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結局、僕はどうして車椅子の少女に会えなくなったのか、その理由は分からなかった。夏休みが終わったあと、土日になれば僕は足しげく図書館に通ったのだが、少女を見つけることは出来なかったし、100%の遭遇ポイントだった図書館で出会えなかったのだから、他の場所で出会うことも勿論、出来なかった。
そういうこともあるのか、と僕は変に納得した。車椅子の少女はこの街に夏休みの間だけ訪れ、夏休みが終わって実家に帰ったのだろうと結論付けた。或いは、幽霊であったのなら成仏したのだろうとも思った。
話した事は沢山あったし、話したいこともまだまだあった。自分の境遇も話した。高校生になってから人間関係が上手く行かず、イジメられ、無視されるようになったことも明かした。クソみたいなプライドが邪魔をして、それを明かしたのは夏休みの最後の週であったが、車椅子の少女は「それでも、柳井さんは負けませんよね?」と、優しい笑顔で訊ねて来た。僕は肯き、「僕は恵まれていると思えるようになりたいから」と返した。ビクビクしていた自分自身はどこかへ行き、ハッキリと、力強くそう告げていた。
だからと言って、高校生活が劇的に変わることなどありはしなかった。苦行であり、地獄であることには変わりは無かった。体育では「二人組を作りなさい」と言われるたびに悲鳴を上げたくなったし、必須科目として美術ではなく音楽を選んでいたために、グループで唄うことになった際も、僕は残り物として扱われ、それはもう酷い有り様だった。
昼食だって、校舎の東階段の最上階にある踊り場で食べていた。埃だらけで汚い場所であっても、一人切りになれる場所であるのならどこだって良かったのだ。不衛生と誰も居ない場所を天秤に掛けた結果に過ぎない。幸い、この踊り場での食事は最後まで誰にも見つかることは無かった。
夏休み前に不登校になり、夏休みを経て登校するようになった僕はこのようにして地獄に立ち向かった。無視されようと、邪魔者扱いされようと、笑われようと、耐え続けた。それは車椅子の少女と共に居た期間が、僕の力になっていたからだろう。それでも、友達だった奴と仲直りすることは出来なかったし、授業も怯えながら受けていたために、成績も上がることはほとんど無く、二年生、三年生の夏休みには車椅子の少女を探していた。
高校三年生になれば、待ち受けているのは大学入試だ。けれど、成績がよしくなかった僕は推薦入試もセンター試験の成績もよろしくなかった。なので一般入試に全てが掛かることになった。
寒い寒い冬の日――車椅子の少女と出会った暑い夏の日とは真逆の日、僕は受験するため、家の最寄り駅から会場の大学へと向かった。二駅先のホームで降り、改札口を抜けても坂だらけのこの街は変わらない。大学は坂を登った先にある。なので、気を引き締めつつも、心を落ち着かせるためにデジタルオーディオプレーヤーから流れる曲をイヤホンで聴きながら、その道を歩いていた。
実を言うと、その時から僕は「まさか」と思っていた。電車を降りる際、別の車両で車椅子の方を降ろすためのスロープを持った駅員が居たからだ。けれど、そんなはずは無いと思って、僕はやや早足気味に受験会場へと向かい続けた。
ただ、そんな僕を赤信号が邪魔をした。そこはやや大きな車道で、信号は横断者よりもどちらかと言えば車優先の道路だった。なので、赤信号に捕まれば待ち時間もそれなりのものになった。もしこの大学に通うことになったなら――先に言ってしまえば、通えなかったのだが、それでも通っていたならば、この道路に捕まって講義に遅れることだけには注意しなければならないなと思っていたところで、僕はその姿を捉えることとなった。
やや離れたところに、同じく赤信号で止まっている車椅子の少女が居た。坂道はさすがに介助が必要らしく、恐らく友達にハンドルを握ってもらい、押してもらっていた。二人の間では笑いが絶えず、そして楽しそうに話しているので、僕は声を掛けることが出来なかった。
車椅子の少女だって、まさかこんなところで出会うとは思ってはいなかっただろう。なにより、僕には気付いていなかったかも知れない。声を掛け、変質者と間違われるのも御免だったので、声を掛けたい衝動を抑えて、僕は青信号になった横断歩道をもう駆け出しているんじゃないかと思う歩幅で渡り、急ぎ足で大学に辿り着いた。
僕の受験会場はB会場の三階の大講義室の一つ。それを大学の入り口で確かめたのち、当日に張り出されていた座席表と受験番号を照らし合わせる。
その横に気配を感じたので、横目で様子を窺う。座席を確かめる受験者は幾らでも居るので、その気配もきっと勘違いに違いないと高を括っていたのだが、やはりそこには車椅子の少女が居た。
受験する大学、学科、そして受験会場となる大講義室まで一緒という、偶然過ぎる偶然に、僕は頭がおかしくなりそうだった。けれど車椅子の少女は僕を気に留める様子は無く、自身の座席を僕より早く見つけ出し、そそくさと大講義室に入ってしまった。
僕がそうしたように、車椅子の少女もまた、そうすることにしたらしい。それか、本当にそこに僕が居るということに気付かなかったか。
二日目も、受ける場所は重なった。家を出る時間を早めにズラして、往路で出会わないようにした。
受験中は気が気では無かった。気が散っていたこともあるが、単純に僕の勉強不足も響いて、この大学の入学試験に落ちた。それに対して、今まで以上に僕は落ち込んだのだが、ここに「もしかしたら、あの子と同じ大学に通うことが出来たかも知れないのに」という気持ちがあったのは言うまでもない。
その後、僕はもう一つの大学にも落ちて、最後の最後の滑り止め――受験すれば大抵の人なら合格できるような、そんな大学に通うことになる。
ただ僕はこの大学に通ったことを後悔していない。
受験内容は、小論文。書く内容は『ネットの普及した今に図書館は必要か否か』。周囲の受験者はそれほど必死に書いている様子は感じられなかったが、僕はそれに全身全霊を掛けて、なにもかもの想いを発散するように、時間ギリギリまで書き続けていた。