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【-1-】

 高校生の頃、一時期ではあれど、僕は不登校になった。理由は至極簡単なもので、同級生にイジメられるようになったからだ。


 小学生の頃から気難しく、人見知りな性格ではあったけれど、友達は両手で数えられるほどではあったが作ることができていたし、中学生の頃には理科部の部長を務めたこともあった。別に部長にはなりたくてなったわけでは無かったけれど、後輩とも仲良くすることができ、一般的に問題児と言われるようなガラの悪い同級生とも、何故だか一目置かれていた。遊ぶようなことは決して無かったが、休み時間に廊下で擦れ違っても睨まれることもなく、むしろ声を掛けられてハイタッチをするくらいの間柄だった。なので、僕の人生の中で、人間関係の絶頂期は、この中学時代だった。


 代わりに、勉強の方は散々だった。当時、英語はアルファベット順が分かっていなかったし、特に数学に至っては先生が高圧的で、いつも機嫌が悪そうな顔をしていることもあって、ビクビクしながら授業を受けていたこともあって、全く頭に入っては来なかった。ハッキリ言って、この先生には泣かされたこともある。我慢はしていたのだが、これがなかなか、言葉の暴力が強く、授業の終わりに耐えられずにトイレに駆け込んで涙を流した。


 僕のことを心配して声を掛けてくれたクラスメイトは沢山居て、その時、僕はとても恵まれているなとも思った。しかし、これ以降の数学の授業は、先生に対する苦手意識で頭には入って来なかった。不運なことに、この先生は二年連続でクラスの数学担当だった。あまりに印象的過ぎて、逆に中学三年生で数学を担当してくれた先生を思い出せないくらいだ。


 そんなこともあって、英語と数学のテストの点数は酷く、見かねた母が僕を塾に入れることにした。が、入塾テストに一度落ちた。別のところの入塾テストでも酷い有り様だったらしく、マンツーマンによる塾での勉強しか許されなかった。

 気難しく人見知りな僕にはマンツーマンは苦痛を伴ったが、ここで勉強をしていなかったなら、僕は恐らく高校には行けていなかっただろう。


 そうやって、苦労して入った高校に、小学生の頃からなんとなく上手く行っていた人間関係が崩壊し、イジメられた。最初は消しゴムのカスを投げられたところから始まった。ただの遊びだったのだろうけれど、なにも言わず我慢していたからか、状況は更に悪くなった。

 急に、無視されるようになった。話し掛けても、何故だか嘲笑されるようになった。これが非常に不愉快で、心が握り潰されるような感覚に陥り、体の震えが止まらなくなった。


 唐突に孤独になった。この無視するというイジメは女子にも伝播し、僕は良くて邪魔者、悪くて居ない者――或いは言葉が通じない動物のような扱いを受けた。


 遂には中学生の頃からの友達だった奴にも無視されるようになった。何故、そのような態度を取り始めたかは分からないが、きっと僕の状況が噂で伝わったのだろう。

 信頼していた友達だ。幼稚園は同じだったし、小学校も中学校も同じ、家は近くは無いけれど腐れ縁、又は幼馴染みという表現も該当するような、心の底から信じていた奴だった。そいつに突然、相手にされなくなった。


 生存競争というものが自然にあるように、学校は小さな社会だと言われるように、まさにそこは弱肉強食だった。言ってしまえば、僕は生存競争に負けたのだ。そして強者に虐げられる弱者となった。そのことに、高校一年生の五月頃に気付かされた。


 暗黒期どころの騒ぎでは無い。地獄の始まりである。僕はあと二年と半年以上、高校生活を送らなければならないのだ。その二年と半年以上の登校全てが地獄に足を運ぶに等しいというのなら、そんなところに行こうとする方が愚かであり、そして恐怖でしかなかった。


 だから僕は不登校になった。先生に勧められて、実力テストと期末テストだけは保健室、職員室の奥にある応接間で受けたが、授業をまともに受けられる状況じゃなかった僕の一学期の成績は、散々だった。無論、突き付けられる通知表にも良い評価のものは一つとして存在しなかった。


 社会はたった一人の脱落者のために、甘くなることはない。いつだって辛い現実を押し付けて来る。


 不登校、テストの結果、通知表、これらを突き付けられて家族会議を開かれた。「これからどうするのか?」と訊ねられた。


 どうするのか? それはこっちが訊きたいことだった。どうすればこの状況から抜け出せるのか。この沼から這い上がることができるのか、弱者から強者でなくとも、中立の、なんの危害も加えられない安全圏に居ることができるのか。

 そんなこと、話したって両親は答えてはくれないだろう。そう勝手に決め付けて、僕は両親から向けられる様々な言葉を全て右から左へと聞き流し、自室に逃げた。


 幸いなことに、その日は終業式だった。明日から夏休みが始まる。夏休みの間は、高校には補講以外で行かなくて済む。同級生の数だって少ない。人数が少なければ耐えられる。補講を受けたあとはさっさと帰れば良いのだ。


 それくらいなら、まだ出来た。


 それは執念と言うよりも、ただのプライドだ。一学期も終わる直前に不登校になって、そのままフェードアウトするような、高卒ですらない中卒になるなんて絶対に嫌だという、安い安いプライドだ。


 けれど、そのクソみたいなプライドだけで僕は高校を卒業するために頑張ったわけじゃない。


 岐路というか、自分自身を高校に留まらせた一つの出来事が夏休みに起きた。


 決して良い話ではない。さして大きなことでもないのに、今も尚、僕の心を支配し、解放してくれない過去の話をしよう。


 その過去だけを頼りになんとか生きている。それがあるから、這い蹲ってでもこの人生を生き抜いてやろうと思っている。


 約十年前に起こった出来事を、抱え続けて生きている。そんな人間が居たって、良いだろう?

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