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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一話 拝み屋の少年と呪われた王国

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第四章 06

 実験は成功した。

 だが、まだ第一段階だ。経過を綿密に観察する必要がある。

 杉野は、愛美と一日に一度は連絡を取っていた。


 それがある日、ふいに途絶えた。



 夜になって電話をしても、連絡がつかない。

 勿論、彼女にも自分の生活がある。何がしかの理由で家に戻れないということもあるだろう。

 しかしその翌日になっても、未だ連絡はなかった。

 流石に苛立ち、学業にも手をつけられない状態となる。

 部屋まで様子を見に行くか、と思って一度自室へと戻ると。


 一通の手紙が届いていた。


 弥栄からだった。

 わざわざ何を、と思って開いたそれを読むにつれ、杉野の顔色が青褪める。

 それは、決別の手紙だった。


 このまま二人のすることを見過ごせないと。

 愛美を連れて逃げると。

 どうか、二人を諦めてくれと。

 今までのことには感謝しており、自宅に残した資料は譲るから受け取って欲しいと。


 活字で打ち出された、無機質な、手紙だった。



 ばん、と扉を開く。

 弥栄の部屋に鍵はかかっていなかった。

 埃一つ残っていないほど清潔に保たれた部屋は、殆ど全ての私物がなくなってしまっていた。

 部屋の真ん中に積まれた、ダンボール数個分もの書籍以外は。

「……トゥキ・ウル。弥栄の居場所を探せるか」

 軋んだ声で、命じる。

 ふっとその足元に出現した老悪魔は静かに周囲を見渡した。

「無理ですな」

「何故だ! お前は、あの犯人すらすぐに見つけ出した」

「あの者は、隠されていただけです。何をしでかし、どのような処罰を受け、その後どこに住み、どんな仕事に就いていたか。全て、記録されておりました。わたしはそれを調べ上げることができます。ですが、ご友人は痕跡を残しておりません。預金は全て下ろされていて、カードを使った記録もなく、ホテルに泊まったとしても、おそらく偽名を使っているのでしょう。生体反応から追うことも、こう何も残っていないのでは」

 送られた手紙が手書きではなかったのも、その対策か。

 杉野が悪態をつく。そしてすぐに、踵を返した。

 無駄足かもしれないが、愛美の部屋へも行ってみるべきだ。

 ちらり、と、肩越しに、友の置き土産を一瞥して。




 二人の友は、それきり一切の消息を絶った。

 その後、杉野は大学院を無難に卒業し、そのまま恩師の下で助手として働き出した。




 四年が経って。

 ずっと、最優先で任務を与えていたトゥキ・ウルが、とうとう情報の尻尾を捕まえた。




 月の明るい夜だった。

 砂利の目立つ道を歩く。

 集落からも外れた、小さな家。錆の浮いた三輪車は、誰かからのお下がりか。

 見るからに貧しさが伺える。

 どんどん、と、玄関らしき引き戸を叩く。

「誰だ?」

 細い声が、内部からかけられた。

 記憶にあるよりも、()れた声が。

「久しぶりだな。弥栄誠一」

 息を飲む気配がして、次の瞬間。

閉じよ(ブロッカーデ)果て無き檻ゲフェングニス・デア・ウンエントリヒ!」

 ばちん、と音がして、杉野はその身体を弾かれた。


 数歩よろめいて身体を立て直すと、再び扉を伺う。

「何だ。四年ぶりの再会にしては物騒だな」

「何をしにきた!」

「会いに来たんだ。迷惑だったか?」

「学生時代じゃあるまいし、真夜中に人の家庭を訪ねるな」

 方向性の外れた言葉に、薄く笑う。

「家庭、か。無事に産まれたんだな?」

 ぴたりと男の声が途絶える。

「返して貰う。それは、私のものだ」

「やめて!」

 奥から、もう一人の声が響いた。

「愛美……」

 僅かにほっとした杉野の言葉を、更に遮る。

「お願い、帰って、杉野くん! 私たちは放っておいて!」

 絶対的な、拒絶で。


 理解できなくて、眉を寄せた。

「何を言っている。全て、君が承諾したことだ」

「判ってる! だけど、あの頃、私たちどうかしていたのよ!」

「どうか?」

 どうかしているのは、今の二人の方だ。

「悪魔を召喚したり、人を、殺し、たり、その為に生贄を捧げたり。当たり前だと思ってた。でも、そんなの、当たり前じゃない!」

「君は何を言っている?」

「だって、貴方、この子にも酷いことをするつもりなんでしょう!」

 彼女の言葉は、支離滅裂だ。

「そんなつもりはない。勿論、成長を記録しないといけないから、色々調べはするが。今までの四年分、記録は取ってあるんだろうな?」

「そんなこと、させないもの! この子は、紫月は私の子供よ。絶対に護るわ。貴方には、渡さない」

 小さく溜息を落とす。

「しづき、か」

 声が途絶えた。

「名を知った。もう、その子供は私のものだ」

「杉野、頼む……!」

 縋るような声は、しかしもう心には響かない。

「友だと思っていたんだ。弥栄」

 一歩、扉に近づく。

「話せば判ると思っていた。一緒に戻って、あの頃のように暮らしていけると」

「杉野」

「甘かったな。本当に」

 苦く、口に乗せて、そして。

「コルチカム。ネトル。エゼール。バーベイン。グラリオッサ」

 一言放つ度に、彼の背後に、奇妙な生物が出現した。

 ねじくれた角を持つもの。長い牙を持つもの。鋭い爪を持つもの。蝙蝠のような翼を持つものなど。

「四年間、私が何もしていないと思っていた訳ではなかろう。あの時よりも更に術は研ぎ澄ませている。そして、お前たちは隠れ住むのに汲々(きゅうきゅう)として、鍛錬を怠っていた。そんな人間の二人程度、悪魔が五体もいれば充分だ」

 のそり、と近づいた一体の悪魔が、爪で扉を引き裂く。呆気なく防御の呪ごとそれを破壊して、中に立つ男と顔を合わせた。

 脂汗を流し、蒼白になって、それでも立ち塞がる、男と。

「人に情をかけても、無駄だということがよく判った。しづき、と言ったな。その子供。もう、幸せにはなれん」

「杉野くん……!」

「私のものだ。貴重な実験体だ。大事にはしよう。だが、それが幸せと同じではないと、愛美、お前は知っている筈だ」

「杉野!」

「お前を。お前たちを、私を友と呼んでくれたお前たちを、少しは幸せにできていたんじゃないかと思っていたんだ。……無駄、だったがな」

 一呼吸、置く。

 そして。

「殺せ」

 感情を混じえず、そう、命じた。



 部屋の中は、血の海だ。

 顔色一つ変えず、杉野は押入れの前にいた。

「奴らは私の情報は手に入れていただろうからな……。これは、無理か」

 杉野を拒絶する呪は、解除しようとすることすら拒絶する。

「だが、いつまでもこのまま、という訳にはいかない。子供が生きている限りな。どうせ、数日中には発見されるだろう。少々手間はかかるが、しかし、合法的に手に入れていた方が後々楽には違いない」

 肩越しに、赤く染まった畳を一瞥した。

「お前の忘れ形見をな。姉さん」



 失踪していた姉の遺体が見つかった、と杉野の元に連絡がきたのは、二日後のことだった。

 駆けつけた杉野に対応したのは、県警の刑事だ。

 遺体は見られたものではない、と面通しはなく、遺品を幾つか差し出された。

 そして、子供がいることも。

「ニュースで見て、少しは知っています。姉の子供だというのなら、私が育ててやりたい。……姉と、弥栄は、子供の頃に家族を亡くしています。二人と同じような境遇に、その子供をおいていたくないんです」

 三歳で、親のぬくもりを失った二人。

 奇妙な符丁に、杉野は内心で薄く笑った。


 子供に会えたのは、ひと月ほども経ってからか。

「紫月くん?」

 病院の一室で、ぼんやりと座って待っていた子供。

 茶色がかった髪は、母親譲りか。向かい側の椅子を勧められたが、近くまで寄って、床に跪き、視線を合わせた。

「私は、君のお母さんの、弟だ。杉野孝之。君が元気になったら、一緒に暮らすことになる」

 だが、子供の瞳は彼を一切映さない。

「……まだショックが抜け切らないようなのです」

 医師の言葉に、沈痛な表情で頷いた。

「こちらも、今まで一人暮らしでしたから、色々準備が必要です。紫月くんを、どうぞよろしくお願いします」




 ごたごたは続くものである。

「黒魔術同好会が、廃部?」

 学生課からの連絡に、驚愕する。

「部員がいなくなるので。顧問は杉野さんですね?」

「顧問というか、まあ面倒はみていましたが」

 同好会に、厳密には顧問は不要だ。

「なので、部室を速やかに空けて欲しいんです。今月中に」

「半月もないじゃないか!」

「中にあるものを全部廃棄処分にしてしまってもこちらはいいんですよ」

 無慈悲に、職員はそう言い渡す。

 特に思い出に拘るつもりはないが、あの数々の資料は失う訳にはいかない。それに、自分で集めたものも、自室に置場がなくなって部室にしまっておくことも多くなった。

 杉野は基本的にものを捨てられない人間である。

「半月……。紫月を引き取るのに、資料を全部、部屋から移動させないといけないぐらいなのに」


 とにかく、いつ同居できるか判らない子供よりも、半月先の退去命令が優先だ。

 杉野は学生を動員して、同好会の部室にあった資料を全て自室へ運びこんだ。

 室内の資料なども纏めておいて空間は作ってあったのだが、部屋の大部分がダンボールでいっぱいになっている。

 ぎしぎしと軋む床に、たちまち苦情が大家に寄せられ、大家から杉野に警告が渡る。

 頭を抱えたくなりながら、しかし、杉野は速やかに次の手を打った。

 広げられた地図。その上に伸ばした手の先から銀の鎖が伸び、水晶の錘が下がっている。

 ゆらゆらと揺れる水晶は、やがて、ある一点に差し掛かるとぐるぐると円を描き始めた。


 聖エイストロム教団。





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