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【-5-】

 車椅子の少女に「恵まれていると思えますか?」と訊ねられて、一週間ほど経った頃、僕は気付けば少女の姿を探しに図書館へと向かうようになっていた。しかし、そういう気分じゃない、補講がある、家の用事で行くことが出来ない。そういった日は必ずある。


 そんな日に、車椅子の少女は僕とは別の誰かに手助けしてもらっているんじゃないかという想像をすると、何故だか胸が苦しくて仕方が無かった。


 呆れるほどの独占欲であった。車椅子の少女の都合など考えず、車椅子に乗っている事情を話してくれたのは僕だけなんだという身勝手で、気色の悪い思考が脳内を満たすようになった。人見知りで、気難しくはあったが小学校や中学校では割と同級生の異性と話すことは出来ていたのだが、高校に入ってからはまるで話をしたことが無かったため、どうしようもない鬱屈した感情と勘違いに支配されそうになっていた。


 しかし、そんな僕のことなど露知らず、車椅子の少女は極めて明るく、朗らかだった。「フィーリングが合っているんですかね?」と言って、益々、僕の独占欲、支配欲を掻き立てるのだ。けれど、車椅子の少女が不思議がるように、僕もまた不思議に思うことが多々あった。


 何故かは分からないが、僕が補講に行く日や、図書館に行かない日は車椅子の少女も図書館に行くことはせず、僕が図書館に行く日に、少女もまた図書館に訪れるという偶然が頻発した。ただ僕を手の平で転がすために嘘をついているのだろうと疑っていたのだが、会うたび会うたび、驚かれてしまうだけに限らず「柳井さんって私をストーカーしてますか?」と不審がられることまであって、車椅子の少女と僕は図書館という場所においては、遭遇率が100%であった。


 逆に言えば、図書館以外で会うことは絶対に無かった。駅近くに向かっている最中に、どこかで出会うことは無いだろうかと車椅子の少女を探すこともあったのだが、必ず出会えない。補講帰りに駅の近くを寄ってみても、見当たらない。


 なので、支配欲や独占欲といった鬱屈とした感情以上に、僕はこの車椅子の少女を図書館にだけ出て来る、いわゆる幽霊の類なのではないかと怖ろしくなった。なにせ、顔を合わす場所は決まって図書館であったし、それ以外では決して見掛けることが無く、僕が図書館に行く時だけに限って、出会うものだから、そのように考え出すのも高校生であった僕には仕方の無いことだった。超常現象に憧れる中二病の時期とも相まって、車椅子の少女=幽霊という方程式は現実味を帯び出し、図書館に行くたびに僕は嬉しい気持ちと同等の、或いはそれ以上の怖ろしさに駆られることとなった。


 それでも、少女は僕に真正面から向き合ってくれた。だから日が経つに連れて、欲望は消え去り、更には幽霊であろうが、これだけ僕を見てくれているのだから、どうでも良いと思えるようになった。図書館に行けない日、行く気になれない日があっても、焦燥感は無くなった。


 そして僕は、車椅子の少女に少しずつ心を開くようになった。


「早生まれと遅生まれで、双子でも学年が違うというトリックは、驚きでしたね。でも、現実の産婦人科医さんは、同学年になるように気を遣ってくれると思いますけど」

「あり得ない話では無いけれど、少し無茶のある設定では、ありますね。その無茶を納得させるくらい、話の展開に面白さがあったと、思いますけど」

 図書館での読書を終えて、ファーストフード店でハンバーガーを食べながら、読んだ小説の感想を語らう。車椅子の少女しか読んでいない本、自分しか読んでいない本についての話はせず、共通に読んだ作品のみという条件の元であるので、不意のネタバレをしてしまうことも、そして受けることもない。

「ですよね。正直、柳井さんに勧められるまで推理小説なんて、無意味に頭を使って疲れる作品ってイメージでしたけど、読み方を教わったら、なんだかそういう苦手意識もほんの少しだけですけど無くなりました」

 そう言って、ストローでコーラを飲み、僕にとっては眩し過ぎる笑顔を向けて来る。陽だまりのように温かく、心地が良い。


 二人で小説の感想を語り合う。その時間はとても大切な、手放すことのできないひと時だった。ただの日常だ。僕が下らないと斜に構え、学校なんて無くなってしまえと思っていた人生の中にある、どうと言うことのない日常を、そのように大切に思えるなんて、車椅子の少女と出会うまでは無かった感情だった。


「そう言えば、推理小説じゃないですけど、子供向けのお話に、ホタルが出てましたね。私、ホタルって見たことが無いんですよ」

「僕も、無い、です」

「どれくらい綺麗なんでしょうね」

「ただの虫、だと……思いますけど」

「いえいえ、絶対に綺麗だと思います」

「僕……虫、苦手なんで」

「男性なのに虫が苦手なんですか?」

「子供の頃はセミを捕まえたり、していましたけど……今は触るのも、駄目、ですね」

 触りまくっていた昆虫も、蝶の幼虫も、今はただ気持ちが悪い。あの頃はとても可愛げのある存在だと思っていたのに、高校生にもなるともう触れなくなってしまっていた。


「まぁ私も駄目な方ですけど……ホタルは、見ることが出来るなら、いつか見たいなぁと、思っています。それより、リハビリの方が先決ですけどね」

 苦笑いを浮かべる車椅子の少女に、僕はどう返事をすれば良いのか分からず、視線を逸らした。


 昼食を摂り終えて、図書館前で別れる。どうせまた図書館に行けば会えるんだろう。そういう軽い気持ちがあった。夏休みが終わったあとも、こうして会うことは続くに違いない。そんな勝手な思い込みがあった。


 だから、夏休みのあと、車椅子の少女には会えなくなった時には酷く狼狽したものだ。

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