表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一話 拝み屋の少年と呪われた王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/87

第二章 03

 咲耶は、再びキッチンに立っていた。リビングとの間の引き戸は開いたままだが、紫月からは直接見えない位置だ。

 飲み干したアイスコーヒーを足しに来たのだが、少し一人で考えたかったのもある。

 ナガタニの本社に悪魔を送りこむために使われた壷。それを古物商に売った、杉野という大学教授。その教授の養い子である弥栄紫月の証言では、杉野は西洋魔術を使い、呪殺さえもやってのけているという。

「……物証は少ねぇな」

 腕組みして、呟く。

 まあ、仕事を請けて一日目の情報としては、上出来だ。

 明日は、やはり(くだん)の教団とやらに接触してみるべきか。

 刺激を受けて、何か仕掛けてくるかもしれない。

 つらつらと考えこんでいると、居間の方で小さく電子音が響いた。

「守島? 電話みたいだけど」

 全く動かない咲耶を不審に思ったか、紫月が声をかけてきた。

「ああ、うちのはファックスだけだから、放っておいていいぜ。触るなよ、危ねぇから」

「……ッ!」

 上の空でそう返した語尾に、苦痛の叫びが被る。

 慌てて、咲耶が身を翻す。

「だから、触るな、って……」

 視界に入ってきた少年は、畳の上に膝と肘をつき、まるで突っ伏すような姿勢になっていた。

 先ほどと、位置は全く動いていない。

 数秒間の沈黙の後、咲耶は口を開く。

「……痺れたのか?」

「触る、な、よ……っ」

 僅かに視線を上げ、息も絶え絶え、という風情で返される。

「情けないな。何やってるんだ」

 とりあえず場所を空けてやろう、と、卓袱台に手をかける。警戒心に満ちた視線を向けられて、早々にそこを離れた。

先刻(さっき)、足を崩していいって言っておいただろ」

「次からはそうさせて貰うよ……」

 ゆっくりと身を起こし、痛みに怯みながらも足を延ばして座る。

「自分の足じゃないみたいだな」

 不思議そうな声音に、肩を竦めた。

「正座するのは初めてなのか?」

「そうだな。あまり床に座ったことはない」

「現代っ子め」

 揶揄した言葉への返事に苦笑して、再び咲耶はキッチンへと戻っていった。

 そろそろと脚を曲げ、膝立ちになると、紫月は紙を吐き出し続けているファクシミリへと近づく。

 印字された文字列の中に、見慣れた名前を見つける。

 杉野孝之。

 反射的に延ばした紫月の指先が、紙に触れる直前に眩い光を発した。

「うわ……!」

 再度の悲鳴と共に、空気を揺るがすような衝撃と光を認識し、咲耶は舌打ちして居間へと駆け戻った。

 紫月の肩を強引に掴み、ファクシミリから引き剥がす。

 その一瞬で周囲から光が消え、紫月は目を瞬かせた。

「大丈夫か、弥栄!」

「あ……ああ」

 目を見開いて、紫月が小さく呟く。

「しっかりしろよ。見せてみろ」

 強引に、ファクシミリへ向けていた手を引いた。

 その指先は、少しばかり赤みがかっていた。

 だが、それだけだ。

「なんで……」

「大丈夫だって、言っただろう」

 やんわりと返して、紫月はその手を引き戻す。

 奇妙な考えが浮かび、咲耶の眉が(ひそ)められた。

「お前、夕方会った時に足を怪我したっていうの、どうなった」

「もう治った。ちょっと捻っただけだったから。それより、今のは何だったんだ?」

 先ほどの現象の方が気になるように、紫月は家主を見上げた。相手は、中腰だった姿勢を正す。

「何、って、そりゃお前が結界に触っちまったからだろ」

「結界?」

 きょとん、と繰り返す言葉に、前髪をかき上げる。

「杉野はそんなこともしてなかったのか? 無用心だな」

 呆れる傍ら、考えを(まと)めた。

「つまり、通信機器ってのは厄介なものなんだよ。この場所と、他の遠く離れた場所を、簡単に繋いじまう。電話は勿論だし、テレビやら、インターネットに繋がってるならパソコンもご法度だ。だから、俺は、最低限の手段として、その電話のファックスだけを使って、更にその上で妙なものが入ってこないように、結界で固めてる。先刻(さっき)のは、お前がそれに触っちまったからだ」

 正直、その対処は全く手加減などしていない。肘ぐらいまでは肌が焼け爛れていても不思議はなかった。

 なのに、この少年は。

「それで、危ない、か。勝手なことをして、悪かったよ」

 当人は存外素直に謝ってくる。

「じゃあ、あの内容はなんだ?」

 しかし続けて問い質されて、視線を逸らせた。

 確かに、それについては咲耶が迂闊である。

 龍野は仕事が速いし、納品はいつもファクシミリで送って貰っている。今日、紫月を泊めるのが予定外だったからと言っても、帰宅してからかなりの時間が経っている。対処は可能だった筈だ。

「あー……。あれは、な」

 何とかごまかそうと思っていると、ふいに紫月は身を引いた。

「まあ、いいよ。君の仕事絡みなんだろう」

 そのまま、先ほどまで座っていた座布団に戻っていく。

 後姿を見送って、咲耶は首を捻った。




 結局その後、疲れているだろうから、と、手早く準備をした風呂場に紫月を押しこんだ。

 あからさまな言い訳だが、それを察してくれる相手に甘えた格好だ。

 まあ、この真夏の炎天下を走り回ったりしていたのだから、妥当な行動でもある。

 そして、一人、居間に座り、送られてきたファックスを手に取る。

 大き目の活字で印字されたその一行目に書かれた、名前。

『杉野孝之』。


 彼の経歴は、簡素だった。

 犯罪歴がある訳でもない人間ならば、当然だ。

 ごく普通に生まれ育ち、聖藍大学に進学。その後研究室に残り、準教授、教授と昇進している。現在、四十一歳。少々、昇進が早いと言えなくもない。

 また、十八年前、まだ学生だった頃に、同級生だった女子学生を彼の両親が養女に迎えていた。

 しかし、一年も経たないうちに、彼女は失踪してしまっている。もう一人、彼らの同級生だった男子学生も、同時に。

 色恋沙汰のもつれか、と当時は噂になったらしい。

 失踪した女学生の名は、杉野愛美。そして、男子学生の名は、弥栄誠一。


 咲耶の眉間の皺が、深くなる。


 そして、次の一枚。

 書かれている名前は、『弥栄紫月』。

 本名は推定。誕生日は不明。両親は、おそらく弥栄誠一と杉野愛美であるのだろう、と結論づけられた。

 彼が発見されたのは、十四年前。

 とある山間(やまあい)の小さな村。その中ですら、一軒ぽつんと離れた家に住む若い一家が、数日姿を見せないことに、村人が気づいた。

 その地とは、縁もゆかりもない一家だったが、それでも波風を立てないよう、静かに暮らしていたのだ。

 村人が家へ様子を見に行って、それを発見する。

 狭い家の中に撒き散らされた、おそらくはかつてひとであったものを。

 生存者は、一名。幼い子供が、押入れの中にじっとうずくまっていたのを救助された。

 酷く衰弱していたその子供は、一体何があったのか、全く覚えていなかった。

 自分の名前や、家族の存在すら。

 恐ろしい目にあったのだから無理もない、と、大人たちはそれを追及することを諦めた。

 彼らの惨状は、おそらくは野犬にでも襲われたのだ、ということで、事件は収められたのだ。

 しかし、問題があった。その子供は、出生届が出されていなかったのだ。

 彼のことは、生前そこに住んでいた夫婦の子供として周囲に認識されていた。紫月という名も、村の住人が覚えていたものだ。

 遺品や遺体の情報から、そこに住んでいたのは弥栄誠一と杉野愛美だ、という結論が出る。

 二人の失踪から、およそ四年。

 彼らの親族は、二人がまだ幼い頃に亡くなってしまっていた。紫月には、血の繋がった人間はもう存在しない。

 ただ、愛美には、他の家族がいた。


 連絡を受けてすぐ、杉野孝之は弥栄紫月を引き取りたい、と申し出た。

 旧友と、義理とは言え姉の忘れ形見を放り出したくはないと。

 事件が事件だったため、行政は慎重に対処に当たった。

 やがて杉野が正式に里親として紫月を引き取り、その後も数年は頻繁に様子をみていたらしい。

 だが、やがて特に問題なし、として、彼ら家族のことは解決済みのケースとなっていったのだ。



 ふぅ、と小さく溜息をつく。

 養子と見なされながら、籍も入っていない、と言っていたのはこのことだろう。

 想像していたよりも、凄絶な事情だったのは確かだが。

 とん、と卓袱台の上で紙を束ねる。文箱の一つに収めて、立ち上がった。

 そろそろ夕食の準備を始めなくてはならない。

 あまり時間をかけると、客がのぼせてしまうかもしれないのだし。





 苛立ちに、唇を噛む。

 携帯電話が鞄に入っていないことに気づいたのは、帰宅して食事も終わらせ、のんびりとしていた時のことだった。そういえば、夕方に会社で充電していた記憶がある。

 明日の朝まで放っておこう、という選択肢は、彼の頭にはなかった。気づいたその時にはもう家を出る準備を始めている。

 幸い、車通勤だ。電車しか移動手段がなかったら、取りに戻るのは不可能だっただろう。もう、日付が変わりそうな時間なのだ。

 不安を押し潰すように、彼はアクセルを踏みこんだ。



 車を駐車場に停め、夜の街路を急ぐ。

 とっくに正面玄関は閉まっている。裏口に回りこみ、警備会社への通報を解除するためのカードキーを差しこんだ。

 扉の鍵を開き、ドアノブを回し、引く。


 次の瞬間、内部の暗闇から現れた獅子の顔と鉤爪のついた人の手に、彼は絶叫した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ