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【-7-】

滑り止めも滑り止め、正直なところ通うことさえ迷っていた大学ではあったが、それでも浪人になって偏差値の高い大学に入るといったような将来設計を碌に立てることも出来なかった僕は、「どうせ高校では独りぼっちだったんだ、それに比べれば大学での独りぼっちなんてどうってことない」と自身に言い聞かせ、入学することを決めた。


 高校にあった食堂は周囲の視線や同級生に笑われるような気がして使うことも出来なかったが、ここではそういった視線に晒されることも無い。誰も使わない校舎の東階段最上階の踊り場で、母親手作りのお弁当を広げて急いで食す必要も無い。だったら僕にとってみれば、高校生活よりも大学生活は地獄とは程遠い、天国では無いにせよ現実にそう近い場所という認識であった。


 この大学に通ったことを後悔していない、というのは、僕の予想は大きく外れて、片手で数えられる程度ではあるものの信頼できる友達と巡り会えたからだ。


 最初は疑心暗鬼だった。また僕は、笑い者にされるのではないかと思っていたのだが、それは全て杞憂だった。オドオドし、呟くような自身の主張も、時を経てドンドンと中学生の頃のように戻った。相変わらず、大学に通っている最中や家への帰り道では、赤の他人であっても見られているような感覚に囚われ、心の傷からは脱却できていなかったが、友達の前では心の底から安らぐことが出来た。それは車椅子の少女に心を開き、過ごしていた頃を思い出させるほどだった。「恵まれていると思えるようになりたいから」と告げたあの日の言葉を、僕はようやく果たすことが出来た。これほどの幸福感があれば、高校時代という暗い過去があっても、なんとかなる。そう思った。


 大学の講義は、僕の頭でも簡単過ぎるほどであったが、どの講義にも風邪やインフルエンザで無い限りは出席し、テストやレポートは力の限りを尽くした。そのため、大学から渡される通知表は、『可』の文字は無く、『優』と『秀』だけに染まった。


 サークルには当初、入っていなかったが、ふと友達と見たホタル部のポスターを構内で見つけ、そのまま友達を連れて、入部した。人数が少ないため、サークルとしてではなく部としてしか認めてもらえていないらしいのだが、それでも構わなかった。

 それはホタル部のポスターを目にした際、僕はいつぞやに語り合った車椅子の少女のことを思い出したからだ。そこから湧き上がって来る原動力に、ただただ従ったまでである。友達を巻き込んだことはすまないと思っているが、友達も友達で、ホタル部をなんだかんだ気に入ってくれていたようである。


 顧問の教授は変わり者であったが、個性の溢れる人だった。虫は苦手だったが、ホタルだけは幼虫と成虫、両方とも触れるようになった。それでも、サナギを見るのは少し抵抗があったし、他の虫に関しては全く駄目なままであったのは変わらなかったのだが。


 大学生活はあっと言う間だった。車椅子の少女のことを忘れてしまうほどの速さで時間は駆け抜けて行き、気付けば就職活動に精を出していた。ハッキリ言って、僕は長所と呼べる長所は無い。趣味だって読書ぐらいだ。部活動はまだしも、ゼミでの活動はイマイチ、パッとしない。


 なにより偏差値の低い大学というレッテルが、ここで邪魔をし始めた。力強く僕は、自身の通っていた大学名を口にすることが出来なかった。それが面接官に自信の無さとして伝わったのか、悉く面接から、一次試験まで落ちに落ちた。

 そうなって来ると、徐々に就職活動を煩わしく思い始め、気付いたら僕は停滞を始めていた。まだ卒業まで、まだ九ヶ月ある、まだ半年ある、まだ三ヶ月ある。そんな風に思っている内に、内定の一つも取れずに僕は大学を卒業することとなった。


 この甘過ぎる人生観と、就職活動を一旦やめてしまったことに、僕は今でも後悔している。


 大学を卒業してから、僕は就職活動を再開した。内定を取れなかった友達と一緒にハローワークに行ったり、サイトを閲覧したり、既卒でも参加可能な就職説明会に参加した。


 けれど僕は、どれもこれもにケチを付けて、行きたくない働きたくない頑張りたくないという気持ちを押し隠しながら、就職活動を続けた。


 職を見つけられないストレスや、家族に対する申し訳無さ、そして自分自身の中にあった怠惰な感情とは裏腹の無理な就職活動、心の裏側を隠した偽の笑顔を作る面倒臭さ。そういったものだけでなく、また弱肉強食の世界で、弱者になってしまったことで、高校時代の嫌な記憶も連日連夜思い出すようになり、眠っているのか眠っていないのか分からない睡眠を続けた。


 そうして、卒業して二ヶ月ほどが経ったある日に、僕は通常感じることのあった耳鳴りとは、明らかに異なる長時間続く耳鳴りに襲われた。たまらず耳鼻科に駆け込み、そこで僕は『突発性難聴』と診断され、紹介状を渡されて、大きな病院に行くこととなった。

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