物乞いの男
わざと文字足らずで書いております。できる限り読者の皆様に脳補完してもらえるように。手抜きじゃない絶対!
―6年後
辺境都市の城門前で口をあけて突っ立っている一人の少女。
生まれて初めて訪れる都市の造りや人の多さに圧倒されていた。
新品のレザーアーマーを着こみ、腰からショートソードを吊り下げた彼女は傍からみれば『新米冒険者』の風体だ。
(冒険者ギルドってところに行かなきゃいけないんだった)
少女、沖胡桃は行き交う荷馬車が立ち上げる砂埃の中歩きはじめた。
この世界に転生する前の記憶はほとんど抜け落ち、あまつさえ転生後も無限カーバンクルのコヨーテと養育の地で過ごした彼女にとって、この都市のありとあらゆるものが初見である。考えて見れば人間と話したことすらない。
露店から漂う香ばしい匂いや、地べたに広げられた異国の品々や見たこともない食料品の山。商店のショーウインドウには艶やかな細かい刺繍が施されたドレス。すっかり町に魅了され目的を忘れそうになる。
(そうだった。誰かに冒険者ギルドの場所を聞かなきゃ)
街道は賑わいと喧騒にあふれ返っており見知らぬ人に話しかけることを臆する。
しかし、先ほどから視線を感じる気がする。そこかしこから感じるのだが、そちらを向くとその目線の主は忙しそうに仕事をはじめる。
自分の容姿にまったく興味がない沖胡桃は、己の妖精のような可憐な顔立ちと、ぼさぼさに荒れた金色の長髪のせいだとは微塵も思っていない。
ふと、視線をそらさない人を見つけた。地面に布を敷き、木製のコップを置いている。露天商だろうと思いそちらへ近づいていく。
(やったーあのオジサンなら聞きやすそうだ)
腰巻だけをした小汚い初老の男は近づいてくる少女に見とれるとともに、できれば落ちぶれた自分のような人間には関わらないほうがいいよと考えていた。
しかしながら男の気持ちとは裏腹に少女はこちらに一直線へ向かってくる。
「こ、こ、こんにちは」
「やあ、こんにちは」
沖胡桃の顔は緊張してるのが見てとれるほど強張っていた。
「お聞きしたいことがあるのですが―」
「なんだい」
空腹で力ない低い声で男は返答する。
路上生活が長くなってきて食事もままならず硬い地面を寝床にしており体が衰弱していた。笑顔のひとつも作る余裕が弱った心と体にはなかった。
「冒険者ギルドという所に行きたいのですが教えてくれませんか?」
「あっちに5分も歩けば着く」
普段なら木製のコップを指さし『金を入れろ』とお恵みを要求する。だが純真そうな少女とのやりとりしていたら気分が良くなってどうでもいい気がした――次の言葉を聞くまでは。
「ありがとうございますっ!ところで~あなたはここで木のコップを売っているのですか?」
男も周囲の露店商も道行く人も絶句した。物乞いにそれ聞くのかよ?と皆が心の中で突っ込んだ。
「馬鹿にしてるのか?」
その侮蔑に怒りを押し殺しすぎて顔面が軽い痙攣を起こし、痩せ細りわずかにたるんだ頬が震える。
男がこれほど怒りに満ちたのは一年ぶりだろう。彼が商人を営んでいたころ没落の原因になった詐欺にあった以来だ。あれから夜逃げしてこの町にたどり着いて―以下略
「え!?」
「貴族様ってわけでもなさそうだし、物乞いを馬鹿にしてるのかって聞いてるんだよ!!」
「いっいえ、そんなことないですっ!だって物乞いが何なのかすらわからないですから」
「え?おまえ本気で言ってるのか?」
「・・・・・はい」
「ちょっとここ座れ」
無言で汚い布きれに正座をさせられ、物乞いの説明から始まり、男の歴史を語られてから、説教された。
「すみませんでした。謝罪の意味をこめて本当に少しですがお金いきますね」
「ふんっ」
鼻息を荒くして男は腕組みをして、勝手にしやがれと言わんばかりのポーズをとる。
沖胡桃はいくらが適正かわからなかったがこれ以上火に油を注ぐのもどうかと短い時間で考え抜いた。
3つの皮ポーチに入っているものは少ない。
ひとつは無限カーバンクルの宝石、これは役に立つから持っていくようにとコヨーテに言われたもの。これは高価すぎる気がした。
ふたつめはポーションが数本。これは大事に使わなきゃいけないと念を押された。
最後に貨幣。金貨と銀貨とガラスのお金。金貨は絶対高い。銀貨かガラスか―悩んだがガラスはおもちゃの可能性もあるし、とりあえず一枚ずつにしようと決めた。
ことり。
二枚重ねて静かにコップの中に置いた。
「それでは失礼します。すみませんでした」
そのまま冒険者ギルドに歩いていく背中を見て男は「少しやりすぎたな大人げない」と反省して何とも言えない気持ちになっていた。
(豆銅貨1、2枚か。勉強代としては妥当かな)
男は木製のコップを右手で鷲掴みにし軽く振ってみた。音から察するに2枚だな、と無駄に取得した技能を発揮していた。
そして左手に雑にあけて答え合わせをしてみる。
腐っても鯛。破産しても商人の眼力。
沖胡桃が銀貨とガラスの硬貨としておいていったものに男は虚を突かれた。
「ふぇぇ?」
大の男から漏れた声である。
この世界の基軸通貨として金貨1枚で約10万円相当、銀貨1枚で約1万円相当、銅貨1枚で約1000円くらいの価値がある。豆銅貨は1粒で約100円くらいで、ガラスの硬貨は流通していない。
さて、ここで沖胡桃が銀貨1枚とガラス硬貨1枚を置いていった。それが正しいなら約1万円相当と物乞いにしては明らかに間違った額だ。
まあ間違っている。
銀貨と思っていたものは白銀貨、1枚で約100万円相当であり貴族の取引や為替の場でしか用いられない硬貨。
「まじかよ・・・やり直せる」
2枚の硬貨を両手で握りしめ感謝するように震える。
ガラス硬貨はガラスではなくダイヤモンドを加工して作られた工芸品だった。価値は付加価値がついて時価だろうが、男が全てをやり直せる額であるのは明らかであった。
ハッとお礼をと走り出したが雑踏にも冒険者ギルドにも彼女の姿を見つけることはできなかった。
せめて名前くらい聞いておけば良かったと後悔した。
評価良し悪しにかかわらずお願いしたい所存であります!