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HIKARI

 町の片隅にぽつんと佇む博物館。

 その出口近くのガラスケースには、一台のアンドロイドが展示されている。

 天鵞絨の椅子に腰かけ、眠るように瞳を閉じたまま、百年以上の長い月日をここで過ごしてきた、機械仕掛けの少年。

 他の展示物には詳細な説明のついた案内板がついているにも関わらず、このガラスケースの案内板には展示物の名称以外、何の説明書きもない。

 そんな、あまりにも簡素な案内板を、博物館を訪れる人々のほとんどは見落してしまい、そもそも展示物だと気づかずに通り過ぎていく人も多い。

 しかし、本日最後の客であるところのアンジェリカは、珍しくもガラスケースの前で足を止めると、独り言にしては随分と大きな声で呟いた。

「なんでこんな人形が飾られてるワケ?」

 他にほとんど客がいなかったせいもあり、その声は思いのほか大きく響き渡ってしまい、慌てて口を押える。

「いっけね」

 しかし、ここはすでに出口近くのゾーンで、口煩い学芸員もいない。咎められなかったことにホッとして、改めてガラスケースの案内板に目を落とし、そしてぎょっと目を見開く。

「ナニこれ、説明なし?」

 黒字に白い文字で展示名称だけが記されている案内板には、ただ一言――。

「『光』……? なにが?」

『ナマエ』

「へえ、名前。……って、今のダレ!? おばけ!? ちょっとやめてよ!! アタシそういうの弱いんだから!!」

 思わず大声でわめき散らしながら周囲を見回すが、展示室にいるのはアンジェリカ一人だけ。そもそも入館当初から、他の客とすれ違った記憶もないし、彼女とて急な雨に降られたりしなければ、こんな寂れた博物館に入ったりなどしなかっただろう。

『オバケジャナイヨ』

 再び響く声に飛び上がりそうになりつつ、とある可能性に思い当たって、おずおずと視線を上げる。

「アンタ……まだ動いてるの!?」

 ガラスケースの中、天鵞絨の椅子に座って眠っている――ように見えたアンドロイドの少年は、今もその瞳を閉じたまま。背もたれにもたれかかるようにしてくつろいでいるような体勢も、1mmたりとも変化していない。しかし、そのふっくらとした唇が僅かに動いて、小さく微笑むような形を作る。

『メインカメラハ コワレタシ テアシノ クドウケイハ モウウゴカナイケド ソレイガイハ マダ カドウチュウ。セツメイヲ キク?』

「説明? あ……もしかして、あんたのとこだけ案内板に説明文がないのって……」

『ジブンデ セツメイデキルカラ。セツメイヲ キク?』

 平坦な発音なのに、どこか切望するような響きを感じ取って、アンジェリカは思わずうん、と頷いた。

「あ、見えてないんだっけ。うん、聞かせてよ。雨宿りの時間潰しくらいにはなるっしょ」

 改めて声に出せば、少年は笑みを深めて、イイヨ、と答える。

『チョットナガイケド サイゴマデキイテネ』


 それは、人類が地球を滅ぼしかける、少し前のお話――。


 アンドロイドが一般社会に進出するための第一歩として造られた普及型試作機『LGT-H1』シリーズは、試験運用のため、無作為に選出された企業や家庭に配備されました。

 人と共に生活することで、様々なデータを蓄積・学習し、それを生かして次世代の汎用型アンドロイドを制作する予定でしたが、その計画は第三次世界大戦が始まったことで凍結され、試験運用中の『LGT-H1』シリーズはすべて回収されました。

 しかし、たった一台だけ、一般家庭に残っていたアンドロイドがいたのです。

 戦争で家族を失い、独りぼっちになってしまった少女を守るため、自己判断で回収命令を無視したアンドロイドは、次第に激しくなっていく戦火の中、ひたすらに少女を守り続けました。

 やがて勝者のない戦争が終わり、僅かに生き残った人々は、戦に蹂躙されて住むことのできなくなった地球を離れることを決めました。

 いくつもの宇宙船が空へと飛び立っていき、少女もどうにか最後の宇宙船に乗ることが出来ました。

 しかしその隣に、それまでずっと彼女を支え続けたアンドロイドの姿はありませんでした。

 何故なら、すでに管制装置が故障しかけており、誰かが地上で装置を動かさなければならなかったからです。

 少女は地上との通信が途絶えるその時まで、ずっとメッセージを送り続けました。

『あなたは、私の光。私達の、最後の希望。どうか待っていて。私達が帰る、その日まで』


 月日が流れ、地球に緑が戻った頃。

 調査用のロケットが降り立ったのは、緑に埋もれた都市の一角でした。

 廃墟となった都市のいたるところでは、たくさんのアンドロイド達が眠りについていました。

 地上に残ったアンドロイドは、最後の宇宙船を見送った後、倉庫に保存されていた『LGT-H1』シリーズを起動させ、地上の浄化を続けていたのです。

 ほとんどのアンドロイドが故障して動かなくなっていた中、唯一稼働していた一台は、故障した体を引きずるようにして調査団を出迎えると、壊れかけた声で話しかけてきました。

『オカエリ トモダチ』

「ただいま、ライト。約束を守ってくれて、ありがとう」

 調査団のリーダーは、あの時アンドロイドが最後まで守ろうとした、かつての少女でした。

 年老いた彼女を、変わらない笑顔で出迎えたアンドロイドは、その言葉を聞いて満足そうに微笑むと、彼女の胸の中で瞳を閉じました。


「……待って待って。その終わり方だと、アンタ壊れたみたいじゃん」

『メインカメラ コワレタダケ』


 やがて地球に再び人々が住み始めた頃、調査団のリーダーを務めた彼女は老衰でこの世を去り、彼女に引き取られていたアンドロイドは博物館へと収められました。

 開館したばかりの博物館で、歴史の証言者として注目を集めていたアンドロイドでしたが、時代の移り変わりとともに展示内容も目まぐるしく変化し、次々と新たな展示物が入ってきて、彼もまた陳列室の片隅へと追いやられてしまいました。

 今ではその存在を知る人も少なく、まして現在もなお稼働中であることを知る人はほとんどいません。

 アンドロイドは今日もまた、誰かが話しかけてくるのを待っているのです……。


『オシマイ』

 長い昔話を語り終えたのを見計らったかのように、閉館時間を告げる音楽が流れ出す。

『サイゴニ ハナセテ タノシカッタ アリガトウ トモダチ』

「アンジェリカだよ、ライト」

『アンジェリカ』

 大切そうに復唱して、ゆっくりと目を開く。光を失った瞳は、それでもなお、新緑の如く輝いていた。

『ボクタチハ ズット キミタチノ トモダチ』

 その言葉はどこか誇らしげで、そしてとても楽しそうで。

 だからアンジェリカも、嬉しくなって微笑みを返す。

「へへ、新しい友達が出来たって、ママに自慢しないとね。あ、やばい、もう行かないと。また来るね、ライト!」

 慌ただしく言い残して出口へと走っていく少女の、その躍動的な足音を拾いながら、光の名を持つアンドロイドは静かに唇を震わせて、最後の言葉を紡ぐ。

『キミタチガ ボクノ ヒカリ ボクラノ キボウ』

 そうして、『LGT-H01』シリーズ最後の一体は、微笑みながら活動を停止した。



 「覆面作家企画7」参加作品。テーマはずばり「光」でした。

 テーマを見た瞬間、高校時代にネタだけ練って寝かせていたお話を書こう! と決意しまして、その勢いのままに書きあげて参加表明しました(^^ゞ

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