、全体のバランスを良くしている。少し小さい口は上品で、笑みを浮かべればふっくらとした唇は色気を出すだろう。

 本来であれば中の上は行くはずの顔立ちが、その行動で台無しなのは明らかだった。おどおどと相手の目を見ずに下を向いて話す様子は見ていてもどかしい。視線をごまかす為に長めに切ってある前髪はいくら綺麗でも鬱陶しいだろう。

 本来であれば長身ですらっとしているその体躯も、猫背というだけでマイナスだ。


 リリィは卒業するまで首位を維持し続けていたが、ついに王子たちと恋愛関係になる事はなかった。


 それでもリリィの才能は素晴らしかったので、卒業後は宮廷魔導士として配属された。

 一応はまだ王子たちと出会うチャンスも残されたという訳だ。しかし、今のままのリリィでは確実にそのチャンスを無駄にすることは本人も分かっていた。相変わらず友人のいないリリィはロゼミュラに助言を求めた。


「ロゼミュラ師匠はどうやって恋人を作ってるんですか?」

「はぁ?」

「私・・・王子と結婚したいんです」

「王子と?無理無理、相手にされないわよ」

「それでも私・・・」

「・・・妾でもいいの?」


 ロゼミュラもまた、愛され方を知らない女だった。

 誘惑し、関係を持ち、多少の贅沢と我儘、つまり戦争への不参加が可能になった。魔力持ちか判別できる能力を持っていた事も関係しているだろう。

 ロゼミュラはどういう恰好が男受けするのか、どうすれば男が喜ぶのかをリリィに教えた。


 リリィには、向いていなかったのだ。


 リリィは第一王子に稚拙な色仕掛けをしてしまった。

 それがきっかけでリリィは第一王子の婚約者に嫌われてしまった。元々、目障りだと思われていたのかもしれない。


 だから今、リリィは戦場に居る。


 夢の事を、忘れていた訳ではない。

 第一王子の婚約者に目をつけられた時点で、手遅れだったのだ。


 あの日、私は自分の死ぬ日を正確に知った。

 幼い頃から何度も何度も繰り返し見ていたあの夢。それが私だと気付いたのは少し前、そしてそれがいつなのか、それを私はついに知ってしまった。まだ猶予がある事を知った私は、ある魔法の研究をより深い所まで進めた。


 間に合うかどうかは分からなかった。

 既に命日まで分かってしまったのだ。

 今している事は無駄な足掻きかもしれない。けれど何処かで予感もあった。

 この魔法であれば助かると。


 だから今日、私はこの魔法にすべてを掛けた。


「はぁッ、はぁッ!」

「おい、魔法使い、落ち着け。ここは最前線じゃねぇ」


 ゆっくりと行軍する部隊の中ほどにリリィはいた。


「蒼白じゃねーか。深呼吸しろ、大丈夫だ。ここはまだ戦場から遠い」

「それにお前は魔法使いだろ、後衛部隊じゃねーか。死にゃしねーよ」

「今回は魔法使いの数も多いしな」


 魔法使いの割合は通常100人に1人だ。だが今回は奇襲の予言が出たことにより、50人に1人となっている。部隊に魔法使いがいるのといないのとでは大きな戦力の差がでるからだ。

 怪我をしても絶命さえしなければ、回復魔法で戦線復帰させることができるし、重たい大砲を運ばなくても強力な魔法で同等、またはそれ以上の成果を上げることができる。


「今回は楽に帰れるかもしれんな」


 馬鹿め、向こうだって魔法使いが戦力向上に貢献している事は知っているのだ。魔族だって馬鹿じゃない。魔法使いを最初に狙って残りを殲滅するのだ。


「(もうすぐあの魔法が完成する・・・)絶対に、死なないわ・・・」

「おう、その意気だ。魔法使い!」


 奇襲の情報は、混乱を避けるため上層部にしか告知されていない。


「(気楽なものね)」


 絶対に生き残って、王子と結婚してやる。

 その思いが、リリィを突き動かす。


「(私が生き残る道はあれしかなかった。仕方ないのよ、私は悪くない)」


 そのとき、けたたましい警告音が辺りに鳴り響く。


「奇襲だ!!構えろ!!!」


 その声と同時に、いくつかの影が森林から飛び出てくる。魔物だ。

 護衛が魔法使いを囲む間もなく、間合いに魔物が入り込む。


「魔法使い!」


 まるで、世界がスローモーションに見えた。

 魔物の持つ鋭い刃物は私の心臓目掛けて的確に突き刺さり、心臓を貫く。

 何度も、何度も夢に見た私の死ぬ瞬間。


「(これが、最後の条件)」


 刹那、リリィが受けた刃物の傷口から魔法陣があふれる。


「来い!」


◆◆◆


 いつも通り横になり新刊の漫画を読み終わらせ眠りについた。仕事を辞めたばかりなので時間に余裕があって嬉しい。しかも次の就職先ももう決まっているから心には余裕しかないのだが、その日はなんだか気持ちが落ち着かなかった。

 だからだろうか、ぐいぐい何かに引っ張られるような感覚で目が覚めた。


「ん~・・・?」

「うそ、全然弱そう・・・」


 起き抜けに失礼な。


「誰?というか、ここはどこ?」


 まるで記憶喪失時のお決まりの台詞を無意識に吐き出す。

 仕方あるまい。この状況であれば誰だって間違いなく同じ台詞を吐くに決まっている。


 薄暗い月明かりの下に広がる光景は、驚きと恐怖の入り交じる表情を浮かべた有象無象で埋め尽くされている。

 その光景はまるで、そう-・・・。


「・・戦争?」

「そうよ、今は増援の為に移動していたのだけれど、敵の奇襲を受けたの」


 頭の中に直接響くような声に驚いて周りを見渡しても、声の主らしき人は見当たらない。


「ここは私の世界。貴方に私の体を貸してあげるから、魔法を使って切り抜けて」

「はぁ?」

「時間がないわ、記憶は共有してあげる」


 その言葉と共に脳に直接情報が流れ込む。

 信じられない位の激痛が頭を襲う。


「いった!!!?」


 頭だけじゃない。目の奥にも鈍い痛みが走る。

 鼻の奥がツーンと痛む。

 鼓膜が破れそうな程に耳の奥が痛い。


「貴方に身体を貸すと同時にもう心臓を狙われているわ」


 どんどん記憶が流れ込んでくる。幼少期、青年期、魔法の使い方。

 そして私がどうして、どうやってここに呼ばれたのか。


「ああ、腹立つわね・・・」

「これで融合は完了したわ」


 それと同時に止まっていた時が動き出す。

 全てを知った私が怒りを向けたのは、目の前の魔族。


「死んで償って」

「なっ!馬鹿な、確かに心臓を!!ぐっ」


 魔力で拳を強化したとは言え、微かな痛みが拳を伝う。


「あんたの所為で・・・」


 間髪入れずに氷の魔法でその魔族を串刺しにする。

 そのまま部隊から数名引き連れ、他の部隊を襲っている魔族に攻撃を飛ばす。


「あんたらの所為で!!」


 怒りのままに打ち出された魔法は、奇襲を仕掛けた魔族たちに容赦なく襲い掛かる。

 それでも、私の気は晴れない。晴れるわけがない。


 リリィという女に召喚融合されたことにより、私という人間は存在自体がなかったことにされたのだ。その事実を、融合する事により知り、そして理解した。

 その怒りを敵である、原因である魔族にぶつけるのは当然の事だと思う。魔族がリリィを殺そうとさえしなければ、こんな事は起きなかったのだ。


 一通り暴れ終えれば、少しは落ち着いてきた。

 少し物足りなさを感じつつも、戦いながらも現状を受け入れていく。拳に残る微かな痛みが、私を現実へとつなぎとめていた。


 その日、援軍は無事に主力部隊と合流することが出来た。


 戦争が終わり国に戻ると、ロゼミュラの死を知らされた。

 ロゼミュラは戦場の最前線に送られていたらしく、悲壮な最期と遂げたそうだ。リリィは唯一の友人で、家族とも言える相手を無くした。


 そうして無くしてから思い出す。

 昔、優しかったマリィを。


 優秀になったリリィが自分が住んでいた村を探すのはとても簡単な事だった。

 大まかな場所を選別すると資料からどこが自分の村かを特定する。誤算だったのは、故郷が数年前に戦火に巻き込まれ既に無くなっていた事だ。

 多分、もうリリィの家族は存在しない。


 自室で泣き崩れるリリィに、ユリは内心溜息を吐く。


 だって、あまりにも自分勝手じゃないかとユリは思う。

 ずっと家族の存在なんて忘れていた癖に、独りになったとたん縋りつくなんて。そう思っても言葉にしなかったのは同情したからだ。愛されているのか良く分からない幼少期を過ごし、姉は荒んで、父は喜んでリリィを国に売った。師匠は人としてちょっとずれてる感じだし、そんな中で育って人付き合いも上手くできずに友人さえいない。しかも自分の死を予知してその為に変な研究に没頭し、男もいないのに、王子に憧れを持っている。そして生き残ったけど、依存していた師匠が死んだって、ちょっと可哀想。


 でも、結構苦手なタイプだな。


 何でも楽天的に考えて積極的に行動するユリにとって、内向的で何をするにもオドオドと消極的なリリィは対極の性格と言える。ずっと友人もいないからか、リリィはユリの言葉を聞かない。召喚融合した相手と思って見下しているのもあるのかもしれない。ユリにはそれが気に食わなかった。

 ユリの人生設計を台無しにした挙句、まだ謝ってすらいないのだ。

 家の外では自信なくオドオドしているのに、家庭内ではいきなり強くなるアレだ。なんていうんだっけ。苦手と言うよりもは、とっても、本当に、嫌いなタイプかもしれない。


 リリィは気付いていないけど、ロゼミュラが死んだのは自業自得だ。ついでにリリィも死にかけたのはロゼミュラの所為もあるぞ。まあリリィは自業自得も含むけど。どうやらロゼミュラはかなり乱れた性生活を王宮内で送っていたらしい。その中に手を出してはいけない種類の人がいたのだ。リリィは人を介した情報収集が出来ないから資料から予測するしかできないけど、命令系統がちょっとおかしい。

 リリィもロゼミュラに習って色仕掛けしようとしたことあるし、ロゼミュラの弟子ってことでその人に危険視でもされたのだろう。


『リリィ、貴方はこれからも生きていかなきゃいけないのよ。泣いてばかりいないで、前に進もう?』


 ずっと泣き暮れていたリリィを私は励まし、何とか仕事に戻す事が出来た。

 リリィは本当に人に飢えているのだろう。少し優しく接しただけだったのに、リリィは私に少し依存した様に感じる。ロゼミュラという依存対象がいなくなった影響も大きいだろう。


 落ち着いて共有された記憶を見ると、リリィがロゼミュラに依存している様子が良く分かる。


 例えば研究にしてもそうだ。知識も技術も申し分ないのに、一々ロゼミュラに指示を仰ぐ。それが完全に悪い事ではないのだが、リリィの場合は駄目だ。それが確認の為のものではなく、決定権というか、判断を全てロゼミュラに任せている様なものだ。自分じゃ何も決める事が出来ず、与えられた指示だけを忠実に熟すだけ。弟子としてはかなり使い勝手は良いだろう。だが一人の人間として、社会人としては全然役に立たないどころか、同僚にとっては足手まといじゃないか。

 通りで成績優秀で卒業して王宮に就職した割には出世してないと思ったよ。

 完全に指示待ち人間じゃないか。後輩の育成にも全く役に立ってないし、というか後輩にも舐められてるよね。完全に。もう少し自信を持って堂々とすればいいのに。


『ほら、背筋伸ばして、真っ直ぐ相手を見て』

『大丈夫、知ってるでしょ。それを教えればいいのよ。ね、ほら、相手の目を真っ直ぐ見て』


 仕事で誰かと話す時、移動する時、ユリはリリィにアドバイスをする。

 しかしリリィがそのアドバイスを実行出来た事はまだない。


 猫背は癖になっているのだろう。荷物はお腹に抱きかかえる様に運ぶし、きっと人から見ればリリィは老人の様に見える事だろう。

 見た目が同じと分かっているだけに勿体なく思う。

 それでもリリィの人生だからと、私はアドバイスに留める努力をしていた。


『・・交代するよ』

「え・・?」


 次の瞬間には、身体の主導権は私が握っていた。


『どうして?!』


 どうしても何も、身体の主導権はより強い魂、精神力を持った方が持つものなのだ。


「体で覚えて。歩き方、挨拶、会話、そう難しい事じゃないわ」


 小声でそう呟くと、私は目元を隠している前髪を斜めに流し、量の多い髪を高い位置に束ねる。背筋を伸ばして胸を張り、両手をお腹の上で重ねて颯爽と歩く。それだけで、印象は遥かに違うのだ。

 人気のない廊下で入れ替わった為、暫くは人に合う事はないだろうが、取りあえず会話をするところまでは持って行きたい。

 とは言え、下位階級の者から上位階級の者へ声を掛ける事は出来ない。つまり元農民であるリリィが話し掛けられる相手は殆どいないのだ。まあリリィは以前それをしてしまったのだが、今は関係ない。しかしいきなり雰囲気の変わったリリィに驚いて声を掛ける人もいずれ出てくるだろう。


 暫く歩いていると、前方から上級貴族と思われる一団が来た。

 こういう時は道を譲り目を伏せ少し膝を折るのが礼儀だ。相手が見ていようといまいと、関係なくしなければならない。リリィはしていたことはしていたが、如何せん姿勢が悪い。因みに王族の場合は膝を付いてから目を伏せる。

 通り過ぎるかと思えば、上級貴族は足を止める。


「・・顔を上げろ」

「はい」

「見ない顔だな。今年配属の新人か?」

「いいえ、3年目の宮廷魔導士でございます」

「名は?」

「リリィと申します」

「家名は?」

「申し訳ありません。わたくしは平民出の者で、名乗る家名を持ち合わせておりません」


 微笑みを浮かべながら答える私に、リリィが戦々恐々としているのが伝わってくる。


「平民出・・優秀なのだな、これからも仕事に励め」

「有り難きお言葉、精進いたします」


 初っ端から良い人に当たったようだ。平民という事に嫌悪感でも示されるかと思ったが、普通に激励の言葉を頂いた。リリィは私の中で呆然としているが、これで少しは頑張る気になったのではないだろうか。

 私は体の主導権をリリィに戻して中に引っ込む。


『さっきみたいな感じで堂々としてれば大概上手くいくわよ』

「・・・」


 召喚融合で融合したとはいえ、相手の事が何でも分かる訳じゃない。

 考えている事は分からないし、思っている事は伝えようとしない限り伝わらない。ただ感情の揺れは何となく伝わってくる。その時私に伝わって来たリリィの感情は、喜びの様なものだった。

 これで少しはリリィも変わるだろう。そう思ったが、結局リリィはその後いつも通りだった。感情としては焦りが伝わってくるので、どうにかしようとは思っているのだと思う。多分。


『せめて姿勢は良くしよう』

「・・・」


 余り言うと泣きそうだったので、時々姿勢について言うだけだった。でも姿勢も癖だろう。一瞬真っ直ぐになるだけで、10秒も持たない。

 夕食を終え、風呂に入り部屋に戻るとリリィは早々に寝るか、本を読むかだ。


『リリィ、出掛けたいから体借りるよ』

「好きにしていいわ・・」


 ちょっと落ち込んでいる様だったけど、頑張ろうという気持ちは多分あると思う。私が余り口出しすると焦りが大きくなるし、泣きそうな雰囲気があるので触れない事にする。


 リリィは沢山の魔法の知識を持っている。

 空も飛べるし、気配も消せる。他にも複雑な魔法を使う事が出来るはずなのに、それを自分の為には使わない。これに関しても指示待ちの状態だ。というか自己主張をしないから、使える事を知っている人がいないと思う。唯一知っていたであろうロゼミュラも死んでしまった。

 まあ、私にとっては好都合と言えるだろう。だって、城を抜けるのにとっても便利だ。


 着替えて下町に降りた私は、まずはお小遣い稼ぎから始める。


 やっぱりこういった異世界のお小遣い稼ぎと言えばジプシーとかでしょう。異国、というか異世界の歌とか珍しいだろうし、ちょっとは稼げると思う。飲み代が少し稼げればそれでいいのだ。街を見て回れば、多くはちょっとした広場で芸を披露しているのが分かった。路地とかに居るのは娼婦が殆どの様だ。広場でもそれぞれテリトリーがあるらしく、一定の距離が開いている。

 幾つかの場所を見て回り、空いている場所でまだ人のいる位置を選んで小銭を入れる帽子を置く。


 こういうの、してみたかったんだよね。

 ゆりはゆっくりと深呼吸するとそっと歌い始める。


 歌は中々に盛況で、去り際に独りだけ小銀貨を手渡ししてくれた人がいた。お忍びの貴族だろうか。それ以外は銭貨や小銅貨だったけど、それでも十分な収入だ。リリィはお酒を飲まないので値段を知らないのだが、これだけあれば十分、酒代にはなるんじゃないだろうか。


 真似事は1時間程で切り上げて飲み屋街に向かう。

 酔っ払いやナンパを軽くかわしてから店に入れば、ちょっと汚いけど中世ヨーロッパ風の内装に心が躍る。この世界では当たり前の雰囲気何だろうけど、私には馴染のないものだ。


 まあ取りあえずビールから。


 ここは王都という事もあり、生活水準は悪くないらしい。

 メニューと値段が大まかにであるが書かれたものが壁にかかっているので、安心して注文できる。お酒は安いものだと銭貨5枚で飲めるようだ。高くても小銅貨1枚。小銀貨1枚はやっぱり結構奮発した値段だろう。取りあえず銭貨5枚の安いビールを頼む。かなり渋みの強いもので、のど越しはあまり良いとは言えなかった。つまみには枝豆と冷奴、それから唐揚げを頼んだ。夕食はリリィが取っていたが、動いたので小腹がすいたのだ。2杯目のお酒は小銅貨1枚のワインを頼んだ。まろやかさは無く、酸っぱかった。この世界のお酒はあまりおいしくないのかも。


 因みに枝豆や冷奴等の日本っぽいメニューがある理由は簡単だ。異世界トリップでこちらに来た日本人がいるからだ。リリィが召喚融合について調べた時の情報にそういったものもあった。異世界人の召喚は何回もされているそうで、探せば色々出てくると思われる。


 女一人は目立つのか、絡んでくる者もいたが持ち前のコミュニケーション能力で躱し、何だかんだで一緒にお酒を飲んで奢って貰った。勿論美味しく頂かれない様にその後もきっちり躱して退散した。この店はまた来たいと思っているので、禍根が残らないように対処したので次もし会ったらまた奢ってくれるかもしれない。

 上機嫌で自室に戻り、お酒臭かったので再度風呂に入って寝た。


 翌朝気が付くと、リリィは既に起きて支度をしていた。


『おはよう』

「・・おはよう」

『前髪分けて、目元は出した方が良いよ』

「・・うん」


 もそもそと前髪を分けるリリィには元気がない。さっきから溜息ばっかり吐いているし、かなりテンションが下がっているようだ。落ち込んでいる感情がジメジメと伝わってくる。


『ほら、目元を出した方が可愛い』

「・・・うん」


 同じ顔だから自画自賛みたいで嫌だったが、気分を上げる為にもと思って褒めてみたが効果は無いようだ。色々とアドバイスして、もっさりした雰囲気から何とか爽やかさを引き出して身嗜みが整う。


『あ、もうこんな時間。早く朝食行かないと遅刻するよ』

「・・・うん」


 のっそりと動き始めたリリィは、やっぱり猫背のままだ。

 誰とも挨拶を交わす事無く朝食を受け取り、端の席に座り黙々と食べている。暗いな。

 昨日いった事はすっかり忘れているのか、全く変わる気配がない。見かねた私はまた人通りの少ない通路や場所で入れ替わり、せめて姿勢を覚えて貰おうとする。仕事だってやろうと思えばできるのに、人とコミュニケーションが取れない事が原因で指示待ち状態になっている。やる事は分かっているのに、勝手にその仕事をしていいかも分からないし、それをしていいか上司に確認もしない。


『上司のマグレイドさんに聞こう、ね』

「・・・」


 オドオドしているうちに、結局他の人が仕事を持って行った。

 能力はあるのに、使わなければないも同然だ。頑張ろうと思っても、実行しなければ意味がない。

 というかこのままじゃいずれクビになるんじゃないのか。この身体は半分は私の体でもあるのだ。路頭に迷って貰っては困るのだ。

 緊張のし過ぎでヘマするし、見ていて私もイライラする。本当は放置したい所だけど、放置してしまうと必然的に私にそのツケが返ってくるのだ。放置できるわけがない。


 一週間が経った頃、ついに私は耐え切れなくなった。


『・・ちょっと代わって』

「あ・・」


「マグレイドさん、任された書類終わりました」

「ああ・・ん?え!?」

「次はこれをしようと思うんですが、良いですか?」

「あ、ああ・・」

「終わったらマグレイドさんに提出で良かったですか?」

「ああ・・・」


 話しかけただけだというのに、その場にいた殆どの人が注目したのが分かった。

 仕事を持って席に戻るのを呆然と見送っている人もいる。そりゃそうだ。3年目にして初めて自分から話しかけたのだ。しかも姿勢は真っ直ぐ、目線も合わせて、だ。


『ほら、こんな感じですればいいんだよ』

「・・・」


 入れ代わったとたんにリリィの背筋は曲がる。この体たらく・・・嫌になりそうだ。

 少しずつ慣らしていくつもりで、仕事が終わったら交代して私が新しい仕事を受けてからリリィに仕事を任せる事を繰り返した。リリィの知識を持つ私も仕事は出来るのだが、それではリリィの為にもならないと思っている。

 本当は、このまま体を乗っ取る事も出来るのだ。でもそれではあまりにもリリィが可哀想で、どうしてもする気にはなれなかった。


 それから一月程経つと、リリィは新しい仕事に参加するようになった。

 今までただひたすら書類を片付けるばかりだったのだから、立場が少し向上したのだ。自分から仕事を貰いに行くようになって分かったのだが、リリィに任されていた仕事は殆ど新人がするような仕事ばかりだった。簡単で単純な仕事。出世していけば新しい魔術や魔術道具の開発にも関われる程の知識を持っているにも関わらず、新人の仕事ばかりをしていたのだ。無駄過ぎるし、今まで良くクビにならなかったものだ。


「今日からリリィ君もチームに加わる事になった」

「役に立てるよう頑張りますので、宜しくお願いします」

「宜しく頼む」

「よろしくねぇ~」


 聞いて分かるように、挨拶をしたのはユリだ。

 現在ユリは挨拶の時と、仕事を受ける時に入れ代わりをしている状態だ。なのでリリィの今の評価は挨拶の時と仕事を受ける時だけ何故か生き生きとする変な奴という評価を貰っているのだ。違和感をなるべく与えないようにと思ってたらこんな事になってしまった。まあ、いいんじゃないか。

 チームに引き上げられたのには理由がある。新しく受けた仕事で、改善点等を書類に書き込んだりしたからだ。最初は気付かなかったのだが、書類を熟しているとリリィが止まる瞬間がある。そして暫く考えた後に次の書類に進むのだが、後で再度その気になっている書類を引っ張り出すのだ。何かと思い私も共有記憶を探れば、どうやら改善点や改良点、あとは間違っている時にその行動をするらしい。訂正してやればいいじゃんと声を掛ければ、そんな事出来ないと断られたから入れ替わって訂正、そして提出した。

 それ以来、私も一緒に書類を見てから最後に入れ代わり訂正と提出を繰り返した。リリィはブツブツと文句を言うのだが、主導権は私にあるのでリリィに止める事は出来ない。


『ほら、分かってるなら意見しな』

「・・・」


 でも相変わらずリリィは焦ってばかりで変わる気配がない。

 私はもうリリィを変える事に関しては挫けそうだ。


「いいでしょうか」

「なんだね、リリィ君」

「魔法陣のこの部分ですが、こうした方が反発が少なく、少量の魔力で済みます」

「・・・なるほど、こうするのか」

「そしたらこっちもこうした方が良くない?」

「そうなるとここをこう変えなくてはいけないですね」


 同じ研究チームのメンバーは驚いた様にリリィを凝視する。


「リリィ、あんた頭良かったのね」

「一応魔導学校の最優秀者なんですよね、嘘だと思ってました」

「俺も、最近髪型も変わってるし、どうしたんだ?」


 休憩時間になると興味津々に質問をしてくる先輩後輩にリリィは軽く恐怖を感じているだ。

 これは・・代わるべきか?


「・・・」

「最近仕事にも積極的になってるし、どういう心境の変化?」

「・・・」

「先輩。意外と可愛い顔してるんですね」


 やばい、リリィが泣きそうだ。


「・・師匠が、亡くなって・・・私も、変わらないとと思って・・・」

「師匠って・・?」

「ほら、あのロゼミュラ宮廷魔導士だよ」

「ああ・・あの・・・」

「私は、師匠に依存してたから・・あまり人付き合いが得意じゃなくて・・今も、その、仕事の時以外はどうして良いか分からないから・・・」

「そうなんだ・・」


 お分かりだろうが、ユリです。なんとかリリィと言っても違和感がないくらいにはコミュ力を抑えられたと思っているのだが、及第点じゃないだろうか。

 自己紹介はせめて自分でするべきだろう、そう思ってリリィと交代しようとすると、激しく拒否された。リリィは切羽詰まっているようで、緊張がこちらにまで伝わってくる。折角ここまで場を整えたと言うのに拒否するのかとイラついたのだが、こういうのが苦にはならない私にリリィの気持ちは理解出来ないのだろう。私はそのまま話しを続けた。


「多分、これからも・・・緊張して、返事・・出来なかったりする、と思うけど、魔法の事とか色々・・・話せたら嬉しい、です」

「ああ、話せば勉強になりそうだし歓迎だ」

「ええ、今日の指摘された所なんて、気付かなかったもの」


 それから休憩時間になると魔法陣の講義の様なものが始まるのが習慣になった。

 ずっとユリが出ている訳ではないが、リリィは話しかけられると直ぐユリに交代を求める。


『リリィが余り話せない事なんて気にしないよ。少し話してみれば?』

「・・・」

「リリィ、また明日ね!」

「明日までにアレしておけよ」


 リリィの肩を軽く叩いて去って行く姿には親しみが込められている。一緒に研究をする様になって、随分と馴染んだものだ。挨拶すら返せないリリィの態度に気を悪くする事も無い。友人とまではいかなくても、同僚の様な存在だ。それはリリィを助けてくれる。そう思ったのに、リリィは相変わらずのままだった。友人が出来れば、少しは変わるのだろうか。

 ユリは面倒だとは思いながらも、長い目で見る事を心に決めていつも通りの生活を送った。


◆◆◆


「仕事に行きたくない」

『はい?』


 最近益々憂鬱そうに朝の支度をするリリィは、そう呟くとベッドに突っ伏した。


『折角最近仕事も認められて、同僚とも親しくなれたじゃない』

「・・・」

『マリリアに昼食に誘われているでしょう?』

「・・・」

『来週は飲みにだって誘われたじゃない』

「・・・」

『どうしたの?』

「・・・マリリアさんが食事に誘ったのは・・ユリよ」

『誘われたのはリリィよ』

「仕事を認められているのもユリ!あの人達と話しているのもユリよ!私はいない!そこにいないわ!」

『リリィ・・あなたがいなければなかった知識よ。ここは貴方の場所だし、私は貴方を少し手助けしているだけ。頑張って来たのも認められたのもリリィよ・・』

「・・・疲れたわ・・・」

『・・そうね、疲れてるのよ。リリィ、今日はお休みを貰おう?』


 それからすぐに体調不良の連絡をして休みにした。当日欠勤というのは心象が悪いが、しない人がいない訳ではない。この状態のリリィが仕事が出来ないのは明らかだし、仕方のない処置だ。


『リリィ、私は貴方が上手く生きていける様にしたいわ。貴方は私でもあるんだもの。それに・・本当に私は休みの日とかに少し体が借りれればいいわ』


 リリィは随分と思い詰めている様子だった。

 私が人前に出る時間と言うのは、一日でも合計したら1時間にも満たないにも関わらず、リリィには私が求められていると思い込んでしまったようだ。どうにか説得すれば、午後には持ち直した。夕方には同僚たちが見舞いに来てくれた。泣きはらした姿を見て、随分と心配してくれた。

 翌日は何とか仕事に行ったが、私は色々思う所もあってその日から仕事中も交代する事を控えた。

 現在は書類仕事はしていなかったから、常に目の前で新しい仕事が回る様になっていたし、そこまで影響はないだろうと判断したからだ。リリィは出るタイミングが掴めず、やっぱり意見を言えなかったがそれでも私は口を出さなかった。

 病み上がりと思っているからか、同僚たちも心配する事はあっても責める事はなかった。

 2・3日は様子を見たが、やはり変わる様子のないリリィに私は再度入れ代わる様になった。リリィが嫌がれば止めようかと思ったが、リリィは少しほっとした様子だったので、それから入れ代わりを再開した。リリィはそれを受け入れ、落ち着いた様に見えた。


 調子の戻った様子のリリィに、同僚たちも安心した。


 それから翌週にはリリィは同僚たちに連れられ、リリィにとっては初めての下町に行った。まさか飲み会が下町でとは思ってなかったのでちょっとびっくりした。王都は広いので、私がユリとして出ている界隈よりももう少し高級志向な所だったので安心した。

 リリィはあまりお酒は好きじゃないようだ。ちびちびと舐めるように飲んでいる。同僚と言えば仕事が終わればコミュ障になるリリィにももう慣れたもので、気にする様子無く飲んでいる。時々返事がないのを分かって話しを振る事もあれば、からかったりもする。リリィも一応楽しんでいるようだ。

 相変わらずコミュニケーションはとれていないけれど、周りに人がいるというのは良いと思う。


 同じ体でも酔った時の反応は違うようで、リリィは眠たそうに船を漕ぎ始めた。そっと入れ代わればリリィは私の意識の中で眠った。

 やっぱり飲みなれている人は美味しいお店を知っているようで、ついつい興味をそそられてしまう。


「リリィ、結構いける口だねぇ」

「ふふ、マリリアもね」

「これなんかも美味しいですよ」

「・・ここ日本酒あるんだ!?」

「お、飲むか?」

「勿論!」


 やっぱり一番おいしいお酒は日本酒だよね。ここには田楽味噌やゴボウの天ぷらなんかもあった。皆で食べるから色んな種類が食べれるので楽しめる。ついつい飲み過ぎて、私は意識の中でリリィが目覚めている事に気が付かなかった。


「リリィって笑い上戸なのね」

「そうなの~、楽しいね」

「先輩って以外と可愛い!今までの先輩は何だったの?!」

「それも私だよ」

「私らも知らなかったよね」

「そうだな、俺なんて学生の時から知ってるが、こういうタイプだとは思わなかった」

「あははは」


 酔っぱらっている事もあって、良い言い訳が見つからないので笑って誤魔化した。


『やっぱり、私の居場所なんてないわ・・・』


 翌朝目覚めたら、身体の主導権はユリにあった。

 いつもならリリィが起きていて、準備を始めている時間だ。


「・・・リリィ?」


 話し掛けても返事は無い。


「寝坊?珍しいなぁ」


 ユリは大きなあくびをしてから支度を始める。

 昨日は途中でユリと入れ代わったけれど、リリィにとっては初めての飲み会だったし、精神的に疲れてしまったのかもしれない。だから特に気にせず顔を洗って、顔の手入れをして、薄くお化粧して、髪を整えて、それからご飯を食べた。歯を磨いて、もう出勤の時間が迫ってもリリィは目覚める気配がない。

 体は平気なようだが、精神だけが二日酔いにでもなったのだろうか。何度か話し掛けつつ、ユリはついにそのままで出勤した。昨日のみ過ぎてしまったのはユリだったから、少しだけ罪悪感もあった。笑い上戸で随分と楽しんだ記憶があるし、酔っ払い過ぎたことを謝っておいた方がいいとも思ったからだ。酔うとかなり明るい性格が前面に出るので、同僚に何か言われた時はリリィにはちょっと対処しきれないかもしれないし。


「マリリア、おはよう」

「リリィ、おはよ~」

「二日酔い?」

「そう・・・リリィは、平気そうね・・」

「うん、昨日はその・・酔っ払い過ぎちゃったみたいで・・ごめんね」

「面白かったからいいわよ。寧ろいつもああなら楽しいのに」

「それは・・難しい、かな・・」

「ふふ、でも随分私たちに慣れたわよね」

「うん」

「リリィ先輩おはようございます!」

「おはよう、シューリアちゃん」


 研究室に入れば既に何人かは先に来ていた。

 中に入ると笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます」

「おはよ~」

「おはよう、リリィちゃん。昨日は楽しかったな」

「はい、でも・・酔いすぎてお恥ずかしい所をお見せしました・・・」

「いや、楽しかったよ」

「本当な、リリィは酒飲んで仕事した方がいいんじゃないか?」

「あはは」


 その日は結局、リリィは一度もこちらの言葉にこたえる事が無かった。

 ユリが丸一日体を動かすのは、こちらの世界に来て初めての事だった。


 自室に戻ったユリは、今まであえて見ようとしなかったリリィの日記に手を伸ばす。

 意識が眠っている間の記憶は、見ようと思えば見る事が出来る。けれど意識があっても内容を理解しようとしなければ、見ないのと同じように出来るのだ。リリィが日記を書くとき、ユリはその内容を見ないようにしていた。プライバシーは必要だと思っていたから、でももうそんな事言っていられない。思い出せば内容を理解する事も出来るが、仕事中に気を散らせなかった。それに記憶違いの可能性だってあるのだ。部屋に戻れば確実にあるであろうソレを見た方が良い。


 日記には、リリィが思い詰めた様子がつらつらと書かれていた。


 最初の頃は戸惑っている様子が、召喚融合された私が、リリィを責めないどころか生活の手助けをしようとしている事に驚いている様子が文章から伝わってくる。そして性格が全くの反対で、どうしてそんな風に思えるのかとか、どうしてそんな行動がとれるのかとか、罪悪感に苛まれているような、そんな事が書いてあった。

 喜んでいたり、悲しんだり、怒ったり、表には出していなかったが、リリィは感情豊かだったようだ。

中盤になるとリリィが自分自身の不甲斐無さを嘆いているのが見て取れた。どうやらリリィは敏感に私がイライラしている事を受け取っていたらしい。ちょっと申し訳ないな。それから折角受けたアドバイスを全く活かせない自分が嫌になるとあった。実行できていない事は本人も理解していたようだ。でも周りに人が多くなって、嬉しいとも書いてあった。アドバイスを鬱陶しく感じる事もきっちり書いてある。

 後半、仕事を休んだ日以降になると、リリィは必要ないだとか。ユリの方が上手くこの体で生きていけるとかそんな事が書かれ始めた。見せつけられる差が苦しいという言葉に、ユリは頭が痛くなる。

 心配されているのは、今日までユリが作った信頼があるからで、きっとリリィのままだったら得られなかったものだ。私はユリの様に生きられない。ユリの様に行動出来ない。もう嫌だ。同情され哀れみの感情を向けられるのが惨めだ。と。


 最後のページは飲み会の後、つまり昨日の夜に書かれたものの様だ。

 泣きながら書いたのだろう。紙は涙の痕でしわしわになっており、所々インクが滲んでいる。もう自分にはリリィとして生きていく自信がない事と、深い精神の奥に閉じこもる事、そして、できるなら王子と結ばれてリリィの願いを叶えて欲しいと書かれていた。


 要点を纏めると、全部私の所為にしているのがちょっと気に食わない。私が追い詰めた様な事がつらつらと書かれていて、まるで私が悪者じゃないか。この体は半分は私の、ユリの体なのだ。上手く生きて欲しいと思って当然じゃないか。何度も何度も丁寧に教えても、実行しなかったのはリリィだ。只の猿真似でも良かったのに、それさえしなかったのはリリィじゃないか。


 死にたくないと言って、私の人生を奪って召喚融合したくせに、今更その人生を放り出して私に押し付けて、願いさえも自力で叶えようとはしないのか。

 今まで、リリィの為にと思って人付き合いも自重していたのに、無駄な努力だったのか。


「取りあえず、暫くは私がリリィとして働くしかない・・」


 苛立ちや怒りと共に揺れる感情は、やはり同情だった。

 挨拶一つまともにできないリリィはとても哀れに思えた。私にとってリリィは同情し手を差し伸べる相手であって、対等な相手ではなかった。同じ見た目で能力的には私よりも優れているのに、対人能力が壊滅的なだけで全てを台無しにしているリリィが可哀想だった。多分、リリィはユリにそう思われている事も屈辱的で、嫌だったのだろう。言葉には出さなくても、感情は伝わってしまう。


 私は助けた気になって、リリィを追い詰めていたのかもしれない。

 だからと言って、どうしろというのだ。この体は私のものでもあるのだ。あんな状態で生きるなんて、苦痛以外の何物でもないからと、主導権を完全に奪うのは私のなけなしの良心が許さなかった。ならばリリィを鍛えるしかないじゃないか。たかが人付き合い。そこまで辛く感じるなんて、思わなかった。


「何でそんなに弱いのよ、リリィ・・」


 私は、召喚融合されて、初めて泣いた。


◆◆◆


 あれから本当にリリィは出てきていない。

 私はもうリリィの事は諦めて、普通に人付き合いをするようになった。

 丁度飲み会の後という事もあって、酔って本来の自分を見せた事によって吹っ切れたのだろうと思われているから、良く飲み会をして良かったと言われる。別人だと思う人はいなかった。だって私はちゃんとリリィの記憶も持っているもの。

 暗くて大人しくて引っ込み思案なリリィは、大して印象に残っていなかったのだろう。私がこの世界に馴染むには好都合だった。それでも時々、リリィを思い出して心に棘が刺さった様に引っかかった。


「リリィ、これ聞きたいんだけど」

「ああ、これはこうして、ここがこうなるから・・・」

「こうしたいんだけど・・・」

「それならここを変えるといいわ」


 勉強しかする事のなかったリリィの知識は誰よりも広く深かった。

 対人関係が解決したリリィは、あっという間に出世した。研究室の室長を任されるようになって、魔法陣や魔法道具の改善や改良を中心に、新しいものの開発を行っている。個人の研究としては、精霊人形の研究も進めている。目的はリリィの器にならないかと思っての事だ。リリィが選ぶかは分からないし、もしかしたら私が入る事になるかもしれない。どちらでも良い。リリィが戻って来た時に、選べるようにしておきたいのだ。

 私は、楽しければいいから。


 王宮の図書館で閲覧可能な本は殆ど読んでしまった。あとは幾つかの恋愛小説で、魔術にはあまり関係のなさそうなモノしか読めない。管理職になると閲覧可能になる部分もあるのだが、室長ではまだ閲覧できない。中には王族しか読めない隠し図書館もあるのだ。いずれは読んでみたいとは思う。


「今日は何を読んでいるんだい?」

「恋愛小説です。ケビン様は?」

「ふむ、今日はどうするか、お薦めはあるかな?」

「ケビン様のお好みでしたらこちらの本がお薦めですね」

「おや、準備が良いね」

「最近良くお会いするので」


 ケビンは色々と謎の多い人物だ。物腰からして上級貴族だと思うのだが、側近とか護衛とかそういった人を連れていない。神出鬼没だし、ケビンも偽名じゃないかと思っている。王立図書館に来ると高確率でいるので図書館関係の仕事をしているのかもしれないと思い、一度いない時に司書に聞いてみたら知らないと言われたので、違うのかもしれない。他愛のない会話しかしないので、特に気にする事無く付き合いを続けている。深い藍色の髪に金の瞳で整った顔立ちをしているのだが、恋愛話しに出てきたことがない。目立つ見目をしているので騒がれそうだからこそ不思議だ。あまり表立って動く人ではないのかもしれない。


 暫く読書に集中していると、ケビンが話し掛けてきた。


「君にはその本の様な出会いはあったのかな?」

「ふふ、こんな出会いがあれば素敵ですね。ケビン様はいかがですか?」

「私は君に夢中だからね、相手にされなくて寂しいくらいさ」

「まあ、お上手ですね」

「ここでは静かにしなくてはならないからね、良ければ中庭でも歩かないか?」

「素敵なお誘いですね、それではぜひ」


 慣れた手つきでエスコートする姿は様になっている。

 ケビンは私が平民出身の魔導士だと知っているからこうして気楽にお誘いを受ける事が出来る。時々知らずに話し掛けてきて、自己紹介すると不躾な視線を投げかける人もいるから面倒なのだ。後で知られると面倒なので、絶対に最初の自己紹介の時に平民出身という事を伝えるようにしている。

 差別意識がなく、こうして軽口を言ってくるケビンは良い友人だ。


「リリィは相変わらず色恋に興味がなさそうだ」

「仕事に夢中でまだそんな余裕がありませんわ」

「そんなリリィも素敵だよ」

「ふふ、そう褒めて頂かなくともお手伝いは致しますよ。今回は何ですか?」

「君は素直に口説れてはくれないねぇ」


 そう言いつつもケビンは小さな魔法道具を差し出す。

 少し魔法陣がずれてしまっているが、少し調整すれば治せる。これは宮廷魔導士だったら誰でも修理できるレベルのものだ。


「これでしたらわたくしに態々持って来ずとも大丈夫でしょうに」

「君がいなければそうしようと思っていたよ。これは今回のお礼だ」


 差し出されたのは魔法道具を作る為の素材の一つだ。近くにはないもので、少し値が張る品だ。

 修理をするとこうして必ず対価をくれるのだ。それだったら宮廷魔道具の管理課に渡した方が無料で修理出来る場合もあるから得だと思うのだが、手続きに時間が掛かるのが嫌なのだそうだ。


「これだとケビン様が損されますよ」

「構わないよ、実は偶然見つけたものでね。リリィが喜ぶかと思ったんだ」

「・・ありがとうございます。とても嬉しいです」


 ケビンの仕事の出張範囲はかなり広い事と思う。ただ輸入品の可能性もあるので定かではないが、王都では採取できないものを対価にくれる事が多いから、そう予測しているだけなのだが。


 リリィが出てこなくなって、仕事は本当に順調だった。

 宮廷魔導部門第三研究室室長を任された時、研究エリアには私室を持つ事も許された。寮の私室では魔導の研究はそこまでできないので有り難い。そこで精霊人形の研究と人形の制作を行っている。一応、私の姿に似せて作っている。パッと見は人間にしか見えない程精巧だ。他の人に見られたら気味悪がられるだろうが、研究エリアの私室には部屋の主の許可なしには入れない様になっているし、人形を管理している箱には二重に結界を掛けている。だから人に見られる心配はしていない。リリィの日記も、人形と一緒に隠している。いきなり性格の変わった私を警戒する人も出てくるだろうと思ったからの措置だったが、今の所調べられている気配はない。まあ、優秀とはいえ、地味だったから以前のリリィを知らない人が多かったのかもしれない。

 室長になって変わった事は、戦争に出なくても良くなった事だろう。上司に信頼され部下に慕われているし、人形を制作するにあたって発明された新しい魔法は有用だった。そんな私は所謂優秀な人材と言えるのだろう。


 人形は形だけは既に出来上がっている。人形には毎日、私が自ら魔力を注いでいる。人形の骨格は魔力を貯める性質を持つ鉱石、ミスリルを使用しているのでかなり長期間動く事が出来るのだ。人の中に紛れて生活する為に食事も、一応排泄も出来る様に作っている。内臓も形だけは再現したし、涙も、唾液も分泌される。妊娠は出来ないけど、臓器は作った。呼吸も出来るし、五感もある。味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚。再現には苦労した。魂を固定する為の魔石は手に入れるのに苦労した。大きさも重要だけど、純度もそこら辺のモノじゃ足りなくて、結局自分で取りに行かなくてはならなかった。上の立場になると長期休暇が取り難くて別の意味でも苦労したのだ。魔石は龍玉が一番向いていると思ったからそれにしたけど、その龍を倒すのにも苦労したのは言うまでもないだろう。


 味覚を再現するにあたって、成分検出が可能になり毒見の分野において重宝されている。

 聴覚を再現するにあたって、通信機が開発され多様な分野で使われるようになった。

 視覚を再現するにあたって、映像録画機能が開発された。

 皮膚を再現するにあたって、テ〇ガ的な男性用のおもちゃが開発され喜んでいる人がいる。

 神経を再現するにあたって、四肢欠損した人々に高性能の義肢が提供できるようになった。

 触覚を再現するにあたって、拷問に幅が出た。


 人形が完成したと言える頃、召喚融合してからもう6年の年月が流れていた。


 私の行動が正しいのかは分からない。私は自分の好きなように生きようと思った。

 これがリリィを見捨てる行為になるであろうことも、本当は分かっている。

 でも思ったんだ。私は他人の人生なんか背負いたくない。

 最初は、リリィに選んでもらうつもりだった。

 でもここに居るという人生は、本来はリリィのものなのだ。

 私が背負うのは間違っている。


 だから、私がこの体から出ていこうと思った。


 私はね、リリィ。旅が好きなんだ。

 誰にも邪魔されずに独りで気ままに生きるのが好き。それが私。

 一所にこんなに留まったのは初めてだった。多分それは、自分の人生ではなく、リリィの人生だったから。だから面倒だと直ぐ投げ出さずに頑張れたんだと思う。

 リリィは多分、最初は馴染めなくて戸惑うと思う。


 でも私がリリィとして生きてきた記憶があるんだもん。何とかなるよ。

 そこにいるのに、何もしないなんてずるい。

 自分の人生を人に任せっきりにして、引き籠るなんて卑怯よ。

 リリィの人生はリリィが生きて。私は自分の人生をこれから生きる。

 これから、私のこっちでの人生が始まるの。


 ああ、楽しみ。


◆◆◆


 その日、リリィが倒れた。

 人形の存在は極一部しか掴んでいなかった為、人形が喪失した事を知る者は少ない。

 日記も消えた。


 リリィは一週間寝込み、漸く目覚めたかと思えば、激しく取り乱した。

 うわ言の様に「ユリがいない」と繰り返し、酷く怯えていた。

 疲れているのだろうと、一月の休暇を与え戻ってくると、少し落ち着いたようだった。

 そうして仕事に復帰したリリィだったが、猫背で歩き、オドオドとして、自信のない受け答えに、まるで学生時代に戻ったようだと誰かが言った。冗談だったが、それを聞いたリリィは恐怖に引き攣った顔になり、泣いてしまった。対人関係については壊滅的になってしまったが、それでもリリィの能力は高かった。数々の発明をした功績もあり、室長からは外されたものの、私室をそのまま与えられた。

 リリィは私室にこもる様になったが、与えられた仕事には十分に応えた。


「リリィ、最近どうしたんだ?悩みがあるなら相談しろ」

「・・・」


 ユリが一番仲良くしていたマリリアはちょくちょく様子を見に来た。優しい言葉をかけ、リリィの体を気遣ってくれる。それさえ、リリィには息苦しかった。マリリアと仲良くしていたのはユリなのだ。マリリアにとっては、どちらもリリィであるのだが、リリィにはそれが分からなかった。ここで心を開いていれば、きっとマリリアはリリィの友人になっただろう。

 それから徐々に、リリィに個人的に関わる人は少なくなった。


 リリィは、ユリに執着していた。

 リリィにとって、ユリは無くてはならない存在で、いなくなった事が恐ろしかった。


 リリィがここまで人付き合いを恐れる理由は、第一王子との接触失敗にあるのかもしれない。

 依存していた親の様な存在のロゼミュラから教えて貰った方法でアプローチして、失敗して、第一王子の婚約者にも嫌われて、それが原因で戦場にまで送られた。そして、死にそうな目にあった。

 別の人は成功しても、私は失敗する。そんな思い込みが、頑なにユリのアドバイスを実行させないのだ。


 リリィは探した。

 微かな魔力の痕跡を。


 この体は、半分はユリと繋がっているのだ。

 肉体と魂は完全には切り離せない。必ず、見つける。


 そんなリリィの執着を知る由もなく、ユリは自分の人生を満喫していた。


◆◆◆


 食事は出来るけど、人形なので栄養を摂る必要のないユリは、人気のない森の中を移動していた。それは万が一、追手が来た場合には目撃情報を無くすためであった。森の中の痕跡はどうするのかと言えば簡単な事、浮いて移動すればいいのだ。数年かけて魔力を注ぎ馴染ませた器の魔力は尽きる事はない。それに一定量は自然界の魔素から自動吸収することが出来るようにしてある。


 どれも私が生きる為には必要な機能だった。


 そう言えば、王都以外を観光するなんて初めてだ。

 龍玉を取りに行った時は時間がなくて急いでいたから、観光なんてする暇はなかった。はぐれ龍を探すのにも手間取って、仕事をさぼる事になるかもと思ったくらいだ。ギリギリ間に合ったけど。


 観光地については行きたいところは結構沢山ある。

 ケビンに教えて貰った所は勿論、素材の情報収集の時に知った場所にも行ってみたい所は沢山あるのだ。

 ユニコーンの聖地、天空の城塞、深海の都、森人の滝壺、世界の穴、天界の塔、海の果て、空の果て、エルフの里、黄金の街、虹の都、名前を聞いただけでもワクワクする。残念ながらこの世界に写真は無いので、想像する事しかできない。

 勿論王都以外の街を見る事だって楽しみなのだ。綺麗に整えられた街もあれば、複雑に家同士が絡み合って迷路みたいになっている街もあるそうだ。


 浮かれてた、のもあると思う。

 もう1年も経っていたし、私の中では終わった事だった。王都からは随分と離れた場所というのも気が緩んでいた原因の一つだろう。そんな所に、彼は現れた。


「ユリ!」

「・・・ケビン?」


 余りにも自然にその名を口にするから、反応してしまった。

 ケビンは知っていたのだ。私がリリィでない事を。

 しまった、そう思ったけれどもケビンの嬉しそうな様子に逃げるのを躊躇った。ケビンに私を捕まえるつもりはないらしく、結局店に入って話し込むまでした。ケビンの話しによると、あれ以来リリィは殆ど研究所にこもったままなのだそうだ。


「ユリは今どうしているんだ?」

「自由気ままに、旅行なんかしてるだけね」

「楽しそうだ」

「ええ、来月には深海の都を探してみるつもりよ」

「実在するのか?」

「さあ、これから確かめるところよ」


 実をいうと過去にあったことはもう分かっている。だがそれから数百年は経っている為、現在もそこに実在しているのかは分からないというだけだ。場所も大まかにしか分かっていないので、それは勘で行くしかない。


「今までは何処に行ったんだ?」

「色々ね、有名どころで言えば天空の城塞とか世界の穴とか」

「・・実在するのか」

「ええ、今も健在よ」

「何か旅行記の様なものは付けていないのか?」

「私、日記は苦手なのよ。その代わり映像記録なら残しているわよ」

「映像記録?」

「私のこの目で見たもの全て、記録してるわ」

「ふうん?」

「あ、分かってないでしょ。ちゃんと外部出力だって出来るんだから」


 そう言ってケビンにしか見えないように掌の上に映像を出して見せた。


「えっ?」

「ふふん、凄いでしょ。立体映像だって見せれるんだから」


 それを直ぐに消して小さな立体映像を出して見せる。ぱっと見は視界に入っても小さなミニチュアの玩具にしか見えない。


「たまにこうしてるの」

「何をどうやってるのか・・」

「ああこれね、再現しようと思ったら結構な媒体が必要になるわよ」

「何を使ってるんだ?」

「不死鳥、龍、星神とかの涙、血液、体毛、魔石とかなんか色々使ってるよ」

「・・本当に、隠密活動上手かったよなぁ。んなもんいつの間に集めてたんだ」

「結構苦労したんだよ~」

「苦労した甲斐は?」

「大いにあったよ」


 こうしてみると、研究所にいた時とは違い生き生きしている。人間離れしている感じは否めないけど、それでも楽しそうにしているし、こんなに自然な表情で笑っているユリは初めて見る。


「王都に帰ってくる気はない?」

「ないわ。私はああいう堅苦しい仕事は苦手なのよ」

「向いていると思うけどね」

「残念ながら、何とか仕事が出来ていたのはリリィの努力のお陰よ。本来の私は面倒臭がりで不真面目だからとてもじゃないけど、上に立つ人間にはなれないわ」

「だけど人を纏めるのはとても上手だ」

「そんなの慣れれば誰にだって出来るわ」

「残念だなぁ・・俺の嫁になる気はない?」

「残念、それも出来ないわね」


 理由は聞かれなかったが、多分ケビンは私が人間でない事。というよりも生命体ではない事に気付いていたと思う。


 ケビンは後にこう語る。


「本当は娶る為に探していたんだ。見つけたら捕まえてでもと思ってたけど、とてもじゃないけど捕まえられないと思ったよ」


 ユリの存在は既に色々なものが合わさり混ざりあい、精霊のようなものになっていた。あるいは神か。


「色々と諦めがついた」


 ケビンはその後、かねてより結婚を打診されていた貴族の娘と婚姻関係となる。



 あれから幾年が経ったのだろうか。

 時折リリィの気配を感じる事がある。もしかして私を探しているのだろうか。

 人形である私は、時間というものを忘れやすい。肉体は精巧に造ってはいるものの、本来であれば食事も睡眠も必要がなく、疲労も蓄積しないのだ。劣化はあるものの、それは人形に付けた自動修復機能がどうにかしてくれる。


「そろそろ一回人里に行こうかな」


 ここにきてもう5回目の冬を迎えている。


「次は何処の街に行こうかな」


 人形であるから私は歳を重ねる事は出来ない。そう長くは同じ街に留まれないのだ。

 それでもその町や国を楽しむ為に数年は滞在するようにしている。とは言っても最初からそうしていたわけではない。最初は旅行が楽しくて、数ヶ月とか早くて数日で次の場所に旅立っていた。

 変わったのはケビンと3度目の再会を果たしてからだ。


 世界はそう広くない。10年前に会った人が、10年前と全く変わらない姿でいるというのは結構不気味というか、有り得ない事なのだ。しかも私は人形の見た目を人間にしている。せめてエルフであれば誤魔化しようもあったかもしれないが、今更どうする事も出来ない。


「隣国程度だと知り合いに会っちゃうしなぁ・・」


 有名な国にはもう殆ど行った事がある。前回からどの国もまだ数十年しか経っていないのだ。


「暫く山に籠ろうかなぁ、あ、魔境はまだ行った事なかったな」



 誰も足を踏み入れない最果ての地を探したけれど、この数多の種族が混在する世界でそれを探すのはかなり困難な事であるらしい。

 結局は見目を人族にした事もあって、山深い場所ではあるが人里に近い場所を拠点にする事が多かった。


 人の子供を拾ったのは、もう随分と経ってからだった。


「・・どうしよう」


 この身体には生殖機能は付けていない。擬似的な物であれば付いているが、それに繁殖能力はなく、ただの飾りとしてあるだけのものであった。


「・・え?捨てられてるの?」


 あまりにも予想外な出会いに、答えられる訳もない質問をしてしまう。


「え~・・ていうか、態々こんなところに・・」


 こんな所というのは勿論、殆ど人が入らないようなこの場所の事である。この子供が偶然に偶然が重なりここに辿り着いたのか、それとも肉親が態々ここに捨てに来たのか、はたまた何らかの事件に巻き込まれここに破棄されたのか。

 恐らくは3つ目の事件に巻き込まれてだろう。


「え~・・どうしよう」


 今まで捨て子を見なかった訳ではない。魔法という絶対的力を支配階級が独占している所為で、この世界の文明は中々進歩しない。こちらの世界に来てからもう何千年と経っているが、文明レベルは殆ど変わっていない。進歩しては退化と繰り返し、近年は特に酷いようにも感じている。

 そんな中で餓えた国民達は子供を売ったり捨てたりして何とか命を繋いでいる。


「うあ~・・」


 そんな状況であるにも関わらず何を悩んでいるのかというと、ここはモロにユリの生活圏なのだ。

 どこか知らない場所で息絶えるならばいざ知らず、生活圏であれば嫌でも目に付いてしまう。しかしながらこの数千年、ユリはたった一人で自由気ままに生活していた。今さら他人との共同生活が出来る気がしなかったのだ。しかも手の掛かる赤子など、面倒を見きれる自信がなかった。

 こちらの世界に来てからもうそうであるが、元の世界でもユリは子供を生んだ事がなかったのだ。


「いやだ~!!」


 面倒を見るのが嫌なのか、見捨てて見殺しにしてしまうのが嫌なのか、入り交じった気持ちはハッキリとは言えない。

 結局は見捨てきれずにその子供を拾ってしまった。今まで散々見て見ぬふりをしてきたにも関わらず、意外と人間らしい部分が残っていたものだ。他者と関わらないからこそ、まだ残っていた事さえも気付かなかった。


「サボテン枯らした事あるけど、大丈夫だよね?」


 不安がない訳ではない。

 それでも見捨てるという選択よりはマシに思えた。



 初めての子育ては分からないことだらけだった。その機能を付けていなかったという事もあり、この世界で育児に関する知識を仕入れた事はない。必然的に千年以上前に過ごしていた元の世界の記憶を引っ張り出して、試行錯誤の毎日を繰り返している。

 布オムツは特に苦労した。高機能の紙オムツなんて当然此方の世界に存在する訳がなく、布オムツを買うことにしたのだが、如何せん付け方が分からないどころか使い方もいまいち不明だった。というよりも買う場所さえ分からなかった。散々探し回って見つからなかったことで、漸く諦めて人に尋ねるという選択肢を選んだ。結果、布オムツはそのまま売っているものではなく、布を買って自分で作る物だという事実を知った。

 だが流石に作り方まで教えて貰う訳にはいかず、試行錯誤して何度も作り直したのだ。


「まさか今更子育てする事になるなんて・・」


 暇は余りすぎなほどにもて余していたものだから、子育ては意外と苦ではなかった。


「こっちに来る前は、絶対無理だと思ってたなぁ・・」


 魔法が使えるというのも大きな利点だ。赤子に付きっきりでも全く支障なく仕事も出来る。

 初めての子育ては分からないことだらけだった。前世で聞きかじった知識だけでは色々と足りなくて、変装して町に降りて経験豊富そうなご婦人と仲良くなり色々と教えて貰ったりもした。知識が変に偏らないように、平民から貴族と身分や貧富による対処の違いとその結果なども地道に情報収集して分析した。

 大抵は知りたい情報を集める為なので、友人になる訳でもなく、オムツ作りで苦労した経験を活かし開発した認識阻害や意識介入の魔法を駆使し、親愛なる友人を騙り情報を引き出した。勿論記憶にも残らない。


「」

【灰かぶり】

まんまシンデレラです。

そのまま使おうかと思ったんですが、違和感あるかなと思いまして。


ユリは長い年月をかけて徐々に人としての記憶を薄れさせていきます。

それは長年の旅でコアが老朽化した事も原因ですが、それを直す為の素材の元となる生命もその存在を消していたからです。

ユリは見ていた。人が繁栄を極め衰退していく様を。


リリィの過去話から始まる⇒リリィは貧しい村のある家庭に生まれた。父は酒飲みで性欲が強く、畑仕事が終わると酒を飲み母を犯す様に抱いていた。子供に愛着を持つ事が出来ず、育てば少ないながらも労働力になるという程度の認識しかない⇒母は立場が弱く、父に依存している状態であるが、腹を痛めただけあって子供は可愛く思っている⇒父は酒代さえあれば家庭内がどうであろうが関心がない⇒何も考えずに母を抱くため、子供は多いが環境が悪いので死亡率は高い⇒リリィは8番目の子供であったが、上は既に4人死んでおり姉が2人に兄が1人しかいなかった⇒リリィが年を重ねてもそれは変わらなかった。母は妊娠し、出産し、そして確率で赤子は死亡する。幼い子供は人間扱いはされない。犬猫と同じだ⇒父が哀しむ事はないが、母には愛情と呼べるものがあった。もしかするとその愛がリリィに可能性という奇跡を与えたのかもしれない⇒リリィには魔力があった。しかし魔力のない人間がそれに気付く事はない。そして魔力の扱いを教える者もいない場所で、リリィは自らに魔力がある事を知る機会もなかった⇒父にとって母親は性処理の道具で、家事を熟す使用人だった。そこに愛情はなく、産後に休養という気遣いもある筈もなく、母は出産を重ねる度に少しずつすり減っていたのだ⇒そんな母が死んだのは、リリィが6歳の時だった。長女は12歳。産後直ぐにも関わらず、母は農作業に出たのだ。その日はいつもに増して天気が良く、日差しの強い日だった⇒動かなくなった母を見て、父は面倒臭そうに溜息を吐いた⇒普通は村人の幾人かに手伝って貰い、葬儀が行われる。葬儀と言っても、樽の様な棺桶に遺体を入れて墓場に埋めるだけだ。牧師が祈りを唱える訳でもない。数人で行われる只の作業。棺桶は小さく、そのままでは入れない為、遺体の骨を砕いて入れる。父に子供を気遣うという配慮はなく、酒代が減るのを嫌がった父はその作業を子供達にやらせた。骨を砕く作業だけは子供の力ではどうにもならない為、父がやった。子供がしたのは、その骨の砕かれた手足を支え、棺桶の中に入れる作業だ。ぐにゃりと曲がるその手足が、母ではないもののようで酷く恐ろしかった⇒重たい棺桶を運んで、墓穴を掘って、墓標を立てた⇒赤子の死では感じなかった恐怖。リリィには死がとても恐ろしいものになった⇒その夜、リリィは変な夢を見た。綺麗な大人の女性が、剣で貫かれ殺される夢。この人も母と同じように骨を砕かれ棺桶に入り、土に埋められるのだろうか⇒その日から子供らの生活は一変。食事が余りでなくなった。今までは中身は少なくても日に一度は与えられていた食事が、疎らになった。あの食事は、母の愛だったのだ⇒母が最期に産んだ姉弟死に、兄弟は7人のままだ⇒いつしか一番上の姉が母の代わりに色々としていた⇒母が死んで数日、酔っ払った父が帰って来た。兄弟を一瞥すると、一番上の姉を連れて父の部屋に入った⇒父は、燻る性欲をたった12歳の姉にぶつけた⇒姉の苦しそうな呻き声と、ぶつかり合う音。そして荒い息遣い。母がいた時はその声はいつも母のものだった⇒何か恐ろしい事が起きているのに、どうする事も出来ない子供達はただ身を寄せ合った⇒翌日のマリィは動く事が出来なかった。なんも語らなかった。語れなかった。その夜から、マリィは父の部屋で寝るようになった。そしてまた一日一度、子供に食事が渡る様になった⇒毎日聞こえる、母の代わりになったマリィのくぐもったな呻き声。いつしかそれも当たり前になった⇒そしてマリィに子供が出来た。初めての出産は苦しい者だった。小さな体にはまだ出産する準備が出来ておらず、子供は死んでしまった。せめて母と同じ道を辿らぬよう、マリィを暫く休ませた⇒マリィが回復すれば父はまたマリィを抱いた⇒マリィの子供が3人生まれた頃、国からのお達しが町に届いた。15年以内に生まれた子供は全て中央広場に指定した日に集まれというものだ⇒リリィの一家の殆どがそれに当てはまっていた。これは魔力を持つ者がいないか定期的に確認し、該当者は国が買い取る制度だ。国が買うだけあって、人買いよりも遥かに高額で買い取ってくれるそうだ。その為に国民はこの日まで子供を手元に置いておくのだ。該当しなければ、その多くはその後人買いに売られる事になる⇒




隠居したユリはある日子供を拾う⇒葛藤の末育てる事にした子供は魔力持ちだった⇒後で分かった事だが、魔力持ちは他種族に誘拐されやすい。理由は他種族は体が頑丈だったり特殊だったりする代わりに魔法への適性が低い。それを補うには人族との混血が解決策なのだが、差別やらでそれが難しい。その為自我のない内に誘拐して無垢に育てて交わろうという魂胆が数百年ほど続いている⇒赤子は獣人に誘拐されたが、途中予想外の魔物に襲われ赤子のみが助かった⇒

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