小さな日の諍い
「あー、もうわかったわよ!!」
バン、と強く机を叩くと、吹雪は勢い良く立ち上がった。
我慢の限界だ、といった様子の吹雪を、クラスメイト達は何が起こるのかと静かに見守っている。
「は?何?いきなり立ち上がっちゃって。今授業中なんですけど」
怒りの矛先である水萌は座ったまま言葉を返した。
冷静なようすの水萌に、吹雪は非常にお冠だ。
「何なのよ、あんた!朝からずーっと無視したり小さな嫌がらせを続けてきて!」
「消しゴム拾わなかったくらいでそんなに怒らないでほしいんですけど。カルシウム足りてる?あ、私のヨーグルト食べたからカルシウムは足りてるか」
そう、吹雪が間違えて水萌のヨーグルトを食べてしまったために、朝からずっとこの調子なのである。
話しかけても無視されたり、気づいたら背中に「私は食いしん坊です」と書いた紙が貼ってあったり、教室のドアを開けたら黒板消しが降ってきたり、椅子に座れば「ぶう」と鳴ったり……。
そんな嫌がらせが延々続けば、とうとう吹雪が怒るのも当然のことである。
「食べたことは謝ったじゃない!同じものまた買ってあげるし、もう許してくれたっていいじゃない!……それに、名前書かなかったあんただって、わ……悪いんだし!!」
「はー?皆さん聞きましたー?今この人責任転嫁しましたよー?何で被害者の私が悪いことになってるんですかねー?それに私、朝にヨーグルト食べないと力でないんですけどー。あー、力でないなー」
吹雪も水萌もどちらも引けないところまで来てしまったらしく、もはや水掛け論ならぬ油掛け論の様相を呈している。
クラスの実力者二人の一触即発の事態に、クラスメイト達は愚か先生でさえも、手を出せずにただ見守っていた。
「あんたはネチネチネチネチうるさいのよ!だいたい何なのよその帽子!ふっるい魔女みたいな帽子被っちゃって!今どきそんな魔法使いいないわよ!ダッサイのよ!!」
言ってはいけない単語を口から出してしまった吹雪に、クラスメイト達はあちゃーやっぱりかーだとか、また始まるのかーだとかそれぞれ思い思いに呆れている。そんな中、目だけが座った水萌が立ち上がり、拳を握りながら震えていた。
「は?おい、今なんつった?帽子が何だって?え?私はな、絵本の中にいるような、そんな魔女に憧れてこの魔法学校に入ったんだよ。それを何だって?ダサイだ?おい、表出ろ。表出ろよ!!」
「いーじゃない。やってやろうじゃないのよ。あんたにネチネチされるより、こっちの方がわかりやすいのよ」
二人は自分の箒を取り出すと、窓に向かって歩き出した。教室内はすでにお祭り騒ぎで、どっちに賭けただとかぶっ飛ばせだとかの声が飛び交っている。この状況になると、担任も流石に教師として止めには入るのだが、
「おいお前ら、一応授業中だぞ」
「「先生は黙ってて!!!」」
「はい……」
この通りである。
窓から教室を飛び出した吹雪と水萌は、箒の上に立つと建物の3階くらいの高さまで上昇していった。
「水専攻の癖して水生成も出来ないあんたが、この私に勝てると思ってるの?」
「学年一位の優等生様のありがたーいお言葉、ありがとうございます。でもな、吹雪なんか水筒の水だけで十分なんだよ」
売り言葉に買い言葉、お互いに一歩も引く気はないようだ。水萌は、キュキュっと気持ちの良い音を出しながら水筒の蓋を開けると、中の水を出し、ひと塊にして自分の周りに浮遊させた。
準備が整ったと見えたようで、先制したのは吹雪だ。前に差し出した手の周りにいくつかの腕ほどの大きさの氷柱を生成すると、水萌に目掛けて発射した。水萌はこれを攻撃と取ったのか、牽制と取ったのかはわからないが、浮遊させた水を帯状にして全ての氷柱に叩きつけ、落とした。
「こんなのが攻撃?そんなんじゃ何発撃っても私には届かないよ?」
「今のは挨拶代わりよ」
その言葉は嘘じゃなかったようで、今度は頭上に人と同じくらいはあろう大きさの氷柱を生成すると、水萌目掛けて一直線に撃ち出した。この大きさでは流石に水萌も叩き落とすことは出来ないと判断したのか、箒を大きく前進させ、回避する。水萌のいた場所を大きな氷の塊が通り過ぎた。
「おい、殺す気か!避けてなかったら死んでたぞ!」
「でも、当たらなかったじゃない」
そう言って吹雪が指を鳴らすと、大きな氷塊はパリンと音を立てて割れ、無数の拳大の粒となって水萌を襲った。水萌は振り向くと、自分の周りに浮遊させていた水の塊を円盤状に変え、高速に回転させて氷の粒を弾き落とす。
「やるじゃない。でも……これで終わりよ」
「くそっ……!」
背後からの氷柱をガードするということは術者に背を向けることにほかならず、また、その好機を吹雪が見逃すはずもない。吹雪は再び腕ほどの大きさの氷柱をいくつか生成すると、水萌の背中に向けて射出した。
「なーんてな」
下方から出現した凄まじい水圧の水のカーテンにより、氷柱は全て弾き飛ばされてしまった。
「なっ……」
「水筒が一つなんて、誰が言ったよ?」
氷柱を弾き飛ばした水はそのままの勢いで吹雪の方に向かう。吹雪も魔法障壁を展開するが、水萌の魔力は大きく、簡単には抑えることが出来なかった。両者ともに、防御しつつも攻撃するという不思議な光景であったが、水萌の一言によってその状況は破壊される。
「二つとも言ってねえぜ?」
下方から、更にもう一つの水の塊が出現すると、背後から吹雪目掛けて襲いかかる。
流石に意識の外からの攻撃には完璧に対応しきれず、魔法障壁の展開が完全には間に合わなかった吹雪はまともにこれを受けてしまった。空中で気絶してしまった吹雪は、制御の解かれた箒と一緒に落下する。このままでは地面と激突すると言う寸前で、水萌が受け止め、勝負は終わった。
吹雪が目を覚ますと、目の前には水萌がいた。
「ここは……、保健室ね。はあ……」
「ふふ、今回は私の勝ちだぜ。ほら、なにか言うことあるんじゃない?」
水萌がそう促すと、吹雪は顔を赤らめながら、言うか言わないかを散々迷った挙句、
「その、ごめんなさい」
と、一言だけ呟いた。
「何がごめんなさいなんだ?んー?私、馬鹿だからわかんないなー?」
「もう!全部よ、全部!私が悪かったわよ!あんたはいっつもそうやって意地悪して、嫌われても知らないんだから!」
「誰が誰を嫌うってー?言ったのはこの口かなー?えいっ、えいっ!」
「もうー!やめてよー!私が悪かったってばー!」
「えへへへ、やめないよー!」
水萌は、ベッドに寝ている吹雪に勢い良く抱きついた。