第二章 果たし状
翌朝、史人は目を覚ます。
「変わった夢だったな。でも妙にリアルな夢だった。ええっと、昨日もらったミサンガは、と」
机の引き出しから取り出して、手首につけてみる。史人は疑うということを知らなかった。
「これで念動力が使えるのか。まずは軽いものからやってみよう」
ティッシュペーパーを一枚、箱から取り出し、テーブルの上に置く。
強く念を送り、「浮き上がれ、浮き上がれ」と唱える。
やがてティッシュペーパーがふわりと浮き上がる。
「やったー。大成功だ。妹の聡子にも教えてあげようっと」
その日の放課後、帰宅した聡子に史人が念動力の話をする。
聡子は頭から信じようとしない。
「じゃあ、ためしにこの消しゴムを浮かせてみてよ」と聡子は言う。
史人が念をこめる。しかし、消しゴムはぴくりとも動かない。
「ほーら、やっぱり嘘じゃないの」と聡子はそれ見たことか、と口をとがらす。
「いや、ティッシュペーパーならできたんだ。これから練習すれば、重たいものでも動かせるようになるよ」
「本当?」
「一緒に練習してみないか」と史人は聡子を誘う。
「どうせひまだから、付き合ってあげる」と聡子は笑いながら言う。
史人は聡子にもうひとつのミサンガを渡す。
「聡子もこれをつければ、念動力を使えるようになるよ」
「ええ? ほんとなの?」聡子は最初から信じていない。「まあ、だめもとでやってみるわ」
「じゃあこのミサンガをつけて、練習だ」史人は机の上にある自分の消しゴムに意識を集中させる。
消しゴムがふわりと浮き上がる。
「やったー、できたぞ」
「お兄ちゃん、わたしもできたわ」と聡子が自分の消しゴムを動かす。
「おまえ、素質があるじゃないか」と史人は驚く。
それから二人は、家の近くの河原にでかけ、小石を動かす練習をする。
最初はひとつしか動かせなかったが、何日か練習を続けるうちに、一度にたくさんの小石を動かすことができるようになった。
そんなある日のこと。聡子は同じクラスの高沢一樹から声をかけられる。
「ちょっと話があるんだ。放課後体育館の裏にきてくれない?」
聡子は一樹のことが好きだったのだ。「ええ」と返事をした。
放課後体育館の裏に行ってみると、一樹が聡子に「壁ドン」をする。
「な、なにするんですか」あわてる聡子。
「三輪さん、そのミサンガ誰にもらったの?」
「ええっと……」聡子は口ごもる。兄からこのミサンガの秘密は誰にも話さないよう口止めされていたからだった。
「確かきみのお兄さん、一コ上の二年三組だよね」
「え? なんで知ってるの」
「それくらいわかるさ」と一樹はにやりと笑う。「この手紙を渡してくれない?」
「いいけど……」聡子は不安に思いながらも、手紙を受け取った。
その頃、史人は、老人ホームの増枝おばあちゃんのお見舞いに行っていた。
「おばあちゃん、その後具合はどうですか」
「ああ、ありがと。だんだんよくなってきているよ」とおばあちゃんは応えた。「ところで、ミサンガの秘密はわかったかい?」と史人に訊く。
「はい、わかりました。すごい力を持っていますね」
「実はそのミサンガはおじいちゃんのものだったんだ。おじいちゃんは特殊能力を使えた。
もちろん、人前では見せなかったけどね」
「そうだったんですか……」史人は言う。「おばあちゃん、早くよくなってくださいね。また来ます」そう言って史人は老人ホームを後にした。
増枝おばあちゃんは自身の持つ特殊能力を使って手首のねんざを治していた。しかしそのことを誰にも告げていなかった。
その日の夜。聡子が史人に手紙を渡す。
「お兄ちゃん、これ、私と同じクラスの高沢一樹くんから預かってきた手紙なんだけど」
「どれどれ」
史人は手紙を読み始める。
明後日の日曜日、近藤増枝と一緒に、河原へ来い。時間は午前十一時だ。そのときにおまえたちの命をもらう。闇の組織の一員より。
「なんだこれは。果たし状じゃないか」
翌日の土曜日。史人はまた老人ホームを訪れる。
「増枝おばあちゃん、『闇の組織』から、おばあちゃんと一緒に河原に来るように、っていう手紙を受け取ったんだけど」
「『闇の組織』だって?」おばあちゃんの目がきらりと光る。
「たしか『闇の組織』はおじいちゃんが全滅させたはず。まだ生き残りがいたとはねえ」
「おばあちゃん、一緒に行ける?」
「ああ、史人くんに車イスを押してもらわないといけないけどね」
「本当に行ってだいじょうぶかな?」
「もし今回行かなくても、また同じように手紙がくるだけさ。早いとこかたづけてしまわないとね」おばあちゃんは自信に満ちた表情で言う。