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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一話 拝み屋の少年と呪われた王国

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第四章 08

 すたん、と床に降り立つ。

 微塵も体勢を崩すことなく身を起こすと、咲耶は真っ直ぐに駆け出した。

「紫月!」

 視界の隅に、ちらりと杉野が映る。突然飛び出してきた少年を見て流石に驚いたようだが、冷静にこちらの動向を見据えている。

 紫月は全く何の反応も見せず、座りこんだままだ。両手を投げ出し、深くうなだれている。

「一体どうしたってんだ、紫月! しっかりしろ!」

「それは無理だろうな」

 淡々と、杉野が口を挟む。

「今の紫月は、一般的によくみられる拒絶状態にある。単に、聞きたくないことを聞いただけだ。心配することはない。彼は前にもこの状態に陥っていた。実際はちゃんと聞こえている。そうだろう、紫月?」

 咲耶が、勢いのままに自分に対峙しなかったことに安堵したのは確かだろう。杉野は饒舌(じょうぜつ)に続ける。

「話を戻そうか。十八年前の実験は、成功していた。愛美は無事に受胎したのだ。妊娠の兆候は目に見えてはなかった。人を身篭った時よりも、下級悪魔が関わった時の方が兆候はこれみよがしなのだが、上級悪魔ではむしろ自ら身を護れるようになるまで隠れている、という意図があるのではないかという推測だ。推測でしかない。出産を前に、愛美は弥栄誠一に連れられて逃亡したからな」

 杉野の声に、憎悪が混じる。

「全く、あの行動に一体何の意味があったというのか。結果として、お前を見つけ出し、引き取るまで私は四年もの時間を無駄にした。勿論、あの二人はその報いを受けたがな。下級悪魔の五体もいれば、充分だった」

 突然、紫月の脳裏に奇妙な映像が閃く。

 粗末な小屋。熟睡していた深夜に、突然押入れに入れられ、戸を閉められる。泣いて縋っても、何度引いても戸は開かない。罵声と絶叫。呻り声。おびただしい水音。しばらくは優しい声が大丈夫、と宥めてきていたが、それもやがて途絶えた。

 十四年前に、繰り広げられた、地獄。

 十四年間、忘れてしまっていた、記憶。

 あの時も、自分はこうして呆然としているだけだった……!

 床板に、爪を立てる。

「う……ぁ」

 呻き声が、震える唇から漏れた。

「あの四年間の償いにしては、軽いものだがな。もう二度と、あの期間の記録は手に入らない。それが、どれほど貴重であったか! 愚かな二人には、決して」

「うるせぇよ、おっさん! ちったぁ黙ってろ!」

 苛立たしげに、咲耶が怒鳴りつける。杉野はやや鼻白んだ。

「……聞こえていたんだろう。咲耶。最初から、全部」

 紫月の言葉は、思ったよりはしっかりしている。

「まあ、大体のところはな」

 慎重に、咲耶は答えた。

「僕は、父親のことを知りたかった。そうすれば、自分という存在がはっきりすると思っていたから。今、やっと、判った。……僕は人間じゃなかったんだ」

 搾り出すように、声が続く。

 紫月の、外傷が至極短時間で完治してしまう肉体。あれは、特異体質などというものではなかった。彼の血に混じった、悪魔の力に()るものだったのだ。

「下らない願いだったよ。もしも、父親が杉野だったとしても、耐えられると思っていた。それだけの覚悟は持っているつもりだった。だけど、現実は、そんな生易しいものじゃない……!」

「確かに下らねぇな」

 ばっさりと、咲耶は断じた。俯いたままの紫月の肩が、震える。

 それを見下ろして、陰陽師の少年は更に口を開く。

「お前は、覚えていないか? 俺は、臭いで人間とそれ以外とを区別することができる。生まれてからこの方、一度だって間違えたことはない。お前がもしも人間じゃなくて悪魔だって言うんなら、初めて会った時に、俺に判らない訳がないんだよ」

 ゆっくりと、紫月は顔を上げた。

 咲耶は、まるで自分が侮辱されたかのように眉を寄せている。

「お前は人間だ。お前の父親が何だろうが、一体どんな関係があるって言うんだ? 少なくとも、俺には関係ないね。俺は、お前を知っている。それだけが事実だ。それ以外のことに、俺はかけらも興味はない」

 ふ、と、紫月は肩の力を抜いた。薄く、困ったような笑みを浮かべる。

「僕に対する慰めじゃないだろうな?」

「殴るぞ」

 憮然としたまま、咲耶は即答する。

「悪かったよ」

 いつものように苦笑して、固まりかけていた指を伸ばす。鈍い痛みは、すぐに消えた。

「ふむ。意外と立ち直りは早かったな。成長して理解が深まったか」

 やや感心したように、紫月に絶望を与えた男は呟いた。

「うるせぇって言ったし黙ってろとも言っただろ」

 肩越しに視線を向けて、咲耶は吐き捨てるように告げる。

「言っとくが、俺はあんたが大っ嫌いだ。あんたを見てると、思い出したくない奴らを思い出す。……だから」

 軽く、右手を上げる。不吉な口調で、続けた。

「今回は、ちょっと、容赦しないぜ」

「八つ当たりか、若造が」

 前回遭った時よりは余裕を見せて、杉野は軽口を叩く。

「僕の方は八つ当たりじゃないと思うよ」

 滑らかに、紫月は立ち上がる。

「どのみち、時間がないな。邪魔者は排除すべきだ。……常闇より()く出でよ、笛の音にて高く跳ねよ、我が下僕(しもべ)ども」

 杉野がそう言い放つと同時、二人の少年を囲む形で空間が揺れた。

 一瞬の後に、それは十体は下らない悪魔たちの姿となる。

 人のような姿をしたもの、獣のような姿をしたもの。長い爪をかざすもの、醜悪な角を戴くもの、鋭い棘を向けるもの。鳥のような翼、蝙蝠のような翼、骨が剥き出しになった翼。

 それらが、逃す隙も見せずに包囲する様は、かなりの威圧感をもたらす。

「莫っ迦みてぇ」

 嘲笑うように、咲耶は唇を歪めた。

 これみよがしに声を上げて呪を放ったことへの侮蔑だろう。

 それは知らぬままに、杉野は苛立った視線を向けた。

 とはいえ、前日から咲耶が数多くの使い魔を滅し続けていても、まだなお使役できるものがいる、というのは、確かに脅威の一つではある。一体でも支配を誤れば、それは一瞬で術者を喰らうだろうに。

 それなりに緊張する咲耶に、紫月は小さく囁いた。

「奴らは僕が対処する。任せてくれ」

「勝算はあるんだろうな」

「絶対だ」

 一つ頷いて、咲耶は構えを解く。

 一歩、杉野へと近づいた紫月に、養父は面白そうな視線を向けた。

「お前に何ができる。紫月。お前に与えてやったカルミアでさえ、お前に対して絶対服従はしない。召喚し、契約し、服従を誓ったのは私一人に対してだけだ」

「そうだな、杉野。ただ、一つだけ、お前は見落としている。ほんの小さなことを」

 左の手首を上にして、少年は腕を上げる。一度見た仕草、そのままに、その白い手首を再び掻き切った。

 今度は、周囲に聞こえるような声で呪を唱えたりはしない。

 ぼたぼたと、鮮血が滴り落ちる。

 ざわ、と悪魔たちに動揺が走った。

 杉野が僅かに怯み、配下の様子を見回す。

 手綱が、明らかに緩んだのだ。

「お前の失敗は、儀式の度に僕を生贄に使ったことだ、杉野。通常、一体を呼び出すために使われる生贄は、その悪魔が手に入れる。それをまず一つ目の報酬として、悪魔と術師は契約する。だが、生贄を手に入れられず、それが生き延びている場合、悪魔の『執着』は昇華されない。その『執着』が邪魔をして、契約主への忠誠は、絶対ではなくなる」

 血を流しながら、淡々と紫月は告げる。

「生贄に人を使えば、それだけ階位の高い悪魔が召喚できる。強力な呪いも行使できる。すぐに傷が治る僕はさぞ使い勝手がよかったことだろう。だがその為に、こいつらは今、お前への忠誠と、僕への『執着』の間で板挟みになってしまっているんだ」

 ざわざわと、そわそわと蠢く悪魔たちは、紫月の流す血液から目を離すことができていない。

 杉野の顔色は、酷く青白い。

 これが、切り札だった。育ての親であり、自分よりもはるかに強い術師である杉野と対決するための。

「お前の悪魔は、もう、お前に絶対服従はしない。全て、自分で招いたことだ」

「紫月……ッ!」

 歯噛みする男を、暗い喜びに胸を満たして、見上げる。

 そして、視線を周囲の悪魔たちへ向けた。

「去れ。(にえ)は、決してお前たちのものにはならない。僅かな飛沫(しぶき)に満足し、地の底の煉獄へと逃げ帰れ」

 傷口が塞がりかけた左手を、鋭く振る。ばしゃ、と、腕に残っていた血が床に奇妙な模様を描いた瞬間、出現した時と同じように空間が揺れ、そして悪魔たちは消え去った。

 鋭く、息を吸いこむ音がする。

「ゴーレム!」

 そして、命令が下された。

「その二人を足止めしろ! 何があっても、私の方へ近づかせるな!」

 ごとん、と、重い音を響かせて、扉を護っていた土人形が動く。

「……あれは、杉野が創り出したものだ。僕の支配は全く及ばない」

 眉を寄せ、紫月は囁いた。

 緊張するその肩を、軽く叩く。咲耶は、既に見慣れた不敵な笑みを浮かべていた。

「任せとけ」




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