腹ごしらえ
書きすぎないようにする、というのが難しいです。説明したい症候群の禁断症状が出そうになる・・・
雑踏を縫うように冒険者ギルドを進んでいく沖胡桃。
―ドン
「いったぁ、どこ見てるのよあんた!」
150cm弱の同じくらいの背格好の女の子が尻もちをついて沖胡桃に文句を放つ。沖胡桃はぶつかったことすら衝撃のうちに入らず気づくのに遅れる始末。
「あっごめん大丈夫?」
手を伸ばし腰を掴むと彼女を浮かせて立たせてあげる沖胡桃。
「びっくしりた、あんた冒険者よね。てか戦士系か」
ぱんぱんと黒のローブの土ぼこりを払うと、彼女の格好を値踏みするように見た。
「すみませんでした。これから冒険者ギルドに行こうと思っているところでして」
「へぇーだからこっちに向かってたんだ。ところで、あんた人のこと吹っ飛ばしておいて何も無しで行くつもり?」
物乞いの男に説教されてから数分後に絡まれるとは運がないなと思う。しかし対人関係を作るいい機会かもしれないと考えた。
一方、ローブの少女はこう考えていた。
新品の装備、まだ冒険者登録もしてない、年齢的に十代半ば。
新品の傷ひとつない全身レザーアーマー、しかも漆加工か若干黒みがかっている。こんな装備金持ちの道楽か高位冒険者でなければ所持は難しい。しかし冒険者登録をしてないところを見ると、考えられるのは貴族家か商人の家の出であり、それを許されるのだから長男長女ではない。この汚れ具合は政略結婚から逃げてきた?それとも冒険に憧れて家出してきた?とりあえずコネクションを作っておくのも悪くない、と高速でそろばんが弾かれていた。
「あの、どうすれば許してもらえるでしょうか」
交渉で相手に全権をゆだねる発言は愚かな決断だが沖胡桃はそこまで経験がない。というか駆け引きする頭がない。
「感謝しなさい、昼メシおごってくれたら許してあげよう」
「わかりました」
親指で路肩の喫茶店を指すと、ばさりとローブのほっかむりを脱ぐとニッカリと快活に笑った。
そこにはピンクのショーットカットのありえない髪色の女の子がいた。ぱっと見るとどこかエルフのような雰囲気もある。
沖胡桃は「トンデモナイ人に捕まったかも」と思いながら了承し、喫茶店でおごることを了承した。
―からんからん
「いらっしゃいませーお好きな席にどうぞー」
お手伝いさんのような格好をした若い娘がカウンターごしに声をかけてくる。
平日の午前ということもあり今日はじめてのお客さんになったようだ。扉が閉まると通りの喧騒が遠のき少し安らぐ。
通りを先ほどの物乞いの男らしき人が走っていくのが見えた気がした沖胡桃。
女の子はすたすたと一番奥の二人席に腰を落とす。
「座ったら?」
「慣れてるんですね。こういう場所は初めて入るので緊張します」
(ハイキター、これ貴族系確定!商人だったら普通に来てるし)
「どっかの村から来たの?ていうか自己紹介まだだったわね。あたしはバッファー系魔法使いでシャルロット・F・ティア。シャルでいいわ。ミシェルとかシェリーとか呼ばれるときもあるけどね。ちなみにFがなんだかわからない。姉にはついてないんだけどね。あんたは」
「沖胡桃と申します。冒険者になりに遠いところから歩いてきて今日着いたばかりです」
「ちょい待った、どこまでが名前なの。オキ?オキク?」
「クルミが名前だと、思います」
最果ての地域ではファーストネームが後ろにくると聞いたことがある。
(なるほどワケ有りで北境地域に来たのね。没落した?)
「思います、って自分の名前でしょーが。んじゃクルミ・オキなのね。てか何頼む?」
内心は興味津々であるが、ぶっきらぼうに目線をメニューに落とすティア。
「一緒にいた家族は区切らないで呼んでいたので段々自信がなくなってしまいました」
「何それウケル。んじゃあクルミって呼ぶけどいい?てかメニュー見ないの?」
かしこまって座っているだけのクルミにメニューを開いて渡すシャル。それを受けとり、これで食べたいものを頼むのかと察知したクルミ。
文字はコヨーテに教えてもらっているが、養育の地では食事のほとんどが果実か魚焼きだった。その為にメニューに書かれたものがどのような食べ物なのかわからない。
「いくらぐらいまでならいい?」
冗談で昼飯を奢れと言ったくらいの気持ちだったので、そこまでたかるつもりもない。もしかしたら没落貴族でお金を持っていない可能性だってある。
クルミはメニューを見ながら首をかしげていた。
「あ、はい。お金はあるのですが、この銅とか豆銅という種類のが無いんですが大丈夫でしょうか」
「銅貨ないのにお金持ってるって手持ちが銀貨しかないの?それだけあれば十分」
銀貨数枚なら普段食べれないモノを食べさせてもらおうと方向転換したシャル。
「安心しました。ところで何が美味しいとかわからないんですが、これが良いとかありますか」
「そういえば外食初めてって言ってたっけ。てか銀貨持ってるなら一角牛のステーキとか頼んでもいいかな、なんて」
「ではそれを二つにしましょう。あとは何にしましょうか」
窺うように聞いたら、クルミが楽しそうに両手を拝むようにぱんと合わせた。棚から牡丹餅ならぬ一角牛のステーキ。
「これセットだからサラダと飲み物ひとつついてくるけど、まだ頼む?」
シャルはステーキセットをふたつ頼むとクルミにメニューの内容をひとつひとつ説明させられた。おかしなことにメニューのうちのいずれも食べたことがないとクルミは断言した。
(没落貴族ですらない?あれ?)
「今まで何食べて生きてきたのよ」
「果実と水、たまにお魚さん」
「初対面の人間に聞くのもどうかと思ってたんだけど、クルミって奥地の村の出身とかなの?それとも貴族?本当にお金もってるのかも不安になってきた。逆パターンで奢らせられるとかないでしょうね」
シャルの人生にオブラートに包むという文字は無い。
唐突に疑われたことに軽い驚きをみせたクルミは証明のために銀貨をひとつ取りだしてテーブルに置いた。
「え!?」
シャルはそっと持ち上げると薄暗い店内で光にかざすように角度を変えながら硬貨を調べ始める。
「はじめて見た。あんた馬鹿にしてるんじゃなくて本気でこれ銀貨って思ってるわけ?」
「はい。一緒に住んでた方が旅に出るときに、その銀貨と金貨とガラスの硬貨をたくさんもたせてくれました。これがあれば宿屋と食事には困らないだろうと」
「はーい一角牛のステーキおまたせしましたー」
ジュワーッっと鉄板で焼かれたステーキが蒸気とともに香ばしい匂いを放ちながら登場した。次々に置かれるパンやサラダや飲み物。
クルミにとっては戦争まっただなかの前世でも今世でも食べたことのない食事に目がまんまるになっていた。口元からよだれがあふれそうになっている。
だが、それ以上にシャルと硬貨に気づいたウェイトレスが度胆を抜かれていた。
「お客さん、それ、本物ですか?」
「たぶん、初めて見るからなんとも言えないけど本物だと思う」
白金貨なんて庶民の舞台に出ることもないし、お釣りを出すのにも困る。というか受けつけてくれないだろう。
食事相手を待つなんて作法のない生活をしていたクルミは食べようとフォークとナイフを持ち始めていた。クルミにとっての10年ぶりくらいの人間らしい食事。
「ああ食べててクルミって・・・それフォークとナイフ逆」
「はじめて見ましたよ白金貨なんて。ところでお客さん、さすがにそれでお支払いはできませんからね」
そう言い残してウェイトレスがカウンターへと下がっていった。
「だよなー、ってかクルミって何者なの。ってか返しとくこれ」
クルミのステーキ皿の横に白金貨を置くと食べ始めようとフォークを手にした。
「ぷっはー美味しかったー。この水も熟した果実の味がします。あと雑草の上にかかった液体もいい感じでした」
「ちょっ・・もう全部食べたの!?ははっすんごい規格外だわクルミ」
乾いた笑いをするシャルを尻目にメニューから次の獲物を探しているクルミがいた。